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【怖い話】あけないの?【「禍話」リライト77】

「昼間に行ったのにあんなことになるなんて、マジで勘弁してほしかったですよ」
 と、被害に遭ったDさんは言った。
「でもアレって幽霊なのかな……? それはともかく、怖い目に遭ったのは事実なんで。おまけに──」

 ある地方都市にあったデパートでの出来事である。
 幸いにしてそのデパートは潰れて、今はもうない。

 ヒマをもて余していた高校時代の夏、友達3人とダラダラ喋っていた時のことだそうである。
 怖い話というほどでもない、不気味な場所や街角の変な建物の話になった。
 町外れの廃墟やトンネルのウワサを交わしているうちに、
「でも街中にも気持ち悪いトコ、あるよな」
 そんな流れになった。
「なに、廃墟とかじゃなく?」
「そうそう、なんか古くてボロい雑貨屋とかさ」
「ちっこい店じゃなくても、でかい店でもあるよな」
「でかい店?」
「なんか客入りの悪い百貨店とかデパートとか、あるじゃん」
「あるねぇ。不景気と人のいなさが不気味な感じの……」
「あっ」

 ひとりがいきなり声を上げた。
「あるある……。俺一軒マジで知ってるわ……」 
「なにが?」
「変なウワサっていうか、妙なものがあるっていう古いデパート」
「……そんなちょうどいい物件、ホントにあるの?」
 Dさん含めて半信半疑ながら、話を聞いてみることにした。


 そいつの話によると。

 そのデパートのエスカレーターのそばに、変な貼り紙がしてあるそうなのだ。
 俺も実物を見たわけじゃないし、詳しくは知らないんだけどね、と語ることには──

〔エスカレーターに 黒いボストンバッグが置いてありましたら 触らずに 店員にお知らせください〕

 というようなことが書いてあるらしい。


「黒いボストンバッグ?」ひとりが首を傾げる。「種類も色も指定してあんの?」
 確かにDさんも妙に感じた。
 普通そういう時は「不審物」だとか「不審な荷物」などと書くだろう。
 それが、「黒いボストンバッグ」である。

 バッグが関わる事件でもあったの? と尋ねる。聞いたことはない、と言う。
 その辺で有名な変質者の持ち物とか? と思いついてみるも、そんな奴ならデパートに出入りできないだろう、と否定される。

 要領を得ないくせに、そのボストンバッグにまつわる不確かな噂だけはたくさんあるらしかった。
 中からニュッと顔が出てきて「こんにちはァ……」と挨拶したとか。
 腕が伸びて、こっちに向かって「おいでおいで」をしたとか。
 開けてみたら内臓がみっしり詰まっていて、それが脈打っていたとか。
 開けてみたら手が飛び出して「お前だ!!」と叫ばれたとか。


 …………ホント? それ。
 友達が知っているウワサはどれもこれもウソっぽく、作り話のように思えた。
 顔とか手とかなら怖いけど……内臓? 内臓って。どんなオバケだよ。
 お前だ!! って誰だよ。俺じゃねぇよ。完全に濡れ衣だよ。


 いよいよもっておかしい。
 本当にボストンバッグが云々と貼られているのか。ボストンバッグはあるのか。
 触ったり開けたりするとどうなるのか。中身は何なのか。
 不審者が置いていくものなら、警察に相談したりしないのか。 
 どんどん気になってくる。
 場所を聞くと、さほど離れていない。ふた駅ほどの距離だという。
 偶然にも、明日は日曜日。

「……こうなったらもう、俺らが確かめるしかねぇな、その都市伝説をよ」
 都市伝説かどうかはさておき、当時はDさんを含めて全員がバカだった。
「よーし。じゃあみんなで行くか」
「粉砕するかその伝説を」
「やっていくか……」

 そのようなことになった。


 日曜の昼だというのに、そのデパートは閑散としていた。
 友達の言う通り古い建物ではあるけれど、それにしても客がいない。一階の食料品売り場にぽつり、ぽつりと老人がいるばかりである。
 一階だけでも、客と店員を合わせて十人いるだろうか。有線がかすかに、虚しく響いている。
「一階にあるの? その貼り紙」
 Dさんが小声で友達に尋ねる。普通の声だと店員に聞かれるくらいに静かなのだ。
「いや二階……三階だったかなぁ。とにかくもっと上」
 友達も声をひそめて言った。

 古びてごんごんと鳴るエスカレーターに固まって乗る。
 若者は自分たちだけだ。というか、食料品売り場以外に客の姿が見えない。
 居心地の悪さを覚えつつも二階、三階へと上がっていく。
 ちらりと見た婦人服や紳士服のフロアにも客の姿はない。それどころか店員の気配もない。
 一角がパーテーションで目隠ししてある。テナントが撤退したのだ。
 フロアの奥にはバラした棚が見えた。隠すでもなく積んである。

 Dさんも他の3人も「いや~、これは……」と違う意味で怖くなってきた。
「さびれすぎじゃねぇの?」
「俺が聞いてた以上にダメになってんなここ……」
「お化け屋敷だってもっと賑やかだぞ」
 もう長くは保たない雰囲気、死にかけている空気が肌を撫でてくる。
 客もいないのに冷房が効きすぎていた。半袖から出た腕が寒いのは冷房のせいばかりではない。
「なんか一年だかそんくらいしたら閉店する、ってのも聞いたんだけど」
 話を持ってきた友達がいたたまれない顔で言った。
「この感じじゃあ半年も営業できるかなぁ」


 三階から四階に上がるエスカレーター脇の柱に、それは貼ってあった。
 この階にも、人のいる感じはない。明るい店内なのに、ほとんど夜のように静かだった。
「おお、あったあった」
「これは間違いないだろ」

 みんなで柱にべったり貼られている紙を見た。

〔エスカレーター付近に ボストンバッグが置いてありましたら 
 触らずに 店員にお知らせください
 バッグは黒く 持ち手が長いタイプで 使用感があります
 動かしたり開けたりはしないように お願いいたします
 だいたい、以下のような形をしております〕──


 文章の下には、簡単なイラストが描いてあった。
 さらにその下には「警備室」と添えられた電話番号が記してある。


〔周囲に店員がいない場合は 携帯電話などでこちらの番号におかけください〕

 4人は顔を見合わせた。
 あまりに詳しすぎる。
 どう読んでも、特定のボストンバッグのことが書いてある。


 誰もいないエスカレーター脇で頭を寄せあって、ひそひそと言い合った。
「こんな詳しく書く? もう狙い撃ちじゃん」
「触るな、動かすな、開けるな、って危険物扱いじゃね?」
「いやぁ、なんだろうな。不気味だ。これは来てよかったな……」
「来てよかったな、じゃねぇよ……」


 とは言え、ワクワクするのも事実だった。
 幸いなことに客の目どころか店員の目すらない。内線らしい番号が書いてあるということは、警備員も詰所にいるのだろう。
 真っ昼間の明るいデパートの中とは言え、絶好の肝だめしチャンスだった。


 じゃあ一度、二階まで降りてさ……。
 そうそう。そんで一人ずつ、エレベーターで四階まで上がって、戻ってこよう。
 バッグがマジであったらどうすんだよ?
 決まってんだろ、持ってくるんだよ……!
 えぇ……?

 そんなやりとりの末に、順番決めのジャンケンが執り行われた。
 Dさんはジャンケンに負けた。四番手、最後である。
「うわあーっ」
 Dさんは小声で叫んだ。最後はキツい。それを知っている3人も、
「こういう時ってだいたい最後の奴が怖い目に遭うからな」
「そうそう。鉄板の流れだな」
「ずっと帰って来ないから見に行ったら、死んでたりするんだよな」
 などとニヤニヤ言うのだった。


 ひとり目が「じゃあ」と言い残して、二階から三階へ向かうエスカレーターへと乗った。
 5分としないうちに帰ってきた。
「なんにもねぇわ。っていうか見回してきたけど店員もいねぇわ。営業できてるんか、ここ」
 余裕のある口ぶりだった。

 ふたり目が「よし、じゃあ行ってきます!」とエスカレーターに乗った。
 5分としないうちに──下りを駆けおりてきた。
「ちょっ、ちょっちょっちょ…………!」
 顔面蒼白で目が泳いでいる。
「あったんだけどバッグ……! マジであるんだけど!?」


 四階へと到達した昇り口に、バッグは置いてあったのだという。
 黒色、長い持ち手、使用感、貼り紙にあった特徴そのままのボストンバッグだったらしい。
「お前持ってこいよ!」
「いや無理無理無理……」
「動かした? 触ったか?」
「そんなん絶対ムリだって……」

 冗談とは思えない様子だったし、「そんなに言うなら全員で行けばいいだろ!?」とそいつが怒りはじめた。
 どこぞにいる店員か警備員に聞き咎められられると大変だ。
 3人で彼をなだめすかして、一緒にエスカレーターに乗った。

 二階から三階へ。
 三階から、四階へ。
 動く段差の中途、4人でそろーっ、と首を伸ばして先をうかがった。

 昇った先には何もなかった。
 ねぇじゃん。いやさっきはここに。この辺ぐるっと探してみるか……。

 Dさんはそれとなく昇り口の周辺を伺う。残り3人は左右に分かれ、反対側に回る。

「あっ。えっ? うわ」
 反対側、下りのエスカレーターに回った奴の声がした。
「うわ、ちょっ、ちょっと……! 早く来て……!」


 Dさん3人は早足で駆けつけた。
 が、呼んだ奴の足元には床しかない。
「うえ……上……!」
 そいつは顎で、エスカレーターを示した。


 ごん、ごん、と古めかしい音を立てて、エスカレーターの段差が下りてくる。
 その段の上に、ボストンバッグが乗っていた。
 こっちに下がってくる。近づいてくる。
 全員、声を失ってそれを見ていた。

 やがてバッグは四階まで到達した。
 下に飲み込まれていくコンベアーと「4」と書かれた降り口の境目。
 ずるり、ずるり、とバッグは揺れながら停滞している。

「お前、それこっちにズラせよ……」
 最初にバッグを見た奴が、「持ってこいよ」と言い放った奴の袖を引く。
 やだよ俺、と拒否する声を「こっちに向かって倒れてきたらどうすんだよ……!」と叱る。
 頭、手、内蔵などの「中身」のウワサをDさんは思い出してゾッとした。

「し、しょうがねぇなぁっ」
 言われた奴が意を決して歩を出し、さっと持ち上げて下り口の「4」のあたりまで移動させた。
 ぐっ、とバッグの底がたわむのが見えた。
 カラではない。

 うわっ気持ち悪ぅ! と言ったそいつに、Dさんも後の2人も口々に聞く。聞かずにはいられなかった。
「なんか入ってんの?」
「わかんねぇ。でもモノは入ってるわ」
「重さは?」
「……重くもないし、軽くもないし。なんか、ちょうどいい感じの」
「ちょうどいいって何だよ」
「いや、荷物としてちょうどいいって言うか……」
「どういう意味だよ」
「これぐらいのバッグなら、このくらいの重さ、みたいな……」
「重心とかで見当つかないか?」
「一瞬しか持ってないのにそんなのわかるかよぉ」
「チャックとか開いてなかった?」
「そんなの見る余裕なんかねぇって」
「気持ち悪ぃなぁ、マジで何なんだよこのバッグ。何が入ってんだ?」


「あけないの?」


 いきなり頭上で声がした。
 4人ははっ、と顔を上げた。

 エスカレーター、四階へと下りはじめる手前の五階部分に、女が立っていた。
 髪は長い。逆光気味で顔は見えづらい。表情はないように感じた。

 女は首にマフラーをしていた。ロングコートを着ている。

 デパートには冷房が効いている。
 Dさんたちは半袖、季節は夏。

 それなのに女は、真冬の格好をしていた。


「あけないの?」


 女は感情のこもっていない声でまた言った。
 おそらく喜怒哀楽のどれもない顔で、Dさんたちを見下ろしている。

 ──恐怖の限界は、人によって違う。
 あまりに怖すぎたのだろう。最初にバッグを見つけた奴が返事をしてしまった。


「あ、開けませんっ!」


 バカお前……! 返事なんか……! という雰囲気が漂う。しかし全員そいつを見咎めることができない。
 自分たちも恐怖のあまり、階上の女から目が離せなかったからだ。


「開けません」と言われた女は、黙っていた。身じろぎもしなかった。
 しばらくしてから感情のない平べったい声で、女はこう言った。

 


「でもあけてみないと、もっとひどいもの見るわよ?」


 うわっ、と皆で走り出した。
 無我夢中で、とにかく先頭を行く奴についていった。

 幸運にも、サービスカウンターのある場所に出た。若い女性社員がぼんやりと座っている。
 走ってきた4人とも、カウンターに乗っかるようにして
「あの! カバン! カバンが!」
 と叫んだ。それしか口をついて出てこなかった。
 女子社員は「はぁ」みたいな反応でいる。
「あの、カバンが! あっちの下で!」
「貼り紙の、カバンと……女!」
「バッグが下りてきて!」
 きれぎれに叫んでいると、女子社員は「あー……」とゆったりと頷いた。
「はい。はい。わかりました。言っておきますので」
 もうお帰りいただいて結構ですよ。
 そんなそっけない態度だった。

 エスカレーターはもう使えない。
 サービスカウンターそばにあった階段を降りながら、Dさんを除いた3人はぶつぶつと文句を垂れていた。
「こっちが必死に言ってんのにさ、なァんだよあの態度」
「警備員呼んで確認するとかさぁ、しろよな」
「そんなんだからお客も来ねぇんだよ」
 どうやらDさんだけが気づいているらしかった。
「……そうじゃないんじゃないかなぁ」
 Dさんは首をかたむけながら、3人の愚痴をさえぎった。
「やる気がないんじゃなくてさぁ、もう慣れっこになってるんだと思うんだよ……アレに……」
 3人は「あ」と呟いて、しょんぼりしてしまった。


 変な噂のある場所には、軽い気持ちで行かない方がいい──
 と、ここで終わっても十分に厭な話なのだが。

 残念なことにこれだけでは終わらなかった。


「とんでもない目に遭ったな……」と後悔しながら帰った、その日の夜のことである。

「うわっ!?」
 眠っていたDさんは布団から跳ね起きた。
 額や背中が汗まみれで、喉がカサカサに渇ききっている。

 そのままろくに眠ることができず、月曜日の朝を迎えた。

 学校に行くと、昨日デパートに行った3人がすごい顔をしていた。
 目の下にクマができて、髪がべっとりしている。疲労の色が濃い。寝不足の形相だ。
 たぶん自分も似たような状態だろう、とDさんは思った。


「見たか?」
 誰ともなしに、誰かが言った。
「…………うん、見た見た」
「見たよな……」
「ハァ…………」


 みんなで頭を抱えたり目頭を揉みながら語ったのは、昨晩見た「夢」の内容だった。
 全員がほぼ同じ夢を見ていた。


 自分の目の前にバッグが置いてある。
 昼に見た、エスカレーターのボストンバッグだ。

 その口が開いている。
 あっ、開いてる……と思っていると。


 ずるり、と腕が出てくる。
 もう片方の腕も。
 どうやって入っていたのか服を着た胴体が転げ出てくる。
 左足、右足もぬっと現れる。
 最後に首がごろん、と出てくる。

 バラバラの人間が出てきたそうだ。
 それは、それぞれが大切に思っている人だったという。


 恋人、片想いの相手、家族が、バラバラの姿でボストンバッグから出てきたそうだ。
 Dさんの場合は、病気がちの母親だった。


 手足や胴体や首は、どうやってかはわからないが地面をずるずる這い寄ってくる。
 足に絡むので転ぶ。そうすると腹や腕、顔の近くにまとわりついてくる。


 首がずるりずるりと耳元まで来て、囁かれる。

「なんであのときたしかめなかったの?」
「なんであのときあけてくれなかったの?」
「なんでたしかめてくれなかったの?」
「なんでちゃんとたしかめてくれなかったの?」

 ──出てくる人物が違うだけで、4人とも同じ夢だったそうである。



「その日の夜だけだったんですよね。夢は。それ以降は一度も見てません。でも本当に、人生で一番いやな夢でしたよ……。
 デパートは、半年後だったかなぁ。閉店しましたよ。案の定っていうかね。
 古いので取り壊されて、詳しくは知らないんですけど今は別の建物になってるそうです。
 店じゃなく何かの施設らしくて。そこにバッグや女が出るって噂は、特にないそうですよ──」

 
 新しい建物にはいい場所がないので、女は出なくなったのだろうか。


 もしかすると女はボストンバッグを持って、置くのにちょうどいい場所を探しているのかもしれない。


 あなたの前に見知らぬボストンバッグが現れた場合、あけない方がいいのかあけた方がいいのか。
 それは誰にもわからないことである。




【完】


☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」
 禍話R 第四夜 より、編集・再構成してお送りしました。


 
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