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【怖い話】 うりふたつ 【「禍話」リライト87】

「オバケだったら、お祓いとかに行けばいいでしょ?」
 Tさんは細い二の腕をさすりながら言った。
「でも人間だと、避けようがないから。しかもトイレで……。だから私、怖くて」

 これは、あるデパートで起きた話。
 平成の末頃の出来事だそうだ。

 自宅から少し離れたデパートに、Tさんは買い物に来ていた。週末とあってそこそこの人手だ。
 洋服や寝具などを眺めていると、トイレに行きたくなった。
 しかし気になる商品があったため、「そろそろ行かないと危険だぞ」となるくらいまで我慢していた。
 あっ、ではそろそろ……という具合になったので、トイレへと足を向けた。場所は知っているし、急ぐ必要はない。

 トイレの前まで来て、「げっ」となった。

[清掃中]

 と書かれたボードが立ててあったのだ。
(た、タイミングが悪い……!)
 Tさんは焦った。結構がんばっていたので、厳しい状況になりつつある。
 すぐさま取って返してエスカレーターに乗り、ひとつ上の階を目指した。この階のは掃除してませんように……と祈りながら店内を抜け、トイレへと向かう。

 小走りで進んでいると、ふっと後方に気配を感じた。
 ちらと振り向くとTさんの後ろから、追いかけるように女性がついてきていた。
 その時は焦っていたので、「あぁこの人もトイレに急いでるんだな」としか思わなかった。

 トイレは開いていた。
 奥に向かって並ぶ個室4つも、すべて開いている。
 よかった! と安堵しつつ入口からまっすぐの位置にある3つ目に飛び込んだ。
 飛び込む直前、後ろから来ていた女性が一番目の個室の中に消えるのが横目で見えた。

「ふぅ、危ない危ない……」
 危機を回避したTさんは座りながらため息をつく。これで個室が埋まってたら万事休すだった……ヤバかった……。

 落ち着いてから、気づいた。
 ふたつ隣、自分についてくるように入ってきた女性のいるトイレから、物音がしない。
 水を流す音、紙を引き出す音。衣擦れや荷物をいじる音などが、まるで聞こえてこない。
 誰もいないかのように静かだ。

 ……もう出ちゃったのかな? けどドアを開けた様子も、手を洗った気配もないし。スマホをいじってるのかなぁ。
 Tさんは後処理を済ませて服を整え、水を流した。
 ジャーッ……という音と共にドアを開けて、外に出た。
 

 視線を感じた。

 横を見ると、さっきの女がいた。

 女は個室に入っていなかった。
 ドアを開けたまま左半身を個室に入れ、右半分を外に出して、ぬっと立っていた。

「わっ……」
 Tさんは声を上げてしまった。
 驚いたにも関わらず、女は顔の右半分の右目で、じいっとTさんの姿を捉えている。

 ……知っている人かな、とTさんは考えた。が、記憶を辿っても誰だかわからない。
 女は黙ったまま、右半分でTさんを見つめている。表情はない。

「あの、」Tさんは口を開いた。「なんでしょうか? 私が、何か?」

 女は半身のまま微動だにせず、唇だけを動かした。
「あのぅ。すいません」
 抑揚のない、じとついた調子だった。


「あなたのこと、さっきお店の中でお見かけして。思わずついてきちゃって。
 あのぅ。わたしたち、うりふたつですよね」


「……え?」
 Tさんは女の足元から頭まで視線を走らせた。

 靴は違う。たぶんサイズも。
 靴下から上着まで、服装も一致しない。
 体型もまるで別だった。背の高さもそう。年齢も、明らかに向こうが年上だ。
 化粧っ気のない女と、きっちりメイクをしているTさん。
 女の青白い細い顔、Tさんは丸顔でメガネをしている。
 Tさんはショートカットで、女は黒く長い髪だった。

 ……うりふたつ、とは何処どこのことなのか。
 性別以外のどれひとつとして、同じ部分がない。

 しかし、女は続けて言う。
「わたし、ほんとうにびっくりして。ねぇ? 世の中にこんなにそっくりな人がいるのかって。それで思わず、追いかけちゃって。あはは。
 ほんとうに。双子っていうか。鏡でも見てるみたいに。ふふ。あはは。ねぇ? びっくりしちゃったんですよ。
 こんなにそっくりな人がいるなんて。信じられなくて。びっくりして。ほんとうにうりふたつですよね。あはは。あははははは」

 延々と喋り続けて、その場を動こうとしない。
 Tさんはぞっとするものを感じつつ、どうにか返事をしておこうと思った。
 無視して逃げると、まずいことになりそうな気がした。

 言葉を選びながら優しく、Tさんは言った。
「あの私たち、そんなには、そっくりでも……ほら」
 自分のショートヘアを触る。
「髪型も違いますし、背とか、年格好とかもぜんぜん、」
「ねぇ? おどろいちゃってわたし」
 女の声で断ち切られた。
「この世にこんな、双子でもないのにねぇ。ふふ。こんな人がいるなんて。あは。鏡を見てるみたい。ほんとうにそっくり。あはははは」

 Tさんはどんどん怖くなっていく。
 会話の通じる相手ではない。だが、このままトイレの中にいるわけにもいかない。
「あの、ちょっと私、急ぐので」と言い残して、個室から出た。
 女からできるだけ離れて、目をそらして、壁を伝うようにして歩いていく。肩や腕がトイレのタイルに擦れた。


 五歩ほど歩いたところで、瞳だけで女の様子を確かめた。
(うっ……)
 Tさんは身震いした。

「こんなに似てるなんて。ねぇ? ほんとうにびっくりしちゃう……」

 女は、壁際にいるTさんを見ていなかった。
 さっきTさんが立っていた個室のドアから、視線を動かしていない。

「ごめんなさいね。ここまでついてきちゃって。でもあなたとわたし、あんまりそっくりだったから。あはは。あははははは」

 誰もいない場所を見つめながら、女は話し続けていた。

 Tさんは奥歯を噛みしめて、叫びたいのをこらえながら足早にトイレを逃げ出した。
 背後からはずっと、「わたしたちほんとうに、うりふたつですよね」と呟く女の声がしていたそうである。


 Tさんは暗い顔つきで言う。
「……そういうことがあったので、大きい店とかショッピングモールのトイレには、入りづらくなっちゃったんですよね」
 だってトイレを出て、あの女が立ってたらと思うと。
「わたしたち、うりふたつですよね」って言ってきたらと思うと。

 幸いその後、Tさんは女とは遭遇していない。
 そういう女の噂を近隣で耳にしたことは、一度もないという。



【完】



★本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」
 元祖!禍話 第十一夜 より、編集・再構成してお送りしました。

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【加】さらに今月下旬、かぁなっきさんの相棒にして禍話の相槌担当、映画ライターの加藤よしきさんが……出す……! 何かを……! 世間に……! こうご期待!!


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