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【怖い話】 深夜のファミレス 【「禍話」リライト95】

 Xさんは学生時代の夏休み、アルバイトをしていた。

「夜のね、ファミレスなんですよ。深夜から明け方までの」

 郊外店だったし、立地もあまりよくない。夜中には客足はぱったりと途絶えてヒマになる。しかも、

「夜間手当ってのがつくわけです。いやぁ、ウマいバイトでしたよ……」

 そんなゆるいバイトだったので、あの日の夜のことは今もよく覚えているそうである。



 夏休みも半ばの、ある夜のことだった。
 その日は0時近くになると、店に客がいなくなった。
 夜のスタッフはXさんと、同じくバイトで、大学の先輩のふたりきり。気心の知れた仲である。
 有線から流れる音楽やCMが流れる店内で細々とした仕事をしつつ、
「いやーヒマだねぇ」
「ヒマっすねぇ~」
「そういや例の子、声かけた?」
「いやぁ~勇気出なくて」
「え~、声かけなよ。若い時代は一瞬で終わるよ?」
「なんで人生悟った感じなんスか、いっこ上じゃないですか」
 などとどうでもいい話をしつつ、時間を潰していた。

 深夜2時過ぎだった。
 車の音がした。
 周囲は田畑ばかりでなんにもないので、エンジン音や走行音がよく聞こえる。
 おやお客さんかな、と駐車場に面した大きな窓ガラスから外を見やる。
 大学生でも乗っていそうな乗用車が入ってきて、こっちに前を向けて停まったところだった。
 前部後部のドアが4つ開いて、Xさんと同年代の男たちが降りてくる。服装、顔つき、やはり大学生らしい。
 運転席と助手席からひとりずつ、後部座席から3人、5人である。

「あ~来たね。学生か……」と先輩が言った。「うるさくならなきゃいいけどね~」
 5人は店に入ってきた。「あ、5人……禁煙です……」と言い、案内された席に座る。
 ドリンクバーやポテトなど、長く時間を潰せるものを注文して、ぼそぼそと会話している。
 おとなしいなぁ、とXさんは思った。いや、元気がないという感じだ。

「いやぁ……なんか疲れたわ」
「肩凝ったな」
「緊張したのかなぁ」

 などと言いながら、彼らはコーラなどを飲んでいる。

 はて。こんな夜にテンション低めでファミレスに来る大学生──何をしてきたのだろう。合コンでしくじったのだろうか?
 店にあるのは有線の音楽だけで、夜なのでそれも絞ってある。レジや厨房の入口に立っていても、彼らの会話は耳に届く。
 ポテトをつまみ、ジュースを飲みながら彼らが語っているのは──

「……やっぱ怖いよな、迫力あるわ」
「迫力って。廃墟じゃんよ」
「いやでもさぁ、あの、手術室? あそこ怖かったぁ……」
「コイツつまずいて『わぁ』とか叫んで……」
「いや叫ぶよ転べば。それよりビビって走ったお前の方が」
「いやぁ、ほら、あの病室の後だったし」
「あそこ落書き少なくて不気味だったなぁ、その手前の廊下も……」

 ははぁ、とXさんは思った。
 隣を見れば先輩も、ははぁ、という顔をしている。
 Xさんは耳打ちするように、
「あそこの病院に行ったんスかね?」
 先輩も小声で、
「だろうなぁ。手術室とか病室とか言ってるし……」

 この地域には、肝だめしスポットとして有名な廃病院があるのだ。
 夏になると近隣の高校生、大学生、時には中学生がどうにかして忍び込むらしい。
 Xさんは興味がないので行ったことはない。が、離れた市からわざわざ来る奴らもいるという。

 しかしながら。
 その病院、怖いウワサや事件・事故などはないのである。
 跡継ぎがいなくてとか、建物の老朽化とかいう理由で畳んだそうなのだ。畳んだはいいが取り壊しの資金がない、云々。
 病院なので、亡くなった人はいるだろう。だがひどい死に方をしたとか、医療事故などもなかったはずだ。少なくともXさんも先輩も知らない。

 つまり、単なる廃墟なのだ。幽霊などは出ない。
 片付けもしてあり、残っているものと言えば部屋のプレートとか、古びたカーテンくらいのものらしい。
 しかしそれ故に「ちょうどいい」のか、侵入する若者たちが跡を断たない。
 で、帰り道にあるこのファミレスに寄って、「怖かったね」と一息つくわけである。

 Xさんも幾度か、こういったグループの会話を耳にしていた。やれ落書きが怖いとか、手術室が不気味だった、とか……
「やっぱりあそこの帰りですねぇ」とXさんは先輩に囁く。
「あそこ、ただの病院なんだけどなぁ」先輩は苦笑しつつ返事をする。
「入り込めるのはまずいよな。管理とかどうなってるんだろうなぁ」

 学生たちはよほど怖かったのか、ぼそぼそと話を続けている。
「階段の上がったトコにさぁ、目とか描いてあって」
「あ~アレは確かにビビるよなぁ」
「あとホラ、あの病室もビビったよな。千羽鶴がさ」

 千羽鶴?
 そんな話は、今まで聞いたことがない。

「あ~そうそう、あれ何なんだろうな。入院してた人の?」
「いやそんな古くなかったよ。1年も経ってない感じ……」
「えーっ気持ち悪い。誰があんなの下げたんだよ」
「俺、天井から下がってんの見た時は人かと思って……」

 ──千羽鶴?

 ウワサや、この店で交わされる肝だめし後の会話。
 その中で今まで「千羽鶴」の話など、出たことがない。
 そんな話ありましたっけ? と目で尋ねると、隣の先輩も首をかしげる。なかったよなぁ、そんなの……。
 イタズラで誰かが置いていくにしても、千羽鶴である。そんな手間をかける奴はいない。
 じゃあ、誰が……?

 ふっ、と時計が目に入った。店内外の清掃の時間になっている。
 店内にはモップをかけて、外はぐるりとひと回りしてゴミを拾うのである。

「あ、もう時間ですね」Xさんは言った。「じゃあ俺、モップやるんで」
 深夜、店員はふたりきりだ。一度にやると接客に差し障りがあるので、ひとりずつの作業になる。
 先輩に「あぁ、じゃあやってもらえる?」と言われたので、奥からモップを出してきた。

 学生5人の他に客はいない。
 がらんとしたフロアを、モップでツーッと移動していく。
 学生たちの座るテーブル席の脇、「失礼しまーす」と一声かけて通りすぎる。
 角で曲がって、外に面した大きな窓に並ぶテーブル席へ。
 無人の席の並び、誰もいない空間を、Xさんはモップで滑っていく。


 ちらり、と視界の隅、何かが見えた。
(ん?)
 顔を上げて横を見た。

 窓の外。
 手前にちょっとした植え込みがあって、その向こうにはだだっ広い駐車場がある。
 夜の闇を、一本きりの常夜灯がうっすらと照らしている。
 車は一台だけ。学生たちの乗ってきた乗用車だ。こっちに正面を向けて停めてある。
 その車の助手席に、人が乗っていた。

「あれっ」
 横に目をやる。学生たちは5人いる。

 ──車って、5人乗りだよな?
 後部座席ならば、詰めればどうにかなるだろう。しかし助手席にいる。
 若い女の子のようだった。

 男子学生の集まりで、しかも肝だめしだ。
 女の子の参加者がいたら、放ってはおかないはずだ。
 しかし確かに乗っている。
 肩から上が見える。黒髪で、白い服で、その服はすごく薄っぺらで、まるで──

 あまりじろじろ見るのも失礼かと思って、Xさんはモップがけに戻った。
 レジに戻って先輩に「終わりました」と伝える。先輩は「おう。じゃあ俺、外行くわ」とゴミ袋を片手に出ていった。

 レジの近くからは、窓の外のことはわからない。
 学生5人の話題は廃病院から別のことへと移っている。談笑している。
 思い返しても、「一緒に行った子」「車で待ってる子」の話は一度も出なかったように思う。

 あれぇ……?

 5分もしないうちに先輩は戻ってきた。
「いやぁ毎度のことだけど」と先輩はゴミ袋を畳む。「この時間に外にゴミなんてねぇんだよなぁ」

 Xさんは「先輩」と尋ねた。
「あの、駐車場の車なんですけど……。女の子、乗ってませんでした?」
「ん? ……あ~、そういや乗ってたなぁ誰か。若い子。ちゃんとは見なかったけど。気分でも悪いのかな」
「じゃあ先輩も、見えたんですね?」
「え。『見えた』って何よ。えっ、ちょっとお前……」
「白い服でしたよね、なんか薄い生地の」
「おお、うん」
「病院着っぽくなかったですか?」

 ………………。


 た、確かめようか?
 Xさんと先輩はさりげなく、窓の方へと歩み寄った
 端から覗くように、外の車に目をやる。

 いる。

 助手席、白い服の若い女が座っている。
 女は正面を向いて、店の中を眺めているのがわかった。テーブル席の学生5人を眺めている。
 顔に、怒りや悲しみはなかった。
 むしろ、嬉しそうに微笑んでいる。

 Xさんと先輩は視線を交わした。
「いるよね?」「いますね……」という無言の会話があった。

「……聞く?」と先輩が言う。
「いやぁ~、まぁ……聞かないと居心地悪いですよね、これは……」

 2人はそろそろと学生たちの元へ向かった。

「あの~」先輩が口火を切った。
「はい? 何すか?」
「あの~、変なアレなんですけど……。お客さん、ここにいる皆さんで全員ですか?」
「…………?」
 5人が5人とも首を傾げた。
「そうですけど……?」
 先輩も真似するように首を傾げながら、
「いや、そうですよねぇ。そうですよねぇ……」と言う。

「俺らが、どうかしたんですか?」
「いやあの、変な話なんですけど、自分たち、掃除してた時に外の車……皆さんの乗ってきた車、見たんですけど、あれの中に──」
「うわっ!」
 言い終わる前に学生のひとりが飛び上がった。
 車に、と言われたので目をやったらしい。

 え、とXさんを含めた全員がそっちを見た。

 夏の夜、ぼんやりと明るい駐車場、学生たちが乗ってきた車の横に。
 女が立っていた。
 さっき助手席に座っていた女だ。
 ドアが開いた音も、閉まった音もなかった。

 女はやはり白い、薄っぺらな服だった。
 病院着にしか見えなかった。
 唇の端がゆるやかに吊り上げっている。笑っていた。

 あの女の人って、と問う暇はなかった。
 女が早足でこっちに近づいてきた。
「うわ、わ……わ……」

 窓のすぐ外には低い植え込みがある。
 女はそこにズブズブと入り込む。通り抜ける。笑ったまま、どんどんやって来る。

 学生たちは腰が抜け、Xさんも先輩も恐怖で身体が動かない。

 女は、窓にひたり、と貼りつくような位置まで来た。
 黒く長い髪と、病的に白い顔をしている。
 口を軽く開いて、微笑が顔面にへばりついていた。
 その顔のまま店内を、学生とXさんたちをじいっと見ている。

 内も外もしばらく、そのまま動きがなかった。

 そのうちにXさんは気づいた。
 女は、手に何か握っている。
 何だ?
 四角くて、平べったくて、数字が……
 ケータイだ、と思った。
 スマホではない。昔の、電話とメールしかできないような古いケータイ……
 それを握る女の指が、ぬめぬめと動きはじめた。
 瞳は店内の7人に当てたまま、手の中のケータイの数字を押す。
 最後に、右上にあるポタンをぷちり、と潰すように押した。



 プルルルルルルル……


 レジの脇にある、店の固定電話が鳴りはじめた。


 プルルルルルルル……


 Xさんと先輩はそちらを見て、困惑した。
 店員として出ないわけにはいかない。
 けど、どう考えても、この電話は。

 Xさんに向かって先輩が、ゆっくりと頷いた。「俺が出る」という意味だった。


 プルルルルルルル……


 静かな店に、呼び出し音が響く。
 学生たちも固定電話に目が釘付けになっている。
 先輩は探るような足取りでレジに戻り、息を整えてから、そっと受話器を取り上げた。

「……はい、お電話ありがとうございます……」
 店名と、地域名を告げる。
「ご用件は…… もしもし。もしもし? え?」

 ぴんと張りつめる空気の中で、先輩は受話器に耳を当て、硬直していた。

 突然。

「うわあぁぁっ!」

 先輩は叫んだ。
 受話器を叩きつける。手近にあったメニュー表や広告を電話に投げつける。覆い隠そうとしている。
 その上から「なんだよっ! くそっ! くそっ!」と別のメニュー表で殴りつける。

 Xさんは駆け出して、先輩を押さえた。
「ダメですよ! ダメですよっ!」
 レジから引っ張り出して肩を掴む。
「どうしたんですか! どうしたんですかっ!」
 先輩はしばらく口をぱくぱくさせていたが、「あっ、女……」と呟いた。
 はっと全員が窓を見やる。

 女の姿はもうどこにもなかった。

 先輩はその場にへたりこんだ。
「……いないな? もういないんだな?」
「いないです。大丈夫です」
「よかった……」


 少し落ち着いた先輩が、話したところによると。

 電話の向こうから聞こえたのは、やはり若い女の声だったという。
 ……お酒飲んで、テンションが上がって、はしゃぐ子っているだろ。何が起きても楽しくて仕方ない、みたいな……と先輩は言った。
 そんな感じの上ずった声で、


「わたしい、人がいっぱいいる所には行けないからあ、ずぅっと車で待ってるんですよねえ」


 と、笑いながら言ったそうである。


 Xさんは言葉を失ったが、その直後大変なことに気づいた。
 レジの横で、かなり大きな声で会話をしてしまっている。

 あ、と思って振り返ると、学生5人がものすごい、何とも言えない表情でテーブル席に座っていた。
 一言一句洩らさず、全部聞かれてしまったのだった。
 強いて言葉にするなら、彼らの表情は、
「うわぁ……」だった。

「あっ。あーっ、なんか、なんかスイマセン……」
「すいません本当に、うるさくしちゃって……」
 Xさんと先輩は謝りながらと近づいていく。

「うわぁ……」の顔のまま学生たちは、Xさんと先輩に尋ねた。

「あの、ボクたちその、帰れないので……朝までいても、よろしいでしょうか……?」
 ものすごい小声だった。

「あ~もう全然。全然OKですよ。ウチ24時間営業なんで。なっ!」
「あ~もう全く、全く問題ないです。朝までごゆっくりなさってください!」
 同情心以上に、「こいつらが帰ったら店にふたりきりになる」という事態は避けたかった。何としても避けたかった。


 学生5人と店員ふたり、7人の男たちはやんわりと身を寄せあって、怯えながら朝まで過ごしたという。
 朝の交代の時間に来た社員さんに「どうしたの? 知り合い?」と聞かれるくらい近くにいたという。

 朝の光の中、学生たちは一度ドアを全部開けて、「よしっ、いない!」と確かめてから乗り込んだ。
 Xさんと先輩は朝日に目を射られながら、車を見送った。


 幸いなことにその後、ファミレスの方に「女」が来たり、変な電話がかかってくることはなかったという。



「その5人も、その夜以降は一度も見なかったですねぇ。ヨソの市から来てたのかなぁ。……無事だといいんですけど……」


 周囲の人に聞いてみたがやはり、廃病院で変死した若い女性がいたとか、女の幽霊が出たという話はまるでなかったそうである。


 なにもない場所に、「そういうもの」が急に現れて、気まぐれについてくる。
 世の中には、そういうこともあるのかもしれない。





【完】





★本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
 燈魂百物語 第零夜(2)
 より、編集・再構成してお送りしました。
 ちなみにこの話が、私がリアルタイムで聴いた、はじめての「禍話」です。


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