見出し画像

【怖い話】 遺影を持つ人 【「禍話」リライト106】

 怖い目に遭ったので、お酒をやめたのだという。

 彼は街で呑んでいて、そこそこ酔っていたらしい。
 店を出てふらふらと外を歩いている時に尿意をもよおした。
 が、コンビニや公園──飛び込みで入れるトイレは周囲になかった。
 しばらく歩いて探したが、運悪く見当たらない。

 酔いで気が大きくなっていたため、
「しょうがねぇな……ま、いいか!」
 と、ビルとビルの間に入った。

 街路灯もない道で、大通りからの明かりで足元がかすかに見える程度だ。
 しかしこういうことをやるには、暗くて人目につかない方がいい。

 彼は人がいないのを確かめてから、壁の方に向いて用を足しはじめた。
 我慢していたので長々と出る。


 すると。

 背中の方でガチャン、とドアが開く音がした。足元にビル内の光が射してくる。

 あっヤベェ、裏口の近くだったのか……これ怒られちゃうヤツじゃん。
 とは言え、出ているものは途中で止められない。

 はァ~まずいなぁ。怖い人だったらどーしようかなぁ~。
 頭ではそう思っていたが、酒のせいかこの状況を面白がっているフシもあった。

 叱られる覚悟はしていたものの、背後からは物音すらしない。
 人が立っている気配はあるのだけれど、開けたところから動かず、こちらに声をかけてきそうな雰囲気もない。

 ようやく、用を足し終えた。
 彼は身繕いをし、精一杯に申し訳なさそうな表情を作って、
「いやぁ~すいません……この辺に店とかなかったもんで、」
 謝りながら振り返った。


「えっ」
 そこで言葉が止まった。


 ビルの中、開いたドアの敷居のあたりに、女性が立っていた。

 女性は胸の前に、大きな写真を持っていた。
 男性が正面を向いている写真で、胸から上が写っている。
 女性は細い指で、黒い額縁の下を支えている。
 額縁の上から左右、斜めに2本、黒く太い帯が巻いてある。

 遺影だ、と思った。
 遺影の男性は、スポーツマンタイプの青年だった。

 女性にも遺影の青年にも、彼にはまるで見覚えがない。
 女性は何も言わず、身動ぎもしないまま、そこに立っている。

「えっ……えっ? あの、」
 彼は頭が真っ白になって、思わず尋ねた。
「なにしてるんですか?」


 すると女性は、遺影をわずかに前に出したように見えた。
 そうしてひどく穏やかな声で、



「ようく、この顔を、おぼえておいてくださいね」


 と言った。

 ぞっとした彼は、走って逃げたそうである。



 遺影の青年はあまり個性のない顔つきだったので、彼の記憶にはぼんやりとした印象しか残っていないという。
 けれど。

「けど、もう一回見たらハッキリ思い出すだろうからさ……」

 もし今後、あの遺影の青年に直接出会ってしまったら……と思うと、ひどく怖いのだと言う。
 その出会いにどんな意味があるのか不明だし、その後でどういうことになるのかもわからない。
 
「何よりもさ、どんなことが起きても、俺にはなんの手立てもない、ってのがいちばん怖くってな……」
 彼は身をすくめながら言うのだった。


 東京で聞いた話なので、関東の出来事かもしれないが、はっきりしたことはわからない。




【完】




☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」の2023年→24年の年越し特別放送、
 年越し禍話!怖い動画の話+怪談手帖新作三連発 より、編集・再構成してお送りしました。

 ちなみにこれが、2023年最後の怖い話でした。ようく、この話を、おぼえておいてください……似たような出来事が……あるかもしれませんから……




★禍話については、こちらもボランティア運営で無料の「禍話wiki」をご覧ください。

 

サポートをしていただくと、ゾウのごはんがすこし増えます。