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【怖い話】 救急隊員 【「禍話」リライト27】



 Kさんには年の離れた弟がいる。
「俺は大学生なんだけど、弟はまだ小学生。これは俺が、年末年始に実家に帰省した時の話で……」


 ある年の冬休みのこと。
 短い休みと言えど、宿題は出る。
 弟くんは小学生によくいる、長期の休みは遊び呆けて、最終日近くに悶えながら一気に宿題を片付けるタイプだった。 
 その年も、彼は「自分の部屋じゃ勉強がはかどらない!」と、コタツのある仏間に飲み物やミカンを持ち込んで昼過ぎから夜まで、溜まった宿題をやり続けたという。
 宿題を一日でやらなきゃいけないのは自己責任。お父さんもお母さんもKさんもそんなポリシーだったため、弟くんには一切、手を貸してあげなかった。
 ひいひい言いながら宿題をこなす彼を放っておいて、両親もKさんも床についたそうである。


 翌日の朝。朝の6時くらいにKさんの部屋の扉がノックされた。寝ぼけ眼で返事をすると、弟さんが立っている。
 どうやら宿題は終わったようだったが、早朝過ぎるし、どうもそわそわしている。
 コイツ寝てないのかな? 寝不足かな? と思っていたら、いきなりこう言われた。

「兄ちゃんさぁ……。急性アルコール中毒は……よくないから……気をつけてね……」

 Kさんは困惑した。小学生の弟が「急性アルコール中毒」なんて単語を覚えているなんて、おかしい。
 よく見れば、勉強疲れ以上に気疲れしている様子である。どうかしたか? と聞くと、「実は昨日の夜……」と話しはじめた。


 
 誰も手伝ってはくれなかったが、お父さんが、「夜まで頑張るならホラ、これをやろう」と言って、子供向けのビタミン剤を弟くんに渡してくれた。
 それを飲んでみると頭と体がポカポカして、眠くならずに頑張れそうだった。

 外が真っ暗になる時間になっても、溜まった宿題は終わらなかった。弟くんは一人きりでコリコリと問題集に向き合っていた。
 コタツに入っているし、暖房もオンにしている。さらにビタミン剤が効いているせいか、必要以上に体が温かい。なんだか熱が出たみたいになる。
 いつもは起きていない時間まで起きていると、あたりがしぃん、と静まり返っていて、なんだか落ち着かない。仏壇もあるし、ちょっと怖い気もする。
 弟くんは気分転換に、と思って、廊下に出る戸を開けたそうである。
 冬の夜の冷気が入ってきた。
「わぁ、涼しくて気持ちいいなぁ……」そう思っていると、
 ドタドタドタッ!
 全然知らない男たちが4人ばかり、廊下を横切っていった。
 えっ。誰? と思う間もなく、彼らは廊下の突き当たり、Kさんの部屋に入っていった。
「え? え? なに?」
 弟くんはお兄ちゃんの具合が悪くなったんだ、と思ったそうである。
 というのも、その知らない一団の先頭にいた男が、救急隊員みたいな服装に見えたのだという。

 大変だ。
 彼は、コタツのある部屋からそっと出た。
「おとうさん!? おかあさん?」
 そう大きな声で呼んだが、誰も出てこない。
「おとうさぁん! おかあさぁん!」
 いくら叫んでも反応がない。
 廊下には誰もいない。お兄ちゃんの部屋からうろたえるような声もしない。
 ただ、お兄ちゃんの部屋から、知らない男の声がするだけだ。何か短く言っている。
 弟くんはおそるおそる、扉の開いた、お兄さんの部屋を覗いた。

 そこには、さっきの男たちがいた。
 真っ暗な中、お兄さんが横たわっているベッドの脇。そのうちの三人は何もせずにボーッと立って、Kさんを「助かるかなぁ」といった顔つきで眺めている。
 もう一人、あの救急隊員みたいな格好をした男が、布団を全部めくって、仰向けに寝ているお兄さんのお腹のあたりに馬乗りになって、声を出していた。

「いち! にい! さん! しい!」
「いち! にい! さん! しい!」

 以前テレビで見たことのある、心臓マッサージをやる時のかけ声だ。
 でも、その男は心臓を押していなかった。
 手はぶらん、と脇に垂れ下がって、お兄さんの顔をじっと見ているだけだった。
 救急隊員は何もせず、お兄さんにまたがって「いち! にい! さん! しい!」と叫んでいるだけなのだ。

 その異様な光景に、弟くんは怖くなって廊下を引き返した。
 家の中に自分しかいないような、そんな不安に襲われた。あの男たちは怖いし、お父さんもお母さんも出てきてくれない。どうしよう。おかしい。
 それでも、「変なドリンクを飲んだから、頭が変になってるのかも」と考える余裕はまだあった。
 コタツの上に、飲み物が置いてあることを思い出した。
 あれを飲めば頭も体も冷えて、まぼろしも消えるかもしれない。
 子供心にそう考えて、仏間に戻った。廊下の奥からはまだ「いち! にい! さん! しい!」と男の声が聞こえてくる。
 コタツに足を突っ込んで、置いてあるお茶を一口飲んで、とりあえず落ち着こうとふぅ……と息をついた。

 コタツの中の足が、ごつん、と変なものに当たった。
 冷たくて細い、他人の足だった。
 驚いて顔を上げると、コタツの反対側に、見たこともない女の人が座っている。
 コップを持ち上げて飲み干すほんの数秒前まで、そんな人はいなかったはずなのに。
 その女は廊下の奥、お兄さんの部屋を見やりながら、
「懸命の、救命活動が、続いていますね」
 と言った。
 感情の全くこもっていない、棒読みだった。
「あ、あの……」
 とりあえず声をかけようとしたが、女は
「懸命の、救命活動が、続いていますね」
 と棒読みで繰り返すだけだった。
 恐怖でどうしようもなくなった彼はコタツから這い出て、逃げるように廊下をまっすぐ走っていった。
「お兄ちゃん!」
 部屋に飛び込むと、暗闇の中で、男たちが全員自分の方を見ていた。
 お兄ちゃんに馬乗りになっていた男が、腕を持ち上げて手首を見る。腕時計を見るような動きだった。
 救急隊員の男は弟くんに向かって、こう言った。
「11時48分、急性アルコール中毒により、Kさんの死亡を確認しました」


 ハッと気がつくと、コタツのある仏間に横たわっていた。
 外は明るくなってたからもう怖くないけど、お兄ちゃんのことが心配で、それでノックしたんだよね……


「お前、なんだよその話……。夜まで起きてたから、悪い夢でも見たんだろ…………こえーよ…………」
 Kさんはそうは言ったものの、とても気持ちが悪い話だったので、その日から酒は飲まないようにしているそうである。





 ──弟くんいわく、その救急隊員の男はもう一度だけ現れたらしい。
 2016年。Kさんは大学に戻っているので、彼の部屋には誰もいないはずの時期のこと。
 弟くんが学校から帰ってくると、お兄さんの部屋の扉が開いている。
 いつもは閉めてあるし、お母さんが掃除してるのかな、いや今の時間はパートに出てるしな、と考えながら部屋を覗いた。

 あの時の救急隊員の男が、こっちに背中を向けて立っていた。
 ジャケットの長袖だけが、ぶらんと垂れ下がっている。
 男には腕がなかった。
 えっ、と彼が思った直後、

「いち! にい! さん! しい!」

 救急隊員は肩を震わせてそう叫んだ。

 弟くんはたまらず家を逃げ出したそうである。



「救急隊員がどうしたとか、家の近所で事件や事故があったとか、そういうことは一切、ないんだけどね」


 Kさんはそう話を結んだ。






☆本記事は、著作権フリー&完全無料 feat' 登録不要で誰でもすぐ聞ける怖い話ツイキャス「禍話」 
 真・禍話 救急車スペシャル (2017年12月1日)より編集・再構成してお送りしました。



 

 

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