【怖い話】あ・た・し【禍話リライト39】
結論から書くと、学校でこっくりさんが禁止になった話である。
なお、出てくる名前は全て仮名となっている。
鳥居のマークと「はい」「いいえ」、それに「あ い う え お か き く け こ ……」を紙に書き、その上に置いた十円玉に3、4人で指を乗せ、霊を呼ぶ儀式。「こっくりさん」はその簡易さのためか、昭和・平成の流れで幾度か流行した。
九州某所にあるその中学校の女の子たちも、オカルトに顔をしかめる教師たちの目を盗んで、放課後の教室でこっくりさんをやっていたそうだ。
その日も授業と部活が終わった後に、紙を広げて十円玉を置いた。
教室から誰もいなくなるまで待っていたせいか、あっという間に夕方になってしまったそうだ。
部活も終わって他のクラスの居残り組も帰りはじめ、あたりが薄暗くなりはじめた時間帯だった。教室の中には自分たちしかおらず、しぃんと静まり返っている。
…………こっくりさんにハマっていて一番困るのは、「質問がなくなっていく」ことだという。
最初こそ盛り上がるものの、まだ十代も半ばの青少年に聞きたいことがさほどあろうはずもない。
一緒にこっくりさんをやっている友達の目もある。変なことは聞けない。こっくりさんだって、いつもちゃんと答えてくれるわけでもない。
そんなわけで、しばらくするとどうでもいい質問が飛び交うようになる。
その日も早々に、聞くことが底を尽きかけていた。質問もないが、このまま終えるのももったいない。別に聞かなくてもいいことを気まぐれで尋ねてみたりした。夕闇が忍び寄ってくるまでこっくりさんが続いたのは、そんな風にダラダラと続けていたせいもあったかもしれない。
さてどうしようかと迷っていると、一人が「あっ、思いついた」と言った。
「こっくりさん、こっくりさん、うちのクラスの山口くんは、誰かと付き合ってますか?」
「山口ぃ?」
別の一人が呟いた。
山口くんは特にかっこいいわけでもない。かと言ってまるでダメな容姿なわけでもない。普通の男子である。
スポーツも勉強もほどほどにできて、行事でもイベントでもちゃんと動いてくれるが目立つわけでもない。普通の、表現は悪いが凡庸な男子なのである。
それまでは同級生のイケメンや嫌われている生徒のことを何度も尋ねていたので、一度ためしに「フツーの同級生」について聞いてみたくなったのかもしれなかった。
それにしても山口くんかぁ……別に……誰と付き合ってても、あんまり興味ないかな…………
「山口はないよ~」
「いやまぁホラ、意外な人と付き合ってるかもしんないじゃん?」
「いやでも、面白くないでしょ~」
少し白けた雰囲気が、こっくりさんをしている静かな教室に漂った。
すると。
十円玉が指の下で動きはじめた。
この日はそれまでどんなことを聞いても満足に答えてくれなかったのに、はじめてまともに動き出したのである。
「オオッ、動く動く……!」「力、入れてないよね?」「入れてないよ……!」
女の子たちは盛り上がった。
十円玉がゆっくりと動き、「あ」の上で一度止まった。それからまた動いて──
あ
た
し
…………「あたし」?
えっなに、山口くん、こっくりさんと付き合ってるの?
こっくりさんってキツネの霊じゃなかったっけ?
えっ、意味わかんないんだけど……どういうこと?
十円玉が意味のある文字列を示したのはちょっと怖い。だがこっくりさんは、山口くんは自分とお付き合いしていると言うのである。
俄然面白くなってきてしまった。
変な質問になるが、こうなったら聞いてみるしかない。
「あの~スイマセン、こっくりさんって、お名前はなんて言うんですか?」
十円玉が再び動く。もちろん誰も力を込めていないはずだった。
「い」…… 「と」…… 「う」…………
「い と う ま ゆ み」
十円玉はそのように紙の上を移動した。
…………そんな名前の女子は同級生にはいない。知らない人だ。私たちの知らない先輩だろうか。後輩? 別の学校の子かな?
聞いたはいいが、記憶にない名前を名乗られてしまった。
彼女たちは反応に困って顔を見合わせていた。
「…………あれっ?」
十円玉が、ずるずると動き出した。
まだ何も聞いていない。質問しなければ動かないことになっているのに。勝手に動いている。
断りなく指を離すと祟られると言われている。彼女たちは目でその様子を追うことしかできない。
ぐ、ぐ、ぐ、と十円玉が紙の上を這い回った。
お
い
わ
い
し
て
…………お祝いして?
わけがわからない。何を、どう祝うというのだろう。このカップルをだろうか? みんな無言で他の子の顔をうかがって、どうしようと戸惑うばかりだった。
「あっ……また動く…………!」
十円玉が動き出した。
お い わ い し て
お い わ い し て
お い わ い し て
お い わ い し て
指を乗せた硬貨は執拗に執拗に、何度も何度も同じ文字の上をなぞっていく。
みんな動けなかった。ただ指先だけが、十円玉にくっついて紙の上を移動していく。
お い わ い し て
お い わ い し て
お い わ い し て
お い わ い し て
「…………お、おめでとう!!」
耐えきれなくなったひとりが叫ぶようにそう言った。
「…………お、おめでとう!!」
「よかったね!! よかったよかった!!」
「ほ、本当、ぴったりの二人だと思う! よかったね!!」
残りのみんなも堰を切ったように祝い、褒めちぎった。
「みんなもうらやましいって言ってるよ!」「私たちもいいなーって思う!」「おめでとう! 本当におめでとう!!」
それでも、十円玉は動き続けた。
お い わ い し て
お い わ い し て
うん! うん! 本当に、結ばれてよかった! かっこいいしかわいいし! うらやましい! みんなもそう思ってるよ! よかったね!!
お い わ い し て
お い わ い し て
素敵なカップルで、幸せそうだよね! そうそう!! いい恋人同士って感じで!! おめでとう!! きっと幸せになれるよ!!
お い わ い し て
お い わ い し て
と、一人が、
「山口くんと、末永くお幸せに!!」
と言った。
どさっ
…………校庭に、なにかが落ちる音がした。
この教室の窓の真下だ。ボールや椅子のような軽いものの音ではなかった。もっと重い、人ひとりくらいの…………
彼女たちは思わず同時に指を十円から離していた。あっ、と一瞬後悔したが足は窓の方へと向いていた。
窓を開けて下を覗きこむ。
植え込みに、誰かが倒れていた。
太陽は沈みかけていたが制服ではないのはかろうじてわかった。私服の、男の子のように見える。腕を動かし身をよじっている。生きている。痛みにうめく声が、2階の窓から覗く彼女たちの耳にもかすかに届いた。
植え込みに落ちていたのは、山口くんだった。
大騒ぎになった。
山口くんはいわゆる帰宅部で、その日も学校が終わったらすぐさま家に帰り、私服に着替えて自室に入った。
お母さんが夕方になってから部屋をノックしたものの、誰もいなかった。家の中を探したがどこにもいない。
どこかに遊びに行ったのだろうかと玄関を見ると、靴はそのまま残っている。つっかけもサンダルもそのままだった。
おかしいなと思って外に出て周囲を見渡していた6時過ぎに、山口くんは飛び降りたらしかった。
植え込みに落ちて頭を打たなかったのは幸いだったものの、山口くんは足の骨を折ってしまっていた。
彼いわく、家に帰って着替えて、部屋でダラダラしていたのは覚えているが、日が傾いてからの記憶がぷつんと途切れているそうである。
彼は靴も履かずに家を出て、歩いて学校へ向かい、3階の無人の教室に入り込んで窓を開け、そこから飛び降りたらしかった。
女の子たちがこっくりさんをしていた教室の、ひとつ上の階の教室だった。
彼女たちは後日、怯えて泣きながら、ことの顛末を先生たちに話した。
非科学的なことを信じない教師もある程度信じている教師も、「とりあえずは、こっくりさんを全面禁止にした方がよさそうだ」との結論に達した。
それで、その中学校ではこっくりさんが禁止になったのである。
…………「いとうまゆみ」という名前の女の子は、確かに学校に在籍していたという。
ただし彼女たちと同年代ではなく、何年も前の生徒だった。
理由は判然としないが、ほとんど学校に来ないまま卒業、ということになった生徒であるらしい。
それからしばらくは実家で暮らしていたものの、病気を患ったのか元々身体が弱い子だったのか、早いうちに亡くなってしまったそうである。
「いとうまゆみ」と山口くんとの間に、繋がりは全く、なにひとつ、なかった。
【完】
☆本記事は無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」の
震!禍話 第十二夜 より、編集・再構成してお送りしました。
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