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【怖い話】 来る女 【「禍話」リライト47】

【ご注意】

この話を読んだ日の夜は、ひとりでトイレに行かない方がいい……かもしれません。


「俺だけ大丈夫だったんですけど……いや、大丈夫じゃなかったのかな……」
 と語るBさんの、高校時代の話。
 友達が学校のトイレに行った。
 ただそれだけで、おかしな出来事に巻き込まれたそうである。 



 男友達と5、6人で、夕方まで教室に残って予習・復習をするのが日課だったらしい。
「成績第一! ってわけでもなかったんですよ。まぁ、ダラダラ喋ってるよりはお得かな、みたいな」 
 塾に行くほど真面目ではない。図書館で静かにやるほどマジでもない。どうでもいいことを話しつつ、わからない部分は相談しながら勉強していた。
 一人きりよりは断然楽しく、それなりに捗るものだったらしい。 


 梅雨の開けた頃のその日も、教室でコリコリやっていた。
 するとメンバーの一人が「ちょっとトイレ行ってくるわ」と席を立った。
 そいつは割と早く戻ってきた。どうやら小走りで帰ってきたらしい。顔がニヤけている。
 気づいたBさんが「お前どうしたんだよ、ニヤニヤして」と尋ねた。
 友達はまんざらでもないような様子で、「おお、うん。んふ、ちょっとな……」と妙に浮わついて答えた。
 気持ち悪いぞと言いたいのを我慢して、なんかあったのか? と重ねて聞いた。
 すると、こう言うのだった。  
「いやあ、ムフフ……トイレにさぁ~、女の子が入ってきてさぁ~」
「女の子ぉ? 男子トイレに?」
「そうそう……」


「オシッコしてたらさ、知らない女子が入ってきたんだよな。あれーッ、女の子だーッ、とか思ってたら、一番奥の個室に入っちゃったワケよ。
 いやァ~こう、すごくドキドキしちゃってさ! 別に嬉しいことでもないのに! こういうサプライズって、あるんだな!
 ワクワクするよなこういうの! こんな機会ってあんまないじゃん? 女子が男子トイレに来るとかさ!! な!!」


 いやいや。
 それはおかしいだろ。
 残りの5人は思った。
 コイツはまんざらでもないみたいな顔をしてるけれど、どう考えても変だ。

「お前さぁ、それヘンじゃね?」
 一人が言う。Bさんを含めた他の奴らも重ねるように指摘した。
「トイレの男女の区分って、ここの学校じゃ右と左で固定されてるだろ。どこをどう間違えるんだよ」
「そーだよ。もし間違ったとしても、『あっ、ゴメン!』とか言ってすぐに戻るだろ。なんでそのまま個室に入っちゃうんだよ」
「男子用の便器が並んでるんだし、即わかるじゃん。実際男子のお前がいたわけだしさ」
「お腹が痛くてギリギリだったにしても、一番手前の個室に入るだろ? なんで奥に行くんだよ」
 そう言われて目撃者の友達はあっ、そうかぁ……と納得する。それからこう呟いた。
「じゃああの子、どういうつもりで男子トイレの一番奥になんか行ったんだろう?」

 そんな疑問が提出されたため、男子勢で様々な仮説が出された。 
 比較的まっとうな説から「よもや、痴女ではないか?」説まで一揃い出たところで、誰かが「具合が悪くて意識が朦朧としてたとか」と呟いた。
 人のいい男子たちである。そういう想像が広がると、ちょっと心配になってきた。トイレで倒れてたりしたら大変だ。
「出てくる気配はした?」
「いや、ここに戻るまで全然」
「見に行くか?」
「痴女かもしれないしな」
「お前まだそんなことを言ってんのか」

 6人全員で、男子トイレに出向いてみることにした。
 もう誰もいなければそれでよし。誰かまだ入っているようだったら、ノックして安否を確認しよう。

 夕方から夜へと移りゆく時間帯で、いつの間にかこの階には自分たちしかいない。
 校庭の方から部活をやる声が遠く聞こえてくるだけだ。ここのフロアはしぃんと静まり返っている。
 どこの教室も、廊下すらも、電気が消えていた。薄暗く、友達の姿も影になって見えづらい。
 内履きでぺたぺたと廊下を歩きながらBくんは、気味が悪いな、何か出そうだな、と思ったそうである。
 

 トイレの電気はついていた。
 たぶん、誰も立ち去っていないのだ。
 まだ女の子がいるかもしれないので、いきなり男どもがドヤドヤと押しかけるのも気が引ける。
 トイレの入り口あたりで団子になって、奥の方を覗いた。

「あーほら、奥、閉まってる」
 一人が小声で言う。
 学校のトイレは普段、内側にばたん、と開きっぱなしになっているタイプである。
 手前の2つは開いているが、一番奥のドアが閉まっていた。誰かが使用中なのだ。
「うん、閉まってるなぁ」
「この階、他に誰もいないし、例の女の子が入ったままなのかな」 
「これはちょっと心配じゃね?」 
 小さな声で相談していたら、目のいい奴が眉を寄せてこう言った。
「あれっ。でもあそこ、閉まってるけど、赤くなってないよ」
「赤くって、何が?」
「カギ……」

 スライド式のカギをかけると、外側のマークが青から赤に変わるのである。
 それが、青のままになっている。
 ドアは閉まっているのに……。 

「ん、それってどういうこと?」
「入ってるけど、手か体で押さえてるだけ、とか」
「なんで?」
「ドアが故障してるんじゃね」
「そんな故障の仕方ある?」
「やっぱ中に人がいるんだろ」
「いやぁよくわかんねぇなぁ。あれ開いてんの? 閉まってんの?」




「あいてるよ」




 突然、一番奥の個室から声が飛んできた。

 女の子の声ではなかった。
 中年の、おばさんの声だった。 


 Bさんたち6人は「わぁっ」と飛び上がり、トイレから離れた。
 怖いので走りながら廊下の電気をバシバシつけて、教室の電気もあらかたつけた。階は一気に明るくなった。
「うぉー何? なになに?」
「女の子じゃないよな。おばさんの声だったよな」 
「怖ぇー、学校の怪談じゃん……誰だよ痴女とか言ったの……」
「気持ちわりぃ~こわい~やだな~」

 階の電気を全点けした状態で、おそるおそるトイレに戻ってみた。
 電気はついていたが、一番奥の個室は開いていた。
 誰もいなかった。

「いやでも、誰かが廊下をあっちかこっちに行った気配もなかったよな」
「窓から逃げるわけないし……」
「うわ~、なんだったんだろう……」


 いくら話し合ってもラチがあかない。
 真っ暗な夜道になってしまうと嫌なので、その日はみんな、さっさと各自の家に帰ったという。



 翌日。
 6人のうち3人が、学校を休んだ。

 これは……どういうことだ?
 Bさんは思った。

 すごく怖くなったので、登校してきた2人に「あいつら休んでるけど、どうしたんだろ」と話しかけようとした。
 ところがあとの2人は、Bさんを露骨に避ける。いや、Bさんだけが避けられているのではない。その2人もお互いに、できるだけ顔を合わせないようにしている様子だった。
 昨日の体験はおっかなかったけど、翌日まで引きずるようなことでもないだろう。ましてや休むほどでもない。
 授業中も休憩時間中も没交渉が続いたので、Bさんの心配は募った。一体どうしたというのだろう。


 放課後になった。
 1人は早々に帰ってしまったが、もう1人をかろうじて捕まえることができた。
「ちょっと待って。待てってば」 
 Bさんはそいつの袖をつかんだ。
「今日3人休んでるし、お前らも無視しあってるけどさぁ。
 まぁそりゃあさ、確かに昨日のアレは怖かったよ?
 でもそんな、ここまで避けあわなくてもいいじゃん。なぁ?」
 できるだけ明るく、そこまで一気に言った。


「お前、まだなんだな」


 友達が真顔で答えた。
 Bさんは、わけがわからなくなった。
「まだって?」
「お前のとこには、来てないんだな」
「来てない……?」
「ふぅん。そうか。じゃあ、一晩じゃ回りきれなかったのかな」
 Bさんの背中に寒気が走った。今、ものすごく怖いことを言われているような気がする。

 友達は羨ましそうな、憐れむような不思議な顔つきでBさんを見つめながら言う。
「あのさ。お前、今夜あたり、トイレにひとりで行かない方がいいぞ」 
「……なに?」
「コンビニでも家でも関係ないと思うけど、家なら家族にいてもらえよ。まぁいざトイレに入ったら、どうなるかわかんねぇけどな」
「なにが?」
「でもな、ドアは開けておけよ。開けておけば、どうにかなるかもしれないからな。閉めておくと、もうダメだから」
「あの……」
「来るから」
「……………………」
「来るんだよ」


 それってどういう、と改めて聞こうとした直前だった。
 教室の中に、女の子が入ってきた。

「ねぇちょっと!」
 その子はBさんではなく、友達に声をかけた。
「先生が呼んでるよ。家から連絡があったって。急ぎの用事だって」
「ハッ? マジで?」
 友達は立ち上がる。
 学校に家から急に連絡が入る──事故、急病、火事。そんな突発的な不幸が頭の中をよぎった。「祟り」という不吉な単語もかすめた。
「ちょっとゴメン! 悪いけど行くわ!」
 友達が焦って立ち上がる。Bさんも止めなかった。怖い話より家族の方が大事だ。
「わかった。早く行きなよ」
「じゃあな!」
「ほら、早く!」と呼びながら先を走る女の子を追いかけるように、友達は教室を出た。

 嫌な予感と不安がBさんの心に満ちる。 
 一体あいつの家でどんなことが、と想像が膨らみかけた寸前、気づいた。




 今の女の子、誰だ?




 クラスメイトじゃない。
 同じ学年にあんな子はいただろうか。記憶にない。
 そもそもそんな大事なこと、伝言しない。先生本人が来るはずだ。
 もし頼むとしても、顔見知りに頼むはずだ。
 俺はあんな女の子、見たことない。 




 あの女の子、誰だ?




 Bさんは急いで廊下に顔を出した。知らない女の子が角を曲がり友達も今、曲がる瞬間だった。


「おい! お前誰とどこに行くんだよ!?」 


 Bさんは叫んだ。
 は? と一瞬、友達がこちらを見る。そしてそのまま顔を前に戻して曲がろうとした途端。

「うわぁっ! あ! あ! あっ!!」

 友達が叫んだ。転びそうになりながら体をこっちに向けて必死の形相で駆けてくる。
「どうした!?」
 廊下に出たBさんの体に、友達がしがみついた。

「ヤバいヤバいヤバい! ヤバいヤバいヤバい! ヤバいって!」

 ぎゅうっと抱きすくめられながら廊下の先に目をやったが、さっきの女の子は戻ってこない。

「あーマジ無理! 無理無理無理! 助かった、あーっ、俺、俺もう、ダメ、無理……」

 まともに喋れなくなった上、腰が抜けた友達が落ち着くまで数分かかった。
「どうしたんだよ。あの子、誰だよ」
 Bさんはようやく聞いた。


 友達いわく。
 曲がるまでは、間違いなく女の子だったそうだ。
 Bさんに後ろから「それ誰だ」と言われ、一瞬彼女から目を離した。

 それから曲がり角の先に目を戻したら、
 中年の女がそこにぬっと立っていたのだという。

「昨日の夜、来た女だった」
 と、友達は言った。

「なんなんだよあれ。あの女、俺をどこに連れていこうとしたんだよ……マジでもう……いや、ヤバいって……」

 
 友達の話にBさんも震えが来た。
 あんなわけのわからないものが、俺のところにも来る?
 俺はどうしたらいいんだ?


 多少落ち着きを取り戻した友達がまだ動悸のおさまらない様子で、どこかに電話をかけた。
 口調からして、親らしい。「あれが、学校にまで来た」と伝えている。
 電話のあと友達は、Bさんに言った。
「親にもさ、気をつけろよってクギを刺されてたんだけど」
「親が? オバケのことを?」
 普通の親なら一笑に伏すところだろうが、友達のご両親は違ったそうである。
「いや、親も見たもんだからさ……」
 友達は付け足した。
 家族にまで見える存在らしい。だがBさんは怖くて、何がどう見えたのか、どう「来た」のかまでは尋ねられなかった。


「君も関わったんならね、一緒に来た方がいいよ!」
 友達を迎えに来たご両親は半ば強引に、Bさんを車に押し込んだ。
 どこに行くのかすら教えてくれなかった。


 行ったことのない団地の端にある、大きな屋敷に連れていかれた
 中からいかにも金持ちそうで、うさんくささがすごいオッサンが出てきた。
 オッサンは2人を招き入れ、奥の部屋に閉じ込めた。
 外からはお経や祝詞のようなものが聞こえてくる。何か焚いているような音や匂いもする。
 そのお祓いらしき作業は、Bさんへの説明もなしに、みっちり4時間も続いた。

「はいっ、終わりました」
 戸が開けられた。さっきのオッサンが汗びっしょりの姿で、2人を迎えた。
「もう大丈夫だと思います……」
 帰りがけ、友達のご両親がオッサンに封筒を渡しているのが見えた。結構な厚みの封筒だったという。


 Bさんは帰ってから考えた。
 いや、これ、100パーダメなやつでしょ。
 不安しかない。4時間祈祷されたとは言え、全然安心できない。 
 あんな豪邸に住んでて、あんな怪しい謎のオッサンで、謝礼もあんなにむしり取るって。
 完璧にインチキだよ。詐欺でしょ。ツボとか売りつけるタイプだよ。
 祓えてるわけないじゃん。絶対出るじゃん。今夜どうしたらいいんだよ。俺トイレ行けない……


 疑念しか残らなかったBさんだったが、いい方向に裏切られた。 
 驚いたことにその後、Bさんの身にはまったく、それらしき怪異は起こらなかったそうだ。
「本物だったんですかね。あんな謎のオッサンでも、すげぇ人っているんですねぇ」
 Bさんはしみじみと語った。



 ただ。

 他の友達5人が、
「あの日の夜、どんな目に遭ったのか」
 は、結局聞けずじまいだったそうだ。
 後日登校してきた友達も、「あのことは話してくれるな」「忘れよう」といった雰囲気だったので、聞けなかったのである。



 なので。
「トイレでどういうことが起きたのか」
「その女がどういう形で現れたのか」
「どんなひどい目に遭ったのか」
 などは、まったくわからないことになる。
 そもそも、必ずトイレに出るのかすらわからない。


「俺はお祓いのおかげか、出てきたり祟られたりはしてないので、大丈夫だとは思うんですけど……
 でもこの話を知った夜くらいは、トイレの戸は開けて用を足した方がいいかもしれません……」
 Bさんはそのように話を結ぶのだった。



 つまり、そういうことですので、ご了承ください。


 夜のトイレやその他の場所でおかしなことが起きたり、何かが「来た」場合、Twitterの
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 に、その体験のダイレクトメールをお送りください。語り手の方が喜びます。


 私(筆者/リライト者)は一切、責任を負いません。
 冒頭に、ちゃんと注意書きは設置しましたので……ね!!
 そんなわけで、よろしくお願いいたします。







【完】


☆本記事は、無料+著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
 ザ・禍話 第八夜 より、編集・再構成してお送りしました。 



☆☆開け。読め。聞け。禍話wiki はここにある。
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