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【怖い話】きしむ【「禍話」リライト(?) 41】

 俳優の学校に通っていた、小林さん(男性・以下全員仮名)の話。

 そこの学校では、最初はまず舞台演劇からはじめるそうです。
 いつもは教室や練習部屋でがんばっているのですが、時折山の手にある施設を借りて、本番さながらの練習に励むこともありました。合宿というわけです。
 で、これはその合宿での体験。

 施設に着いてみると、一人ひと部屋や大部屋に皆で宿泊するのではなく、複数人がちょっと広い和室に泊まる形だったそうです。小林さんは気心知れた男の同級生2人と、3人でひと部屋に泊まることになりました。
 初日の練習や稽古はうまく行き、順調な合宿だと思っていました。
 ところが夜、トラブルが持ち上がりました。

 一緒の部屋の友達の渡部くんの歯ぎしりが、それはもうものすごかったのだそうです。

 ギシギシいうような並の歯ぎしりではなくて、ゴリゴリ、ガリガリと歯が折れるか割れるかするんじゃないかというほどのひどさでした。
 その歯ぎしりが断続的に部屋の中に響き渡ります。
 小林さんも、もう一人の同室の三浦くんも、全然寝れなかったといいます。

 でも翌朝になると、渡部くんはけろりとしています。
 小林さんと三浦くんは
「お前、歯ぎしりすげーんだな」 
「俺ら寝れなかったんだけど?」 
 と彼に詰め寄りました。
 寝れなかったのは困るものの、本気で叱るつもりではなく、冗談半分みたいな気持ちもありました。

 ところが渡部くんは
「えーっ? 俺そんなに歯ぎしりしてる? そんなこと全然言われたことないけどなぁ」
 と答えます。
 あんだけゴリゴリいわせといて、歯が痛いとか途中で目が覚めるとかないんだ? マジか? と二人はビックリしました。
 小林さんは、ハンディタイプのレコーダーを持ってきていたことを思い出しました。
 演劇の合宿なので、自分や相手の演技や声を録音するのに必要かな、と思って持参したのです。
 小林さんはカバンからレコーダーを取り出しながら、「本当にすごい音だからさ、今夜お前が寝た後でこれで録音してやるよ」と言いました。
 三浦くんは「面白いな」と言い、渡部くん本人も是非聞きたいと快諾しました。


 その日も合宿が終わり、早々に部屋に戻りました。
 部屋の電気を消して、三浦、渡部のふたりは早々に布団に入りました。小林さんだけが録音するために起きて待機していました。部屋に敷いた布団は、

─ 
小│三浦│
林│渡部│
─  

 と、逆「コ」の字のような配置です。
 小林さんは渡部くん寄りの位置であぐらをかいて、すぐ近くにレコーダーを置いて、明かりを最小限にしたスマホをいじっていたといいます。
 なので、渡部くんが布団をかけて、静かに寝相よくぴったりと寝ていたのも横目で見ていた、というのですが……

 2人が寝てからしばらく寝息が続いたかと思うと、ギリギリッ、ガリガリ、ゴリゴリゴリッ、と壮絶な歯ぎしりの音が聞こえてきました。
 そら来た、とばかりにレコーダーを手に取って、スマホの画面の明かりで照らして録音ボタンを押し、そのままスマホと共にレコーダーを渡部くんの方へと向けました。

 手に取り、照らし、ボタンを押すまで、5秒とはかからなかったはずだ、と小林さんは言います。

 渡部くんは、布団の上に四つん這いになってこっちを向いていました。

「は? えっ?」
 小林さんは予期せぬ事態に混乱しました。
 渡部くんが一瞬で起き上がったのかと思ったのですが、布団がまったく乱れていないのがスマホの薄明かりの先に見えました。
 誰かが直してくれたかのように、布団は綺麗に敷いてあります。 その上に、渡部くんは四つん這いになっているのです。
 今さっき、数秒前まで彼が静かに寝ていたのを見ています。
 寝た姿勢から3秒ほどで音も立てずに起き上がり、布団を綺麗に直してから四つん這いになるなんて、絶対に不可能です。
 渡部くんの口からはゴリッ、ゴリッ、ギギギッ……と歯がきしむ音がし続けています。
 小林さんが何が起きているのかわからず、レコーダーもスマホもかかげたままで固まっていました。

 すると渡部くんはいきなり、ズルズルズルッ! と四つん這いのまま這い寄ってきました。

 小林さんは「うわぁっ!!」と叫んで、思わずレコーダーとスマホをかかげていた手を下ろしてしまいました。
 スマホの光がなくなって、部屋の中はほとんど真っ暗になりました。
 すると暗闇の中、すぐ目の前に迫っていた渡部くんの動きがピタッと止まるのがかろうじて見えました。
 それから逆再生みたいにススス、と後ろに戻り、衣擦れの音だけを残して、彼は布団の中に潜ってしまいました。

 小林さんは今起きた現象が怖すぎたので、腰を抜かしたように座ったまま、もう一人の友達の三浦くんに声をかけました。
「三浦! おい三浦! やべーよ! やべーって! 起きろよ三浦! 三浦!!」
 しかし、三浦くんは身動きひとつしません。まるで起きる様子がありません。
 しばらく呆然としていた小林さんでしたが、これ以外どうすることもできず、布団をかぶって無理矢理寝たそうです。


 翌朝、当の渡部くんは昨日と同じくけろりとしていて、昨晩のことなんて覚えていないことは聞かなくてもわかりました。
 小林さんは渡部くんから隠れるようにして、三浦くんに聞きました。
「お前、昨日の夜、俺がお前の名前呼んだの覚えてる? 俺すごく怖い目に遭ったんだけど……」
 三浦くんはすまなそうにこう言いました。

「ゴメン、俺あの時メッチャ起きてたんだわ。お前らに背中は向けてたけど、全然寝てなかったんだよ。
 でもさぁ、背後のすぐそばで、お前が『はっ? ええっ?』って言って、その後ズルズルズルッって何かが這う音がして、お前がウワァッって叫んだんだぞ。
 そんなのが聞こえてから『三浦! やべーって三浦!』って呼ばれても、絶対動けねぇじゃん。そんなの。怖くて。
 俺には何にも見えなくて声と音だけだったけど、逆にそれが死ぬほど怖かったから、ずっと寝たふりしてたんだよ。悪いと思ったけどさ、無理無理。絶対無理」



 小林さんは、「……友達甲斐がねぇな!!」と思ったそうです。


 小林さんは、もしかしたら夢だったのかも、と一縷の望みを託して、渡部くんと三浦くんの前でレコーダーを再生してみました。  そこには確かに、小林さんの「はぁ? えっ?」「ウワァッ!」の叫び声、布団の上を這う音、それに渡部くんのすさまじい歯ぎしりの音が録音されていたそうです。
 渡部くんいわく「自分は歯ぎしりもそうだし、夢遊病の気もまるでないはずだ。 なんでこんなことになったのか、まるでわからない」のだそうです。


 この出来事のせいで小林さんは不眠症に悩まされました。
 寝るために横になった途端、暗がりで四つん這いになった友達の姿や、彼が這ってくる様子が頭に浮かんでしまう。
 それに夜の部屋の中にあの「ガリガリッ……ゴリゴリゴリッ……」という歯ぎしりが響いたら、と想像してしまう。
 暗くした部屋も夜の静けさも怖くて、記憶が薄れるまでの一ヶ月ほどの間、ろくに眠れなかったのだそうです。


 今から10年弱前の、東京での出来事です。
 前触れもなく異様なことが起きるのって、案外あるもんなんですね。





【終】




☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
 ザ・禍話 緊急生放送版 より、編集・再構成……したわけではなく、
 私がTwitterのダイレクトメールで「禍話」公式アカウントに送信した話(年下の男性から聞きました)を、少し手直ししたものです。いわば原液禍話
 
 


☆☆犬は吠えるが禍話は続く。2016年から現在までの放送が全部まとまった 禍話wiki を読んで、君も友達と差をつけろ!!

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