巻き込みのファシリテーション
はじめに
この記事はファシリテーター Advent Calendar 2019 5日目の記事だ。
12/5以前に見かけてしまった人はそっとブラウザを閉じて、12/5にまたお会いしましょう。12/1よりAdvent Calendar自体は始まっているので、ぜひそちらの記事をご覧いただきたい。
ファシリテーターとはなんぞや
ここ最近、ファシリテーターというものへの注目度が上がっているような気がする。会社で1on1をしているときに「ファシリテーションスキルを身につけたいんですけど…」という相談を受けることも多い。そもそも、ファシリテーターとはなんぞや?チームにおいて役割が混同しやすいリーダーとマネージャー、最近ではここにファシリテーターが食い込んできている。ちょっと整理してみたい。
きわめて単純化した整理なので異論はあるだろうが、本記事ではこのような切り分けで考えている。
チームがある。チームが目指すゴールがある。
ゴールを定める。チームが向かうべき方向を決める。それがリーダーだ。
チーム全体を管理するのが「マネージャー」だ。ゴールを達成するための段取りを考えたり、予想外の事態に対処したり。
そしてファシリテーター。チームがゴールへ向かう動きを加速したり、ずれていたら軌道修正したりする。そして重要なのが「場をつくる」ということだ。
なぜ場づくりが重要か
チームがある。ゴールがある。ゴールへ向かうのは誰か?チームである。
「ゴールへ向かう動きを加速」する、「ずれていたら軌道修正」する。
これは、本来チームに備わっているべきものだ。もちろん目の前の課題に没頭する中で、大きな流れが見えづらくなる時はある。そのためにファシリテーターという役割が明示的に存在することには意義がある。
みなさんは「HAL」というロボットスーツをご存じだろうか。
筑波大学の山海教授により開発された生体電位信号を利用したロボットスーツで、現在では医療や介護の現場で実際に使われている。
私は学生のとき、山海教授の授業を受けていた。その時に印象的だったエピソードがこちらだ。
HALを装着した高齢者が、立ち上がりはするのだがなぜかすぐ座ってしまう。何度か繰り返したあと気づいたのは、「立ち上がれたことに安心し、座ろうとしてしまう」という行動をとっていたということだ。歩く意思をもってもらうこと自体が必要なのだ…
これはチームにも同じことがいえる。ファシリテーターに依拠し自らゴールへ向かう意思を持たないのであれば、一時的に立ち上がることはできてもゴールへたどり着くことはないだろう。
だからこそ、「場づくり」を通して「私たち自身でゴールへ向かうんだ」という内発的動機を喚起することがなによりも大切なのだ。
巻き込みの場づくり
では、どのように場をつくっていくのか。DPA、Good & New、ムービングモチベーター…場づくりに有用なプラクティスは種々存在する。そういった方法はもちろん有効だがここではプラクティスの名前がないような、ともすると泥臭い、自分が行っている巻き込みの場づくりについて紹介したい。
ランダムフリートーク
チームが毎日実施する朝会。この冒頭に、ランダムに指名された1名が1分程度の小話をし、そのあと朝会の仕切りを行ってもらう。
Good & Newのように「良い話・気づいた話」に限らず、本当になんでもよい。半年くらい続けると、あまり外向的ではないメンバーたちであっても互いの人となりが見えてきて、打ち解けてくる。
カツアゲスタイル
目があった人に質問を投げかけていく。ミーティングなどでは、得てして一部のメンバーが多弁になりがちだ。そのときに突破口として、あまり話していないメンバーのほうを見つめる。目があったら勝負あり、「どう思いますか?」「これって実際やれそうですかね?」などとオープン/クローズの質問をしかけていく。
ちなみに、目があわなかったらどうするか、というと「目をあわせようとしたら目をそらした〇〇さん」と巻き込んでしまえばよい。
共犯関係の構築
これはチームギークか何かにも書いてあった気がするが、「自分たちは特別なチームだ」という意識を作る。チームで採用しているプラクティスに独特な名前をつけることは意外なほど効果的だ。以前いたチームでは、改善するべき課題のリストに「粛清リスト」と名付けられていて少し物騒だった。
ファシリテーショングラフィック
ミーティング中に限らず、メンバー間で認識を合わせるときに文字・言語ではなく図表で理解をそろえていくことは重要だ。この話をするとだいたい「でも自分は絵が苦手で…」という話になるが、そこは気にしなくていい。棒人間で全然いいのだ。うまい絵を描くことが目的ではなく頭の中のベクトルをそろえることが目的なのだから。
ポジティブおじさん体操第一
チームがゴールに向かう中で、一筋縄ではいかない難しい局面というのは必ず出てくる。「本当にできるのか?」「この期間じゃ間に合わない」etc...
そういったときにチームから出てくるのが「そもそもこれをやる必要があるのか」という疑問だ。一種の回避行動なのかもしれない。
このような状態になったときは「なぜこれをやるのか」を改めて説明する。説明するだけではなく、不安になっているメンバーの目線で「ああ、やっぱり必要だよね」と思ってもらえるような言葉選びが重要だ。
そして難易度の高さに怖気づいているメンバーに「でも、だからこそやり遂げたら楽しいじゃん?」というような後押しをしてあげると、案外不安は払しょくされるものだ。(※チームと信頼関係ができていて、かつ発言に説得力があるときに限る。そうじゃないおじさんが「これできたらかっこいいっしょ!?」といってもただの戯言である)
オールファシリテーターチーム
このようにして巻き込み巻き込まれ、方向性を吹き込んでゆく。突然に話をふる、という状態に慣れてもらい発言することへのハードルを下げる。自分の心の奥底からゴールを達成したいという気持ちを喚起する。このようなメンバーが増えれば増えるほど、チームは自分たちでファシリテートできるようになる。最終的にはオールファシリテーターなチームになってゆくであろう。
チーム内部へのディープダイブ
前項で述べたようなノウハウは、実はつい先日、社内で「ファシリテーターについていろいろ聞きたい」と相談を受けた際に言語化したばかりのものだ。そのヒアリングの際にあるメンバーが発した一言はこうだった。
「ファシリテーターって、そこまで個人個人を観察しなければならないんですね」
この言葉にはハッとさせられた。メンバーの心がどう動くか、MTG中に疑問を抱えたままの人はいないか…
一つ一つの疑問に答えて回答しているときはそこまでそう感じなかったが、トータルで考えるとファシリテーターというのはアンテナ貼りっぱなし、行動しっぱなしの高負荷モジュールである。
コーチングの名著「コーチング・バイブル」にて傾聴レベル3が紹介されているが、まさにその境地だ。
ファシリテーターヒアリングを受けながら、自分がいるチームでは自分なりではあるがそれが実践できているのはなぜだろう、と考えてみた。
そこには身もふたもない結論があった。
「社歴が長くドメイン知識を有しているから」、そして「ずっとチームと一緒にいるから」である。
なぜ前者が重要なのか考えてみたが、おそらく「自分自身の発言に自信をもてる」という点だろう。後者については、チームメンバーの機微を捕まえるために必要だというのはイメージが湧くだろう。
今日日、ひとつの会社に10年以上勤めるITエンジニアというのはレアな存在になってきているので、そこを前提におかれると実践できないだろう。しかし、前者については「自信をもって発言できる」「周囲が自分の発言に信頼を置いてくれる」環境が作れるのであれば、この手段じゃなくてもよい。
世の中には本当にプロフェッショナルなファシリテーターがいる。初対面の人たちをまとめ上げ、その場をつくり、ゴールへと向かう。そういった人たちと、文脈を共有した人たちの中でのみファシリテーションを磨き上げてきた自分では汎用性の面で大きな開きがある。
しかし、逆に「自分の現場に深く根付く」ことで醸成されるファシリテーションスキルは、少なくとも自分の現場にとっては得難い宝物となる。そういったドメインのスキルと、汎用的なファシリテーションスキルをかけあわせることができればその現場にとって唯一無二のファシリテーターとなることができるだろう。