見出し画像

【怖い話】9人いるゥ……!【「禍話」リライト35】

「少年自然の家って言うとさ、私も、なんていうか……つらい体験したことがあるんだけどね」

 居酒屋で、少年自然の家(山にある児童宿泊施設。小中学校のレクリエーションに使ったりする)にまつわる怪談をしていた際、出てきた話。
 耳や鼻にいくつもピアスをつけ、カラコンを入れているタイプの、ヤンチャめなお姉さんがそう切り出した。
 名前を仮に、Oさんとしておこう。
「もちろん、今みたいになってない頃の話ね」


 小学5年の時だという。
 全何泊の行事だったかは忘れてしまったものの、確か2日目の夜だった。
 予定されていた肝だめしが、急に中止になったという。
 雨も降っていないし風も強くない。もちろんクマが出ただの崖が崩れただのいう災禍もない。理由もわからぬまま、突然取り止めになった。

「でさ、代わりにやったのがね、体育館みたいなホールで先生が、なんか本とか朗読すんの。つまんなそうでしょ?」

 実際ひどくつまらなかった。
 肝だめしの予定が潰れたので朗読会は夜である。日中動き回ったのに暗くなってからおとなしく座っているのは、だいぶかったるかった。
 教師の目が光っているので友達とお喋りすることもできず、Oさんは昼間とのギャップもあり余計に疲れを感じた。
「で、やっと終わって、『つまんなかったね~』とか言い合いながら部屋に戻ってね。あ、もちろん個室じゃないよ。畳に布団でもなく、洋室ね」
 部屋の左右に2段ベッドが2組ある、8人が眠れる部屋である。
 中央の通路はひどく狭く、荷物を置いたらスペースの大半は埋まってしまう。本当に寝るためだけの部屋だった。

「昼は外で活動して、夜はつまんねー朗読会でしょ。子供心に『あ~、これはすぐ寝ちゃうなぁ』と思ってた」

 寝つきはよく、眠りの深いOさんだった。このまま朝までぐっすりだろうな、と布団をかぶると、友達とのお喋りもそこそこに案の定、すぐさま眠りに落ちた。



 目が覚めた。
 目が慣れるまでしばらくかかるくらいの暗闇だった。11時は回っているだろうか。もしかすると深夜1時とか2時かもしれない。
 尿意を感じているわけでもないのに、割箸が綺麗に割れたみたいにパキッ、と目が覚めてしまっていた。
 はじめて泊まる場所とは言え、昨日はよく眠れたし、こんな経験あんまりないんだけどな、どうしちゃったんだろう……
 しばらく下段のベッドの中にいて、上のベッドの裏の木目などを意味もなく眺めていた。
 すると。


 誰かが廊下をぺたぺたと歩いてきた。
 誰だろう、こんな夜中に。あぁ先生の見回りか。みんなちゃんと寝てるかどうか……

 その足音は部屋の前で止まった。Oさんがこっそりそっちを見やると、入口のドアが開いた。
 ところがドアを開けただけで、やって来た誰かは顔を見せない。 
 起きているか確認するのなら、ちょっとくらい身を入れてきても変ではないのに。物音や会話だけ聞いている感じでもない。
 
 おかしいな。部屋が真っ暗で、話し声もしないなら、すぐに次の部屋に向かってもいいはずなのに。 
 
 そのうちに、妙なことがわかった。


「……………………ククッ…… ……フフフフッ…………ンフフッ…………」


 入口の陰にいる人物は、笑っていた。
 正確には笑いをこらえようとしてこらえきれず、吹き出している。


「フフッ……ククククッ…… ふふふっ クックッ、クッ…………」


 中年の女の笑い声だった。
 この笑い声。うちの学校の先生方の声ではない。
 今回の宿泊は自分たちの学校だけのはずだし。
 中年女性──確かここの施設には、若い女の人とおじいさんくらいしかいなかったはずだ。
 じゃあこの人は、誰なのか。
 そもそも何に笑っているんだろう。
 少し怖くなりはじめた時、姿を見せない女は、洩れ出る笑いのスキマからこう言った。


「フフフッ…… クククッ…… き……きゅうにん、いる……!」


 …………9人いる?
 いるわけない。

 ここは左右に、ベッドが上下二段ずつの8人部屋だ。ベッドは満員だ。
 この人の笑っている意味がわからない。

 女はクスクス吹き出しながら、9人いるゥ……! 9人……! と幾度か繰り返して、ようやっとドアを閉めた。ぺたぺたとあっちへ歩いていく。

 ──「ぺたぺた」と? 
 普通こういう施設の大人なら、スリッパか内履きを履いて行動するだろう。
 どうして裸足なんだ?


 寝直そうにも女のことが頭から離れなかった。かと言って誰かを起こすのも悪い。
 この施設の夜番の人だろうか。でも何故裸足なのだろう。9人いるとはどういうことなのか。どうしてそんなに可笑しいのか。
 モヤモヤ考えながら何度も寝返りをうっていると、またぺたぺたと向こうから歩いてくるのがかすかに聞こえてきた。
 さっきから5分と経っていない。部屋の見回りにしても早すぎるし──

 足音はまた、部屋の前で止まった。
 ドアが開く。
 今度もまたドアは開いただけで、女は中を覗かない。
 そのうちまた、笑いはじめた。 


「ククク…… ンフフッ フフッ…… クフフフッ…… 9人……! 9人いるゥ……!!」


 声はもうかなり大きく、この部屋のみんなが目覚めてもおかしくないくらいだ。なのに同室の誰も、誰一人として身じろぎもしない。
 異様な状況だった。
 そのうちまたドアが閉まって、ぺたぺたと女は遠ざかっていった。
 たぶん、あれはまた来るだろう、とそう思った。


 …………怖い。
 Oさんは耐えきれなくなってきて、一人か二人を起こそうと考えた。
 下段だから簡単に動ける。起こすなら女が来ていない今しかない。
 彼女はゆっくりと体を動かして、隣か向かいの同級生に声をかけようと、一度ベッドの外に出ようとした。 
 

 Oさんの心臓は一瞬、止まってしまった。


 左右に並んだベッドの狭間。
 人ひとりが通れるくらいの通路。
 そこに、見たことのない女の子が寝ていた。

 白い服を着ていた。夏なのに長袖だった。入院着のようにも見えた。
 女の子は両腕をまっすぐ頭の脇に伸ばして、背伸びでもするように通路に横たわっている。
 白い顔には表情がまるでない。感情も浮かんでいない。死んだような目で、ぼんやりと天井を見つめていた。

 えっ、この子、なに、どうして……? 
 Oさんの頭の中はグチャグチャにかき乱れた。理解のできないことが一気に押し寄せてきて悲鳴も出てこない。
 そこに、中年女の声が響いた。


「うふふふふっ クッ クックッ フフフフッ やっぱりィ、9人いるよねェ…………!」


 声がしたのはドアの方からではなかった。
 Oさんがいるベッドの近く。外に面している窓とカーテンのすぐ向こうだった。


「クククッ…… ねーェ? やっぱりいるよねェ! フフフッ 9人……! 9人いるよねェ?」


 女の声はもう独り言ではなくなっていた。
 誰かに話しかけているような口調になっていた。 


 Oさんの恐怖心が限界を越えた。
 通路で寝ている知らない子も怖いが、とにかく誰かを起こしたい。自分ひとりでは恐ろしくて無理だ。
「ねぇ……ちょっと……ちょっとっ……!」
 出来る限り小声で隣のベッドに呼びかけたものの、反応がないのでこらえきれず身体を起こして隣を覗いた。
 ギョッとした。
 隣のベッドの子は、布団をかぶりながらブルブル震えているのだった。


 そうか、とOさんは思った。
 この子も笑ってる女に気づいてたんだ。
 私と同じように怖くて怖くて、でも声も出せないんだ。
 だから布団をかぶって、恐怖で震えて──



 違う。



 そうではない。
 確かに布団はブルブルと震えている。
 でもその下から、声が、息遣いが聞こえる。
 

 ふふふふっ ククッ クククッ ウフフッ くふふふふふっ


 この子、笑ってる。
 笑うのを我慢してる。


 Oさんがそのことに気づいた途端。
 他の全てのベッドからも同時に、我慢しきれない笑い声が聞こえてきた。


 くふふふふふっ ウフフフッ ふふふっ
 ククククッ ひひっ クククッ…… きゅうにん……
 ふふふふふ ふふふ うふふふふふ ふふふふっふふふっ
 うふふふっ あっはっはッ クックッ クックックッ……
 くふふふふっ き、きゅうにん……きゅうにんいる……!
 ククッ ウフフフッ きゅうにん……いるよね……!
 …………クックックッ ふふっ、ふふふっ……9人いるゥ……!


 Oさんを除く7人と外の女の笑い声が、部屋中に渦を巻くように響いた。


 うふふふふっ……! きゅうにん……! クックックッ! 
 ねぇ! 9人! 9人いるもんねェ!!


 7つのベッドに寝ていた全員が跳ねるように起き上がる音がした。



 
 そのまま失神してしまったらしい。
 Oさんは朝、布団の中で無事に目が覚めた。


 動悸を感じながらゆっくりと起きたが、すでに起床していた同室の友達には、何の変化もなかった。変わらない表情と態度で「おはよう」と言ってくる。
 ドアにも窓にも変わった様子は見当たらなかったし、その後で会った先生や施設の人の反応も、昨晩と同じだった。
 昨日部屋を覗いてきた中年女の声も、部屋の中央で横たわっていた女の子の顔も、大人たちや友達の中には見つけられなかった。


 後々、長じてから自分なりに調べてみると、どうもその少年自然の家の近くにはその昔、「療養所」のようなものが建っていたらしいことだけがわかったそうだ。 
 ただ、そこがどんな療養所だったのか、事件や事故は起きたのか、死んだ人はいたのか、そのようなことはまるで不明だった。



「でもね。もっと嫌なのがさ」
 Oさんはピアスを揺らしながらこう続けた。
「私、その翌日から、少年自然の家から帰るまでの記憶がね、ごっそり抜け落ちてるんだよね。だから何泊だったかわかんないの」

 それにね。

「中学に上がった直後に、小学校の卒業アルバム、私が自分で捨てちゃってたんだって。
 その体験以外は平和な学校生活だったのにさ。しかも捨てたこと、全然覚えてないんだ……」



 あれって、なんだったんだろうね。 
 Oさんはあの夜の恐怖だけは、いまだに忘れられないのだという。





【完】

☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
THE 禍話 第一夜 より、編集・再構成してお送りしました。

☆☆☆ 禍話wiki 絶賛稼働中!! いつでもどこでも無料で聞ける探せる便利サイトです!! まぁ何か起きても誰も責任はとりませんが……

サポートをしていただくと、ゾウのごはんがすこし増えます。