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【怖い話】 赤いリボン 【「禍話」リライト⑲】

 Iさんと友達の2人は車でプチ旅行をするのが趣味の活動的な女性コンビである。




 タウン誌やネットで見かけた美味しそうなレストランや洒落た喫茶店、あとは気持ち良さそうな温泉。

 休日ともなれば朝から車に乗り込みダッと飛ばして目的地に着いて目一杯楽しむ。そして再度車に乗ってダッと飛ばしてその日の夜に帰ってくるのである。

 せわしない趣味ではあった。しかしそのせわしなさのおかげで充実した一日を送れた気がするのだった。

 そんな「弾丸旅行」を暇さえあればやっていたという。


 

 時には深夜に車を飛ばしたりもしていた。

 休みの前日の仕事終わりに2人で落ち合う。交代で運転しつつ翌朝に到着。それから夕方まで遊んで帰途につき夜中までに戻ってくるのだ。




 その日も例によって仕事を上がってから落ち合った。少し離れた場所にある温泉に行くのである。

 夜から明け方にかけてのドライブだから車通りは少ない。対向車もほぼ皆無だ。いつものように気分よくガンガンにスピードを出して温泉を目指した。

 市内から市外へ。そこから山や田園地帯をいくつも越える。凡々たる真っ暗な道を行く長い道のりである。時折体を伸ばして休憩をとりつつ運転を代わった。



 女性のドライブ旅行となると、困ったことが一つある。



「あ~あのさ~。Iちゃんちょっと……」友達が声をかけてきた。

「なに?」Iさんが応じる。

「ちょっと……オシッコに……」



 トイレである。



 男の小用であれば最悪路肩に停めて草むらに向けて済ませればよいかもしれない。しかし女性となれば話は別だ。

 しかも闇に包まれた深夜ともなればなおさらである。真っ暗な中で限りなく無防備な状態でしゃがみこむというのは女性男性問わずおそろしい。



 これが街中や市街地ならばよかった。数分も走れば公園かコンビニがあるはずだ。

 しかし彼女たちが走っていたのは山から山への道である。

 かなりよくない状況と言えた。



 走っても走っても店の灯りどころか光明さえ見えない。ドライブインもない。

 最悪の一歩手前としてパーキングエリアに停めてそこで……との策も浮かんだがそのような駐車スペースも現れない。

「ちょっとこれは~っ! まずいかも~!!」と友達が苦悶しはじめた頃。

 向こうにコンビニの看板が見えた。



「やった!」「よかった!」

 煌々と光る看板の脇を抜けて駐車場に入った。

 エンジンを切ると友達はサササッと車を降りて、我慢している人独特の動きで店の中へ入っていった。

 Iさんは用事も小用もない。降りて歩いていきながら、周りを観察する余裕があった。

 駐車場に他の車はない。

 コンビニは全国規模で展開している有名店のそれだった。地方の隅や田舎にぽつんと建つ聞いたこともない名前のやつではない。

 ただ、何か引っかかった。

 歩きながら看板をじっと見ていて

「ああそうだ。コレ古いタイプの看板だわ」

 そう気づいた。


 その有名なコンビニは何年だか前にロゴを変えたはずだった。Iさんの近所の店でも業者がガチャガチャ交換していった記憶がある。


 こんな山奥の店だから面倒でやらなかったのかなぁ。Iさんはそう考えながら店に入った。



 友達がトイレに駆け込んでいく後ろ姿を見送った。看板は変えられていなかったが店内はごく普通のコンビニだった。

 さて雑誌でも読むかとその一角に立ち寄る。

「ありゃあ」

 雑誌にもコミックにも全部ビニールやテープで立ち読み防止の封がしてあった。

 こんな山のコンビニなのにケチだなぁ。じゃあ店内でも見て回ろうかなと思った時だった。

 雑誌コーナーの後ろの窓。

 ポスターが何枚か貼ってある。



 ほんとうは「ポスター」ではなく「貼り紙」と言うべきかもしれない。ぺらぺらのコピー用紙に印刷された代物だった。

 Iさんは街中のコンビニにもたまに貼られている手作りの「ポスター」を思い出した。

 大概こういうのは、ペットがいなくなったとか子犬をもらってくださいといった内容のものである。だいたいかわいい犬や猫の写真が添付されていて──



 ──載っているのはおばあさんの写真だった。

「探しています」と書いてあった。



 日付は数ヵ月前。

 (あぁ。大変だなぁ……)

 Iさんはしんみりしながらポスターの文字を読んだ。通りすがりの人間が役に立てそうにもないが気持ちとして目は通しておきたい。

「探しています」のすぐ下に、おばあさんの顔写真。その脇に名前と身長が書いてある。そのさらに下にいなくなった時の服装などが記してあった。





 黄緑色の上着

 茶色いズボン

 婦人用の黒いバッグ

 少し足をひきずる歩き方

 右手に赤いリボンを巻いています





 ああ。そうかぁ……。Iさんはそう感じ入ることしかできなかった。

 最近は認知症などが原因で病院の帰り道や家から不意にいなくなってしまうお年寄りも多いと聞く。この人もそうなのかもしれない。

「手に赤いリボンを巻いてい」るとは老いてもオシャレな人なのだろうか。それとも家族にこういう場合の目印も兼ねてつけてもらっていたんだろうか。

 Iさんの頭の中をグルグルと思いが巡る。

 しかしこのおばあちゃん……家族に好かれていたんだろうなぁ……何枚もパターン違いの「探しています」のポスターを作って貼ってもらっているのだから、さぞかし……



 隣に目を移すと驚いた。

 てっきり同じおばあさんの別の写真を添付した「探しています」だと思っていたがそうではなかったのだ。

 まるっきり別の、今度はおじいさんが写った「探しています」の貼り紙だった。

(うわぁー。2人目かぁ……) 

 日付は半年ほど前だった。



 とても元気そうなおじいちゃんに思えた。写真の中では杖をついているのかゲートボールでもしているのか棒を持っている。闊達そうな笑顔を浮かべている。

 失踪当時の服装も書いてあった。





 薄緑色のジャンパー

 白いポロシャツ

 紺色のズボン

 白いスニーカー

 右手に赤いリボンを巻いています






 ……………………。






 この「赤いリボン」。どうして二人とも付けているのか。

 同じ施設に入居していてそこで付けていたのだろうか。部屋のグループ分けでわかりやすくするためとか?

 何かの社会活動だとしてもいなくなったお年寄りが2人とも失踪当時につけていたというのはおかしな話だ。

 この辺りでは老人の右手に赤いリボンを結んでおく決まりでも……いやそんなものはないだろう……




 Iさんはそのまた隣にある3枚目のポスターに目を移した。

 ひどく褪色している。セロテープも黄色くなりパリパリになっている。もうだいぶ前に貼られたものに違いない。


 それもまた別の尋ね人の貼り紙だった。こちらもまたおじいさん。

 …………この地域ではお年寄りがよくいなくなるのだろうか?

 全体に色褪せ、文字も薄く消えかけていた。写真の顔もセピア色に変わり、仏間に飾られている先祖の遺影を思わせた。

 日付を見ればやはり、2年近く前に貼られたものである。2年もコンビニの窓に貼られていれば印刷物など大抵こうなってしまうだろう。



 (このおじいさんは……もう生きていないだろうなぁ)

 Iさんは考えた。

 お年寄りが山近くでいなくなって長く見つかっていないのだ。移動手段も徒歩か自転車以外にないはずである。遠くへは行けない。

 そして日付は2年以上前だ。谷に落ちるとか山奥に迷いこんだりしたのではないか。心が痛んだ。

 Iさんは白飛びした「失踪当時の容姿」をどうにかして読み取った。





 年齢 82歳

 身長 164センチくらい

 カーキ色の上着

 白っぽいズボン

 サンダル

 右手に赤いリボンを巻いています






 …………………………………………。





 


「いやぁ~よかったァ。ギリギリセーフだったよぉ~」

 友達がスッキリした顔で奥のトイレから出てきた。

「いやぁもうオシッコがね! 膀胱が! パンパンで!!」

「…………何言ってんのバカ! 下ネタやめろ!!」

 ポスターの「赤いリボン」のことを頭から追い出そうとつとめて明るく返事をした。

 友達は「トイレ借りたのに手ぶらで帰るのもアレじゃん」と言う。なので軽く買い物をしていくことにした。



 飲み物やガムを適当に取ったあとで友達がレジに向かった。Iさんは出入口とレジの間あたりでぼんやりしながら待つ。

 店員のおじさんは深夜勤務特有のやる気のなさだった。1点ずつ読ませながらモソモソと値段を呟いている。



「あのさぁ。細かいのある? 五円とか」

 友達がそう聞いてきたのでIさんはポケットから財布を取り出して中を探りながらレジまで歩いていく。

 五円玉があった。あーあったよホラ。はい。

 Iさんはレジに五円置いてやった。

 その瞬間に、見た。

 




 店員の右手に、赤いリボンが結ばれていた。





 ぞっ、と寒気が走った。

 この人まで。どうして。

 店員のおじさんはそんなIさんに気も払わず友達に釣り銭を渡した。



「…………ねぇ。早く行こ?」

「どうしたのそんなに急いで」

「急がないと間に合わなくなるしさ」

「そんな。昼前にでもつけばいいんだからさぁ……」

「いいから早く行こ!」



 Iさんは友達の手を引き急いでコンビニを出て車に乗り込んだ。猛スピードで駐車場を離れたそのままの勢いて走り去った。

 そのせいであろうか。温泉にはかなり早くたどり着けたらしい。






 帰宅後にその地域について調べてみた。そのあたりで人の手首にリボンや布を巻くような風習はないものかと。

 いくら調べてもそんなものはなかった。





 深い理由はない。幽霊や怪異に関わる出来事でもない。

 しかしIさんはそのコンビニのある地域には、できるだけ行かないようにしている。











(fin)






☆本記事は、「禍話」、燈魂百物語 第零夜-1 2017年1月7日放送分より、編集・再構成してお送りしました。

http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/337047722

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