【怖い話】 扇風機の家─後編 【「禍話」リライト⑳】
~前編~
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〈3日目〉
昨日と比べれば、2人共に朝は遅かった。それでも7時には目が覚めていた。
友達はベッドの位置を変えたおかげかゆっくり眠れたようだが、まだ表情に暗さがある。
2人で扇風機を止めに行ったものの、友達はあまり部屋に入りたくないようだった。Tさんには断らずに、入口に近い扇風機を止めて、あとは適当に落ちている物を数個手に取って近場に戻すだけだ。
……よほど心に引っかかっているのだろう。Tさんはその様子を咎めないで、残りの作業は自分でやった。タダでメシと酒をおごってもらっている身なので、これくらいは当然だと思った。
「なぁ、今日も買い物、行くよな!」
Tさんは友達を励ますようにそう誘う。
「まぁ……昨日の残り物もそんなにないしな…………」
「じゃあさ、また昨日のお店に行ってアレ買おうぜアレ。すっごいチーズがあっただろ、たっかい値段の」
「おお、あったなぁ」
「他にもいろいろあったろ? 買いに行こうぜ買いに!」
2人で再び、高級店に行った。Tさんも騒いだが、友達は彼に輪をかけてはしゃいだ。
友達はTさんが来た日に「さっきの生活費残しておいてさ、少し抜いてお小遣いにでもしようかな」と半分ジョークで言っていたのに、残りの日数のペースを考えずにカゴに入れていく。
その姿は無理に元気を出しているようで、Tさんには痛々しく見えてしまった。
帰宅すると、居間の電話に留守電が2件、残っていた。友達が「なんだろう……?」と再生する。
「……もしもし、もしもし! あのねぇ! あのー! 昨日の夜ね! 家内に電話をかけたでしょう君!」
中年の男の声だった。昨晩見た写真の、温厚そうなお父さんの顔が思い浮かんだ。
怒り慣れていない口調だ。無理に強く言っている。
「あのね! こういう……そういうことをね! 妻に聞いたりしないでほしいんだよね! そういうことを聞かれると! プライバシーの問題もあるよ!
夜分にね! しかもおかしな電話をかけてくるようなら! もうね! 留守番もしてもらわなくていいから! うん! 出てもらっていいよ! もう! ね!!」
受話器が叩きつけられる音で電話が切れた。電子音声が「ニ ケンメ デス」と告げた後、ずっとトーンダウンした同じ男の声が吹き込まれていた。
「あの、もしもし。あのー、さっきはちょっと、申し訳ない。大きい声で。ああいう伝言を、残して……怒りにまかせて電話してしまって……
あれだけ怒鳴ってしまってなんなんだけど、やっぱり居てもらわないと困るから、気分を損ねたかとは思うんだけど、どうしても留守番はお願いしたくて……」
もはや平謝りと言ってよい。あまりの変わりようにTさんはちょっと面白くなってしまった。
「えぇーっ、コレ大丈夫かなぁ? ここのお父さんメンタル不安定じゃない?」
「………………………………」
友達は黙りこくって電話を睨んで、またしばらく動かなかった。
ブランチ、ゲーム、そして夕食が、ぼんやりとした不安の中で続いた。
買物している時こそ友達は軽快だったが、留守電の件ですっかりしょげ返ってしまっている。夕闇が迫り、夜になり、11時が近づいていくごとに元気がなくなっていくようだ。
Tさんもバカな話を振って彼の心を上向かせようとするが、どうしてもうまくいかない。膨らんだ疑念が頭をピッチリと埋めてしまっている様子である。
どうしよう。こいつが落ち込んでると、こっちも怖くなってきちゃうな……。
そんな空気の中、ようやくと言うべきか、11時近くになった。
2人で嫌々足をひきずるように、和室へと向かう。友達が襖に手をかけるかかけないか、という時。
「なぁあのさ、Tさ」こちらを振り向いて、真剣な顔で尋ねる。「今夜は、お前ひとりでやってくんないか?」
戸は開けといてもらって全然いいから。ゴメン俺、この部屋、ちょっとさ、悪いんだけど、悪いんだけど……
幾度も謝るので「いやぁいいよ、OKOK、俺やるから。謝るなってば」とTさんは制した。「そんくらい全然するよ」
ゴメンな、悪いな、と友達は襖をスーッと開いた。
一昨日の夜よりも、昨日の夜よりも、たくさんの小物がボトボト畳に落ちていた。
反射的に扇風機を見る。2台とも死んだように完全にに止まっている。
Tさんはさすがに言葉を失った。部屋の外にいる友達たぶんすごい顔になっているだろう。
これは。スキマ風や家が傾いてるなんてもんじゃない。
この和室で、何かが起きている。夜だけじゃない。もしかすると、昼も。
「……じゃあ、ちょっと待っててな」
Tさんはできるだけ急いで机やタンスの上を直し、扇風機をつけた。ガチャつく物音を背に襖を閉めて、2人でさっさと居間に帰った。
こいつ……メンタル大丈夫かな?
Tさんは友達の精神状態が心配だった。彼をチラチラ見やっていたが、相手はスッとミニバーの棚から度数の高そうな酒を数本、抜き出した。
「今夜は…………飲むか」
そうか、そうだな、こういう時は、飲むに限る。Tさんも友達の策に便乗することにした。
まずは高級で飲み慣れない酒をグッと一気にあおった。それから、とにかく度数の強い酒を飲んでいく。
そのうち酔いが回って、楽しくなってきた。恐怖も不安もどこかへ行ってしまった。酒が進む。どんどん進んでしまう。
「飲み比べだな」
「こっちはどうだ?」
「飲みやすいけどキッツイぞこれ」
「旨いな」
「やっぱ酒も値段なんだな」
「テキーラいくか?」
「よし2人でグッといこう」
「まだ飲めるか?」
「そろそろ手元がやべぇかも」
「あーこれは酔った」
「これは効くなぁこれはマジで酔」
Tさんの目が覚めた。
2人とも酒の限界を越えて、意識が飛んでしまったらしい。友達も手足を投げ出すように床に転がっている。
ベッドの上でないので体がガチガチになっていはしないかとゆっくり起き上がったが、フカフカな絨毯のおかげで負担は少なかったようだ。ただ酒のせいで、頭は重い。
時間はもう2時を回っている。こいつを起こして、ベッドに寝直さないとダメだな。
Tさんはその前に、トイレを済ませる必要に駆られた。
重たくなった頭を持ち上げて立つ。それからゆっくりと居間のドアに近づき、取っ手を握って、廊下へと出た。
トイレに到着し、用を足して、再び廊下に出た瞬間。
はぁーっ
Tさんの首筋にまた、ぬるい風がぶつかった。一昨日と同じ温度で、同じ強さの、人の吐息のような風。
一昨日は居間、今夜は廊下? そんなことはありえないだろう。ありえないよな。ほら空調もないし、風もないし、誰も…………
見回したTさんが目にしたのは、奥の和室の襖だった。
少しだけ、開いている。ちょうど、覗けるくらいに。
…………部屋を出たときには確かにぴったり閉めたはずなのに。
相も変わらず大きな羽根の回る音と、風のせいでいろんなモノが揺らぐ音。隙間があるので、昨日よりも余計うるさく聞こえてくる。
…………いや、おかしいのだ。よく考えれば。
扇風機をつけてから、かれこれ3、4時間は経つ。3時間もあれば、風に押し負けるものはとっくに倒れるか畳に落ちていなきゃいけないはずだ。
なのにまだ、しつこく、何十個もの物品が雑音を鳴らしている。妙だ。変だ、絶対に。
自然と襖の方に足が向いた……が、「朝になるまで襖を開けて中は覗いてはいけない」ことを思い出した。
酒の入った脳は、時に突飛な発想とよくない思いつきをさせる。
「襖越しに見ちゃいけないなら、外から覗けばいいんじゃないか?」
Tさんはそんな屁理屈をひねり出した。そうだ、初日の夜、部屋に入った時に見た、あの破れた障子。
あそこから覗けるじゃないか。
Tさんは廊下をとって返し、玄関で靴を履いて、そっと外に出た。
外周を回って家の裏へと急ぐ。未明の住宅街には街灯が飛び飛びについて、物音ひとつしない。
静かな夜だった。
Tさんは玄関から家のぐるりを歩いて、裏庭へと向かう。玄関がここだから、和室はこのへんだろうとあたりをつけて、そちらに歩を進めた。
果たしてそこには、障子戸でふさがれたガラス窓があった。
やはり障子の下が一部破れている。破れ方のせいで存外に中まで見通せそうだった。
部屋は暗いが、外の明かりがある。かろうじて様子は見えそうだ。
扇風機が風を送る音、小物が倒れ吹き動かされる音が外までかすかに聞こえてくる。
意を決して、Tさんは、障子の穴から室内を覗いた。
後から考えると、我ながらおかしな反応だったとTさんは言う。
中の状況が把握できた瞬間に、
「あ~あ…………」
そんな呆れた声がTさんの口から転がり出た。
こんな旨いバイトないよな、どうせこんなことなんだろうと思ったよ、そんな声だった。
部屋の真ん中あたりに、女が浮いていた。
ぶらァん、ぶらァん、と、左右に揺れていた。
隅にある扇風機の首の動きに合わせるように、ゆっくりと揺れていた。
浮いてる……んじゃない。
首を吊ってる。
Tさんはすぐに理解した。
暗がりに隠れた天井から女の首にかけて、たぶん綱が伸びている。
そこを支えにぶら下がっている足の位置が、ちょうど机の天板のあたり。
ぶらァん、と動くたび、机の上のどうでもよい品物たちに爪先が当たる。
写真の入っていない写真立てがことり、とずれる。ダルマがころり、と傾く。プラスチックの人形が傾いて、また戻る。
強い風でも起きているみたいに、物が倒れかけたり、傾いだりする。
倒れた物にも爪先がぶつかって、しつこく音を立て続けている。
あれのせいなんだ。
Tさんは自分でも驚くほど冷静に考えた。
あんな具合で、いろんなものが動くんだ。元々は、扇風機のせいじゃなかったんだ。
Tさんは、暗くてなかなか顔が見えない吊られた女を、ある予感のようなものに支えられながら見続けた。
そのうちに、少しずつだが確実に、揺れが大きくなりはじめた。
そしてもはや「揺れている」ではなくなった。ぐるぐると爪先が楕円を描き始めたのである。
その激しさのせいで、背の低いタンスや棚の上のものにも足がぶつかる。比較的重そうな品物も蹴り飛ばされる。次々にぶつかり、傾き、倒れ、激しい音を鳴らす。
風ごときでは落ちないだろうと思われた物も家具から蹴り落とされる。
ボトッ、ボトッ、ボトッ、と、畳に物が落ちるときのあの独特の湿った音がする。
足は、机やタンスにまで当たりはじめた。肉のぶつかる鈍い響きがここまで聞こえてくる。
窓ガラス越しに、天井か綱がきしるような音もする。
──さっき廊下まで響いていたのは、この音だったのか。
あぁ、そうか。
Tさんは、この家の人が何を考えているのかようやくわかった。
これの存在を「ないこと」にしたくて、扇風機を2台も回しているんだ。
夜中に、奥の和室からおかしな物音がする。
天井がきしむような、家具に体がぶつかるような音がする。
……でもそれは、私たちが設置した扇風機が、机やタンスの上に私たちが置いたちっちゃい品物を飛ばしている音だ。
夜に大きな扇風機を回しているから、そんな音がするんだ。
だから、この部屋では、不思議なことは何も起きていない。
扇風機の風が起こしている、ごく当然の現象だ。
この部屋では、不思議なことは、何も起きていない。
夜に扇風機を動かして、中を覗かなければ、ここでは当たり前のことしか起きていない。
そういうことにしておきたいのだ。この家の人は。
女の体はなおも、大きく動き続けている。
扇風機の風で体があんなに動くはずがない。むしろ自らの力で、激しく大きく回っているようにすら見える。
白い服と白い足、ぶらんと垂れ下がった細い手は見えるが、顔はなお見えない。体格や雰囲気からしてたぶん、若い女だろうと思う。
…………そもそも、この女は誰だ?
写真で見たのだ。この家は3人家族だ。父親、母親、息子の3人で、若い女はいない…………
──そうだ。
友達が家の主に電話をかけていたのは、「これ」について詳しいことを聞き出そうとしたのではなかったか?
息子、婚約、別の、恋人、結局。
友達が口にしていた単語が甦る。
これは、写真にいたこの家の息子の、婚約者……いや、「別の人」「恋人」と言っていた。
婚約者とは別に、恋人がいたのではないか。
Tさんの頭の中で記憶と想像が交錯する中、ガラス窓一枚向こうでぶら下がった女の体はなおも回転し、足が小物や家具に当たり続けている。
青年と付き合っていたのに、相手が婚約してしまった女。
恋人ともなれば、家の合鍵を持っていてもおかしくない。
この部屋が、息子が使っていた部屋だったとしたら。
自暴自棄になった元恋人が、家に入りこみ、あてつけに、ここで首を──
バンッ、と窓ガラスが叩かれた。
思わず身をすくめる。だがガラスと室内の間には障子がある。
障子戸を開けないまま窓ガラスを叩けるわけがない。
そんな馬鹿な、一体何が。Tさんがなおも部屋の中を覗こうとすると、
障子の破れ目の横から、ヌッと女の顔が現れた。
「 いつまでみてる気なんですか 」
真っ白い顔の女はTさんの顔を見て、はっきりとそう言った。
…………それでもTさんは、驚くほどに冷静だった。
ゆっくりとそこを離れて、庭へ向かい、小さな東屋のベンチに腰かけた。
それから朝になるまで、あれを覗き見たことを後悔して、頭を抱えていたという。
日が昇ったので、屋敷に戻った。友達の身も心配だった。
居間に入ると友達がソファーベッドに身を起こしている。一昨日と同じく、早くに目が醒めてしまった様子だった。
彼は居間のドアに意識は向けていても目をやっていない。
「……どこに行ってたんだ?」
「うん、あのう、ちょっとあって、あ、東屋の方に行ってた。昨日の夜から」
「そうか、そうだよな」友達はあくまでも静かに言った。
「じゃあさ、4時とか5時に、そこのドアに体当たりしてたのって、お前じゃないんだな」
「………………」
「そうだよな、入ってくればいいんだからさ。体当たりなんてする必要、ないもんな」
「…………………………」
「あれ、お前じゃないんだよな」
「…………うん、俺じゃないよ…………」
……………………。
「よし、辞めよう」
「うん、帰ろう」
意見が合った。
2人で勇気を出して和室に飛びこみ、扇風機だけ止めてすぐに出た。ぐしゃぐしゃにちらかった小物を拾う余裕などなかった。
居間を片付けて掃除して、友達は家の主に留守番を辞める旨の電話をした。押しとどめられている様子だったが、友達は用件を告げてほとんど一方的に電話を切った。
生活費を居間に残して、預かった鍵をかけて、朝のうちに退散した。
痛飲した上にろくに寝ていない、さらにあんな目に遭ったTさんと友達は、午前のまぶしい日の注ぐ道路をよたつきながら歩いていった。
犬の散歩やジョギングをする近隣の方々が2人に挨拶してくる。2人は力なく「おはようございます……」と返した。
バス停までたどり着くと、疲れが一気に押し寄せてきた。
「…………なぁ」ここに来てTさんはようやく、聞く気になった。
「あの夜にかけてた電話、あれ何を聞いてたんだ?」
「…………あぁ、うん、あれなぁ」
やはり、息子さんには婚約者の他に恋人がいたのだと言う。
家の都合で別れることになって、ずいぶんと揉めて、最終的にはその恋人が「変なことになっちゃった」せいで、息子さんは家を出た。
婚約も破談になって、遠くで暮らしている。だからあそこは今は夫婦の二人暮らしなんだよ。以前親からぼんやりと、そう聞かされていたそうだ。
「『変なことになっちゃった』ってさぁ、俺、あの女、あの家でどうかして、死んでるんだと思うんだよね」
「……………………」
「たぶんだけどさぁ、『あれ』って、今のこの時期に死んだんじゃないのかなぁ、って。この時期になると出てくるから、あの親戚夫婦、耐えられなくなって、家を空けるんじゃないかなぁ、って思うんだ」
「…………俺を呼んだのも、何かあったからなの?」
「うん……初日にさ、明け方、居間のドアの向こうに、誰か、女みたいな影を見たような気がしてさ。それにあの、扇風機だろ?」
「そうだよな……気持ち悪いもんな……」
「お前が来ても現れてさ……これはまずいなと思ったんだけど…………なんか、ゴメンな……」
「いや、いいよ。いいよいいよ……」
「…………お前さ、部屋を覗いたんだろ?」
「……うん。でも、襖からじゃなくてさ、障子が破れてただろ。あそこから……」
「あぁ、庭から覗いたのな…… だから東屋に朝まで逃げてたんだ…………」
「そうなんだよ…………」
「…………お前、何が見えた? あの扇風機の部屋の中で、何が起きてた?」
「…………………………やめよう」
「え?」
「こういう『答え合わせ』みたいなことしてると、どんどん怖くなっちゃうじゃん。どんどん辻褄が合っちゃうじゃん。だからさ、やめよう」
「そうだな…………」
「……………………」
「……………………」
バスが来たので、2人はほとんど黙したまま乗った。
バスの中で、Tさんが一つだけ尋ねた。
「あのさ、どういうルールがあるのか知らないけど、あの家、無人にしちゃってよかったのかな」
「……どうなのかな。でもさ、もういいでしょ。そこまで義理立てしなくても」
あんなことがあるって知らせずに、他人が住んでもあんなことになるような家の留守番を頼んだんだしさ。
どうなっても知らないよ。もう。
一方が途中で降りて、もう一人も家の近くで降りた。
そのようにして、この3日間は終わったのである。
〈後日譚〉
夏休みが終わり、大学が始まった。
Tさんと友達は顔を合わせる機会が幾度となくあったものの、あまりにも怖い体験だったのですぐには語り合えなかった。電話やメールもしづらい。
他の友達にも、気軽に話せる内容ではない。第一まずやたらと長いし、親戚の家の評判というのもある。思い出しながら話して、またあの時の恐怖が甦ってくるのが嫌だった。
暑さが穏やかにたわみ、秋の風が吹いて、木の葉が色づき、そのうち寒さがやって来て、冬になった。
12月の後半。Tさんがサークルの飲み会から帰る途中、街中でばったりと例の友達に会った。向こうも飲み会の帰りなのか、一人きりだった。
「おぉ……なんか、久しぶりだな」Tさんが話すと、息が白い。
「おぉそうだな…………二人きりで会うのって、あの時以来か……?」
「……そうかもな……」
「…………あの家なぁ、」友達が目を伏せながら言う。「誰もいなくなっちゃったんだよ」
「えっ?」
「『旅行』から帰ってきた2人がな、数日と経たないうちに、家を出ちゃったらしいんだよ。夜逃げみたいに」
「……何かあったの?」
「それがさ、どこに行ったのかわからないし、いきなりいなくなっちゃったから、なんにもわかんないんだよな」
「………………」
「で、別に暮らしてた息子が、さっさとあの家、引き払っちゃったんだって」
「…………引き払ったの?」
「そう、売っちゃったんだよ」
「あの家は、あのままで?」
「あのままで」
「それ……よくないんじゃないの?」
「まぁ、よくないけどさ。家土地を買った人が話を知ってたら、あの和室だけとか家全体とか壊して、新しく作り直すんじゃない?」
「話を、知らなかったら?」
「それは…………」
「部屋や家を壊したら、『あれ』って、出て来なくなるのかな?」
「……………………」
「どう思う……?」
「……………………」
「…………………………」
「…………………………」
あの家がどうなったのか、それからのことは、何も知らない。
(終)
☆本記事は、完全無料/ほぼ全話オリジナル/著作権フリーのツイキャス「禍話」の「禍ちゃんねる 百怪忌念スペシャル」
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/538231091
より、編集・再構成してお送りしました。
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