見出し画像

”みっともない”アタシへ! 人生は綺麗ごとじゃない。映画『男はつらいよ』の寅さんに会いに行こう。

タイトル画像:https://www.cinemaclassics.jp/tora-san/より。

寅さんという男を知ってるかい?

四角い顔をした三枚目。
細くはないが、マッチョというほど鍛えてもいない。
言うことは下品で、デタラメばかりのお調子者。
けんかっ早くてすぐ手が出る。
甲斐性なく、ぶらぶら、旅先のお祭りなんかで、まがい物を売ってはその日暮らし。
当然、大酒飲みだ。
中学は中退して、学なんてありやしない。
そのくせプライドは高くって、少しでもバカにされようものなら、すぐに怒鳴り散らす。

 一方、美人にはめっぽう弱い。

ほいほいついて行っては、宿屋の番頭でも、なんなら住職の代理でもやって助けてしまう。ところが、美人がその気になると、恐くなって逃げ出しちゃう!

映画『男はつらいよ』(第32作)予告編映像
住職が急病で倒れ、その美しいひとり娘のために、ひと肌脱いだ。

たまにしか帰らない故郷、葛飾柴又の家族は、いつだって温かく迎えてくれるが、「わからずやのこの男!」と、すぐにケンカになってしまう。罵詈雑言、殴り合いなんていつものことだよ。

映画『男はつらいよ 寅次郎と殿様』(第19作)4Kデジタル修復版より。
犬に「トラ」と名前を付けられたことを知り、裏工場のタコ社長に殴りかかる寅さん。

どうだい?

こんな男が親戚だったら、さあ大変。できるだけ距離を置きたい…って思うんじゃないかい。

 ・・・でもね。寅さんは情が厚く、懐が深い男なんだよ。

旅先で知り合った身寄りのない娘に、「困ったら、葛飾柴又のとらやって店に行け。家のもんが、必ずよくしてくれるから」なぁんて、よく言ったっけ。

当人はとんと家に帰らないっていうのに、とんでもない迷惑な話じゃないか。

実家の団子屋「とらや」は、寅さんの伯父夫婦にあたる、おいちゃん、おばちゃんが切り盛りしている。さくらは歳の離れた腹違いの妹で、家出した寅さんとは20年も会っていなかった。そこに、裏工場のタコ社長、さくらの夫の博なんかもたむろして。

https://www.cinemaclassics.jp/tora-san/cast/

そんな彼らは、寅さんを訪ねてきた突然のお客に、迷惑顔なんてしない。たいていは大喜びさ。とりあえずは奥の座敷にあげて、ご馳走して大歓迎する。なんなら、二階の部屋にあげて泊らせていくのはいつものこと。仕事が見つかるまで、なんて言っては、しばらく住まわせたことだって、一度や二度じゃない。

寅さんを訪ねてくるのはどうせ若い娘だけだろう、なんて思うだろ。

寅さんは、男にもモテるんだぜ。

電車に飛び込んだ中年男の面倒を見たこともある。うじうじとして恋に踏み出せない真面目な男の、背中を押したことも何度もあった。迷い込んだ画伯がとらやに居座ったことだってあるし、陶芸家の巨匠や、地方の名士の家にごやっかいになったのもざらだ。

いつも虚勢を張っているエライ男たちは、寅さんの気さくで飾り気のないありさまに、ほっとしていたよ。

映画『男はつらいよ』(第19作)予告編映像より。伊予の殿様に気に入られてお供をする寅さん。

そうそう。旅先で、ひとり身のご老人には随分とご厄介になったよ。

寅さんが、タダ酒にタダ飯食ってバカ話してやると、それがたいそう喜ばれるんだ。学がないくせに役者でね。なかなかいい声で歌うこともあるし、旅先で目にしたもの悲しい出来事を、とうとうと語ったりもする。

その時は、目の前に、わびしいその情景がありありと見てとれるようだ。寅さんがそんな調子で語りだすと、誰しも、思わず話に聞きほれてしまう。

『男はつらいよ サラダ記念日』より。旅先で知り合った独り住まいの老婆の家で歌を披露した。

たったひとりの父ちゃんをなくして、寅さんを頼ってやってきた男の子もいたっけ。おいちゃんも、おばちゃんも、妹のさくらも、我が子のようにこの子を受け入れて、面倒を見てやった。

そう、情に厚いのは寅さんだけじゃないのさ。

とらやの面々は厄介ごとには慣れっこだ。いくらでも困った客を受け入れる。男でも女でも、こどもでも年寄りでも。それどころか「何でうちに寄ってくれないんだろう。ご馳走するのにねぇ」なんて言いながら、いつでも客を待っている。

映画『男はつらいよ 寅次郎の休日』(第43作)。ミツオの思い人、イズミの再訪を喜ぶ面々。

こんな、あたたかい世界をアタシは知らないよ。

寅さんは人の苦労もわかる人だよ。

「あんた、苦労したね」
「幸せになるんだぞ」

それが寅さんの口癖だ。

寅さんが旅先で世話になった多くの人は、さびれた地方の取り残された貧しい人たちさ。景気が悪い悪いと言いながら、みんな、何とか生活をしているような、そんな人たちを前にして、寅さんはいつだってその苦労をねぎらって、幸せを祈るんだよ。

寅さんは、その人に金があるかないか、偉いかどうか、そんなことを気にしたことがない。ひねくれものでも頑固ものでも、寅さんは、いつも通りだ。みんなのことを平気で笑わしてしまう。

別に寅さんの肩を持とうってわけじゃない。

故郷に帰るたびに、妹にお金を苦心してもらう、ろくでなしだよ。
見栄を張って、つまらない土産を買ってきては、おいちゃん、おばちゃんに気を遣わせて、大げさに礼を言わせる、しょうもないやつだよ。
なんなら、甥のミツオにも気を遣われる、大人げないやつだよ。
いざ、美人との幸せを掴もうって時に、逃げ出してしまう臆病者だよ。

映画『男はつらいよ』(第31作)予告編映像。 博の代わりに甥っ子ミツオの運動会に応援に行くと張り切る寅さんだが、ミツオは迷惑な様子。結局、ケンカになってしまう。

そうして三十年近く、どこにも腰をおろさず、結局、どんなみじめな最期を迎えたのかもわからない。

でも、アタシは聞きたいよ。

人は、みっともないといけないのかい。
大人でないといけないのかい。
聞き分けがないといけないのかい。
良識がないといけないのかい。
お金がないといけないのかい。
誰かに迷惑をかけっぱなしじゃいけないのかい。
胸を張って、何かをやり遂げたと、そう言えないといけないのかい。

『男はつらいよ 寅次郎紅の花(第48作)』より。 渥美清の遺作となった本作。思い人のイズミの結婚式を邪魔したミツオを説教した寅さんだが、長年の友人リリーは反発する。
「だいたい男と女の間ってのは、どこかみっともないもんなんだ。…でも愛するってことはそういうことなんだろ。綺麗ごとなんかじゃないんだろ」

人生は、どこか、みっともないものさ。

誰しも苦労しながら、なーんにもならない、自分というものを噛み締めている。

でも、それが、生きるってことじゃないのかい。

誰かにもらった身分や誉れが、そんなに大事なのかい。
生きる意味っていうのは、世間が決めるものなのかい。

名乗れるのは、生まれ故郷と流し名くらい。

アタシにしかないその名前で、それ以上でもそれ以下でもない、アタシってやつを生きる。

だから…アタシは寅さんが愛おしい。

その足で行脚して、あんなに多くの人を笑わせて(時に怒らせて)、綺麗ごとではない、生きるってことのありのままを、見せつけてくれる。

寅さんが無茶苦茶をやるたびに、アタシは自分を許された気がする。
アタシの無茶なんて、まだまだ、だって。


だからアタシは、寅さんに会いに行く。


『男はつらいよ』公式ページ
https://www.cinemaclassics.jp/tora-san/

Amazon prime +松竹チャンネル
https://www.shochiku.co.jp/news/20190704_02/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?