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【怖い話】 握っていたもの 【「禍話」リライト⑨】

 こっくりさんをしたことはありますか?



 真っ白い紙に、鳥居を描いて、あいうえお……の五十音表を書いて、「はい」と「いいえ」を書きます。

 それから何人かで、紙を置いた机を囲み、十円玉を鳥居の上に置いて、それにひとさし指を乗せます。

「こっくりさん こっくりさん どうぞおいでください おいでになられましたら 『はい』にお進みください」

 と言って、こっくりさんを呼び出します。

 十円玉が「はい」に移動したら、降りてきたこっくりさんに、いろんな質問ができます。

 好きな人のこと、友達のこと、芸能人のこと、将来のこと……うまくいけば、なんでも答えてくれるそうです。



「こっくりさん」とは、そのような降霊儀式です。

 降りてきて質問に答えてくれるのは、動物霊とも、近くにいる浮遊霊とも言われています。

 よい霊ならいいけれど、悪い霊だと身に危険が及ぶから、軽々しくやってはいけない、との話もあります。



 けれど、降りてくるのが何であれ、聞いてはいけない質問というのがあるようです。






 Aさんが小学生の頃。

 学校で、こっくりさんが流行った時期がありました。

 毎日放課後になると、主に女子たちが、机の周りに椅子を置いて、紙を広げて十円玉を置き、こっくりさん、こっくりさん……とやっていたそうです。

 Aさんも、もちろん何度も参加していました。

 こっくりさんは、本当かウソかわからないながらもきちんと答えてくれる日もあれば、「ま は や こ し に」などと、デタラメにしか答えない日もあったといいます。




 ある日のこと、例によって友達数人とこっくりさんをはじめました。

 しかしはじめてすぐに、誰も質問が思い浮かばなくなってしまったそうです。 

 最初の頃こそ、好きな人や、クラスメイトの秘密など、質問はたくさんありました。

 でも、あまりに流行って毎日やっていたせいで、尋ねることもなくなってきていたのです。

 しかも小学生のことです。身の回りの話題などたかが知れています。



 十円玉に指を置いたまま、Aさんと友達は困ってしまいました。

 降りてきてもらったのに、ろくに質問もせずに帰ってもらう、というのもおかしな話です。もったいないような気がしました。

 みんなで「なにかないかなぁ」と考えていると、Aさんの頭にふと、母方のおばあさんのことが思い浮かびました。




 Aさんは、母方のおばあさんからとても冷たくされていたそうです。

 遊びに行っても、他のきょうだいはおこづかいをもらえるのに、自分だけもらえない。話をしても、ろくに返事もしてくれない。言葉にいちいちトゲがある……

 理由はわからないのですが、とにかくそんな風に、すごくいやな扱いを受けていました。



 そのおばあさんは数年前から体の具合を悪くして、入退院を繰り返していました。  

 体が少しずつ弱ってきており、もう数回、入院するようなことがあったら……と両親も語っていたそうです。




 子供ながらに、Aさんの心に、とても悪い気持ちが芽ばえました。

 あんな人、はやくいなくなっちゃえばいいのにな。

 そうだ。あの人がいつ死ぬのか、聞いてみよう。



「こっくりさん、こっくりさん、タナカカズエさんは、いつ死にますか?」

 Aさんは尋ねたといいます。

 周りの友達は一瞬ギョッとしたようでしたが、Aさんに「それ誰?」と言ったりはしませんでした。



 Aさんが質問してすぐ、十円玉は動きはじめました。

 いつもは迷ったように文字の間をウロウロしてようやく答える十円玉が、まっすぐに、ある文字の方へと向かいます。

 もちろん誰も、指に力など入れていません。


 十円玉が、止まりました。




 【いいえ】




 の上でした。



 Aさんは変だな、と思いました。「いつ死ぬのか」と質問したのに、答えが「いいえ」では意味がわかりません。

 友達と顔を見合わせてから、再び「タナカカズエさんは、いつ死にますか?」と言いました。



 十円玉は一度鳥居マークに戻って、それからまたまっすぐに動きます。




 【いいえ】




 同じ答えでした。



 そのあと何回やってみても、答えは迷いなく【いいえ】のままでした。

「あの人、死なないってことなのかなぁ」とAさんはいやな気持ちになってきたので、こっくりさんを切り上げることにしました。



「こっくりさん、こっくりさん、おかえりください」



 みんなで声を合わせて、お願いをしました。

 ところが、十円玉はまたまっすぐに【いいえ】へと向かいます。

 何度やってもかたくなに【いいえ】です。【はい】には行かず、しかも他のメッセージを示すこともしません。



 怖くなったAさんたちは、その地域のルールにあった、「帰ってもらえない時は、こうすれば帰ってもらったことになる」という方法を実行して、その日のこっくりさんはお開きになりました。

 Aさんの胸の中には、あの不思議な、答えになっていない答えが残ったといいます。




……………………………………………………………………




 それからしばらくしてから、母方のおばあさんが病院に担ぎ込まれた、という知らせがありました。

 どうやら今度はダメなようだ、ということで、両親といっしょに、Aさんも病院に向かいました。




 お母さんが、おばあさんのベッドの近くに行き、「お母さん、聞こえる? お母さん?」と呼びかけます。

 親戚の人たちも寄りそって、口々に声をかけます。

 おばあさんは今まで見たこともないくらいに、「ウウウウウッ! ウウウウウッ!」と苦しんでいました。

 好かれていなかったことと、その苦しげな様子の怖さに、Aさんは少し離れたところから、おばあさんを見つめていました。



 おばあさんは「ウウウウウッ! ウウウウウッ!」と、本当につらそうな声を上げながら体をよじっています。

 そのうちAさんは、おばあさんの右手が、不自然に握りしめられていることに気づきました。

 左手は開かれています。苦痛のあまり、布団の端を掴んでいるわけでもありません。

 右手の拳だけが硬く硬く、何かを持っているみたいに、しっかりと握られているのです。



 そのうち、最期の大きな苦しみがやってきて、おばあさんはようやく、亡くなりました。

 お医者さんが「ご臨終です」と告げます。お母さんも親戚の人たちもそろって悲しい顔になり、泣く人もいました。



 おばあさんの体から力が抜けていきます。今までさんざんひどい苦痛で力んでいたのが、亡くなったことでようやくゆるんできたのでした。

 硬く硬く握りしめられていた右手からも、力が抜けていくようでした。


 拳の中からぽとり、とベッドの上に何かがすべり落ちました。





 十円玉でした。





「おばあちゃん、どうしてこんなものを」

「必死に掴んでたよな」

「よくわからないな、なぜだろう」



 大人たちが不審がる中、Aさんだけがあの日のこっくりさんのことを思い出して、一人で震えていたそうです。




 



 前後が繋がっているような、いないような、そんな奇妙な出来事ですが、こっくりさんは、やってはいけないことなのかもしれません。







(おしまい)






☆この記事は、完全無料の青空怪談ツイキャス「禍話」 の初回、禍話 第一夜より、編集・再構成してお送りしました。 
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/301130969




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