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【怖い話】 顔がグチャグチャな話 【「禍話」リライト103】

 本当に何もしていないのに、ひどいことに巻き込まれた話である。
 平成の、一桁台の出来事だという。

「今はあんまりやらないんでしょうけど、当時は町内会とか学区で、お泊まりとかキャンプとかやってて」

 Tさんは小学生の時の体験をそう語りはじめた。

「俺のところは団地単位でそういうのやってたんですよ。A棟、B棟、みたいな区切りでね」

 小学4年の時に、住んでいる団地の子供たちで山に行くことになった。団地の役員の大人たちが引率する。
 一泊二日、キャンプやレクリエーションをやるのである。
 低い山で道も整備されており、子供でも登るのに苦労はない場所だったそうだが。

「考えてもみなかった方向からね、不幸が襲ってきたんですよ……」


 当日、大きなバンが2台で迎えに来たが、子供たちでいっぱいになった。

「その頃はまだ団地って、子供がたくさんいましたからねぇ」

 子供を満載し、騒ぎ声がひしめくバンが、市街に出て山道へと差しかかる。
 時間がかかった。けっこう遠い場所にあるんだな、とTさんは子供ながらに思った。
 それで、

「どういうキッカケだったか……引率の人が話しはじめたんだったかなぁ。あんまり騒ぐんで、静かにさせたかったのかもしれませんね」

 バンの中で、怖い話が披露されはじめたのだという。
 大人が語ったり、子供が喋ったりする。
 下準備などないから、本気で恐ろしい話はない。学校の怪談レベルのものである。

 持ちネタのある子たちが順々に話していき、ある女の子がまぁまぁ怖い話を終えた後で、
「オレ、ある」 
 と手を上げた子がいた。

 団地の、ガキ大将的な存在の男の子だったという。S君と言う子だった。
「6年生で、体も大きくてねぇ。ケンカも強い子でしたよ」

 そのS君に周囲の目が当たる。Tさんも見た。
 ある種の期待を一身に集めたS君が──怖い話をしはじめた。

「あの~、あの、前に、昔に、男の人がいてぇ」
 昔、男の人がいて。
「それで、なんかすっげぇ怖いっていう場所が、すごい奥にあってぇ」
 怖い場所が。場所? どこの奥?
「そこに、みんなで行ったんだよ。夕方に。男の人で。大人。みんなで」
 みんな……みんなって、誰だ?

 S君は、話が下手だった。

 いま思い返しても、
「オバケらしきものが、出るとか出ないとかいう不気味らしい建物に、複数名の人間が行って、何らかの怖い目に遭う」
 とまとめるしかないような、ボロボロの語り口だったという。

 周囲の子供たちのとまどいを感じているのかS君は焦っていた。焦るのでまた、話がごちゃごちゃしてくる。
 不明瞭なままの怖い話は、たぶん佳境に入ったらしかった。

「そ、それでさ、そいつが声かけたらさ、その人が、振り返ったらさ……!」
 S君は探るように間を置いた。
「顔が……グチャグチャだったんだよ!!」


 ……………………。


 車中は、「お、おう……」となった。
 最後に大きい声を出すタイプの怖い話なら、女の子はキャーッと言って、男の子はビクッとしてからやめろよ~と言うのが定石である。

 それが「お、おう……」となった。

 いたたまれない空気が漂った。
「わ、わぁ」と呟いて、優しい女子がちょっと拍手をする。すぐに止んだ。

 車の走行音だけが聞こえる。
 運転席の大人が、カーステレオでアニメの音楽をかけた。
 車内に少し古いアニメの主題歌が鳴り響く。
 子供たちの世代の作品ではないので盛り上がらない。

 うわぁ、S君やっちゃったなぁ……
 TさんがS君に目をやると、顔を軽く伏せていた。
 しょんぼりしている。
 いつもの元気さはなかった。


 ──それはさておき。現地に着いた。

 子供のことである。さっきの車内での出来事はどこへやら、みんなワッと駆け出した。
 大人の指導と監視の下で、大いに遊び回った。

 男女入り乱れて騒いでいる最中に、TさんはS君から何とも言えぬ違和感を見て取っていた。
 S君も他の子と同じく、楽しく遊んでいる。元気いっぱいに走り回り、川に飛び込んだりしている。それは間違いない。
 ただ時折、ふっ……と暗い表情がよぎるのである。
 子供らしからぬ、哀しみや苦悩のような表情であった。

 しかしTさんも子供だから、いちいち気に揉んだりはしない。「あれ、いまS君が淋しそうな顔に……」と数回頭をかすめるだけだ。
 夜の就寝時まで、Tさんはアウトドアの時間をおもしろおかしく過ごした。

 


 翌日は朝から、ふたり一組のレクリエーションがあった。
 5分おきに出発して、山道の途中にある何枚かの板を見つける。
 板に書いてある平仮名を繋げると単語になる、といった簡単なゲームである。

 山道と言っても舗装された遊歩道だし、板も木にくくられていたり岩に置いてあったりするだけだ。大した遊びではない。

 ところが組分けをした結果、TさんはS君とコンビになる羽目になった。
 うわ、と思った。
 昨日の行きの車中の悲劇、山中での哀しげな表情が思い起こされる。

 そんなTさんの心境を知るよしもないS君は、「おっ、オレはTと一緒か! よろしくなっ!」と言った。
 カラ元気のようにも見えたという。


 順番が来て、TさんとS君は出発した。
 平仮名を記す空欄が書かれた紙とペンを持って、ゆるやかな起伏のある山道を進んでいく。

 お目当ての板は道なりに設置されていて、探さずともわかった。
 面白くないレクリエーションだった。
 道の両側には濃い緑の森が広がっている。木々の隙間は狭く、まだ午前なのに薄暗く見えた。

 しばらく歩いていると、
「あ、ここだ。Tくん、こっち来て」
 S君に手を引かれた。
「えっ、なに」
「いいから、こっち!」

 遊歩道の脇に、別の道が奥へと伸びていた。草や枝が左右に繁った細い道だった。
 もちろん、順路ではない。

「ねぇ、どこ行くの?」
「いいからっ!」
 力の強いS君だ。Tさんは横道に引っ張りこまれた。

 森の中をまっすぐ行く。どこへ行くのかさっぱりわからない。
 一心不乱にS君は進んでいく。

「ねぇS君ちょっと、あの、どうしたの?」
「いや、あのさ、ほら昨日さ、やっちゃったじゃんオレ。車で。来るときの」
「やっちゃったってあの、変な話?」

 言ってTさんはしまった、と思った。「怖い話」と言うべきだった、と子供心に悔やんだ。

「……ほらっ、なっ!」
 Tさんを引いてS君はずんずん歩く。

「変な話ってことは、怖くなかったんじゃん。あーもう、ホント、昨日ずっとあの話、失敗したーって思ってて」 
 あっ……やっぱり気にしてたんだ……とTさんは思う。
 S君は恥ずかしいのか、こっちをちらりとも見ない。
「ひとつ上のさ、いま中学生の、部活の先輩から聞いた話で、マジ怖かったし、ぴったりの話だったから、車で喋ったんだけど」
 S君は歩きながら熱っぽく語り続ける。
「やっちゃったなーって、チョーヤバいと思って。で、なんかしてさ、逆転しないとヤバいって。昨日のアレを」

 それは、わかるのだが。
 自分の失敗を挽回したいことと、この横道を進んでいることが結びつかない。

「いやS君、だからさ、なんで」
「いやもう、だからだよ」
「よくわかんない……」
「だからぁ、今から行くんだって!」
「どこに?」
「あの家」
「家?」
「あの話に出てきた家だってば!」

 えっ。
 あの話って、「この山」のことなの?
 この山で起きた出来事なの?

 じゃあ最初に「これ、いま向かってる山で起きた話なんだけど」とか言えばよかったのに。
 S君って本当に話が下手……

 と考えて、Tさんはとんでもない事態に追い込まれているのに気づいた。
 つまり今、自分は。

「だからさぁ、昨日のあれを取り返すにはやっぱ、オレらで家、見てきてさ、ヤバかったって話をするしかないんだよ。なっ?」

 オレら、とは。
 僕も?

「や、やだよ!」Tさんは叫んだ。
「いいから! 行くだけだから!」
「やだぁ!」
 足を踏ん張るも、向こうの方が圧倒的に強い。引きずられる。
 大変な状況にあるとわかるまで、それなりの時間がかかった。ずいぶん奥まで来てしまっている。
 その家に、もう着いてしまうかもしれない。

 やだ、行きたくない、と言ってもS君の足は止まらなかった。
「いいから! オレひとりだとウソだと思われるから! だろっ!」などと言って猛進していく。
「たぶんもうちょっとだから! もうすぐ着くだから! なっ! 頼むから!」

 行きたくない。
 絶対に行きたくない。

 道が細くなっていく気がする。木々の密度が増して周りがじわじわ暗くなっていく。
 今にも木々の隙間から、家の壁や屋根が見えるのではないかと思えてくる。
 Tさんは、S君を引き返させようと頭を巡らせた。
 どうにかして。どうにかして──
 そうだ。

「でっ、でもさ! こんなに遠くまで来ちゃったら、戻るのも時間かかるよ!」
「いいよそんな、時間とか」
「よくないよっ。あんまり遅いとみんな心配するってば!」
「心配とかそんなん関係ねーし!」
「遅くなると、大人のひとが探しに来るよ!」
「う」歩みが鈍る。「ううっ……」
「そうなったらS君も僕も、すっごい叱られるよっ」
「う、うぅん……」
「山で言うこと聞かなかったって、勝手にどっか行ったって、お父さんお母さんにも怒られるし」
「で、でも。怖い話の家を見て来ないと」
「今すぐ戻らないと怒られるって!」
「だって、昨日の車で……」
「大人のひとに叱られたら、もっと恥ずかしいよっ!」
「うっ……もうっわかったよ! 帰るよっ!」


 怒鳴りながら振り返ったS君は。
 顔がグチャグチャになっていた。


「うわぁーっ!」


 Tさんは駆け出した。
 どうしたんだよお。待てよお。とS君の声が追いかけてくる。振り向く余裕はなかった。
 腕や足に草木で傷を作りながら走った。
 広がりが見えた。元の道だ。昨日車に乗り合わせた子の2人組がいる。
 飛び出た。ふたりはわぁ、と声を上げた。

「なんだよ!」
「S君どうしたの?」

 聞かれてTさんは叫んだ。

「え、S君の顔がグチャグチャになってる!」
「ええーっ!?」
 間髪入れずにS君が飛び出してきた。
「ウワァーッ!」

 3人は絶叫した。



 ……が。
「えっ……なに? どうかした……?」

 S君の顔は元に戻っていたという。


 それからがまた大変だった。
 Tさんは怖くてたまらず、他の子たちにも先ほどの体験を語りまくった。

 一緒に仰天したふたりも、Tさんの怯えぶりを話して補強する。

 結果。
 S君は一躍、ヒーローのようになった。

「車の中でやった怖い話って、この山のことだったんだね!」
「こわぁい……! でもS君、そこの家に行こうとしたんでしょ?」
「すごい勇気あるよね。オバケが出る家に向かったなんて」
「S君……顔がグチャグチャだったって……大丈夫?」


 同級生や下級生に囲まれたS君と言えば、得意そうな顔をしていた。

「いやぁ別に……全然怖くなかったし。顔もなんともねーし? あ~、オレ、家に行きたかったなぁ……」
 なぜか誇らしげな口調であった。

 

 グチャグチャになった顔を目にしたのはTさんである。
 S君は怖いものなどまったく見ていない。
 だが、怖い家に向かったS君の方に注目と称賛が集まったそうだ。

 行きの車での「やらかし」を補って余りある感じだった、とTさんは言う。



 ちなみに。
 Tさんは大学生になってから、パソコンに触れる機会があった。友達が持っていたのである。 
「こういう画像編集ソフトでさぁ、昔だとできなかった加工とかも簡単にやれるんだぜ。例えばこの顔を、こう、ニューッと」

 友達が歪めた画像を見て、Tさんは「あっ!」と思わず声を上げた。

 目や鼻や口が、顔の中心に向かって渦を巻くようにぐんにゃりとひん曲がっている。
 それがまさに、森で見たS君の「グチャグチャな顔」そっくりだったという。


 その後、TさんにもS君にも、友人知人にも大人たちにも、別に悪いことが起きたりはしていないそうである。


 ……なんか、Tさんだけすごい損しちゃった話ですね……
 というコメントはどうにか呑み込んだ。


 大分県のある場所で、30年ほど前に起きた話である。






【完】




🗼東京でのイベントのおしらせ🗼

 禍話が! 東京に! 来る
 五反田駅西口の路上とかではなく! 錦糸町のパルコのタワーレコードに来る! 10月21日(土)に来る!!

 現地座席は、「コミカライズの『禍話』をお店で買った人が座れるイイ席」と、「フリースペースでの観覧」の2種類あるようです。つまり無料でも観れます。
 なおイベントの様子は、おそらく錦糸町タワーレコードさんのツイキャス公式↓から無料で視聴できるみたい。

 録画が残るか、いつまで残るのかは不明ですが、見てくださいよこのきらびやかなアーカイブ一覧を。この中に鬼のお面と鉄仮面の男性ふたりが並ぶわけですよ。大変な事態ですよ。

 東京での、コミカライズ発売記念という晴れがましいイベントなわけですが、容赦も呵責もない怖い話がされるというウワサです。
 近場におられる方は是非にぎにぎしくおいでいただき、沈んだ顔で帰っていただきたいと思います。


☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」
 燈魂百物語第四夜 より、編集・再構成してお送りしました。



★禍話については、こちらもボランティア運営で無料の「禍話wiki」をご覧ください。
 管理は聞き手の加藤よしきさんに引き継がれました。前任の管理人・あるまさん、今までありがとうございました。お疲れ様でございました。


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