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【怖い話】 夜のテレビジョン 【「禍話」リライト86】

 変なものを確認しに行くのはよくないな、という話。

 Aさんが大学生の頃、近所に妙な空き地があったという。
 どういう背景かは知らないが、住宅地の一角がポコッと更地になっている。結構な広さの土地だ。
 駐車場か何かにすればいいのに、そのままになっている。
 雑草は生えていないので、管理はされているようだ。しかし入れないように杭や綱がめぐらせてあるでもない。
 子供たちの遊び場になりそうなものなのに、誰かが入り込んでいるのを見たことはない。
 不良がたむろしたり、ホームレスが住んだりもしていない。まったくの手つかずである。

 Aさんは時折、その空き地の前を通っていた。そのたびに「こんなところに昭和みたいな空き地があるんだなぁ」と思っていた……のだが。

 ある時からその空き地に、粗大ゴミが置かれるようになったそうである。

 粗大ゴミが「置かれる」ですか? 「捨てられる」ではなく? と尋ねると、
「そうなんですよ。感覚的な言い方になるんですけど、『置かれてる』ような感じなんですよね」
 とAさんは言う。
「家具とか家電とか……。もちろん雨ざらしで、捨てられてるのには間違いないんですけど」

 持ってきて放置した、という並べ方ではないらしい。
「どう言えばいいのかなぁ。雑然とではなくて、整然と置いてあるというか。ここにはこれを置こう、っていう、意思みたいなのを感じるんですよね」

 なんだか、気持ち悪いなぁ……。
 Aさんは深い理由もなく、その空き地の前は通らなくなった。

 ある日の夜、大学の仲間内で酒を飲むことになった。
 季節は真夏、友達のアパート、先輩後輩入り乱れての、男ばかりの無礼講である。
 酔っぱらいながらどうでもいいことをベラベラ喋っていたところ、どういう流れか例の空き地に話が向いた。
 これまで話題に上がらなかっただけで、みんな気にはなっていたらしい。

「あそこって何なんだろうなぁ、変な場所だよなぁ」
「立地条件はいいんだからさぁ、アパートでも建てりゃいいのにね」
「あそこ、人が入ったりしてるの見たことある? 業者とか権利者みたいな人とか。子供とか」
「ないなぁ~。一回もないわ~」
「変な場所だよな~。おまけにホラ、なんかゴミとか捨てられてるじゃん」
「あぁ、棚とかポットとか、扇風機とか、テレビとか……」
「あれも気味悪いよなぁ。捨てていった、みたいなアレじゃねーだろ?」
「そうなんだよなぁ。なんつーの、綺麗に置いてあるんだよな……」

 そんな風に会話していると、それまで黙って飲んでいた先輩が口を挟んだ。
「なぁお前ら、アレだぞ? 知ってるか?」
 かなり酔っている様子だが、言葉の調子はしっかりしている。
「空き地にさぁ、テレビが置いてあるだろ?」
「えぇハイ、置いてありますね。道の方に向かって……」
「あのテレビなぁ……たまに点くことがあるんだよ」
「はい?」
「映るんだよ、あのテレビ。俺見たことあるんだよ」

 ………………………………。

「……先輩、それあんまり面白くないッスよ」
「いやホントなんだって!」先輩は赤い顔で言う。「こないだ見たもん。夜に。酔って帰ってる途中にさぁ」

 いやいやいや……と全員が首を横に振る。
「酔ってたんなら、それもう夢か幻覚ですよ先輩」
「電源とか来てないじゃないッスか」
「きっとねぇ、自分の顔が反射して映ったんですよ」
「先輩、最近飲み過ぎじゃないですか?」
 無礼講をいいことにそんなことを先輩に言う。
 先輩はいやマジだって! 映ったんだってば! と抗弁した。

「えーっ、じゃあどんなモノが映ったのか教えてくださいよ」
「アレでしょ? 森の手前に井戸があって、中から貞子が……」
「そんなモンじゃなくてさぁ。普通の……」
 先輩は、思い出すように視線を上にやる。
「あれは何だろうな。田舎の、畑みたいな風景がパッと映ってて……」
 田舎の畑、確かに普通の風景だ。
「背景に山も見えてたかなぁ。それから……まぁ、そういうのだよ」
「へぇー、他には映ってなかったんですか?」
「いや確かめようと思って近づいたら、プツンと切れてさぁ。あとは何も」

 先輩以外の全員が「ふ~ん」と呟いた。
 ちょっと不気味かもしれないけれど、田園風景じゃあな……酒の席での話題としては、あんまり、広がりが……
 怖い話としては地味だということを先輩も感じたのか、
「ホントに見たんだよなぁ~。いや見たんだよ? うん、ホントに……」
 と話の手仕舞をはじめて、空き地のテレビの話題はそれきりになった。

 1時間もしないうちに、おつまみを食べ尽くしてしまった。
 飲み食いのバランスが悪い! ツマミがないと味気ない! ここの冷蔵庫には食い物はないのか! ない! と酔った輩たちが叫ぶ。
 よっこいしょ、と先輩が立ち上がった。
「ったく、うるせぇなぁ。俺が買ってきてやるよ」
「えっ……。先輩のおごり、ですか?」
「チッ、しょーがねぇなぁ」
「やったぁー! ありがとうございまーす!」
 沸き立つ男どもの中、先輩はAさんに声をかけてきた。
「荷物があるし一人じゃ寂しいから、お前も一緒に来てくんない?」

 徒歩で15分も行かないところに、コンビニがある。先輩とAさんはそこに買い物に行った。
 袋にお菓子や乾きものを詰めて夜道を進んでいくと、先輩が角を曲がった。アパートとは別方向である。
「あれっ先輩、どこ行くんですか?」
「うん。まぁいいからちょっと、ちょっと来てみ?」
「はぁ……」

 自販機で飲み物でも買うのだろうか、とついていくと、見覚えのある道に出た。
 えっ、このルートは……。
 Aさんは先輩に追いついて横についた。
「先輩、この道って」
「おぉ、そうそう。例の空き地のテレビ、覗きに行こうと思ってさ」

「いやぁ……」Aさんは言った。「俺らに否定されたこと、そんなに気にしてたんですか?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ帰りましょうよ。みんな待ってますよ。あのテレビだってそんな、毎晩点いてるわけじゃないでしょ?」
「いや、時間がさ」
「時間?」
「俺がテレビの映像を見たの、ちょうどこのくらいの時間だったんだよな」
「えっ……」
「おつまみがない、ってお前らが騒いでる時にふと時計見たら気づいてさぁ。それで、俺が買い出しに行く、つったんだよな……。なっ!」
 なるほど、俺はテレビが点いていた時の証人、というわけか……。Aさんは理解した。
 時刻がどうだかは知らないが、放置してあるテレビが点くはずがない。
 頭ではわかっていても、Aさんの足はわずかに重くなった。

 前述のように、粗大ゴミが「置かれる」ようになってから、Aさんは空き地に近づいていない。なので微妙に道行きがわからない。
 先輩の並んで歩く。
「えっと、こっちでしたっけ?」
「そうそう。ここの先にあるから」
 ふたりで角を曲がった。
「ほらあそこ。あれが空き地で……えっ」

 指をさした先輩の声が止まったので、Aさんは道の先を見た。

 視線の先、塀が途切れている。
 見覚えのある空き地が開けている。
 その反対側の道路、電柱の真下に、人が座っていた。

 背中を丸めて体育座りをしている、40歳くらいの男だった。
 上半身は裸で、ぎょっとするほど痩せている。あばら骨が浮いているのがここからでもわかった。
 男は街灯に照らされながら、空き地の方をぼんやりと見ている。

 夏とは言え半裸で、こんな夜に道端に座っているのはどう考えても異常だ。
 うわっ変質者かな……怖いな……とAさんが不気味に思ったその矢先、

「うわ……うわぁーっ!」
 隣の先輩が叫んで、いま来た道を駆け出した。
 えっ先輩? と呼び止めるも、彼は全速力で遠ざかっていく。
 Aさんは、追いかけるしかなかった。

 先輩は信じられない速さで走っていく。こっちは酔っているし、コンビニで買った荷物があるので追いつけない。
 アパートの近く、街灯の真下で先輩が立ち止まったので、やっと追いつくことができた。
 先輩は塀に手を当てて息を荒くしている。額から顔、背中まで汗びっしょりだった。

「なんなんですかぁ急に……どうしたんですか?」息苦しい中、Aさんは聞いた。
 先輩はぜいぜい言いながら、途切れ途切れに答える。
「いや……あの……あいつ……あいつな……」
「あの座ってた人?」
「見たことある……見たことあるんだよ……」
「えっ、ヤバいヤツなんですか?」
 先輩はAさんの方に向き直って答えた。
「いや違う……俺テレビで、テレビで見たんだよ……」
 酔って走って赤いはずの先輩の顔からは、血の気が引いていた。 
「あいつ……テレビの中で……テレビの中で見たんだ……あいつ、テレビの中にいたんだよな……」

 そう言い残して先輩は、汗もふかないままアパートの階段を昇っていく。
 Aさんはしばらく立ちつくしていた。
 テレビの中?
 テレビの中にいた?
 理解ができないので、自分も部屋に戻ることにした。

「おぉどうしたよぉ。お前も汗びっしょりで」
「外、そんなに暑いんか?」
「もしかして、駆け足で来たの?」
「急いで来ることねぇのになぁ~」

 部屋で待っていた奴らはそんなことを言って迎えてくれた。
 だが、誰ひとりとして空き地の前の男について言及しない。
 部屋の奥には先輩が座っていて、持っていたコンビニ袋からおつまみを出して並べている。

 ……どうやら、先輩はあの男の話をしていないようだった。
 おかしい、とAさんは自分もおつまみを出しながら思う。
「さっき話した空き地に寄り道したら、変な男が道端に座っててさぁ。空き地の方をじっと見てるんだよ! Aも目撃したから間違いないよ。な!」
 と、ありのままを話せば一躍、時の人になれるはずだ。
 それなのに、黙っている。

「あの、先輩さっき……」
 Aさんが口を開いた途端、先輩から強い視線をぶつけられた。
「黙っていろ」という目つきだった。

 それからは先輩の受け答えがギクシャクしはじめて、Aさんも居心地が悪くなり、酒の席もどことなく、雰囲気が悪くなった。
 買い物に行ったというのに、それから1時間ほどで座はお開きとなった。

 友達のアパートを出て、夜道を歩いて、自分のアパートに戻る。
 シャワーを浴び、寝巻きに着替えて、布団に横になった。
 その間ずっと、酔いの残るAさんの頭の中には疑問が飛び交っていた。
 空き地、テレビ、座っていた男、先輩の怯え方、「テレビの中にいた」……

モヤモヤしていた時、枕元に置いたスマホが振動した。
 メールが来ていた。
 先輩からだった。
 件名はなく、本文もたった一行きりだった。


竹田さんのことは、本当に話すなよ


 ……竹田さん?
 あの座ってた痩せた男? 竹田って名前なのか?
 なんで名前を先輩が知ってるんだ?
 テレビで見た、ってどういう意味なんだ?
 見ただけなら、どうして名前まで……

 Aさんはすごく怖くなってしまったという。



「空き地ですか? もちろんその後は、一度も見に行きませんでした。昼とか夜とか関係なく。だって……怖いじゃないですか」
 とAさんは言った。

 先輩さんはその後どうなりました? と尋ねると、Aさんはこう答えた。
「すごくいい先輩なので、今も付き合いは続けてますよ、普通に。空き地やテレビや男のことを、俺が黙ってればいいことですから……」



 ──Aさんと先輩の良好な関係が、これからも続くことを祈るばかりである。



【完】

‼️‼️‼️急告‼️‼️‼️
 小さな港町の有料双眼鏡を覗いて見てしまった不気味な祭りとは? 「祭り覗き」
 2020年より前の時代、夏でも外でもマスクを外さない隣の家族……「マスク大家族」
 あの妖怪は、実はこれほどまでにおそろしい。「ぬりかべ 二題」
 階段の裏側にも必然、段は存在する。そいつはそこに潜んでいた。「裏階段」
 山の名家を滅ぼした、正月に歌ってはいけない忌み歌。「クジラウタ」──

 禍話の名物コーナー「余寒の怪談手帖」が、なんと同人誌になりました!

禍話叢書・壱 余寒の怪談帖(完成版)


 2021年12月上旬までのほぼ全話59話+未放送分14話=73話500ページ超に詰め込んで投下される「本物の恐怖」の一冊。
 以前出た『怪談帖 先行版』に入っていた怖い話も全話収録した、文字通りの「完成版」であります。

「怖い話、ちょっと読んでみようかな……」といったライトな方から、怪談中毒者まで大満足の一冊と言ってよいでしょう。
 後日書籍版(紙の本)も出る予定ですが、こちらのダウンロード版は品切れなし、安心してお買い求めいただけます。
 暑すぎる夏に、いかがですか……? 


★本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」
 元祖!禍話 第九夜より、編集・再構成してお送りしました。

☆上記の『怪談帖』の表紙デザインと編集のお手伝いもされた上に、毎度毎度アーカイブや情報、ニュースをまとめて下さっているのがあるまさん。
 そしてその禍話まとめサイトこそがここ、禍話wikiなのだ。ありがたや……皆さんもブクマしておくとご利益があるわよ……


 

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