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【怖い話】 夜の行列 【「禍話」リライト⑪】

「仕事疲れの幻覚じゃないかなと思ったんだけど、実際に被害みたいなものが出てるわけだし、ねぇ……」


 飲み会ではじめて会った女性、Hさんから聞いた話。
 彼女の家のすぐ近く、何の変哲もない路上で起きた出来事だそうだ。





 彼女の家は、駅から少し離れている。とはいえ歩いて通える程度の距離。

 静かな住宅街で、スーパーやコンビニなどもぽつぽつ建っている。大変いい感じの立地だ。



 ある日の夜、10時過ぎだった。

 仕事を終えた彼女は、疲れた体を引きずりながら、駅から足早に出た。

 早く帰って、ご飯を食べて、ゆっくりしよう。夕食もお酒も、冷蔵庫の中に準備してある。他にやることはない。今日はただ帰るだけでいい。そのはずだった。




 ふと気がつくと、足がコンビニに向かっている。



 えーっ……? なんでだろう……? と自分で自分が不思議になった。しばらく考えたが、立ち寄る理由が思いつかない。

 とは言え、もう店の入口まで来てしまっていた。どうせ来たんなら、夏だしアイスとか、お菓子でも買っちゃおうか……と店に入った。

 


 しかし、冷凍庫を見ても棚を見ても、これが食べたい、と手が伸びるような商品は特にない。甘いものや油っこいものを体が欲していたわけでもなさそうだ。

 ますますおかしいなぁ、変だなぁ、と頭では思っているのだが、今度は何故か雑誌コーナーに足が向かう。

 読みたい雑誌は特にない。さほど興味もない一冊に手が伸びる。自分にはピンとこない記事に目を通す。


 はてなぁ、なんで私はこんなことしてるんだろう。

 用事のないコンビニに寄り、買いたくもないお菓子を眺めて、面白くもない雑誌を拾い読みしている。

 思ったより神経が疲れてて、どうでもいいことでもしたいのかなぁ。

 時計を見ると、もう15分もここで時間を潰している。これはもう帰らないとダメだ、よし、もういい加減に帰ろう、と顔を上げた。

 すると、変なものが目に入った。




 雑誌コーナーの前にはガラス窓がある。そこからHさんの家へと伸びる一本道が見える。

 



 その道の左側にある塀に沿って、長い長い行列ができていた。




 街灯で薄く照らされた暗い道の上。30人ほどの男女が、まっすぐ並んでいるのが見える。

 こちらに背中を向けているので、並んでいる人たちの顔は一切見えない。

 その行列の先は、塀と塀との切れ目にある、細い脇道に入って消えている。



 妙だなぁ、とHさんは首をかしげた。

 さっきコンビニの前まで来たとき、あんな行列はなかった。あんなに長いなら気づいたはずなのに。



 ──いや、妙なのはそれだけではない。

 そもそもあそこに行列なんて、できるわけがない。



 あの脇道は、すぐ行きどまりなのだ。入ってものの10mと進まないうちに、ブロック塀で囲まれた袋小路にぶつかる。

 三方向がブロック塀の、奇妙な袋小路なのだ。だから、あそこに目がけて並ぶ理由などどこにもない。


 

 ……あんな所に並んで、一体何をしているのか。何を待っているのか。


 Hさんはふと、越してきた当初に近所の人から聞いた話を思い出した。




「あそこ、変でしょう。ちょっと行くとすぐ行きどまりになってて。

 昔はね、その正面の塀って、なかったのね。

 私も詳しくは知らないんだけど、そこ、神社に通じてたんだって。

 ある時なぜかは知らないけど、『ここの神社は使わなくなったから』って、

 町の人が塀を立てて、神社に繋がる唯一の道をふさいじゃったわけ。

 だからその塀の向こう側には、神社があるわけね。誰も行けない神社が。

 なんで道をわざわざふさいだのかは、私にもわかんないんだけどね……」

 



 今はもう行けない、閉じ込められた神社。そこに向かって30人、いやここから見えない路地にも並んでいるなら40人ほどの男女が、整然と並んでいる。

 しかも、真っ暗な夜の10時過ぎに。



 Hさんは気味か悪くなってきた。

 あれってもしかして、危ない宗教とか、ヤバい人たちの集まりなのではないか。うわー、嫌だなぁ、あの脇を通って帰らなきゃいけないのかぁ……




 とそこに、右の道から若い男女のカップルが通りがかった。

 あっ、カップルが歩いてきたなぁ、と思って、深い理由もなく目で追う。

 するとその2人は ふっ、 とその行列の最後尾についてしまった。




 それは、

「なるほど。ここに並んで待つのか」

 という動きではなく、

「何をやってるのか気になるから、並んでみるか」

 という様子でもなかった。



「そこに行列があることに全然気づかないまま歩いてきて、

 不意にヒタッと吸い寄せられるように並んだ」

 かのように見えたそうだ。




 ………………あれって、私の想像よりもずっとヤバいものなんじゃないの?

 Hさんは思った。




 家に帰ろうと思うのだが、そうすると必ず、絶対にあの一本道を通らなくてはならない。でも今あそこは通りたくない。

 帰りたいが、帰れない。

 電話かメールで友達を呼ぼうかと思ったが、怖くなったのでやめた。

 呼んだ友達がふっ、とあの行列の最後尾についてしまったら、と想像してしまったのだ。



 Hさんは雑誌コーナーに立ちすくんで、厭な汗をかきながらどうしよう、どうしよう、と思っていた。




 そこに、とんでもないものが通りかかった。




「ほらアレですよ、『痛車』ってやつ」




 アニメやマンガのキャラをどでかくボンネットやドアに貼って、俺はオタクだぜアピールをしながら快走する、あの「痛車」である。

 夜の10時過ぎに、元より人通りの少ない道を、とても珍しい「痛車」が、さらにアニソンをゴンゴンに鳴らして通りかかった。

 あっ、痛車だ。こんな場所をこんな夜中に。うるさいなぁもっと音しぼれないのかなぁ、といやでも目を奪われる。



 キラキラかわいいアニソンを爆音で響かせながら、痛車は通りすぎていった。時間にして5秒と経っていない。



 すごい車が通ったなぁ、と思いつつ、視線を一本道に戻した。





 誰もいない。

 誰も並んでいない。

 行列が、まるっきり消えていた。





 …………えぇ?




 おそるおそるコンビニを出て、窓越しではなく直に見てみる。

 確かに誰もいない。人がいた気配すらない。だが確かに、十数秒前にはここに、30人か40人の行列があったのだ。


 少し進み、勇気を出して、行き止まりへと続く路地を覗いてみた。しかしやはり誰もいない。暗闇の先に、冷たく閉じられた塀が見えるだけだ。

 そんな馬鹿な、と感じながらも、これ以上深入りする気持ちにもならなかった。深入りしようにも、できることがないのだ。



 怖いなぁ、でも何だったんだろうなぁ、さっぱりわからないなぁ、と首をかしげながら、Hさんは一本道を歩いて無事に帰宅した。






「……これで終われば、疲れてたから幻覚を見たって話で終わるんですけどね」

 彼女は話を続けた。






 しばらく経ったある日のお昼、その日は平日だが休みだった。

 ゆったりした休日を味わおうとHさんは外に出た。一本道を悠々と歩き、駅へと向かう。




 ふと見ると、例の路地のそばにある電信柱に、真新しいポスターが貼ってある。

 雨で濡れてもいいようにビニールシートで覆われ、丁寧で整った文字なので、変な怪文書の類ではなさそうだ。しかし町内会や警察のものでもない。

 はてどんな内容だろう、とHさんが近づいていくと、「 探しています 」という見出しが目に入った。





●月●日の夜に、知人女性の□□さんと一緒に、このあたりを歩いていましたが、

気がつくと自分だけ、A海岸をひとりで歩いていました

自分にはその間の記憶が全くなく、□□さんはいまだに行方がわかりません

警察には届け出ましたが、自分も、彼女の友人も、ご両親も、とても心配しています

電話もメールも繋がらず、打つ手がない状態です

●月●日の夜以降に、姿を見かけた方がいらっしゃいましたら、以下の番号に情報をお願いいたします──






 その文章の上には、いなくなったという女性の写真が貼ってあった。

 年齢や、失踪当夜の服装も書いてある。

 その女性は、Hさんがあの日に見た、吸い寄せられるように行列に並んだカップルの片方に間違いなかったという。




「しかも、いなくなったって言うのがまさにその、私の目撃したその日だったので、ね」



 Hさんは今もそこに住んでいるが、また一本道に行列ができていたらどうしよう、と少し不安を覚えている。



「だって次の時も、気をそらしてくれるものが通ってくれるとは限らないですから……」







 夜の道には、何があるかわからない。







(終)










☆この記事は、完全無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」
 震!禍話 第15夜 より、再構成してお送りしました
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/463778938

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