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【怖い話】見知らぬ先客【「禍話」リライト 33】




 なんの前触れもなく起きたのだそうだ。


 大学2年生のNくんには、よく遊ぶ4年生の先輩がいた。
 その先輩、3年の後半くらいからずっとダラダラとした生活をしていたという。
 というのも、まず卒論を書かなくてよかったらしい。講義も、週一のゼミに出るくらいでいい。
 それにしたって「就活」があるはずだ。しかしその先輩は親のコネで地元に就職が決まっていた。
 うらやましいほどにチョロい学生生活である。

 そのような身の上となると、同じ4年の奴らからは恨まれる。就活開始で苦しんでいる3年生からのチクチクとした羨望の視線も痛い。
 そんなわけで先輩は、2つ下であるNくんをはじめとした後輩たちとばかり遊んでいたそうである。
 実家が金持ちなのか、酒やお菓子を買っていくとちょっと多めにお金をくれたりするので、いろんな意味でいい先輩だった。


 その日の夜もまた、Nくんはコンビニで様々なものを買いこんだ。「今から行きますんで、今日は俺ひとりです」と電話を入れてから、先輩の住むマンションへ向かった。
 エレベーターが着くと、ガラス越しに先輩の姿が見えた。部屋のドアを開いて首を出している。
 わざわざ出迎えてくれたのか、そんなに酒が待ち遠しいのか、と思いきや、どうも様子がおかしい。
 廊下の左右を怪訝な顔で確認しているのだ。
 近づいていって、「どうかしたんスか?」と玄関口で尋ねてみた。
「いや…………お前さ、今、来たの?」
 と答えた。

「えぇ……そうですけど」
「5分前に一回来なかった?」
「いや、来てないです」
「……今日、お前ひとり?」 
「そうですよ、さっき言ったじゃないッスか」
「他の奴らは来てないんだ?」
「いやだから、デートとかバイトとかで、今日は俺ひとりなんスよ」
「……そうかぁ……」先輩は納得できない様子で玄関から出てきて、ドアの前に立ったまま腕を組んだ。「おかしいなぁ」


 先輩いわく。
 ひとりきりで部屋で待っていたら、いきなり廊下から「話し声」がしたのだという。 
 Nくんの声も聞こえたし、常連の後輩たちの声もしたそうだ。
「はぁ……。それって、他の部屋とか遠くの外廊下で聞こえた声と、俺らの声を聞き間違えたんじゃないですか?」
「いや、ここって外廊下は割と響くんだけど、移動する音も足音もしないでさ、いきなりポコッ、とお前らの会話が聞こえてきたんだよ。それにな──」
 会話が会話になっていなかった、と先輩は言う。
「お前の声も、他の奴らの声もな、バラバラのことを喋ってるんだよ。全然キャッチボールになってないの。まるでそれぞれが別人と会話してるみたいに……」
「……ちょっと、怖いじゃないですか。やめてくださいよ!」
「だろ? だから俺、外に出てみたんだよ。そしたらお前らどころか、見渡す範囲には誰もいないわけ。非常階段を開け閉めする音もしなかったし…………」
「……………………」
「それにさ、声の他に、なんだろアレ、コンビニの袋? をガサガサさせるような音がしてさ。お前もいま持ってるけど、普通に持ってたらそんなガサガサしないじゃん。そういう変な音も外から…………」
「…………いや……よくわかんないッスね…………」
「うん……なんか気味悪いよな…………」


 2人はしばらく玄関前に立って、黙っていた。
 先輩が気を取り直したように言った。
「……まぁ、気のせいだったのかな! とりあえず入ってくれ!」
 そう言われたのでNくんは「そうッスね」と返事をした。

 先輩が部屋のドアを開けた途端。中から音がした。
 ビニール袋をガサガサ言わせる音だった。

 Nくんはえっ、と部屋の中を覗いた。
 居間に通じる内扉が開いている。
 そこに、見たこともない男が立っている。
 なにかが入っていてぽっこり膨らんでいる、使い込んでグズグズになったコンビニ袋を両手に抱えていた。 
 男は嬉しそうに笑いながら、Nくんたちを見ている。

 Nくんがあれっ、先輩、あの、と先輩に言おうとした直前。


「なんだァ、先に入ってたのかァ」


 先輩は何事も起きていないかのように自室に上がり込んで、見知らぬ男の方へと歩いていった。


 
 Nさんは怖くなって買ってきた酒も肴もその場に放り出して逃げ出した。
 先輩はついさっき「ひとりで待ってたんだけど」と言っていたのに。
 じゃああの男は、いきなり部屋の中に現れたということか?
 そもそもあの男は誰なんだ?
 考えれば考えるほど怖くなった。


 命からがらといった気分で帰宅した。
 あまりに恐ろしかったので、彼女に連絡をとった。ハァ? なにそれ。どういうこと? と言いながら、彼女はバイト上がりにやって来てくれた。
 改めて話をすると、確かにそれは怖いねと頷いていたが、こう付け加えた。
「でもさぁ、荷物放り出して、無言で逃げてきちゃったんでしょ?」
「そうだよ、いやマジで怖くってさ…………」
「事情はわかるけどさ、それ……先輩に失礼じゃない?」

 ごく当たり前の指摘をされてNくんはハッとした。恐怖で我を忘れていたとは言え、全部ほっぽり出して逃げてしまったのはまずかったかもしれない。
 もしかしたらこっちの勘違いで、部屋の中にいたのは先輩の先輩とか、別の友達だった可能性もある。
「一応さ、お詫びの連絡、一本入れておいた方がよくない?」
「そりゃそうだけど……でもやっぱ怖いな……」
 本来なら電話で謝るべきところだが、先にメールを送って機嫌を伺うことにした。
 お叱りの返事や返信がなかったら改めて電話をする。「お前マジでビックリしたわ~! いきなり帰るんだもん!」などと軽いトーンのメールが返ってきたらそれはそれでよい。
 Nさんは言葉を選びながらメールを書いて、送信した。
 怒られるか笑って許されるか、どっちであってもいいような心構えをしていた。
 メールが返信されてきた。
 その中身は、怒りでも許しでも、どちらでもなかった。




あのボロボロのビニール袋の
中身、なんだと思う?(笑)


 メールにはそう書かれていたという。
 Nくんも彼女も慄然とした。彼女もそのメールに返信しろとはさすがに言わなかった。



 その後も、似たような文面のメールが何度も何度も届いたのだそうだ。




 こないだのビニール袋さぁ、
 あれ何が入ってたかわかる?(笑)



 コンビニのビニール袋の中身、
 どんなものだったでしょう?(笑)



 あの袋の中に何があったのか、
 ちょっと当ててみてよ(笑)



 一度など、画像ファイルが添付されていた。



 はい、これの中身はなんでしょう?(笑)


 本文にはそう書かれていた。



 Nくんは恐ろしくてメールはすぐ消していたし、画像も開かないまま完全に消去した。無論、先輩に連絡もとらなかった。



 もう少ししたら卒業、という時期になって、その先輩は大学を辞めてしまった。
 先輩がいま何をしているのか、Nくんは知らない。


 マンションが変な地域に立っているとか、先輩が心霊スポットに出向いたとか、そういう因縁のありそうな話は一切ないのだという。


 それは、なんの前触れもなく起きたのだそうだ。




【完】




☆本記事は、無料&著作権フリーのツイキャス「禍話」の
 ザ・禍話 第四夜 より、編集・再構成してお送りしました。



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