【怖い話】ある迷子【「禍話」リライト 45】
「オバケ? いや、見たことないですねぇ。変な人ならたまに見かけますけど、まぁ話すほどのことでも…………
…………あぁ、一度だけ妙なことがありました。怖くはないんですけど、変というか……なんか居心地の悪いような…………」
10年以上、あるデパートで働いている女性店員・斎藤さんの話。
当然ながら、出てくる名前はすべて仮名である。
そのデパートはたいそう広い。土日祝日ともなれば必ず出てくるのが、迷子である。
そのため1階の一区画に、「迷子あずかりセンター」がしつらえてあった。
連休や夏休みの時期ともなれば大変だ。ひどい時には1時間に数人も、父母や祖父母とはぐれた子供が連れられてくる。
心の寄り処である親がいなくなったわけなので、落ちついている子は少ない。
「オトウサァーーーン!? オトウサァーーーン!?」と叫びながら走り回る男の子がいたりする。
「ヴェ"ェ"ーッ! おがあざんーッ! どごにい"る"のォ"ーッ!!」と泣きじゃくる女の子もいる。
そんな子供たちをなだめ、呼び出しの店内放送をやり、子供の面倒を見つつ、やってきた親御さんに引き渡すのである。
にぎやかすぎる職場である。奇妙な出来事とは縁遠そうな環境ではあったが、
「一度だけ、不思議な体験をしたんですよ」
と斎藤さんは言う。
その日も世間は休みで、デパートは大にぎわいだった。
開店してからすでにポツポツと迷子が連れられてきた。その子たちの泣き騒ぐ声が迷子センター内にこだまし、それとは別に、子供のはしゃぐ声やバタバタ駆け回る音があちこちで響いている。
「こりゃあ今日も忙しくなりそうだなぁ」
彼女は気合を入れつつ、他の仕事を進めていた。
そうしていると。
迷子センターに、幼稚園の年長組か小学1年生か──6歳くらいの女の子がやってきた。
ひとりきりである。
とてもいい洋服を着ていて、靴もピカピカだ。背筋が伸びて歩き方もシャンとしている。「育ちがいい」という表現がしっくりくる佇まいだった。
その子は泣いていないどころか、不安そうな様子すら見せていない。
「あら、どうしたのかな?」
斎藤さんが腰を曲げて目線の高さを合わせながら聞くと、
「迷子になりました」
と答えた。
いやぁ、できた女の子だなぁ~と感心しつつセンターの中に導いて、ソファーに座らせた。
「お名前は?」
「タナカサトミです」
「タナカサトミちゃんね」
「はい」
「お父さんと来たの? お母さんと?」
「今日は、お母さんと来ました」
「お母さんは、トイレに行ったとかじゃなく?」
「そうです」
「ジュース、飲む?」
「はい、いただきます」
「そこのお菓子も食べていいからね。今、お母さん呼ぶから。待っててね」
「ありがとうございます」
受け答えもハキハキして、言いよどむこともない。パニックになって自分の名前も告げられない子供も多い。ついでに言うと子供並みに狼狽して迷子センターに現れる大人すらいる。
そんな子供や大人を多数見てきたせいもあり、6歳にしてはえらくしっかりとしたこのサトミちゃんにとてもビックリしたという。どこかの名門幼稚園にでも通ってるのだろうか。
オロオロせず落ち着いた子はまぁそれなりにいるが、これほどの子供はまったくはじめてだった。
チャイムを鳴らしてから、店内放送をはじめた。
「迷子のお知らせをいたします…… タナカ、サトミさん…… タナカ、サトミさんのお母さん…… 1階、迷子センターで…………」
放送を終えて振り向いても、サトミちゃんは行儀よく座り、静かにジュースを飲んでいた。
そんな立派な娘さんの母親なのだから、すぐに来るだろうと思った。
しかしこれが、なかなか来ない。
店内放送で知らせれば5分か、10分もしないうちに親は駆けつけるものである。それが15分経っても来ない。
はてなぁ。どうしたんだろう?
「サトミちゃん、もうちょっと待っててね」
励ますように言うと、
「大丈夫です。ありがとうございます」
とサトミちゃんは答えた。
子供はこんなにしっかりしてるのに、お母さんは何をしているのやら、と少しムッときたそうである。
仕方がないのでもう一度、チャイムを鳴らした。
「迷子のお知らせをいたします…… タナカ、サトミさん……」
さっきと同じ文言を繰り返した。
「これで来なかったら困るなぁ、と思ってたんですが……」
二度目の放送から数分後、「あのぅ」と、話しかけてくる女性があった。
「すいません、タナカサトミの、母なんですけれどもぉ」
「それがね、こう言っちゃあアレだけど、『えっ、あの子のお母さんがこの人?』って感じの女性で……」
サトミちゃんのパリッとした服装や立ちふるまいと比べると、その女性はボンヤリした印象であった。
服は安価そうなごく一般的な服だし、しかもそれをぞろりと着崩している。セットされた髪もなんだか中途半端で、背中も丸まって姿勢が悪い。話し方もモソモソしている。
「昼のデパートにいるお客さんとしてはごく普通の中年女性なんですよ。けど、このサトミちゃんのお母さん、と考えると、ちょっと信じられないというか……」
それでも、中年女性がサトミちゃん、と呼びかけると、彼女は元気よく「はぁい」と返事をして立ち上がって、お母さんの元に歩み寄った。
「はい、ほんと、ありがとうございました」
「お世話になりました」
別れ際の言葉まで、どっちが大人なんだかわからない。
しかしまぁ、それはともかく、無事に出会えてよかった。
斎藤さんは歩み去る母子を見送りながら思ったという。
そのうち「ヴェェーッ! お母さんがいなヴィィーッ!!」と泣き叫ぶ男の子などが来て、迷子センターは忙しくなった。
数十分ほどでどうにか迷子の嵐をかいくぐり、ひと息ついた時だった。
向こうから、サトミちゃんが歩いてやって来た。
泣いたりも怯えたりもせず、さっきと同じ態度である。
そして、斎藤さんの前に来た。
ええっ、また迷子になっちゃったの? あの母親ときたらもう……と思ったがそれはおくびにも出さず、また腰を曲げて目線を合わせた。
「あれっサトミちゃん。どうしたの? またはぐれちゃった?」
斎藤さんは尋ねた。
サトミちゃんはさっきと変わらぬしっかりした声で、こう答えた。
「さっきの人は違いました」
「えっ?」
「さっきの人は違いました」
それだけ言ってさっきまでいたソファーに戻り、さっきと同じように座った。
…………ん? どういうこと?
なにこれ?
とは言え迷子は迷子である。首をかしげつつもチャイムを鳴らし、マイクに向かって「迷子のお知らせを……」とアナウンスした。
放送が終わるか終わらないかくらいのタイミングで、早足で迷子センターにやって来た女性がいた。
「あの、タナカサトミの母なんですけれども」
斎藤さんはまじましとその人を見た。
さっきの中年女性とは全然違う人だった。
顔も違えば体型も違う。洋服もその着こなしも、髪型もスタイルもばっちりと決めた別の人がそこにいた。
確かにこの女の人なら、サトミちゃんのお母さんで間違いないな、と思われた。
「サトミちゃんごめんね! はぐれちゃって!」
「ううん、大丈夫だよ」
「すいません、本当にありがとうございました……」
お母さんが丁寧にお辞儀する。振り向くとサトミちゃんは立ち上がっていて、自分に向かって「ありがとうございました」とお礼を言った。
振る舞い方も口調も、まさに母子、といった様子だった。
本当にお世話になりました……ほら、行こう! と踵を返した母親の背に向かって、サトミちゃんはトコトコと近づいていく。
すれ違う瞬間だった。
サトミちゃんは斎藤さんにだけ聞こえるように小さな声で、
「さっきの人のことは、黙っててくださいね」
と言った。
「…………それだけの話なんですけどね。デパートに勤めてて体験した変なこと、ってのは。
何年も経ちますけど、あれは一体どういうことなのか、さっぱりわからないんですよ……」
斎藤さんは腕を組みながら言うのだった。
☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」
真・禍話/激闘編 第一夜 より、編集・再構成してお送りしました。
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