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【怖い話】家の蔵の絵【「禍話」リライト68】

 昭和の頃の出来事だ。
 現在その家はとっくのとうに無くなってしまっている。

 体験者のSさんも、「なにぶん昔のことなので、記憶が不確かな部分もあるんだけど……」と言いつつ、訥々と語ってくれた。


 中学生の時分に、男友達の家に出向く機会があったのだそうだ。
「どういう理由で行ったのかはイマイチ思い出せなくて……」

 学校の宿題でもあったのか、面白いゲームでもあったのか。それとも単なる気まぐれだったのか。そのあたりのことは覚えていないそうだ。

 どえらいお金持ちの家だったそうである。
「映画やマンガに出てくるでしょ。ほら、門から玄関までの距離が長くて。白い砂利とかジャーッと敷いてあって。真っ平らな飛び石が続いてる、和のお屋敷。ああいうの」

 Sさんはうへぇー、これが「金持ち」ってぇやつか……とキョロキョロ見渡しながら、玄関までの道程を歩いた。
 庭がバカみたいに広く、木もぴっしりと剪定されている。画面や紙の中でしか見たことのない「お屋敷」を、Sさんは目に焼きつけていた。 

 枝振りのいい木が生え、池の作られた庭園の先には、蔵まで立っていた。「蔵!」とSさんは思った。昔話の挿し絵などに出てくるあの「蔵」だ。
 本物の「蔵」を生で見るのははじめてだったので、感激もひとしおだった。
 わー、うわーと思いつつ、お屋敷の中に入った。そこで子供の脳の許容量が限界に来たのか、内部のことはあまり記憶に残っていないらしい。とにかく「お金持ちだ!」「広い!」「品がいい!」などと感じたことだけが、頭の隅にある。

 
 それで、当初は夕方には帰るつもりだったのが、用事がずるずると長引いてしまったのだという。
「なのでたぶん、学校の宿題か課題をやってたんでしょうね」
 一般家庭ならば「ほらもう遅いから、Sくん帰りな」などと言うところであろう。しかしそこはお金持ちの家だ。「もう暗くなってしまったから、家に泊まっていきなさい」と言われた。
 家に電話を入れると、母親から「くれぐれも失礼のないように」と散々クギを刺された。

「急なお泊まりだったから、あまりおもてなしはできないんだけれどね……」
 そう言われてご馳走になったご飯の味は、正直言うと上品すぎて薄味で、よくわからなかったという。
「お金持ちは、こういう味の薄いものを、少しばかり食べて満足しているのか…………」
 住む世界が違うなぁ、とSさんは中学生ながらに思ったそうである。


 友達の部屋に布団をふたつ伸べて、一緒に寝ることになった。
 敷き布団も掛け布団も適度に柔らかく、わー、うわぁー、などと感じ入っている間に、Sさんは眠ってしまったのだという。


 真っ暗な深夜に、Sさんは目が覚めた。
 トイレに行きたくなったのだった。

 ゆっくりと起き出して、トイレの場所を思い出そうとする。
 太陽が出ている間に一度トイレをお借りしたので、だいたいの場所はわかっているつもりだった。こっちは泊めてもらっている身だ。寝ている友達を起こすのも気が引ける。

 寝床から抜けて、部屋の襖を開けた。
 暗い廊下を半ば手探りのように歩いていく。広い家ではあるが迷路ではない。
 そう、確かここをまっすぐ行って、あそこの角を右に曲がったところに──と考えつつ歩いていた。
 ぷつん、と廊下の壁が途切れている部分があった。
 月明かりが入ってきていて、降りる段差が見える。下は石畳。外へと出る裏玄関のひとつらしかった。
 ああ、これってあれだな、庭に続いてるんだな。木や池があったあの立派な庭……

 ふとその戸に目をやると、白壁の建物が透かして見えた。
 あぁ、蔵だな、と思った。
 深い理由はない。Sさんは裸足でその玄関を降りて、戸に手をかけた。
 昭和の時代だし、塀に囲まれた敷地内だったからだろう。鍵はかかっておらず、戸はからからと開いた。
「開いたなぁ」、とSさんは心の中で言った。
 月光に照らされた白い飛び石が、蔵の入り口まで続いている。

 Sさんはそのまま外に出た。
 綺麗に掃き清められているのだろう。足に砂っぽい感触はなかった。
 足の裏と指先に冷たさを感じながら、Sさんは蔵の入り口まで石を渡っていった。

 蔵の戸には当然、錠前がぶら下がっていた。
 ざりざりに錆びついていて、鍵を刺して回しても開きそうにない。
 戸は、上半分が格子状になっている。
 天井近くに窓があるらしい。月の光が射し込んでいて、中が半分くらい見えた。
 その蔵の奥に。


 着物姿の、若い女の人の絵が立てかけてあった。
 着物は派手な色合いで、肌は白い。うつくしい女性だ。
 誇張もされていない、簡素に省略されてもいない。等身大の写実画を思わせた。
 生きている人間をそのまま写し描いたような絵だったという。


「大人になってから考えるとね。あれって女郎さんとか、遊女だったと思うんですよ。
 着物の柄とか顔つきとか……そういう感じの妖艶さって、あるでしょう?」


 他にもたくさんの物品が置かれていたはずなのだが、Sさんはその綺麗な絵しか目に入らなかった。
 とは言えSさんは、「すごいなぁ」「お金持ちの家には、こんなものがあるのかぁ」などとぼんやり思う程度だった。感心はしたが、引き込まれるというほどではない。

 見つめていたのは10秒か、せいぜいが20秒くらいだったろうと言う。
 Sさんは自分がトイレに起きたことを思い出して、蔵の前を離れた。
 飛び石を戻り、戸を静かに閉めて、念のために足の裏を払ってから廊下に戻る。

 幸い、さっき思い描いていた地図通りの場所にトイレはあった。

 

 用を足して部屋に帰ると、寝床の中から友達が「トイレ?」と声をかけてきた。
「なんか襖が開いたな、って。目が覚めちゃったんだよね」
「あーそうなんだぁ。ゴメンゴメン」
「ううんいいって。行けた? トイレ」
「行けた行けた。お昼に一回使ったから」
「起こしてくれてもよかったのに」

 そんなやりとりをしているうちに、Sさんの心の中にちょっとだけ、罪悪感のようなものが芽生えた。
 ヨソの家の裏口を開けて、蔵を覗いてしまったのである。小さなトゲのような罪悪感だった。

「……あのさぁ、今トイレに行った時なんだけど」
「どうしたの?」
「行く途中に、裏口みたいなのがあるでしょ」
「うん、あるね。庭に出るやつね」
「蔵が見えたから、お昼に来たときに気になってて」
「あー、そうなんだ。蔵とか珍しいもんね」
「で……悪いことかもしれないんだけど、そこから出てさ、蔵まで行ってさ」
「うんうん」
「戸の上のところから、中を覗いちゃったんだけど……ごめんね」

 えーっそんなことを? などと驚かれるかと覚悟していたSさんだったが、友達の返事はおっとりしたものだった。
「あ~もう全然、なんてことないよ、そんなくらい」といった口調で、横になったままSさんに答えた。
 ホッとしたSさんは、話を継いだ。
 さっき見たものについての話を。

「で、蔵の中を覗いた時にさぁ……やっぱりお金持ちってすげぇなぁ、って思ったんだけど」
「うん、なぁに?」
「中にさぁ、すごく綺麗で、写実画みたいな、若い女の人の絵があるだろ。
 等身大で、色の濃い着物を着てる女の人の絵。あの絵って、高そうだなー、って……」

 そこまで聞いていた友達が急に、「へぇー」、と声を上げた。
 お前あれ見たんだぁ。
 あれをなぁ。へぇー……

「やっぱりお前って、なんていうか、わかってるヤツだよなぁ」
 友達は心底感心したように、Sさんに向かって言う。
「家の中でもさぁ、『あれは絵だ』ってことにしてるんだよ」

 引っかかる言い方だった。
 Sさんは「なに? どういう意味?」と尋ねた。
「お前、あれが絵に見えたんだよな?」と逆に問い返される。
「そうだけど……。あれって、絵じゃないの?」
「お前それ、どのくらい見てた? その女」友達は質問に答えない。
「えっ? そんな長くないよ……15秒とか……」
「そうかぁ。そんくらいなら大丈夫だわ。うん」
「どういうこと? 見てると、どうにかなるの?」
「測ってないからわかんないけどさ、1分とか見てるとな、あれ、動くんだよな」
 動く?
「え、あの着物の人って、人間なの? あそこの中に住んでるの?」

 そう聞くと、友達は「あははははははははははは」と笑った。
「お前、鍵見たろ。蔵の。でっかくて錆びてて、開けられないやつ」
「見たけど……」
「あんな鍵がついてんだからさ、あそこがどんだけ長く開けられてないかって、わかるだろ?」


 ウチのみんなもアレのこと、よくわかんないんだけどさ。
 まぁ、そういうことだよ。
 気にしなくていいよ、何ともなかったんだから。
 な?

 そう言い残して友達は、布団に入り直してしまった。

 Sさんはぞくりとした。
 じゃああの、さっきの女の人の絵って。

 しかし友達からはこれ以上、話を聞き出せそうにない。
 というか、聞いたら聞いたで眠れなくなる。

(……き、気にしなくていい……何ともなかったから……気にしなくていい……)
 先の友達の言葉を反芻して自分に言い聞かせるようにしながら、Sさんは布団の中に潜りこんだ。

「あっ、そうだ」
 向こうの布団から、友達が言った。
「だから、夜に庭から女の笑い声が聞こえても、気にしなくていいからな」

 ……………………。

 そんなことを言われて、寝られるはずがない。
 布団をかぶって眉間に皺を寄せながら、Sさんはろくに眠れずに朝を迎えたそうだ。




 数年後、その友達の家の稼業は傾いて、ダメになってしまった。
 一家は引っ越しを余儀なくされ、友達もどこかに転校してしまった。
 家もその蔵も、跡形もなく取り壊されてしまったのだという。


 遊女の「絵」がどこに行って、今どこにあるのか。
 当然ながらSさんには、まったくわからない。






【完】


★本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
 独りで怖い話スペシャル より、編集・再構成してお送りしました。


🔥なんと11月28日(日)に、他の恐怖有識者さんと怪談バトンリレー的な有料配信をやることとなった「禍話」、

怪奇! 堂山クライム2021
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 大島てる、最東対地、村上ロック、吉田悠軌、etc……etc…………
 魑魅魍魎の百鬼夜行の中に放り込まれる 禍話のwiki が、アッ、こんなところに!
 https://wikiwiki.jp/magabanasi/%E7%A6%8D%E8%A9%B1%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
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 果たしてかぁなっきさんと加藤さんは生きて帰れるのか? 生前葬をやっておくべきなのか? お楽しみに……!

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