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【怖い話】右から左【「禍話」リライト38】



 お盆か正月か時期は聞かなかったのだが、高校のとき、田舎の親類の大きな家に泊まった夜の話。


 夜中にふと目が覚めたら、金縛りに遭っていた。
 一人きりで寝ている、真っ暗な座敷のど真ん中である。
 彼は中学から柔道をやっていて、精神力にも体力にも自信があった。心霊だのオカルトだのには縁のない人生を送ってきた。
(ウォーッ! これが金縛りというやつかっ!)
 根性とパワーでどうにかしてやろうと思ったがまるで歯が立たない。動けない。指先すら動かない。目が覚めたというのに、目すら開けられなかったという。
 こ、これは……! だいぶ怖いぞ……! どうすればいいんだっ……! と怯えていると、いきなり不思議な感覚に襲われた。


 足元を、人が歩いているのがわかったそうだ。
 そういう「気配」が濃密にあった。
 さらに、何故かそれが女であるとわかった。頭の先から爪先まで固まっていて、目も開けられないというのに。
 自分の寝ている布団の端。
 女はそこを、右から左に、音もなく歩いた。
 気配がフッと消えたその途端、金縛りも解けた。

「ウオオーッ怖いーっ!」
 はね起きて寝所を出て廊下を駆け、大人たちのいる座敷の襖を開けた。大人たちは机を並べてガチャガチャ賑わしく酒盛りをしている。
 みんな酒を飲む手を止めないまま彼の方を見た。「おおゥどうした? 寝れねぇのか?」とすぐそばに座っていたおじさんが言ったので、「いや……あの~、金縛りに遭って…………」と答えた。
 

 どっ、と座が笑いに包まれた。 
「おめぇ~金縛りってぇ!」
「そんなデカいナリして怖がるない!」
「まだまだ子供だなぁ!!」
 赤ら顔のオッサンやじいさんがげらげら笑う。

「まったくねぇ~、金縛りなんてホント……」
「もう困ったもんねぇ……」
 男衆のために日本酒やビールを注ぎ料理を運んでやっている女性陣も、ほほえましいとでも言いたげに自分をちらりと見てから視線を外した。
 どう言い返しても笑い者にされそうだった。かと言って怖いので部屋に戻ることもできない。彼は座敷の入り口につっ立っていた。
 そうしていると、お盆を持った祖母が喧騒の輪から離れてこっちへ近づいてきた。
 後ろのオッサンが「度胸がないと柔道にも勝てねぇぞ!」などと囃し立ててくる。
 祖母は優しい表情で「でもねぇ、怖い夢見たらイヤだよねぇ」などと言ってきた。
 夢じゃなかったと思うんだけどな…………。寝起きのぼんやりした頭でも、うっすらと不満を感じた。


 すると、祖母の表情から柔らかさがすっと消えた。
 それから顔を彼に寄せて、小さな小さな声で聞いた。

「右から左だった?」

「えっ……? うん…………」

「………………じゃあ大丈夫、大丈夫!! あっはっはっはっは!!」


 祖母は大笑いして酒盛りの中に戻っていった。



 金縛りより足元の女より、祖母のその質問と声のトーンがいちばん怖かったという。




【完】


☆本記事は無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」
燈魂百物語 第三夜 より、編集・再構成してお送りしました。

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