【怖い話】 いぬがくる 【「禍話」リライト 25】
こっくりさんをしたことはあるだろうか?
これは、こっくりさんはやらない方がいい、何が来るかわからないから、というお話。
こっくりさんはあるきっかけで、昭和の一時期には大ブームになり、いくつもの学校で集団ヒステリーやパニックを引き起こすなどして、社会問題にまで発展した。
そんな時期と比べればさすがに下火にはなっていたものの、まだまだこっそり、こっくりさんが行われていた昭和の頃の体験である。
その日の放課後も女の子が4人、椅子を並べて、「鳥居」、「はい/いいえ」、それに五十音を書いた紙を広げて、「こっくりさん、こっくりさん……」とやりはじめたという。
冷やかし半分のギャラリーも5、6人いたらしく、教室には10人ほどの生徒たちがいた。
こっくりさんは無事に降りてきた。
ところが、いつもとは様子が違っていた。
……降りてきたこっくりさんの答えが、答えになっていないことはいつものことだった。
たとえば、「私はいつ結婚できますか?」と聞いて、
も や と
になったりする。
むしろまともな名前や単語を示してくれることの方が少なくて、女の子たちは「また意味わかんないし!」「もやと、って何よぉ~!」と、その意味不明さを楽しんでいたフシもあった。
だがその日は、何かがおかしかった。
答えの単語が意味不明なのはいいのだが、十円玉の進み方が変なのだ。
普段はわりあい、まっすぐに五十音表を移動する。でも今日はやけにグニャグニャとうねるように進む。
「はい」や「いいえ」に進む時すら、具合の悪い人間がふらついて歩くみたいにヨタヨタと移動する。ちゃんと動かない。
もちろん誰も指先に力など込めていなかった。
変だねぇ、おかしいね、と3人が顔を見合わせていると、残りの1人・Sちゃんがいきなり、妙なことを呟いた。
Sちゃんは長い黒髪の上品そうな雰囲気の女の子で、とてもこっくりさんのような怪しいモノをやるタイプには見えなかった。だがそんな雰囲気に反して、よく参加する常連さんだったそうだ。
そんな雰囲気の子が、いきなり乱暴な言葉遣いをするはずはないと思うのだが、ぼそり、とこう呟いたのだという。
「犬畜生が来ちゃったね」
…………いぬ? ちくしょう?
そのどぎつい言葉遣いに他の3人やギャラリーが戸惑っていると、突然校門の方から、
ギャンッ! ギャンギャンギャンギャンギャンッ!!
小型犬がすさまじい勢いで吠えるような声が教室まで聞こえてきた。
その吠え方が尋常なものではない。
身体に火がついたようにギャンギャン吠え続けて止まらない。
教室の窓からは校門が見えないので、散歩でもしている犬が怒っているのか、野良犬が迷ってきたのかはわからない。
それにしても、校庭のあたりにはまだ部活動をしている生徒や先生がいるはずだ。
学校に犬が入ってきたりすれば生徒たちは「犬だ!」とはしゃいだり、かわいい小型犬なら「かわいい~」と声をあげたりするだろう。
そのような反応が、外からは一切聞こえない。
まるで犬なんていないみたいに、誰もが運動や会話に興じている。
そのうちに、そのギャンギャンわめく吠え声が門から、校庭へと入ってきた。
入ってきたのに、外の生徒たちも先生たちも、なにもしない。
あっという間に、声は正面玄関まで来た。
そのあたりにいるはずの人々が騒いだりもしない。
そこから、声はまっすぐこっちに、こっくりさんをやっている教室に近づいてきた。
玄関を入り、廊下を走り、階段を駆けあがって、脇目も振らずにここに近づいてくるのである。
こっちに来るの?
犬が?
なんで……?
ギャンギャン! ギャンギャンギャンギャン!!
狂った咆哮は弱まることなく、むしろこちらに近づくことで大きくなっていった。参加者やギャラリーの生徒の耳に、キンキンと小型犬の声が突き刺さる。
そして廊下や他の教室にいる生徒たちや教室が、その声に反応する気配はない。
教室内の10人ほどの生徒たちはみんな恐怖に駆られていたが、ひとつだけ安心できる点があった。
引き戸がきちんと閉めてあったのである。
どんな犬でも、ドアを開けて入ってはこれない、はずだ。
……そのはずだ。
犬は階段を上りきり、「この階」に到着した。鳴き声は数秒も止まらずにずっと続いている。
到着したかと思うと、廊下をそのままの勢いで駆けてきて、この教室の、ドアに…………
ドォンッ!
ドアがしなるような激突音が響いた。その瞬間だけ狂い鳴きが一瞬なくなる。
それから再び、いや三度、四度、と、重い激突音が響く。
その激突音の間に、犬のつんざくような叫び声が挟まる。激突音と咆哮は交互に聞こえて、教室のドアの向こうで止むことがない。
ドアにぶつかってくる音は、犬の重さではなかった。
これは、犬ではない。
こっくりさんをしている女子たちは、十円玉から指が離せない。
ギャラリーが何人かが勇気を出して、ドォンッ、ギャンギャンッ、ドォンッ、と鳴り続けるドアに向かって行く。
引き戸には、上の部分にガラスがはめてあった。素通しのガラスだ。
そっ、とガラスの向こうの廊下を見た。
「うわあぁっ」
みんなドアから下がって、腰が抜けたように地べたに尻餅をついた。
「い、いぬじゃない……!
ひと……! おとこのひと……!」
うしろで待っていた残りの生徒もドアの向こうを覗いた。
そこには、服装がメチャクチャな中年の男がいた。
服がきちんと着れていない。下着こそなんとかしているが、ボロボロのトレーナーは首と右腕しか通していなくて、左肩の上には左側の部分がゴミクズみたいにクシャクシャになって乗っかっている。
薄汚れたズボンもろくに履けていない。膝上くらいまでしかあげていなくて、垢じみたパンツとしおれた裏腿が丸出しになっている。
その中年の男が不精髭まみれの口から、小さな犬みたいな「ギャン! ギャンギャンギャンッ!」という吠え声を出していた。
男は二本足で立っていなかった。
四つん這いて廊下を動き回り、助走をつけてドアにぶつかる。はじかれて転がっても立ち上がらず、四つ足のまま起きる。
……なんなんだ?
これは誰なんだ?
教室にいる全員が絶句していたが、ふと皆、同時に気づいた。
この男、なぜドアを開けようとしないんだ。
服はメチャクチャでも手足は動くんだから、鍵もない教室の引き戸など簡単に開けられるはずだ。
それがどうして、鳴きながらドアにぶつかっているばかりなのか──
──そう全員が感じた瞬間。それまでずっと黙っていたSさんが、あざけるような口調でこう言った。
「ほーら、戸の開け方もわからなくなってる」
そこからプツン、と全員の記憶がないらしい。
ハッと気づけば数分経っていた、皆さっきまでいた場所から動いていなかった。
ただSさんだけが椅子や机を元に戻しながら、「ほらほら、終わったよこっくりさん。帰ろう!」と後片づけをしている。
そしてさっきまで聞こえていた「犬」の鳴き声も、男がドアに体当たりする音もしていない。
数人がそっ、とガラスを覗くと、廊下には誰もいなかった。
静かで平和な放課後に戻っていた。
淡々と片付けをこなすSさんに、先程の発言や記憶の飛んでいる数分間について尋ねてみる気にはならなかったらしい。
無言で机や椅子を戻し、十円玉とこっくりさんの紙をしきたり通りに処分することにして、その日は終わった。
翌日。
昨日騒動に巻き込まれた女子たちが、「昨日の犬がどうこうって話さ……」「おじさんがドアの外で……」などと、恐る恐る、Sさんに詳しい話を聞こうとした。
Sさんは首をかしげて言った。
「昨日? こっくりさん? やったっけ?」
彼女は昨日の出来事を何ひとつ覚えていなかった。
「…………その体当たりで、ガラスにヒビが入ってて。『お前ら放課後何してた。何? こっくりさん? それで変なことになって割ったのか』とか、難癖つけられて。
まぁそれが原因で、ウチの学校ではこっくりさん禁止になったのね。
こういう体験が、私が十代の頃にあったんだけど……
でも不思議でねぇ。私はなんにも、本当になんにも、覚えてないんだから…………」
これはそのSさんから、直接聞いた話である。
【終】
☆本記事は、無料&著作権フリー&聴いてると煙も火の気もないのに部屋の火災報知器がいきなり鳴ったりする(※私の実話)
ツイキャス「禍話」の THE禍話第7夜(2019年9月4日放送分) より、編集・再構成してお送りしました。
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