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【怖い話】 燃やすバイト 【「禍話」リライト⑧】


ある夜。


 すげー簡単なバイトがあるんだけど、人手か足りないんだってさ、お前やんねぇか、と友達に誘われたという。
 へぇ、どんなバイトなの、とNさんが聞くと、「山奥で家財道具を燃やすバイト」らしい。
「まぁ無許可で焼くんだけどな。金払いはいいんだよコレが……」

 オメーそれ犯罪じゃん、誰がンことやるかよ、と言ったが、バイト料を聞いて驚いた。けっこう、いやかなりイイ金額である。
 ちょうど新しいバイクを買おうと金を貯めはじめた頃だった。頭金くらいにはなる。


 詳しく聞けば、友達が持ちかけてきたのは燃やす側ではなく、「道路近くに立って車が来ないか見張る」仕事だった。
 家具を燃やしているさなか、もし車のライトが近づいてきたら見張りが知らせる。
 火を消してみんな一端隠れるか顔を隠すかして、車が行ったら再開する、というのが流れだそうである。
 見張りなら燃やす作業よりはるかに楽だし、罪悪感も比較的軽そうだ。
 じゃあ、まぁ、やろっかな? 気になりはしたが金に惹かれて、Nさんは承諾した。




 Nさんの地元の山奥。その道路脇にある、工場跡地のような開けた場所に集合した。
 真夜中のことである。たまに長距離のトラックが通るかもしれない、という程度の交通量だ。
 燃やすバイト・見張りのバイトとしてぞろぞろ集められたのは比較的若く体力がありそうで、おおかた予想はついたが、ヤンキーや不良の成分が強めの奴らばかりだった。



「はーい、ご苦労さんです」

 現場監督に当たるであろう、自分たちより少し年上の男が現れた。
 細身のメガネをかけて、物腰は柔らかいが目付きが鋭い。独特の身のこなしである。
「インテリヤクザ、かな」とNさんは思った。
 ただ今回の現場の仕事はたいした内容でもなく、周りが年下ばかりだからか、その筋の人物ならば常に発している刺すような空気は発していない。
 あるいは本職のヤクザではなく、「カタギではない仕事」くらいの人物なのかもしれなかった。



 家財道具がみっしり乗っているトラックのそばに集められた。タンスに鏡台に棚に、日本人形らしきものまで見える。
 かなりの量だし、こりゃあどこか一軒から持ってきたわけでもなさそうだぞ、とNさんは思った。
 前金で半額を渡された。「とっぱらい」というやつだ。半額でもそれなりの値段である。



 万に一つもないだろうが、仮に通りすがりの車に通報でもされて警察が来てもさっさと逃げればいい。
 しかもNさんの地元の山だ。道も知っているし身をひそめる場所も知っている。火に気を付けなきゃいけないくらいで、あとは何の危険もない。
 こりゃあオイシい仕事だな、とNさんはニヤニヤした。





 まずこれ、見てください。メガネの男はそう言いながら、紙をバイトたちに手渡していく。見張り役のNさんらにも渡された。
 仕事中のルールだろうか、と思って読んでみたが、半分当たりで半分違った。家財道具や小物の類の名前が、番号と共にずらりと並んでいる。


⑥黒いタンス(6段) ⑦白い衣装ケース ⑧三面鏡(マークつき) ⑨茶色いタンス(最上段が引き出し3つ) などなど…………



「はい。じゃあこの順に、焼いてください」

 家具の種類も大きさもバラバラである。なのに「この順に焼け」というのは妙だと思った。


 1つ目の家具に灯油がかけられて、火がついた。結構な火力だ。しばらく見ている間に炭になる。
 作業は家具を順番に燃やすだけであり、車などろくに通らない場所である。
 最初こそ「おー、よく燃えるわ」と感じ入るなどしていたNさんも他のバイトも、退屈しはじめた。


 現場監督のメガネの男も時間をもて余しているようで、スマホをいじったり、見なくてもよいのにリストを眺めたりしている。そのうちそのへんをウロウロし始めた。
 よほどヒマなのか、バイトにどうということもないことを話しかけたりしている。Nさんの近くにも来て数回、会話を交わした。

 そのうちに、妙な親密さが生まれた。  

「燃やすやつ、量ありますねぇ」だとか、「お金何に使うの?」だとか、そういう当たりさわりのない会話ではある。もちろん身の上などには言及しない。
 のだが、多少突っ込んだ話をしても怒られなさそうな感触になってきていた。 
 Nさんは仕事の最初から気にしていたことを尋ねてみようと思った。


 「……コレ、どこから持ってきたやつなんですかね?」とNさんは聞いた。
 メガネの男は「あぁ、ウン、拝み屋」と事もなげに言った。 


 拝み屋。



 いま燃やしている家財道具はつまり、「そういうモノ」なのか。
 ことの重大さに気づいていないのか、あるいはそんなことは毛ほども信じていないのか。とにかく男の軽い口調にNさんはうそ寒いものを感じたそうだ。


 ある程度燃え尽きたら、次の家具を投入する。燃やす順番は律儀に守っていたものの、トラック一台分の家財道具である。量が多いし、大きな家具もある。タンスがやけに多い。
 燃えつきそうな家具の火と、新しく投げ入れた家具の火が合わさって、炎が大きくなっていく。
 そろそろ明け方近いのに、まだたくさん残っていた。しかも轟々と地に響く低音が鳴るほどの炎が立ちのぼって、もはや火柱である。
 これでは遠くからでも見えてしまうのではないか、と思えるくらいの明るさになってしまった。



 こりゃあ派手すぎるなぁ、目立っちゃうぞ、と思っていると、Nさんの見張っていた方向から小さなヘッドライトの明かりが近づいてきた。
「あっ、車、来ました」と報告してからコソコソと隠れる。見ていると、なんとこんな時間にトラックではなく乗用車が道を通っていった。 



「乗用車かぁ」と、メガネの男は呟いた。ウーン、と唸る。
 トラックなら荷物が優先だろうが、乗用車だと山道が終わったくらいで通報されてしまうかもしれない、そんな想像がNさんの頭にも浮かんだ。おそらく男の頭の中も同じだろう。
 夜が明けるまでには終わらせたい。通報も怖くなってきた。しかし、まだまだ家財道具は残っている。


「…………ちょっと、詰めてこうか?」メガネの男は言った。


 まだ燃え尽きていないうちに次の家具に火をつける。着火や投入のペースを上げていき、一度に2つ3つ燃やしているような状況になりつつあった。
 すると、男がンッ? と声をあげた。ポケットからスマホを出す。電話がかかってきたようだ。
 バイトたちから少し距離をおいてから電話に出た。しかし声は聞こえた。




 もしもし? はい? え? ……いや、大丈夫ですよ。ちゃんとやってますよ。順番通りにやってます。問題なくやってます。大丈夫です。はい。




 男は電話を切った。

 口調や内容から、依頼主からの電話だろう、とは見当がついた。ちゃんとやっているか確かめにかけてきたのだろうか。
 だがそれにしては、男は不思議そうな顔をしている。
 男は「……もう少し、早く燃やしてこうか?」とバイトたちに切り出した。 
「なんせもうさ、時間がないからさぁ……」



 ペースを上げるだけではなく、大きな家具と小さな家具をまとめて燃やすなどして作業の効率化をはかったという。
 もう燃やす順序の書いてある紙などほとんど見ていない。次々と、どんどん燃やしていく。



 ようやく終わりが見えてきた。あとはタンス2つに、小さい日本人形がひとつ。
 男がウン、と頷いた。バイトたちはタンス2つと日本人形を下ろして並べ、火をつけた。最後の最後なので、一気にやってしまいたかった。
 と、また男がポケットからスマホを取り出した。



 ……もしもし? ……いや、大丈夫ですよ。えっ? 「飛ばしただろう」って? 飛ばしてないですよ。ちゃんとリスト通りにやってますから。えぇ。



 ……リストの順を無視していることが、なぜ向こうにわかるのか。
 Nさんは厭な予感にとらわれた。



 ちゃんとリストの、順番にやってますから。飛ばしてないですよ。ええ、ちゃんとやってます。はい。問題ないです……



 電話口で男が必死に抗弁していたとき。 

 炎の中でピシピシ音を立てて燃えていた日本人形が、むっくりと起き上がった。
 起き上がったように見えた、とNさんは思い込もうとした。
 これは、人形が燃えて、表面が縮んだかしたせいでこうなったのだ、そうに違いない、と自分の中で合点しようとした。


 すると、次に人形は右腕をぬっ、と持ち上げた。
 持ち上がった腕の先にある手、そこから伸びたような人さし指、それが、電話に出ている男を指しているように見えた。
 男は電話口で嘘をつくのに夢中で、その動きに気づいていない。



 大丈夫ですよ。順番に、ひとつずつ燃やしてます。人形が最後ですよね。わかってますよ。問題ないですから。



 焦げて焼けて、真っ黒に朽ちていく人形の指は、なおも男の方を向いていた。


 Nさんを含めたバイトたちは、首を絞められたような表情でその様子を見ていた。
 誰かが思いついたように、炎に消火剤をぶっかけた。それを機に、もういいだろ、もういいよな、うん、十分だろ、そう語り合いながら皆で火を消していく。

 電話を終えた男があぁ、終わったか、と近づいてきた。誰も先の人形の件は言わなかった。



 バイト代のあとの半分も、その場で現金で渡されたそうである。






 しばらくしてから、Nさんはバイトを紹介してくれた友人に再会した。
 おぉ、あのバイトの時以来だな、と切り出す。それがさぁ、と相手は眉間に皺を寄せた。
「あの現場にいた、監督役みたいなお兄さんいただろ。メガネの」
「うん」
「あの人、死んじゃったんだよ」



 おかしな死に方をしたという。

 ある日の朝から、“仕事”に来なくなった。“職場”に連絡もない。
 男の住んでいるアパートの方でも妙なことが起きていた。ある階でだけ、外廊下で妙な匂いがするというのだ。
 管理人が確認していくと、ある部屋──言うまでもなく例の男の部屋である──から確かに、妙な匂いがする。
 焦げているような、燃えているような、そんな匂いがドアの隙間からつん、と鼻をつく。
 ノックしても返事がない。大事になってからでは遅い、と管理人が合鍵でドアを開けると、その匂いは一段ときつくなった。



 男は、布団の上で焼死していたという。
 身体全体が真っ黒に焼けていた。布団や床は一部しか焦げていなかったそうだ。
 理屈に合わない死に様ではあったが、外傷も拘束のあともない。寝タバコによる事故死、と結論づけられた。


「拝み屋」から頼まれたという、焼いた家具一式がどんないわれのものだったのか、友人は知らなかった。Nさんも知りたくなかった。


「でもねぇ、やっぱりあれ、リストの順に燃やすべきだったんだろうねぇ。そう思うよ…………」









【fin】







☆この記事は、例によって完全無料のツイキャス「禍話」 の、真・禍話/激闘編第一夜 よりから抜粋、再構成してお送りしました。



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