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【怖い話】「例の家」【「禍話」リライト③】

 余計なことは言わない方がいい。

 俺が高校の頃の話だ。当時はよく友達の家に遊びに行った。日帰りの時もあれば、泊まりの時もある。
 泊まりの夜となれば、まぁ馬鹿話をしたりゲームをやったり、お酒的なものが持ち出されたりして(未成年は真似しないように)、場が盛り上がる。さほど親しくない奴がいたりもするが、しばらくすれば打ち解けて仲良くなれる。十代とはそういうものだ。
 それで、夜遅くなったら始まるのが「怖い話」。俺は当時から怪談をよく読んだり聞いたりしていたから、ストックは十分にあった。



 その日の泊まりも、そのコースだった。しかも女の子もいる。別に何をするわけでもないが、テンションは上がる。
 夜半を過ぎて、怪談が始まった。俺もいくつか怖くない程度の怖い話を披露し、いい感じに「怖いけど楽しい」雰囲気になった。
 そこでおもむろに話し始めたのが、俺の友達の友達、つまり俺とは初対面の奴だった。


 この話が、最終的に大変なことになったのである。しかも、俺のせいで。


 彼はこれを「僕の地元の話なんだけど」と語りはじめた。だから、俺の地元=大分県のことではないのだろう。だから、どこの話なのかは不明である。
 それはおおよそ、こういう話だった。







 …………僕の地元の話なんだけど、「例の家」って呼ばれてる廃屋があったんだ。
 そこに入ると、絶対に死んじゃうんだって。



 その「例の家」にはその昔、酪農をやってる一家が住んでたらしい。
 家族構成も、何を飼っていたのかもはっきりとはわかんないんだ。
 って言うのは、「その昔」が戦後何年とか昭和何年とかいう時代でさ。長く語り伝えられてきた話だから、抜け落ちたり変わっちゃった部分もあるっぽい。この「例の家」って呼び名も元からそうだったか、怪しいモンなんだわ。
 でも、そういう仕事だったならそれなりの大家族だったろうし、酪農って言うなら牛とかヤギだろうね。その2点は確かなんだよな。
 稼業も順調だし、家族仲も悪くなさそうな、普通の一家だったらしい。少なくとも傍目からはね。



 その家のお母さんが、妊娠したそうなんだよ。
 別に妊娠したことはいいんだ、不倫とかそういうんじゃない。そういう噂なんて全然なかったし。ごく普通のおめでただったみたいなんだけど。
 でも出産する時にね、何故か、産婆さんが呼ばれなかったらしいんだよ。
 昔のことだから病院はそらへんにないしさ、だいたいの村には産婆さんが1人くらいはいるもんでしょ。お産の手伝いをする人がさ。でも、そのお母さんが出産する時は、ヨソからは誰も呼ばれなかった。家族内だけで産んだらしいんだな。
 死産ではなかった。というのも近所の人が、赤ちゃんの泣き声を聞いたんだって。子供は確かに、きちんと産まれたんだよ。


 その産声が聞こえた翌日。
 物音が全然しないので、近所の人がその家に行くと、家族全員が自殺してた。


 全員だよ。全員。
 一人一人がそれぞれの部屋で、首を吊って死んでたんだって。男も女も子供も、昨日子供を産んだお母さんまで。全員。
 大騒ぎになって、警察が呼ばれて、「じゃあ昨日産まれた赤ちゃんはどうした?」ってなるじゃん。そしたら誰かが「何か焦げ臭い」って。
 裏に回ると、家畜小屋がまるっと焼けてた。飼われてた牛とかを、首を切るかなんかして全部殺した上で、家族の誰かが油をまいて火をつけたらしい。
 その焼け跡から、黒焦げで崩れた赤ちゃんの死体が見つかったんだって。



 その家は、手をつけるのも怖いからって理由なのか、取り壊されずに残った。燃えた小屋はどうなったんだろうね。壊したのか放置されたのか……
 それで、いつの頃からか「例の家」って呼ばれるようになった。ここに入り込んだ奴は、必ず死ぬ、って話と共に。



 で、話はぐっと最近、平成になるんだけど、そこに入り込んだバカがいたんだって。
 不良……って言うか、かなり悪い奴らでさ、酒とかタバコとかシンナーだけじゃなく、もっとなんか、やばいクスリもやってるようなタイプの集団で。その日も酒だか何だかですげーテンション上がって、5人くらいで行ったらしいんだよ、「例の家」に。
 ところが、いざ行ってみるとやっぱ怖いんだよな。血の匂いや煤けたような香りがまだツン、とするんだって。いくらワルでもみんな怖気づいちゃった。
 でもその内の2人がさ、「俺らはやるぜ! 見てろよオイ!」って、固まってる集団から抜け出して、家に入って行っちゃったんだよな。「ごめんくださいー!!」なんつってさ。「やめとけよ」って引き止めたんだけど、どんどん奥に行っちゃった。
 入っちゃったよ、例の家に……って、呆然としてた残りの連中も、とりあえず待っておこうと外でタバコを吸い始めた。1本吸って、もう1本吸って……

 帰って来ない。

 っていうか、さっきまで家の中で「コノヤロー!」とか「こっちかー!」って叫んでたのに、ひっそりと静かになってる。

 
 どうしたんだ? と不安になった残りの連中が、中には入りたくないから外からね、おーい、おーい、って声をかけながら家の周りを歩いてったんだ。
 そしたらね、窓があったのか壁が壊れてたのか……家の中に、2人が持っていった懐中電灯の明かりがある。動いてない。
 覗いてみたら大広間みたいな部屋で、そこの床に2人が座ってたんだって。
 探してた連中はフッ、と「子供を生むならここかもな」と思って、すごく怖くなった。
 2人は懐中電灯を持ったまま。ボーッと座ってる。
 怖いから敷居は跨がずに、

「おい! お前ら何やってんだよ!」
「んー? うん……」
「座ってたって面白くねーぞ! 早く出てこいよ!」
「うん……」

2人とも、ノソノソ出てきたんだ。でもこう、元気がない……じゃなく、覇気がない……心ここにあらずみたいな様子なんだわ。

「お前ら、家ん中どうだった?」
「うん……」
「怖いのあったか?」
「いや……別に……」

 さっきまでバカみたいに騒いでたとは思えないくらいおとなしくなっちゃってたんだけど、その日はそのまま、全員無事に帰ったんだって。




「……で、その2人、どうなったの……?」
 俺は水を向けた。
「うん。2人ともさ、1週間以内に死んだんだよ」
「………………」




 …………1人目はね。
「あの日から元気がない」って話を聞きつけた他の仲間が、気分を盛り上げてやろうとそいつの部屋で飲み会を開いた。
 酒やら何やらぶっこんで音楽かけて……でもそいつ、全然酒を飲まない。返事はするけど会話も弾まない。これじゃあさすがに出直しだな……と不良ながらも空気を読んで、お開きになった。
 仲間が帰ろうとアパートのドアを開けたら、夜空が綺麗だった。別に深い意味はないんだけど誰かが、「あれっ、星出てんじゃん。明日天気いいかな」って言ったんだ。そしたらいきなり部屋の中から、



「でもさぁ あしたはゆうがたから あめがふるよお」



 って、そいつが間延びした声で言うんだって。
 ハァ? って全員で聞き返したら、



「あしたは ゆうがたから あめがふるよお」



 ってもう一回言って、それから立ち上がって、ドアから飛び出して、外廊下から飛び降りて、地面に頭打って死んだんだって。即死。




 …………2人目はね。
 そいつには年上の彼女がいた。やっぱりそいつも、あの日からずっと様子がおかしかった。会話はできるけどほとんど生返事しかしないし、何をするでもなく部屋で座ってボーッとしてる。
 面倒見のいい彼女さんで、それ以前から身の回りの世話もしてあげてた。それで、「じゃあさ、一回帰るけど、また何日かしたら来るから、元気出しなよ!」と言って帰ろうとした。そしたら座ったまま、



「でもたいへんだよねぇ あした めっちゃ クレーマーくるじゃん」



「何?」と彼女さんが聞き直すと、



「あした めっちゃ クレーマーくるじゃん」



 それきり黙ったので「変なの」と彼女さんは帰った。
 翌日仕事に行くと、本当に幾人も厄介なクレーマーが来て一日てんてこ舞いだった。仕事が終わって彼氏に電話をかけた。出ない。おかしいなと部屋に行くと、死んでた。座ったまま。

 不審死ではあるが、シンナーやらをよくやっていた不良の2人だったので、詳しい捜査もされないまま、「薬物が原因の衝動的な飛び降り」「薬物が原因の心不全」ということで終わってしまった。

 けれど。

 「例の家」に入った2人は、確かに死んだんだよ。







「…………これで、この話は終わり」
 彼のこの話に、座が静まり返った。
 怖い。わけがわからない。すげー怖い。両隣の人の顔を見ると、理解不能な恐怖に表情が死んでいる。俺の顔もそうなっているはずだ。
 怪談会ではたまに、こういう本当に怖い話が投下される。「うわ~! 怖~い!」とか「チョーヤバいじゃん!」みたいな、リアクションのとれないやつである。
 困る。そういう集まりとは言え、正直ここまで怖いと場が重苦しくなりすぎる。
 マジすぎて聞いてる人が引くほどの戦慄はあまりにも、ちょっとどうかと思うのだ。あと女の子もいるし。
 怖い話とは怖がりつつも楽しむものだ、そんな持論のある自分としては、なんとかこの空気を軽くしたかった。俺は口火を切った。


「…………いやぁ~、怖いよねぇ~その、『例のハウス』?」
「……いやハウスじゃねぇよ! 『例の家』だよ!」


 別の友達がツッコんでくれたおかげで、少し場が和む。割としょうもない言葉遊びだが、この重苦しさにはちょうどよかった。
 そして、ここでやめておけばよかったのだ。



「ああその~、『あのお屋敷』の話ね」
「全然変わってるじゃねぇか!」
「でも牛を飼ってたってのがまた怖いよね、『例の小屋』?」
「スケールダウンしてる!」
「しかし不気味な話もあるよねぇ、『問題のホーム』……」


 ボケとツッコミのやりとりで、どんどん場がやわらいできた。
 そろそろ怖くなくなってきたかな、と思ったのだが、同時に俺は追い詰められていた。こう書くと大袈裟だ。単に「例の家」を言い換えるネタが思いつかなくなってきたのである。
 言葉が出てこず、う~ん、とかあの~、が増えてくる。「え~と、『例のハウス』ね」「それ最初に出ただろ!」と怒られたりする。こうなるともうよくない。意地が出てきてしまう。

 そして俺は、こう言った。




「あの~、でもそれ、怖いよね~、そのー、
 『件の家』…………」




 件(くだん)。
 牛の体に人の頭、または人の体に牛の頭を持つ怪物。
 牛から生まれるとも人から生まれるとも言われ、
 人間の言葉で未来を予知し、
 数日のうちに死んでしまうという。







 「あの」「例の」という意味もある「件(くだん)」という語は、日常ではほとんど使わないだろう。
 元は「“件”の家」だったのが、長年の伝言ゲームにより、同じ意味である「“例”の家」に転化したのではないか。



 その家では、牛が飼われていたというではないか。
 事件の夜、近所の者が聞いたという産声は、あれは「件」のものではなかったのか。

 何か別のモノが産まれると感じ取っていた家族は、だからこそ産婆を呼ばなかったのではないか。
 怪物が生まれ、その口から何かおぞましいことを告げられた家族が発狂し、怪物と家畜の殺戮に走り、自殺したのではないか。



 その家に入った者は“そいつ”に憑かれて、「雨が降る」とか「クレーマーが来る」などと、簡単な予言をするのではないか。
 そして、数日のうちに死ぬという“そいつ”に倣うように、予言をした後、すぐに死んでしまうのではないか。


 意味不明でバラバラだった要素が、一気に繋がった。
 周りを見ると、みんな青ざめた顔をしている。すべてが繋がったのだ。俺と同じように。



「 『件の家』 だ…………!」



 怪談会の場が恐慌状態に陥った。
 この経験があまりにも怖かったので、俺はしばらく怖い話から離れた。1年ほど後には蒐集や語りを再開してしまい、今に至るのだが。




 余計なことは言わない方がいい。特に怖い話に対しては。
 だって、もっと恐ろしいものが顔を出すかもしれないから。こんな風に……






(了)






本記事は 真・禍話/激闘編 第3夜 より、編集・再構成して作成しました。
TwitCasting - http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/377049303

(01:07:20くらいから)

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