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【怖い話】 数珠の家 【「禍話」リライト70】

 お読みいただければわかるのだが、これは大変に危うい内容の話である。
 なので、「ここに書かれた通りのこと」が、「文字通りこのような場所」で起きたとは考えないでいただきたい。
 Rさんが高校生の頃の体験で、それなりに時間は経過しているものの、詳細はぼかしてあると思ってほしい。


 その空き家があるのは、人里離れた山奥や郊外ではない。
 住宅街、それもけっこう裕福な人の多く住む地域にあるらしい。
 庭は広く、車庫は大きくてリモコン稼働、清潔で品のいい家が並ぶ住宅街──。そういう街並みを想像してもらいたい。
 その中にぽん、と、人の気配のない家がある。二階建ての立派な家だ。
 庭も玄関先も手入れはされているようで一見、無人という感じはしない。
 しかし、生活感がない。空気が止まっている。
 夜になると、それはよりよくわかる。
 周囲の家に柔らかな明かりがともる中、その家だけが暗い闇の中に沈んでいる。

 
 噂によれば。
 その家を建てたのはいわゆる「成金」の人だったそうだ。
 詳しい家族構成は不明だけれど、夫婦と子供が住んでいたことは確かだそうである。
 一気にお金持ちになってしまい、浮わついてしまったらしい。
 投資やちょっとした詐欺くらいならまだよかったろうに、お母さんが変なものにハマりこんでしまった。
 新興宗教と呼ぶにも値しないような、おかしな宗教団体に入信した。
 お母さんがそれに入れあげたせいで一家は離散、結果、この家だけが残されたのだとか。


 さらに、噂によれば。
 この家の中には、お母さんが入れあげていた宗教団体に関わる物品がいくつか残されている。
 その中でも、「数珠」に奇妙な話がある。
 子供部屋から台所まで、部屋ごとに一粒ずつ、「バラした数珠の玉」が置いてある。
 それを全部集めて、裏庭のほこらのような場所に置くと──
 願いが叶う もしくは 怖いことが起きる のだという。 
 


「…………いやいや、そんな話があるかよ」

 と言ったのは、Rさんの悪友のひとり、Lだった。

「数珠を集めるってのもマンガみたいでおかしいしさ。それに、いいことか悪いことのどっちかが起きるって……なぁ?」

 Lは高校の中でもガタイが大きく、リーダー格の奴だった。
 こいつが仲間内の方針をあらかた決めてしまうことがしばしばあった。
 どちらが起きるか試してみた奴はいないのか、と聞くので、噂を持ってきた奴は「いや、それがさ」と小声になった。

「なんせホラ、お金持ちの多い地域じゃん? 防犯とか警備とか、しっかりしてると思うんだよね」
「じゃあ家の中に入った奴はいねーの?」
「いるよ。まぁ、敷地内だけど……」
「敷地内?」
「庭に祠みたいなのがあるって言ったろ。そこに行った奴らはさ、『うわー、祠、マジであるじゃん』ってなって、それで怖くなって帰ってきちゃうんだって」
「はぁ~…………。マジでヘタレばっかりなんだなぁ。ガッカリだわ……」
 Rさんたちは、このあとコイツが何を言い出すのかうっすらとわかった。
 元より半分不良みたいな奴なのだ。肝だめし・度胸試しとしてうってつけの場所となれば──

「じゃあそこに行ってみようや」

 想像していた通りの言葉が、Lの口から飛び出した。
 Rさんを含めてその場にいた4人で、その家に突撃することになってしまった。



 少し離れた街だったが、兄貴や姉の車で送ってもらうことは避けた。
 お金持ちの住む街である。見慣れぬ車が夜に停まっているとなれば目立ってしまう。
 近くに公園があるらしい。自転車で行ってその公園に隠し、現場の家には徒歩で向かうことにしよう──
 高校生ながら頭の回る集団だった。 


 友達の家に泊まる、などと言って夕刻に家を出て落ち合い、夜が更けてから「家」へと向かう。
 暗くなってからの方が人目につきにくいだろうという判断だった。


 日付が変わって、しばらく経った時間。
 静かで、おだやかな雰囲気の漂う住宅街にひっそりと、家は建っていた。
 怖い話ではよく、「ヤバい家の両隣も空き家になっている」みたいなことがある。
 しかし当の家の左右には、普通に人が住んでいる感じだ。
 夜が遅いので門も屋内も電気は消えているが、真ん中のこの家と比べると人間の気配がある。生活臭がする。
「……これさぁ、通報されるんじゃね?」
 ひとりがぼそりと言ったものの、Lが首を振った。
「バッカお前、みんな祠とかは見てんだろ? じゃあ物音とか話し声に気をつければバレねーよ」
 そう言って簡単に、門から敷地内に入ってしまった。
 Rさんたちも仕方なしに、彼に続いた。


 庭には草花や木こそなかったものの、丁寧に管理されているようだった。
 ……宗教にハマって家を出たのなら、ここは誰が管理しているのだろう。
 Rさんがそんなことを考えている間にも、先頭のLは家の脇を抜けて裏庭へと進んでいく。

「あったあった……」

 向けられた懐中電灯の光が、裏庭の片隅を丸く切り取った。

 三方をコンクリートで固められた、小さな箱みたいな祠だった。
 祭壇のようなものがあるだけで、中はまったくのカラだった。
 ……「数珠を置くと何かが起こる」、そんな怪しげな場所には感じられない。
 それでも噂は本当だったわけで、4人のうち3人は怖くなった。ここに来ようと言い出した当人を除いての3人は。

「いやあったけどさぁ……これじゃあつまんなくね?」
 Lが小声で不満を漏らした。そんなこと言っても……と抗弁するも、彼はそこを離れた。家の正面へ向かう。
「表も裏もさ、玄関先もすっげー綺麗だよな?」
 懐中電灯を乱暴に振りつつ、Lは言う。
「ってことはさ、清掃の業者とかが、定期的に入ってきてるってことじゃん? じゃあ、入ったら祟るとか、そういう家ではないんだよな? ここって」
 そうだな、そうだろうな、と3人は否定しなかったが、そのあとが問題だった。
「じゃあ、家の中も掃除してるんじゃね? もしかしたらどっかから、入れるかもしんないよな?」

 いやそんな無茶な……と首を横に降るのを尻目に、Lは家の正面の窓から内部を覗く。
「あっホラ、やっぱ中も掃除されてるじゃん。モデルルームみたいだわ。いけるいける、これワンチャン入れるぞ?」
 そんなことを言いながらLは、前庭に出る大きな窓ガラスに手をかけた。
 やめとけバカ、と言い切る前に、Lは指に力を入れた。


 …………あとから考えれば、どう考えてもおかしな話なのだが。
 窓ガラスはスッと開いてしまった。
 鍵がかかっていなかった。

「ほらっ! やったじゃん……いけたいけた……!」
 Lはニヤニヤしながら3人を見返した。
「完全に俺の予想通りじゃん……どうだよお前ら?」

 アラームも、通報音の類も聞こえてこない。
 信じがたい状況だったが、苦もなく家の中に入れてしまえるようだ。

「よっしゃ行くか……おじゃましまぁ~す……」
 靴を脱いで、Lは大きな体を居間らしき部屋に入れた。
「どうしたんだよ。おめーらも来たら? ここまで来たからには、探検しなきゃ損じゃねぇの?」
 質問の形ではあったが、Lの口調には有無を言わさぬ響きがあった。


 懐中電灯の明かりが窓の外に飛ばないよう注意しつつ、4人はまず居間を観察した。
 家具はそのままになっている。家に見合う立派な家具ばかりだ。夜逃げ同然にここを去ったのだろうか。
 床や家具にホコリは積もっていない。さほど期間を開けずに掃除している。
「じゃあ探そうや、数珠。入ったからには探さなきゃウソだろ」
 Lは言い残して、乱暴な手つきで棚や引き出しを探る。
 残った3人も控えめに、家具に触りはじめた。
 どの家具もからっぽで、先住者を思い起こさせるものは残っていない。
 無人の家の不気味さと、いつ近隣に通報されるかわからない不安に挟まれてはいた。しかし好奇心もあった。


「あれっ……これ、これかな?」
 ひとりが皆を呼ぶ。引き出しの奥にしまわれていたと言う。
 紫色の、小さな布を開いてみせる。

 そこには、中くらいの数珠の玉が確かにあった。

 Lは「あるじゃ~ん!」と喜んだ。
 残りの面子は「ホントにあるんだな……」とだけ言って、あとは言葉が出てこなかった。

 お母さんか誰かはわからないけれど、理由があって、部屋に数珠の玉を置いた人間がいる。
 そしてその玉が、現在もそのまま家の中に残っている。
 Rさんもあとのふたりも、それがとても怖かった。

「な~っ? 探してみてよかったろ? これすごい発見じゃん?」
 Lは得意気な顔をしている。

 
「…………俺さぁ、この家、ダメだと思う」
 メンバーの中でもおっとりした性格の奴が、出し抜けに言った。
 いつもは特に意見を言わず、黙ってついてくるタイプの男である。
「なに、なんで? どうしたの」
「だってほら、それ」
 彼は棚にライトを向けた。

 高級そうな写真立てがあった。男の写真が入っている。
「これ?」とRさんは手を伸ばした。裏を返すと、文字が書いてあった。

 教祖様 1993年9月

 うわぁこれ、ここのお母さんがハマってたっていう宗教の……。
「いやそうなんだろうけどさ、だったら、もうちょっと丁寧に書かないか?」
 友達は言う。
 そうだ。サインペンで、ひどく乱暴な字で書いてある。教祖様なのに……
「あと、その写真さぁ……写真が、おかしいんだよ」
 Rさんは手首をひねって、改めて男の写真を見た。


 男が写っている。
「教祖様」らしい和服は着ていたものの、どこかが変だった。
 体も顔も輪郭が曖昧で、ピントが合っていないような……
 いや違う、とRさんは気づく。
 これは、別の写真からこの人だけを抜き出したものだ。
 集合写真から切り出して、無理矢理に引き伸ばされている。

「……普通、教祖様ってさ、綺麗な服着て、スタジオで撮ったような立派な姿にするよな。
 なんでこんな、どっかから持ってきてコピーしたみたいな写真なんだ?」

 友達は言った。


 少しの間、沈黙が降りた。

「……いやまぁ、どうでもいいんじゃねーの?」
 沈黙を破ったのはLだった。
「宗教のことは別にいいじゃん。メインは数珠探しだろ、数珠!」

 一個見つけたんだから、他の部屋も探さなきゃ損だろ! 大損だよ!
 Lはそう言って居間を出て曲がった。ガチャッとドアを開ける音、隣の部屋に入ったらしい。
 あいつバカじゃねーのか……と愚痴りながら、3人はLのあとを追った。

 隣は、書斎だった。
 大きな机が置いてあり、壁の左側は一面が本棚だった。みっちりと本が収まっている。
 日本語の背表紙も見えたが洋書が多い。しかも英語のものは少なく、一応高校生のRさんにも読めないものばかりだった。
 そこの机を、Lがごそごそと探っている。
 間もなく、
「あったあった……ほら、二つ目ゲット」
 布を開いてこっちに差し出してくる。中央に数珠の玉がころん、と入っていた。
 Lはふん、と鼻を鳴らして、玉をズボンのポケットにしまった。
 いや入れるなよ……二つ目とか三つ目とか別にいいよ……と呟く3人の脇を抜け、Lは書斎を出る。
 RさんともうひとりはLを引き留めようとしたけれど、彼は今度は台所へと入ってしまった。


 あいつ何? 熱心すぎね? 数珠集め。叶えたいことでもあんの? 
 互いに言い合いつつ書斎に戻ると、さっき写真のことを指摘した奴が難しい顔をして立っていた。
 手に本を一冊持っている。棚から抜いたらしい。
「……やっぱり俺さぁ、この家、ダメだと思う」

 それはさっきも聞いたけど……その本が? と尋ねると、彼は表紙を見せてきた。


 ■■本部  歴史


 Rさんには■■の漢字が読めなかった。ひどく難しい字で、もしかすると旧字体かもしれない。
 上や脇が黄ばんでいて、とても古い本に見えた。

「これアレか? 変な宗教団体の本?」
「なんかヤベェこと書いてあったの? 生き返ったとか、生贄とか……」

 友達は、「いや」と短く答えた。
 その本をぱら、ぱらぱらぱら、とめくってみせた。


 真っ白だった。
 

 何も書かれていない。


 Rさんももうひとりも、わけがわからなくなった。
 本を持った彼が、青い顔でこう言った。

「なぁ、俺たちさ、はかられてねーか?」

「はかられるって」
「いやよくわかんねぇけどさ。俺たち、はかられてるんじゃねーか?」
「なんで? 誰に? それってどういう」

「おーい、あったぞ」
 背後から呼びかけられた。
「台所にもあった」

 振り向くと、Lが数珠を一粒つまんで立っていた。

「…………なぁL、もう帰ろう」
 Rさんの口からそんな台詞が出た。
「え。なんで? いいじゃん。なんで?」
「いやもういいから。いいから帰ろ。さっきの数珠も元に戻してさ」
 諭すように言いながら、Lのズボンのポケットを叩いた。
「さっきの数珠も、元に」
 前のポケットを叩いた。後ろも叩いた。何度も叩いた。
 小さくて丸いものの感触が、どこにもなかった。

「…………お前、数珠は?」
 Rさんは聞いた。



「え? 数珠?」

 そう言うとLは、指を口に持っていった。
 唇が開いた。
 数珠をつまんだ指がそこに入った。

 ごくん。
 玉を飲み込んだ。



 3人は絶句した。
 Lは変わらない表情で、3人を眺めていた。

 そのうち「あー、次は四つ目な、四つ目」と呟いて、Lは踵を返した。
 硬く乾いたものを飲み下したせいで、幾度か空咳をする。
「あぁ向かい、向かいにも部屋、あったんだな」

 書斎の前にある部屋のドアを開けて入る。
 Lの懐中電灯か振られるが、どんな部屋かはよく見えない。
 棚を開けたらしい音、「どこかなぁ」という独り言が、あとは静かになった家の中に響く。
 その時だった。


 かつん。
 からからからから。


 指先で硬いものをはじいた音。
 床を硬いものが転がる音。


 懐中電灯でうっすら見えるLの足元に、丸いものが転がってきた。


「おォ、あったあったァ」


 Lはそれをつまんで拾い上げて、顔に持っていった。
 丸いものが口の中に入った。
 喉がごくん、と上下するのが見えた。
「もうすこしで全部そろうなァ」
 Lの嬉しそうな声が聞こえた。


 
 
 もうダメだ、と思った。ここには居られない。
 3人は無言で目を合わせた。
 走り出した。
 書斎を出て廊下、居間に入る。
 急いで庭に降りた。
 靴を履く数秒がもどかしい。
 足が靴に入る。
 庭を横切る。
 門を出た。


「えっ」


 門を出た外の光景に、3人の足は完全に止まってしまった。


 住宅街の、あちこちの家の門灯が点いている。
 小綺麗なパジャマを着た住人たちが路上に出ていて、こっちを見ている。

「えっ……えっ、あの…………」
 言葉が出てこなかった。
 立場としては、こちらが不法侵入犯だ。


 困惑するRさんたちを、住人たちは怒るでもなく、咎めるでもない眼差しで見ていた。
 喜怒哀楽のどの感情もなかった。
 ひっくり返った虫を観察しているような目つきだった。


 どうすればいいのかわからない。
 Rさんは怯えながら右、正面、それから左に目をやった。

 どの方向にも幾人かの住人がいて、同じような表情で立っていた。

 左、すぐ隣の家から、女の子がひとり顔を出していた。
 小学生くらいの、まだ幼い子だった。


「…………なに?」 
 Rさんは女の子に向かってようやく、それだけ言った。
 相手が子供なので、どうにか聞けた。


「…………何、これ? 何なの?」
 女の子の反応は鈍かった。声が小さいのかもしれなかった。


「何なんだよッ」
 やっと大きい声が出た。
 高校生に詰問された女の子はそこではじめて、びくりと震えた。


 小さな口が開いて、こう言った。

「あっ、あのぅ、ごめんなさい。
 
 また、見物みものだなぁ、って、思って」



 


 そこからどうやって逃げ帰ったのかは、記憶にない。
 とりあえずRさんを含めた3人は、無事だったのだという。

 家に取り残されたLは、しばらくしてから、帰って来た。
 詳しくは語ってもらえなかったのだけれど、彼は今も実家で、あまり外に出ない生活を送っているそうだ。


 繰り返しになるが、このような内容であるため、様々な設定が変わっているであろうことをお含みいただきたい。
 しかし、「このような感じ」で、「このようなこと」が行われている場所が、日本のどこかにある──らしい。






【完】





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☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」
 シン・禍話 第二夜 より、編集・再構成してお送りしました。
 全てが凝縮された 禍話wiki も充実しまくってるし、禍話はまだまだ行くぞォ~っ(『クリーピー』の香川照之の顔)





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