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【怖い話】 猫をはねた話 【「禍話」リライト28】




「どうも、つじつまが合うような合わないような話なんですけどね」
 Iさんはそう語ってくれた。


 大学を卒業し、地元の会社に就職した。
 同じ学部だった4人が、久しぶりに会おうということになった。

 せっかくなので、通っていた大学を待ち合わせ場所にしたそうである。
 ひとりやけに早く着いてしまったIさんは、暇潰しに校舎を見て回った。せいぜい半年しか経ってないが、やけに懐かしい。それだけ会社の新人生活がハードで過密なのだろう。

 そのうちに残りの3人がやって来た。Iさんはおやっと思った。
 ほかの2人は特に変わりないのだが、Sくんだけが妙に痩せている。痩せていると言うよりは、やつれているに近い。頬がこけて、目の下にクマがあり、ゲッソリしている印象だった。
 おう、久しぶり! と挨拶をしても、「おう……」と元気がない。
(就職した会社と水が合わないのかなぁ)
 Iさんは少し彼が心配になったが、今日の再会が気晴らしになればいいなと思いながら4人で出かけたという。

「でもね、いろいろ店を回ったり遊んだりしても、なんていうかなぁ、Sだけ心ここにあらず、みたいな様子で……」

 かなり気疲れしている様子だったらしい。あとの2人も薄々、こいつどうしたのかな、と気にしている。
 ただ一応、そこそこは楽しんでいるようなので、遊んでいる時に「どうした?」と聞くのも憚られた。

 夕飯の時間になったので、何を喰おうかとなった。
 ちょっといい店にわざわざ出向くよりは、学生時代に通いつめたファミレスに行った方が楽しいのではないか、との意見が出たので、みんなそれに乗っかった。

 大通りを4人でダラダラ歩いて、ありふれた全国チェーンのファミレスへと向かう途中のこと。
 口数が少なかったSさんが突然、ここの大通りはちょっと、と言いはじめた。
「ちょっと、悪いんだけどさ、こっちの細い道を通って、ファミレス、行かない?」
 時間がないわけでも、ひどい遠回りになるわけでもない。不思議に思ったがIさんたち3人は承知して、別の道筋からファミレスへと歩を進めた。

 別にどうでもいいのだが、気にはなる。
 Iさんが歩きながらSさんに尋ねた。
「なぁSさぁ、なんであっちの大通りじゃなくて、こっちの道から行きたいの?」
「そうだよ。大通りでなんかあったの?」
 他の友達も聞いたので、Sくんは重そうに口を開いた。


「…………俺、仕事で車使っててさぁ、あそこの大通りから、一本脇道に入ったところで、その……猫を、はねちゃったんだよね」
「あー……それは嫌だねぇ……」
「人通りの少ない道に曲がって入る場所でさ、廃墟みたいなアパートが建ってるところでな。その前あたりでいきなり猫が飛び出してきて、ブレーキも間に合わなくて、そのままはねちゃったんだ」
「猫って、2種類いるんだよな」経験があるらしい他の友達が補足する。「ヘッドライトに照らされるとワッ! と逃げれるやつと、フリーズしちゃうやつがさ」
「で、車を降りたんだけど、姿がどこにも見えないんだよな。もしかしたら見間違いかな? とも思ったんだけど、車の前の方に、血がついててさ……」
「うわー、きっついなぁ。罪悪感あるよね……」
「とりあえず車内用のタオルでその血を拭いたんだ。近くを探したんだけど、夜中だったから探そうにも探せないんだよ。他にできることも何もなくてな。そのまま立ち去ったんだよな。それが……気になってさ……」
 なるほど。そんなことがあったなら、その道を避けたい気持ちもわかる。
 友達がなぐさめるようにSさんに向かって言う。
「猫ってさぁ、それこそはねられたり、あとは病気で死にかけたりすると、暗がりとか隙間に潜るらしいぜ。近くのそういう場所に入っちゃったんじゃないかなぁ……だから姿が見えなかったんだよ」
「あぁ…………そうなのか…………」Sさんはどこか感心したみたいな口調でそう呟いた。


 そんなことを話していたら、ファミレスに到着した。まださほど混んでいない。
 席について、学生時代によく食べた料理をそれぞれ注文する。
「ここのドリンクバーでいろんなもん混ぜて、わけのわかんない飲み物作ったよな」「一回機械が壊れてさ、あの時はビビったよな……」などと話していた時に、Iさんのスマホが震動した。
 見れば、会社の取引先からである。
「……なんだよせっかくの休みに……」
「どうした?」
「仕事! 取引先からでさ……ごめんちょっと、外で話してくるわ……」
 席を離れ、出入口のすぐ外で電話をかけなおした。クレームやトラブルではなかったので、通話は5分ほどで終わった。
 ホッとしながら席に戻ると、妙な光景が展開されていた。

 今日は率先して話すことのなかったSくんが、2人を相手に熱心に話をしている。
 それはいいのだが、聞いている2人の表情がおかしかった。「こいつ、何言ってるんだ?」とでも言いたげな顔をしている。「おぉ」「うん」と打つ相づちも、どこか気持ちがこもっていない。
 どうしたんだろう、と席に座ると、Sくんの話が耳に入ってきた。


「…………廃墟みたいなアパートが建ってるところでな。その前あたりでいきなり猫が飛び出してきて、ブレーキも間に合わなくて、そのままはねちゃったんだ。
 で、車を降りたんだけど、姿がどこにも見えないんだよな。もしかしたら見間違いかな? とも思ったんだけど、車の前の方に、血がついててさ……
 とりあえず車内用のタオルでその血を拭いたんだ。近くを探したんだけど、夜中だったから探そうにも探せないんだよ。他にできることも何もなくてな。そのまま立ち去ったんだよな。それが……気になってさ……」


 …………さっきとまるで同じ話だ。
 きっかけがあって、同じ話をする流れになったのだろうか? 
 Sくんは話し終えると、やおら立ち上がった。
「トイレ行ってくる」
 そう言い残して店の奥へと歩いていった。

「なぁ、今の話、さっきとまるっきり同じじゃなかったか?」
 Iさんは尋ねてみた。すると友達2人は眉を寄せながら、そうなんだよ、と頷いた。
「お前が席を離れてしばらくしたらさ、いきなり話しはじめたんだよな。こっちが水を向けたわけでもないのにさ」
「なんか、ここではじめて話す、みたいな喋り方でな。俺たちもどう反応していいのかわからなくて、ぼんやり聞いちゃったんだけど……」
「……やっぱりあいつ、なんかおかしいよな……会ったときから元気がないし……」Iさんがそう言うと、2人も同意した。
 仕事がつらいのかな。それに重ねて猫をはねちゃったことで、精神的に参ってるのかも……
 じゃあトイレから戻ってきて、メシを食べてからも様子がおかしいようだったら、タイミングを見て心配事でもあるのか聞いてみよう。
 そんな風に話がまとまり、あとは元の思い出話やバカな話に戻った。

 10分ほどした頃だろうか。あいつまだトイレから戻ってこねーなぁ、と言っていると、店員さんが近づいてきた。
「……お連れの方、さっきお帰りになられましたけど……大丈夫ですか…………?」
「…………えっ?」
「いえ、10分くらい前にトイレから出てこられて、そのまま外に出て、向こうに歩いて行かれたんですけども……」
「えっ……そうなんですか?」
「あの、すいません、お料理は4人分注文いただいてるんですが、キャンセルとかは……?」
「…………いや、それは大丈夫です。キャンセルとかはしないです、はい」
「そうですか……。すいません、失礼しました……」
 店員さんはレジの方に戻って行った。
「おいおい、帰っちゃったって何だよ……」
「メールとか電話とか来てる?」
「いや、来てない……」
「ちょっと俺、メッセージとか送ってみるわ」
「うん、俺は電話かけてみる……」
 トイレに入っているうちに、職場から呼び出しでもあったのだろうか? それにしても自分たちに一言の挨拶もなしに行ってしまうなんて……
 電話はかかるが、繋がらない。メールを送っても返信がない。メッセージには既読すらつかなかった。
 困惑しながら連絡がつかないか試しているうちに、料理が到着してしまった。Sくんの分は3人で分けて食べたが、Iさんは彼のことが気になって、食事に集中できなかったそうである。
 食後に確認しても、折り返しの電話もメールも来ていない。こうなると、どうしようもなかった。 
 Sくんの分の支払いはとりあえずIさんが立てかえて、3人で店を出た。

 …………わけがわからなかった。理由もなく不意に帰るわけがない。
 想像を巡らせても見当もつかないまま、Iさんたちは帰途についていた。
「通りたくない」と言っていた当のSさんはもういないので、3人で大通りの道をとぼとぼ歩く。
 あいつ、どうしたんだろうな、と考えながら歩みを進めていると、友達の1人が不意に足を止めた。
「なぁ、あいつが言ってたのって、ここらへんじゃないかな?」
 顔を上げると、細い脇道が横に伸びていた。そばには少し私道があって、その先に古びた、誰も住んでいなさそうなアパートがある。
 信号はあるのだが街灯は小さなものがポツン、とついているだけ。薄暗い。大通りから曲がって入って来るとしたら、見通しが悪いだろうと思われた。
「脇道で、見通しが悪くて、ボロいアパートがあって……うん、ここっぽいな」
 3人で何気なく近づいていく。
 すると1人が突然、そばの電柱を見て声を上げた。
「……おい! おい! これ……これちょっと……! ちょっとこれ!」
「いきなりどうしたんだよ」
 Iさんともう1人がそちらを向くと、友達は電柱に立てかけてある看板を指さした。
 そこには大きな字で、「目撃者求む」と書いてあった。



  【目撃者求む】
  ●月●日午後この場所で
   女性 と 乗用車 の
  接触事故が起きました
  目撃された方、情報を
  お持ちの方は、下記の
  警察署にご連絡を



「…………これってさぁ、ちょうどこないだだろ。あいつもさ、ここで夜にさ、はねたって言ってたじゃんな? これさ、これ、もしかして」
「…………お前、そんなわけねぇよ! 女の人と猫だぞ。間違えるわけないじゃん!」
「でもさぁ、これって」
「でもも何もねぇよ、そんなこと言うもんじゃないぞ、お前……」
「けど……」
 誰も通らない大通りの脇道。人の気配すらない場所で、Iさんたち3人は「これってもしかして」「そんなわけないよ」と大きな声で押し問答になった。
 その口論の間隙だった。ふと双方が言うことがなくなった瞬間。
 少し離れた位置から、男の呟く声がぼそぼそと聞こえた。

「……ったく…… 毎晩毎晩…… ………………いいんだろ!」

 その声に聞き覚えがあったので、Iさんたちはギョッとして振り返った。
 例の古びたアパートの側面と、隣接する敷地との間に立っている塀。
 痩せた女でも通れなさそうなそこに、男が一人、身体を突っ込んでいた。

「……まったく毎晩毎晩うるせぇんだよ! 見つけりゃいいんだろ! まったく毎晩毎晩……!」

 男は、Sくんだった。
 身体は入らないので肩だけをこじ入れて、腕を伸ばして隙間の奥にある何かを探っているようだった。

「毎晩毎晩! 毎晩毎晩本当にうるせぇんだよ! 見つけてやるよ! 毎晩毎晩よぉ!」 

 Sくんはイライラした口調で、何度も何度も同じようなことばかり口走っている。
 Iさんたちはゆっくりと、息を詰めながら近づいていった。


「見つけりゃいいんだろ見つけりゃ! うるせぇんだよ毎晩毎晩!」
「あの……Sさぁ……」
「毎晩毎晩よぉ…… でもさっきな! 友達からいいこと聞いたんだよ。死ぬときはな、こういうトコに逃げ込むんだってな!」
「お前……! 何やってんだよ……!」
「ほらここだろ? ここにいるんだろ? …………ほらッ! あった!!」

 Sくんはそう叫んで手で掴んだモノをズルズルズルズルッ! と引っぱり出した。

「うわぁっ!」3人とものけぞった。
 それは潰れて伸びきった猫の死体…………ではなかった。
 女物の下着のようだった。泥やホコリにまみれてクシャクシャになっている。たぶんこのアパートに住んでいた女性が落としてそのままになってしまった洗濯物か何かだろう。
 Sくんは丸めたそれを両手で持って、「よーし! あったあった!」と大きい声で独り言を言っている。
「いやぁ探したんだよ……! 本当に毎晩毎晩よぉ……!」
「なぁ……おい、おい……!」
「でもこれで解決だよ! あとはこれをどうするかだよな!」
「おい……! おいって!」
「…………なんだよ?」
 Sくんはその時ようやく振り向いた。その瞬間は不愉快そうだったが、背後の3人を認めた途端にパアッと表情が明るくなった。
「おお! お前らか! いやぁありがとう! お前らのおかげだよ! ほらっ! やっと見つかったんだよ!」
 そう言いながら彼は、グズグズの下着を差し出してくる。
 Iさんたちはしばらく言葉を失った。するとSくんは嬉しそうに言葉を継いでいく。
「これをな! いいトコに埋めてやればいいんだよな! そうすりゃ万事解決だよ! いやぁ大変だったよ!」
「あの……Sさぁ……」
「あーでもなぁ! このへんって舗装されてる場所ばっかりだよなぁ! 街中だしな! どこか地面が剥き出しの土地ってあるかなぁ?」
「………………」
 取りつく島がない。会話が成り立たない。
 仕方なくIさんは、勇気を振り絞ってこう言った。
「なぁお前さぁ……。それ、猫じゃないよ……?」
「そうだよ……落ち着けよ……な?」
「猫じゃないって……猫じゃないからさ…………」
 残りの2人もどうにか続いた。
 Sくんはそれを聞いてしばらく真顔になった。
 すると突然、こう叫んだ。

「……猫じゃないってなぁ! じゃあ俺がはねたのは何なんだよ!!」

 3人ともウワッ、とたじろいだ。みんな「お前の持っているソレは猫じゃない」と言ったつもりが、彼には正しく理解されなかったようだった。 
 Sくんは激昂して叫び続ける。その声が人通りのない、廃アパートしかない脇道に響く。

「言ってみろよ! 俺がはねたのは何だったのかって! 俺がウソついてるってのかよ!!
 ちゃんと猫をはねたって話しただろ! お前らふざけんなよ!!
 ほら! 言ってみろよ! 俺が本当は何をはねたのかさ!! お前ら言ってみろよ!!」



「わかいおんなァー」



 …………えっ?

 自分たちのいる横。アパートの棟へと続く私道の向こうから、女の声がした。

 真っ暗な道には誰も立っていない。隠れる場所もない。誰もいない。
 しかし確かに今、道のあちらから、女の声が飛んできた。


「うッ、うわあああああああああ」
 Sくんが叫んで後ろに駆け出したが、そこは塀と壁があり逃げられない。だが彼は塀をよじ登ろうとした。踏み台もとっかかりもない塀に指を立てて登ろうとする。爪がガリガリいう音がした。
 お前どうしたんだよ! やめろよ! と叫んでSくんを押さえた。半狂乱になっている彼を、3人がかりでやっと壁から引き剥がした。彼の爪が取れかけている。指先から血が出ている。
 地面に倒したが、Sくんはもがき続けた。
「落ち着けよ! 逃げなくていいだろ!」
「い……いる……! いるんだよ……!」
 彼は目を見開いて取り憑かれたように呟く。
「いないよ! そこ見てみろよ! 落ち着けよ!」
「いる…………! いるんだよぉ…………!」
「誰もいないよ! いないって! 誰もいないって! 誰がいるってんだよ! 誰がいるんだよ!!」



「わかいおんなァー」


 さっきと同じ女の声がした。
 声は、こちらに近づいてきていた。



 申し訳ないことをしたな、とIさんは思っているそうだ。
 女の声が近づいてきたことに耐えきれず、3人はSさんを置いてその場から逃げ出してしまった。

 少し離れた場所から「大通りの近くの古アパートの前で騒いでいる人がいる」と警察に電話して、Sさんを保護してもらった。

 警察に事情を聞かれた時に、猫の話をしたのだろう。調べが進んだらしく、Sくんはひき逃げの容疑で逮捕された。



「…………ここで終わってたら、因果応報な話で済むんですけどね…………」



 はねられた女性は、死んでいなかったそうである。
 それどころか、打撲とか打ち身とか、その程度の軽いケガだったそうだ。
 怨霊になったり生き霊になったりしてSくんを追い詰めていくような、深刻な事故ではなかったのである。

 ……では、あの声の女は誰だったのか。

 Iさんは友人知人に尋ねて回ってみた。
 事故現場のそばの古いアパート。そこにはその昔、猫を何十匹も飼っている女性が住んでいたという。
 もちろん契約違反なので大家さんと揉めて、最終的には「精神的に不安定になった」ので、家族か親戚が彼女を引き取っていった。
 その先は不確かなのだが、その引き取られた先で、女性は亡くなったそうである。


「……猫を飼っていたアパートに未練があって、その女の霊が住み着いていたとするじゃないですか。
 でもその霊がね、女性をはねたSを追い詰める理由なんて、全然ないでしょう?
 猫の話といい、ひき逃げといい、女の声といい、重なるようで重ならないんですよ。
『つじつまが合うような合わないような』っていうのは、そういう意味なんですけどね。
 一体、どういうことなんでしょうね…………? 俺にはわかんないんですよ…………」

 Sくんはすっかり様子がおかしくなってしまったため、ひき逃げの裁判もそこそこに入院してしまったらしい。


 そのアパートには誰も住んでいないのだが、何故か取り壊されず、今も残っている。

【終】

☆本記事は、著作権フリー&オリジナル怪談ツイキャス「禍話」
 THE 禍話第4夜 (2019年8月14日放送) より、編集・再構成してお送りしました。

☆怪奇大山脈! インターネットの怪異大陸! まだまだ続く地獄巡り!
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