”みっともない”アタシへ! 人生は綺麗ごとじゃない。映画『男はつらいよ』の寅さんに会いに行こう。
タイトル画像:https://www.cinemaclassics.jp/tora-san/より。
寅さんという男を知ってるかい?
四角い顔をした三枚目。
細くはないが、マッチョというほど鍛えてもいない。
言うことは下品で、デタラメばかりのお調子者。
けんかっ早くてすぐ手が出る。
甲斐性なく、ぶらぶら、旅先のお祭りなんかで、まがい物を売ってはその日暮らし。
当然、大酒飲みだ。
中学は中退して、学なんてありやしない。
そのくせプライドは高くって、少しでもバカにされようものなら、すぐに怒鳴り散らす。
一方、美人にはめっぽう弱い。
ほいほいついて行っては、宿屋の番頭でも、なんなら住職の代理でもやって助けてしまう。ところが、美人がその気になると、恐くなって逃げ出しちゃう!
たまにしか帰らない故郷、葛飾柴又の家族は、いつだって温かく迎えてくれるが、「わからずやのこの男!」と、すぐにケンカになってしまう。罵詈雑言、殴り合いなんていつものことだよ。
どうだい?
こんな男が親戚だったら、さあ大変。できるだけ距離を置きたい…って思うんじゃないかい。
・・・でもね。寅さんは情が厚く、懐が深い男なんだよ。
旅先で知り合った身寄りのない娘に、「困ったら、葛飾柴又のとらやって店に行け。家のもんが、必ずよくしてくれるから」なぁんて、よく言ったっけ。
当人はとんと家に帰らないっていうのに、とんでもない迷惑な話じゃないか。
実家の団子屋「とらや」は、寅さんの伯父夫婦にあたる、おいちゃん、おばちゃんが切り盛りしている。さくらは歳の離れた腹違いの妹で、家出した寅さんとは20年も会っていなかった。そこに、裏工場のタコ社長、さくらの夫の博なんかもたむろして。
そんな彼らは、寅さんを訪ねてきた突然のお客に、迷惑顔なんてしない。たいていは大喜びさ。とりあえずは奥の座敷にあげて、ご馳走して大歓迎する。なんなら、二階の部屋にあげて泊らせていくのはいつものこと。仕事が見つかるまで、なんて言っては、しばらく住まわせたことだって、一度や二度じゃない。
寅さんを訪ねてくるのはどうせ若い娘だけだろう、なんて思うだろ。
寅さんは、男にもモテるんだぜ。
電車に飛び込んだ中年男の面倒を見たこともある。うじうじとして恋に踏み出せない真面目な男の、背中を押したことも何度もあった。迷い込んだ画伯がとらやに居座ったことだってあるし、陶芸家の巨匠や、地方の名士の家にごやっかいになったのもざらだ。
いつも虚勢を張っているエライ男たちは、寅さんの気さくで飾り気のないありさまに、ほっとしていたよ。
そうそう。旅先で、ひとり身のご老人には随分とご厄介になったよ。
寅さんが、タダ酒にタダ飯食ってバカ話してやると、それがたいそう喜ばれるんだ。学がないくせに役者でね。なかなかいい声で歌うこともあるし、旅先で目にしたもの悲しい出来事を、とうとうと語ったりもする。
その時は、目の前に、わびしいその情景がありありと見てとれるようだ。寅さんがそんな調子で語りだすと、誰しも、思わず話に聞きほれてしまう。
たったひとりの父ちゃんをなくして、寅さんを頼ってやってきた男の子もいたっけ。おいちゃんも、おばちゃんも、妹のさくらも、我が子のようにこの子を受け入れて、面倒を見てやった。
そう、情に厚いのは寅さんだけじゃないのさ。
とらやの面々は厄介ごとには慣れっこだ。いくらでも困った客を受け入れる。男でも女でも、こどもでも年寄りでも。それどころか「何でうちに寄ってくれないんだろう。ご馳走するのにねぇ」なんて言いながら、いつでも客を待っている。
こんな、あたたかい世界をアタシは知らないよ。
寅さんは人の苦労もわかる人だよ。
「あんた、苦労したね」
「幸せになるんだぞ」
それが寅さんの口癖だ。
寅さんが旅先で世話になった多くの人は、さびれた地方の取り残された貧しい人たちさ。景気が悪い悪いと言いながら、みんな、何とか生活をしているような、そんな人たちを前にして、寅さんはいつだってその苦労をねぎらって、幸せを祈るんだよ。
寅さんは、その人に金があるかないか、偉いかどうか、そんなことを気にしたことがない。ひねくれものでも頑固ものでも、寅さんは、いつも通りだ。みんなのことを平気で笑わしてしまう。
別に寅さんの肩を持とうってわけじゃない。
故郷に帰るたびに、妹にお金を苦心してもらう、ろくでなしだよ。
見栄を張って、つまらない土産を買ってきては、おいちゃん、おばちゃんに気を遣わせて、大げさに礼を言わせる、しょうもないやつだよ。
なんなら、甥のミツオにも気を遣われる、大人げないやつだよ。
いざ、美人との幸せを掴もうって時に、逃げ出してしまう臆病者だよ。
そうして三十年近く、どこにも腰をおろさず、結局、どんなみじめな最期を迎えたのかもわからない。
でも、アタシは聞きたいよ。
人は、みっともないといけないのかい。
大人でないといけないのかい。
聞き分けがないといけないのかい。
良識がないといけないのかい。
お金がないといけないのかい。
誰かに迷惑をかけっぱなしじゃいけないのかい。
胸を張って、何かをやり遂げたと、そう言えないといけないのかい。
人生は、どこか、みっともないものさ。
誰しも苦労しながら、なーんにもならない、自分というものを噛み締めている。
でも、それが、生きるってことじゃないのかい。
誰かにもらった身分や誉れが、そんなに大事なのかい。
生きる意味っていうのは、世間が決めるものなのかい。
名乗れるのは、生まれ故郷と流し名くらい。
アタシにしかないその名前で、それ以上でもそれ以下でもない、アタシってやつを生きる。
だから…アタシは寅さんが愛おしい。
その足で行脚して、あんなに多くの人を笑わせて(時に怒らせて)、綺麗ごとではない、生きるってことのありのままを、見せつけてくれる。
寅さんが無茶苦茶をやるたびに、アタシは自分を許された気がする。
アタシの無茶なんて、まだまだ、だって。
だからアタシは、寅さんに会いに行く。
『男はつらいよ』公式ページ
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