【怖い話】 バス停の女 【「禍話」リライト 23】
ある県のあるバス停には、夜19時以降、バスが停まらないそうである。
「えっ、それっていいの?」「問題にならないの?」と思われる方もいるだろうが、そこの町の人たちは停まらなくていいですよ、と公認している。
むしろ町の人の要請で、バスの側も意識的に停まらないようにしているフシすらある。
遠くに働きに出ていて夜に帰ってくる住人も、ひとつ前か後のバス停で降りる。田舎となればひとつ飛ばすと結構な距離になるのだが、仕方なく歩いて対応している。
田畑ばかりが広がる中にぽつん、と建っているとは言え、日射しや風雨をしのぐ小屋のついたそれなりの代物なのだが、どうしてそこにバスが停まらないのか。
19時以降になると、日傘をさした女が立っているせいなのだという。
近隣をジョギングしたり夜に散歩している人たちの話をまとめると、女は「ある日突然バス停に現れた」そうだ。
上品な白い服を着て、ヒラヒラした綺麗な白いスカートを履いている。だから、女性なのだと思われる。
首から上をすっぽり隠すように日傘をさしているので、顔はまったく見えない。
バスが停まっても乗り込もうともしないし、「乗りません」との身ぶりも示さない。ただ日傘をさしたまま、バス停につっ立っているだけであるらしい。
気温の寒暖、晴れも曇りも雨も風も関係ない。女は毎日毎日19時から、どこからともなく現れてバス停に立っている。
夜に。日傘をさして。
……とにかく気味が悪い。
散歩やジョギングをする住人も、彼女を、バス停のそばを避けて通行していた。
誰かが声をかけてみるべきだとは思っていたのだが、町の人もしばらく、なかなか話しかけられないでいた。とは言えいきなりおまわりさんを呼ぶのも極端な対応である。
高そうな服装や品のいい日傘のセンスから見て、最初は「どこかのお金持ちの、ちょっとオカシな人ではないのか」という噂が立った。
お金持ちが山奥の別宅におかしな身内を住まわせていて、夜だけ家から出してやっている、云々。偏見の含まれた噂である。
ただ仮にそうだとしても、おかしな点はあった。
彼女は19時を過ぎると不意に現れて、明け方になるとスッ、と姿を消すのだと言う。
車が迎えも来たこともなければ、歩いて立ち去る姿も目撃されたことがなかった。
……もしかすると「オカシな人」なんかじゃなく、そもそもが「人じゃないもの」なのではないか。
そんな説も持ち上がって、小さな田舎町は揺らぎはじめた。
あの日傘の女は、何者なのか。
町には、町内会、ではないのだが、それに準ずるようなグループがあった。その中の最年長の、50歳を越えた男性Yさんが、
「じゃあ、俺、確認してくるよ…………」
と男を見せた。
19時。
メンバー5、6人でぞろぞろとバス停の近くまで行く。女に気取られない程度の距離を保って、農家の作業小屋の後方に隠れた。
ポツリと小さな明かりのついた小屋つきのバス停。そこに今日も、白い服を来た日傘の女は立っていた。
「じゃあ、ちょっと、話しかけてくるから…………」
Yさんは暗鬱な表情で、小屋の陰から出ていった。
散歩しているみたいに装いつつ、緊張しているせいで動きはぎこちない。
Yさんはしかし途中で逃げ戻ることなく、女のすぐそばまで接近した。
腰を弱く曲げて、下から覗き込むみたいな低姿勢で女に近づいていく。
遠くから見守っているメンバーには、Yさんが「あのぅ、すいません……」とかけている声が聞こえるような気がした。
その直後だった。
「あっ」
Yさんはそう叫ぶと同時にびくり、と全身を震わせて、踵を返して早足で戻ってきた。
顔が真っ青になっている。
どうしたんですか、何があった、メンバーが口々に問うと、Yさんは目を泳がせながら首を小さく降った。
「いやぁ……アレはダメだな…… まずいなアレは……」
ゆっくり近づいていくと、あることがわかった。
女のさしている日傘が、細かく揺れていたのだという。
散歩やジョギング組は自分が動いているし、バスの運転手や乗客は車体が振動しているのでわからなかったのだろう。
……あれっ、この人、泣いてるのかな……? やっぱり心に問題を抱えてる、情緒不安定な女性なんだろうか……?
さらに近づいてみると、
自分の勘違いに気づいた。
女は日傘の中で、「くッ くッ くッ くッ くッ くッ くッ」と小さく笑っていた。
騒然とするメンバーたちの前でYさんは「いや、アレはね、ちょっと危ない感じだから、近いうちに警察とか、相談して、対処してもらおう」
町内レベルでどうにかできるものでもないよ、と、動揺しながらもそうまとめたのだった。
その翌日の、夜のことである。
Yさんの奥さんから、友人知人に連絡があった。
Yさんが帰ってこないのだと言う。
元々フラッと飲み屋に行ったりタバコを買いに行ったりするタイプではあるのだが、「ちょっと出てくる」の一言もなしに家からいなくなって、数時間経っている
携帯にメールか電話でもしてみたら? そうアドバイスしてみても、「メールは返ってこない」「電話はかかるけど出てくれない」と返事をされた。
街灯も少ない田舎町である。畑に落ちたとか、用水路に転落したなんてこともありうる。
友人や町の若い奴ら十数人で、探すことになった。
そう時間も経たないうちに、若い奴が重苦しい顔つきで戻ってきた。
「いましたよ………………」
通報した様子はない。事故や事件に巻き込まれたのではなさそうだ。ではどうしてそんなに厭な顔をしているのか、と問うと。
「バス停にいました…………」
Yさんは、例のバス停にいた。
Yさんは女の隣に並んで、仲良く日傘に入っていた。
2人で日傘の中で、
「ヘヘッ ヘッ ヘッ ヘッ ヘッ へッ…………」
と、とても楽しそうに笑っていたのだという。
……どうしよう。
住人たちがあらかた集まって相談し続けていた深夜。奥さんから電話があった。「旦那が帰ってきた」という内容だった。
Yさんは夜も更けてから、普通に玄関から帰ってきて、普通に着替えて、普通に床についたのだという。
朝になってから奥さんや友人に昨晩のことを聞かれても、何一つ覚えていなかったそうだ。
「あれは、頭のおかしな人なんかじゃないんだな」「人が触ってはいけないものなんだ」
町ではそのように意見の一致をみた。
…………こんな出来事があったために、そのバス停には19時以降バスは停まらず、住人も絶対に寄りつかなくなったそうである。
O分県の、どこかのバス停の話。
☆本記事は、無料/著作権フリー怖い話ツイキャス、
「禍話」第1夜-3(20160827放送) より編集・再構成してお送りしました
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