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除夜の鐘

「ゆっくりと吸って、吸いきったら吐いてー」誘導に従って呼吸を繰り返す。心地のよい声と雰囲気、フランキンセンスの良い香りがする。

「もう一度吸って、ゆっくりと吐いて」声はイメージするように告げる。新しい時間、場所に存在する自分の肉体を。「準備ができたら目を開けてください」身体がポカポカと暖かい。呼吸をするたびに身体の内側が甘い感じがした。私はゆっくりと重たい瞼を開いた。

気がつくと、金玉が除夜の鐘だった。

2024年0時00分。「あけましておめでとうございます」TV中継は張り詰めた冬の鶴岡八幡宮を映し出す。澄んだ鐘の音が厳かに夜空に響くと下腹部に鈍痛が走った。瞼の裏が点滅する。一瞬何のことかわからない。ようやく視界が定まってテレビの画面にーつまり、ゆく年くる年の中継にー視線を定める。老婆が手を合わせる青銅色のどっしりとした釣鐘、いつも見慣れた形とはまるで変っているが、それを紛れもなく自分の睾丸だと感じる。「いやー厳かな音色ですね」リポーターの声。金玉が鐘になっていた。

「痛い?苦しい?当たり前じゃん。じゃないと煩悩消えないって」両手両足を拘束されていて逃げられない。さっきまで何してたんだっけ。どこに居たんだっけ。この女性は誰だろう。もう部屋はフランキンセンスの香りはしない。「見られたいんでしょ?ちょうどいいじゃん」カメラは参列者をゆっくりと映していく、老人、子供、家族連れ。激痛で揺らぐ視界を埋め尽くす顔、顔、顔…。最悪だ。こんな形で自分の性器を日本中に晒すなんて。

どこまでが本当でどこまでが夢なのか。もはや何もわからない。知人に似た顔が映るたびに胃がせりあがって吐きそうになる。なのに身体はずっと熱い。瞼の裏に火花が飛ぶ。張り詰めた冬の空気を揺らす鐘の音。
2発目だった。2024年0時14分。残り106発。



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