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【怖い話】 向かい側の感謝 【「禍話」リライト78】

 Kくんは初対面の人の懐に飛び込むのが上手い。どんな相手とでもすぐに仲良くなれる。特に年上からは可愛がられる。

 その短期バイト先にいた先輩(Sさんとしておこう)は見るからに怖く、イカツい感じで、若い頃はかなりヤンチャしていただろうと思わせる雰囲気があった。
 しかしそこはKさん、持ち前の愛嬌でスポッと飛び込み、すぐに「面白いヤツが来たなぁ」と優しく扱われるようになったという。



 そのバイトではSさんの覚えもめでたかったこともあり、Kくんはだいぶ楽な仕事に回してもらった。
「いやぁ~、こう言っちゃアレですけど、結構楽で、時給もよくて、仕事も平和で。マジでありがたいです」
 働きながらKくんが言うと、
「……でもなぁ、楽でボロい仕事つっても、落とし穴があったりすっからな~」
 Sさんは外に目をやった。
 夜だった。夏が終わりかけている。きっと外気は少し肌寒いだろう。

「……あ~。ちょうどこんな晩だったな……」
 ぽつりとSさんは呟いた。
 昔の怪談みたいな言葉がぽろり、とこぼれたので、Kくんはものすごく気になった。
 どうかしたんですか、こういう時期に、なんか変なことでも……?
 尋ねるとSさんは、「いや、まぁね」と顔を曇らせる。
「なんか夜の道で、変な奴に絡まれたことがあってさ。いや、絡まれたって言うか……」





 交通量調査ってあるだろ?
 あの道端で、カウンターをカチカチ押してるやつ。
 車通りとか人通りを数えてさ。ここに道路を作るか作らないか決めるんだよ。
 あれってみんな短期のバイトでさ。カチカチ押すだけなのにけっこう稼げるんだよな。一日で一万とか貰えるんだよ。オイシイよな。道路だから国が噛んでんのか……まぁそらへんはいいや。

 で、俺も一回、その数えるバイト、やったことがあんの。

 俺がやった場所がな、理由はわかんねぇんだけど、他のより相場が高くてさ。一万二千円とか出るわけ。
 こりゃいいな、って応募したら採用されて、で、行ったわけよ。


 車通りの多い場所だったな。受け持ったとこの車道はさ、四車線あったよ。
 トラックとかダンプカーはゴンゴン通るんだけど、人がいない場所でな。ごくまれにチャリが通ると「おっ、チャリが来た!」って嬉しくなるくらい人気ひとけがないんだよ。歩行者なんてゼロだった。
 家も建物もない。道路と歩道と田んぼと草地、みたいなアレだよ。そのくせ歩道には一丁前に植え込みとかがあってさ。
 そうそう。コンビニも自販機もねぇんだわ。だから仕事前にごっそり買って、現場に持って行かなきゃいけなかった。
 ああいうのって二人一組でやるもんだと思うんだけど、俺にはツレがいなくて一人きりで……今から考えるとおかしいんだけど……。

 まぁそういう淋しい場所で、俺はひとりしてカチカチやってたワケだ。はいトラック、カチッ。はいトラック、カチッ。乗用車、カチッ……みたいに。
 車が行き交う中でぽつんと座ってるのは切ないけど、変な奴と組まされるよりはマシかと思って、真面目にカチカチしてたよ。
 そうそう、一時間おきくらいに責任者が来るから、サボれねぇんだわ。うまく出来てるよな……。



 夜の……9時過ぎだったなぁ。
 ホントちょうど、夏も終わりかけてて夜が涼しくなってきた今くらいの時期でさぁ。半袖一枚で来てたからちょっと寒くて、「ミスったな~、上着一枚持ってくりゃよかったな~」とか考えながら、カチカチやってたんだ。

 そこ、夜になると昼よりも車通りが多くなって。乗用車もそうだけど、トラックがかなり増えんの。輸送とかの要所なのかな。
 そんなに積んで大丈夫かよ! いやスピード違反だろ! みたいなのがガシャガシャすごい音立てて無数に走ってって、ヤベェなこれ、って思ってた。

 座ってるだけだと体冷えるな~、って思いながら、車を数えてたらさ。
 俺の座ってる歩道……その反対側の歩道な。車道を四本挟んだ、向かい側の街灯の下。

 そこにさ、オッサンが立ってたんだよ。

 あのさ、車はガンガンに通るけど、郊外で、人は全然通らないわけ。これさっきも言ったよな。歩道はチャリもろくに通らない。
 家も店もコンビニもない地域だし、しかも夜の9時。
 人が通る理由なんてないんだよ。

「あぁ? なんだあれ?」って思ってな。ちょっと腰を浮かせて、向かいをジーッと観察したんだ。
 オッサンは四十か五十代ってところだった。そらへんにいる普通の中年だよ。
 最初は、ランニングかもな、たまに夜に走ってる奴いるし、って考えた。
 でもオッサン、そういう服装じゃなかった。私服っていうか普段着っていうか……コンビニにタバコ買いに行く、くらいの服装でさ。でもこらへんにはコンビニなんかない……。
 じゃあ犬でも散歩させてんのかな? ってよく見ても、ヒモとか持ってなくて。手ぶらなんだよ。もちろん犬もいない。

 第一おかしいのはさ、そのオッサン、こっちを向いてるんだよな。俺の方をまっすぐに。
 道路越しに俺なんか眺めてもしょうがねぇじゃん? こっちは車をカチカチ数えてるだけなんだから。
 もし俺に興味があるならさ。向こうに横断歩道があるんだよ。そこを渡ってきて確認すりゃいいじゃん? 暗いし、ガンガン通るトラックも邪魔だし……

 こりゃよくわかんねぇな、って変な気持ちになってたらさぁ。
 オッサンがさ、10メートルくらい離れた道路越しに、こっちに向かって叫んだんだよな。


「やっぱりそうだー」って。

「やっぱりそうだー、●●さんですよねー!」って。


 その●●は、遠くてイマイチ聞き取れねぇんだけど、俺の名字とか名前ではないんだ。
「やっぱり」もなんもねぇよな。知らない人なんだから。遠目だけど知り合いかどうかくらいはわかるし。
 でもそのオッサン、でっかい声で続けるんだよ。


「●●さーん、この間はありがとうございましたー!」

「──していただいてありがとうございましたー!」

「──を────ていただいて、ありがとうございましたー!」


 どうも俺に、お礼を言ってるらしいんだよな。感謝してるっぽいんだ。
 距離があるしさ。トラックが通るし、遠くからも車の走行音が響くから、ところどころ聞き取れないんだよな。
「ありがとうございましたー!」はわかる。でも名前らしき部分とか、ナニをしていただいて、ってのがどうにもわかんねぇの。
 そもそも知らない人だから、感謝されるいわれはないんだけど。

 それがさぁ……ずーっと叫んでるんだよな。延々と。


「ありがとうございましたー!」

「──を────ていただいて、ありがとうございましたー!」


 って。
  
 ちょっと怖くなってきてさぁ。
 見知らぬオッサンに感謝されてんのも嫌だし、叫んでる内容がわかんないのも嫌だしさ。
 そばに来て絡まれたら、こっちも睨むなり殴るなりできんだけど、道路の向かい側だからな。
 こりゃ頭のおかしいオッサンに目をつけられたらしいなぁ、どうしたらいいもんかと中腰のまま困ってたんだ。
 見回りの人はさっき来たばっかりだから、あと40分くらいは来ないし……


 そしたらさ。
 偶然トラックとか走行音とかがフッと消える瞬間があってさ。
 名前は聞き落としたけど内容だけ、やっと聞こえたんだよな。


「看取っていただいてありがとうございましたー!」


 看取る。
 ……看取るって、死ぬ時そばにいた、って意味じゃん?
 俺、そんな経験一回もないんだよ。

 そのうちオッサンがさ、動きはじめたんだよな。
 藪みたいな、低い木がギチギチに生えてる植え込みに足を入れてさ、「看取っていただいて本当にありがとうございましたー!」って叫びながら、ちょっとずつこっちに来るんだわ。
 車道を横切ろうとしてるらしいんだ。
 トラックがすごいスピード出して走ってる夜の道路だよ。ムチャクチャ危ないよ。

 さすがに俺も、「あっ! 危ないですから!」って叫び返したんだ。
「危ないんで、道路! 危ないから!」
 それでもオッサンはさ、
「看取っていただいてありがとうございましたー!」
 って言い続けてるんだよ。
 で、植え込みの中をじわじわ進んでくる。

 仕方ないから俺、「いや! 大したことはしてないんで!」って返事したんだ。
 看取ってないし知らない相手だけどさ、そう言わないとヤバいことになりそうだったから。
「行きがかりみたいなものでしたから!」
「当たり前のことなんで!」
「あまり気にしないでください!」
「わかりましたから! 危ないですよ!」
 ……とか色々、適当に言ったな。こっちも必死だったから、あんまりよく覚えてないな。

 そうしてたらさ。
 向こうの言ってる内容が変わってきたんだよ。


「──を看取っていただいてありがとうございましたー!」

「すいませーん! どうしても聞いておきたいんですけどー!」

「──は自分について何か言ってませんでしたかー!」


 ……相変わらず名前は聞き取れない。だけど俺に、質問してるんだよ。


「──は死ぬ時に何か言ってましたよねー!」って。
 言い残しませんでしたか、みたいなことを。


 さすがにそこまでは付き合えないからさ、
「いや! 聞いてません!」
 って返したんだわ。でも、


「いやー! 自分について言ってましたよねー!?」

 ってオッサンは引き下がらないんだ。

 こっちがどんなに否定しても、どんどん声が大きくなる。
 ただの大声が、怒鳴り声に変わっていってな。


「──は死ぬ時に、自分について言ってたでしょー!」

「いや! 知らないです!」

「俺について、死ぬ時に何か言ってたはずなんですよー!」

「いや! 聞いてないです! 何も聞いてないですから!」

「教えてくださいよー! どうして教えてくれないんですかー?」


 オッサンはどんどん植え込みに入っていく。車道に出てこっちに来ようとしてる。
 知らないです、わからないですって俺も必死で、身ぶり手ぶりをつけて叫んだよ。止まれ止まれ、危ないから、って。

 でも向こうは、どう言っても止まらないんだよ。
 トラックが横切る轟音も関係なくなるくらいの、喉が潰れるような大声になってきて。


「ごめんなさいー! 全然聞いてないもんでー!」

「おい嘘つくなよー! 俺のこと言ってただろー!」

「いや! 本当に……」

「聞いただろー! 俺について言ってたことあっただろー!

「ちょっと、危ないんで……」

「いい加減にしろよー! 言えよー! 言わないつもりかー!

 おい! 黙ってるつもりか! 俺のこと何か言ってただろうが!

 聞いてないわけないだろうが! お前! ふざけんなよ! おい! おい!」


 ……って、オッサンは叫び続けてさ。
 大変だったんだぜ。







 そこまで言って、Sさんは口をつぐんでしまった。


「えっ、あの」
 Kくんが聞く。
「それでその人、どうなったんですか?」


「……あぁそいつ? そのオッサン?」
 聞かれたSさんは、嫌そうな顔になった。
「渡ろうとして、渡れなかったよ」



 それから数時間くらい、色々とあってさ。
 わかるだろ?
 冗談じゃねぇよな。
 ワケのわかんない、嫌な体験だったよ。



 Sさんはそれだけ付け足して、あとは黙ってしまったそうである。






【完】



★本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
 シン・禍話 第一夜 より、編集・再構成してお送りしました。

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