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【怖い話】 だるまさんが…… 【「禍話」リライト26】


 夜の公園で遊んではいけない。




 Iさんが会社に入って、数年ほど経った頃の話だそうである。
 会社の同期や一年先輩、あるいは一年後輩などの面々で、酒を飲みに行った。
 ずっと上の先輩も上司もいない。とても気楽で、自由な飲み会である。あまりに楽しくて仕方なくて全員が夜まで飲んだくれた。

 二軒、三軒……とハシゴするうち、みんな泥酔してしまったという。
 それこそマンガかドラマみたいに、「わぁーーッ!! 部長のバカヤローーー!!」みたいな言葉が飛び出す。お互いにもたれ掛かってヨロヨロ歩いて、街角のゴミ箱や植え込みにぶつかりそうになる。本当にそんな、人としてひどい状態になったそうだ。

 べろべろに酔ってはいてもさすがにもう学生ではない。こりゃあさすがに帰らなきゃ明日に響くな……社会人としてそのくらいの判断はできたそうだ。
 最後の店を出て、参加者みんなでよたつきながら帰途についた。

 社会人とは言っても、やっぱりべろべろに酔っている。同じ方向に帰る奴ら5、6人は、帰りが住宅街から離れた静かな道でもあったので完全にタガが外れていた。
 今から考えるとかなり醜悪な酔っ払い集団だった、とIさんは反省して言う。


「でね、我々の通勤退勤ルートに、公園があるんですよ。こっちには遊具や砂場があって、あっちにはちょっとした広場がある、みたいなごく普通の公園で」


 オッ、公園じゃねぇか! 公園だッ!! 公園だぞッ!! とわけのわからないことを言って一人が入っていったのを皮切りに、他の連中も深夜の公園の中に入り込んだ。
 遊具で遊んだり草地で寝転んだりもできたが、酒というのは恐ろしい。意味のわからない行動をとらせる。
 Iさんは広場の方に行って、突如として宣言した。

「ハーイッ!! これから!! だるまさんがころんだを!! しまーーーすッッッっ!!!」

 同僚たちもアルコールにやられている。オオオッ! やろうやろう! とその宣言に同調した。
 言い出しっぺのIさんが何となく、その場の雰囲気で最初の鬼となった。彼はヨタヨタと広場の奥に移動して、そこに立っている常夜灯の柱に体を預け、同期たちに背を向けた


「…………だるまさんがころんだぁィッ!!!!」

 叫んで勢いよく振り返る。
 男も女もグニャングニャンに、もう全然動く。泥酔しているので、ちゃんと止まれないのだ。 
 そもそも誰もまともに「静止」しようなんて思っていないし、真剣に遊ぼうとも思っていない。

 どうにか止まろうとしてもグラァ~ッ……と動いてしまう奴。
 あえて無理な体勢にチャレンジしてやっぱり倒れそうになっている奴。
 公園の入口の方までフラフラ歩いていってしまう奴(こいつはさすがに「そっちじゃねぇよ!」ツッコミを入れられた)。

 Iさんが「だるまさんがころんだッ!」をやるたびに、その場はグダグダになっていった。

 バカになっているので、これが実に楽しい。やめられない。というか、酔いすぎているのでゲラゲラ笑うばかりで、やめ時がわからない。

「…………だるまさんがころんだッッ!!」
「だるまさんがァ~~~…………ころんだ!!」
「だッさんがコンダァッ!!」
「……ダァぃッッ!!」
「……ニャアイッ!!」

 鬼のIさんのかけ声も雑になっていく。
 酔っ払いどもの遊びはどんどん見苦しいものになっていった。



 Iさんが十何回目だかの「だるまさんがころんだ!」をやって振り返ったとき、後ろでおかしなことが起きていた。

 さっき公園を出ようとした奴がいたので、また同じようなことをしでかす奴がいないかと、少し気を払っていた公園の入口。

 そこに、誰かが立っている。

 Iさんは頭に「?」が浮かんだが、惰性で続けた。


「ん~~ッ…… だるまさんがころんだっ!!」


 バッと振り返ると、入口にいた奴がこっちに近づいてきている。
 他の参加者がよろけたり地べたに座ってしまっている中、そいつだけはぴったりと静止している。
 まだ遠いし、光があまり当たっていないのでよくわからないが、たぶん自分たちと同年代。男に見えた。

 だが、脳みそがまともな判断を下せないので、Iさんは
「あれぇっ? 飛びこみ参加かな?」
 としか考えられなかった。
 そこらへんを散歩してた人が、たのしそうだから、混ざってきたのかもな?


「だるまさんが~~…… ころんだ!!」


 振り返る。
 そいつはかなり近づいてきていた。
 「だるまさんがころんだ」をもう5回やるとタッチできるくらいの距離だった。
 その男は最初、Iさんからかなり離れていたのだが、どうやったのかわからないくらい一気に距離を詰めてきている。

 Iさんは「一般参加の人、すげぇ速さで動くなぁ」と感心しつつ、ちょっと妙に思えてきた。

 酔ってふらついたり、座り込んでいたりする同僚たち。
 普通、知らない奴が参加してきたら「え~誰ぇ?」とか「なんか人、増えたァ?」と反応するはずだ。
 それなのに、彼らはなにも言わない。


 …………まぁいいや。


「……だるまさんがダァッ!!」


 短めに叫んで反転すると、男はもうIさんまで10メートルくらいの位置にまで来ていた。

 ……人って、こんなに早く動けるのか?
 Iさんが接近してきている男を、はじめてまじまじと見た。

 やっぱり自分たちと同年代の青年である。
 この距離になったが、服装が全然わからない。
 男はいつの間にか、手に真っ白いシーツのようなものを持っていた。
 両手でその端を握って、体の前に広げるようにして持っているので、体が全く見えないのだ。
 少し風が吹いているのに、男の身体も動いていないばかりか、そのシーツも風になびいていない。

 手は肩の高さで止まっているので、男の首から上、顔を見ることができた。


 男は場違いなくらいに、ニコニコ笑っていた。


 ……あれっ? これ、怖いな?
 Iさんはそこでようやく思い至った。
 男の姿をじっくりと見てしまったので、このままお開きにするとこの男が何をしでかすか、どうなるのかわからない気がする。
 酔いの醒めはじめた頭で、「じゃあもう一度だけ、短く『だるまさんがころんだ』をやって、それで終わりにしよう」と考えた。
 どれだけの俊足でも、この距離を数秒で飛んでこれるわけがない。
 あとは知らんぷりして「ハイハイ! 終わり! 帰ろう!」と全員を回収して、そしらぬ顔で公園を出ていくのだ。
 それがいい。


 Iさんは2秒と待たずにすぐに振り返ってやろうと意を決して、ほんの一瞬だけ常夜灯の柱に向かい合った。


「……だぁっ!!」


 一瞬で振り返った。

 目の前に真っ白いシーツを頭から被った男がいた。
 そいつは腕をヌゥッと伸ばして、Iさんにしがみついてきた。


「うわぁっ!! ちょっ! ちょっ! ちょっと!!」
 混乱したIさんは必死にその腕を振り払って一目散に駆け出した。
 もう同僚たちにも構っていられなかった。命の危険以上の恐怖を感じていた。
 Iさんは同僚たちの脇を通りすぎ、広場を出て、公園からも逃げ出した。

 よろけながら走り、公園そばの道路の真ん中で荒い息をついていると、いきなり声をかけられた。

「お前……なにしてんの……?」

 見ればまだ顔の赤い、しかしかなり酔いの醒めた同僚たちがみんなして自分の後ろに立っている。 
 反射的に彼らの背後に目をやったが、さっきの男はいない。

「いやいや……! いや、あのさっきいたさ、公園にいた…… 白いシーツを被った奴にさ……!」
「白い……? シーツ……?」


 同僚たちは全員、そんな奴は知らない、と言った。そんな奴はいなかった。俺たちしかいなかっただろ?
 その口ぶりから察するに、彼らは出入口からどんどん進んできた男の姿すら見ていないようだった。
 そいつがシーツを頭から被ってIさんに襲いかかったのも見ていない。
 同僚たちには、常夜灯のそばにいたIさんがいきなり叫んで走っていったようにしか見えなかったという。
「いきなり駆け出すからさぁ……どうしたのかと思って……。お前、飲み過ぎたんじゃねぇのか?」


 ……あれが幻覚だとは、Iさんにはとても思えなかった。
 というか俺は、あいつに触られたんだよな。
 幻覚が、触ってくるか?


 抗弁しても仕方ない。
 その時はIさんが酔っていて一時的におかしくなった、ということになり、解散となった。




 数日後。
 その公園の前を通る道はIさんにとっても通勤・退勤ルートのひとつだった。
 朝に、まだ眠たい体をひきずって公園の前を歩く。
 公園の出入口からちょっと離れたところに、町内や市のお知らせを貼りつける掲示板がある。ちゃんとガラス戸がはまっていて、風雨にも耐えられる設計だ。

 ……ん?

 バザーだの学校行事だのの告知に混じって、「不審者情報」というのが貼りつけてあった。
 こんなもの、一週間くらい前には、なかったはずだけどな……
 Iさんはそう思いながら貼り紙を読んだ。


この公園近くでXX日の夜 頭から白いシーツのようなものを被った人物が出没しました
その人物は 公園のそばを歩いていた人に いきなりしがみついてきたそうです


 Iさんの体がぞくっ、と冷えた。
 これって、まさか。
 俺たちが遊んだせいで、“出てきちゃった”んじゃ……?

 その日からIさんは通勤ルートを変えて、公園の周りには一切、近づかないようにしているという。



 夜の公園で遊ぶと、なにかを呼び出してしまうのかもしれない。
 
 
 


【終】

☆本記事は、オリジナル+無料+著作権フリーツイキャス「禍話」の
 燈魂百物語第四夜② より、編集、再構成してお送りしました。

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