欲望の螺旋:ジャニーズの星芒(後編)

10月2日のジャニーズ会見vol.2を前にした私的論点まとめ

前編では《論点① 「ジャニーズ問題」とはなにか?》と《論点② 「暗黙のカルテル=利益共同体」について》を、中編では《論点③ ジャニーズ事務所の収益構造》と《論点④ ジャニーズ・スポンサー企業と国連指導原則・人権DD》を書きました。
今回は最後となる私的論点⑤です。

本当はこの問題の論点は他にいくつもあるのですが、全部書くとキリがありませんので、とりあえずはこれで打ち止めとして、明日の記者会見を迎えたいと思います。
事と次第によっては、いや、記者会見が終わったら必ず新たな論点が出てくるでしょう。
どうしても書きたくなったらまたキーボードを叩きたいと思います。


論点⑤
これからのことと再発防止について

3月にBBCが『J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル』を放送・配信して、ジャニー喜多川の長年にわたった児童性虐待が、時代のブラックライトに照らされました。
暗黒の歴史の中から浮かび上がったのは華やかなスターの姿ではなく、スターになることを夢見て、傷つき、損なわれ、もっとも醜悪な形で夢を打ち砕かれてしまったかつての少年たちと、ひとりの貧弱な老人の姿でした。
ジャニー喜多川の死が悔やまれます。
彼は死ぬべきではなかった。
生きて罰を受けるべきだった。
そして、罪と罰の重さにのたうち回りながら、深い後悔と懺悔の中で息を引き取るべきだったのです。

前編の繰り返しになりますが、ジャニーズ問題は2つの要素でできていると私は考えています。
ひとつはジャニー喜多川の性嗜好異常(パラフィリア)。
これはジャニーズ事務所設置の再発防止特別チームが「思春期少年に対して、長年にわたり広範に行わ れた性加害の根本原因」と断じた、ジャニー喜多川個人の異常な性嗜好のことです。
その異常性がジャニー喜多川による子どもへの醜悪でおぞましい行為を引き起こした原因であることは間違いないでしょう。

もうひとつの要素は、行為そのものではなく、行為を長年にわたって可能にさせた背景となったもので、私が「暗黙のカルテル=利益共同体」と呼んでいるものです。
案件ごとにメンバーは入れ替わりますが、ジャニーズ事務所を軸とし、メディア(テレビ中心)・広告代理店・スポンサー企業等の利害関係者でつくられる小集団のこと。
その小集団(案件が多いため参加者は多い)が自社利益のために共犯者としてジャニーズ事務所にタレントの露出機会を与え、その頻度を上げてゆくことで経済的利益をジャニーズ事務所に提供し続けました。
それが強大な権力を生み出し、やがて確固なものとなり、ジャニー喜多川の行為を半世紀以上も続けさせる要因となったのです。
再発防止特別チームが「マスメディアの沈黙」と呼んだ現象も、この「暗黙のカルテル=利益共同体」によって起こったことのひとつです。

この小集団がおこなったことは他にもあります。
私は前編にこう書きました。

人気を自然任せにするのではなく、人工的につくり出そうとするのが「暗黙のカルテル=利益共同体」です。
そして、それを正にだけ作用させるのではなく、負に向けてもあからさまに作用させたのがジャニーズ事務所です(後述します)。

「負に向けてあからさまに作用させた」こと、それが事務所を退所した者に対しておこなった(それは今も続いているように見える)「干す」という行為。それも「暗黙のカルテル=利益共同体」によっておこなわれたことです。
2019年7月、SMAPの元メンバー(稲垣吾郎・草彅剛・香取慎吾)をテレビ番組に出演させないよう圧力をかけた場合は独占禁止法に触れるおそれがあるとして、公正取引委員会がジャニーズ事務所に対して注意をしたのがまさにそれでした。
公取委から注意を受けてしまうほどの強大な力をジャニーズ事務所にもたらしたのは、皮肉にもSMAPの国民的人気だったと思われます。
また、ジャニーズの人気グループによるバーターや、他事務所ボーイズグループの排除なども「暗黙のカルテル=利益共同体」がおこなったことです。
テレビ局などは偉そうに「ジャニーズ事務所を注視します」などと言える立場ではないのです。

人気のタレントを出演させるかわりに、ジャニーズ事務所が売り出したい他のタレントも抱き合わせで出演させるバーターや、競合となる他事務所のボーイズグループ・タレントを共演NGにすることで、自社タレントの露出機会を増やしていったのです。
それをシステム化させたのは、おそらく光GENJIあたりからで、SMAPが決定的にしたのではないでしょうか?

欲望の螺旋:ジャニーズの星芒(前編)より


さて、ここからは未来のことを考えてみます。
まず、ジャニーズ事務所はこの先どうすればいいのでしょう?
そんなことは知りません。
しかし、どうなるべきなのかは中編の最後に書きました。

(ジャニー喜多川は)何百人もの子どもの人生を性暴力によって無残に捻じ曲げ、変えてしまったんです。
(ジャニーズ事務所と利益共同体は)それを知りながら、止めるどころかずっと隠し続けて、子どもの被害者を増やし続けたんです。
そして、誰ひとり罪に問われていないんです。
(略)
だったら、取引企業がどうこうではなく、ジャニーズ事務所自体が商業活動を停止し、被害者への補償スキームをつくると同時に、タレントを無条件で開放して、それらが完了したらジャニーズ事務所の存在そのものを解体・抹消するのが妥当だと私は思うのです。
決して存続を前提にしてはいけない。

ジャニーズ問題はジャニー喜多川と「暗黙のカルテル=利益共同体」によって引き起こされた世界にも稀にみる残酷でおぞましい事件です。
しかし、もしジャニーズ事務所が解体されて存在が抹消されたとしても、「暗黙のカルテル=利益共同体」というシステムが温存されるのであれば、ジャニーズ事務所が他の芸能プロダクションに入れ替わるだけで、中身が児童性虐待でなくても、他の残酷な事態としてこの先も必ず起こるでしょう。
問題があるのは何もジャニーズ事務所だけではないからです。
必要なのは性善説に立脚した非現実的な理想論ではなく、罰則をともなった適切で実効力のある法整備です。
特殊な慣行・慣習を多く内包した芸能界や文化・芸術・映像界、スポーツ界などに特化した“エンタメ法”が可及的速やかに必要だと思うのです。
現在はそうした業法がないため、驚いたことに監督官庁すら存在しません。
法によって「暗黙のカルテル=利益共同体」を規制したり、前編で触れたマネジメント業務とプロダクション業務がひとつの芸能プロダクションで行われていることなどを規制したりする法整備がおこなわれて然るべきだと思うのです。

それについてはジャニーズ問題を受けて日本労働弁護団が7月21日に出した「芸能界における性被害・ハラスメントを撲滅するための法的環境整備を求める緊急声明」及び9月7日の「芸能界における性加害やハラスメントの撲滅に向けた声明」でも幅広く触れられています。

同声明に出てくる韓国の「芸術人の地位と権利の保障に関する法律」(略称:芸術人権利保障法)などは、とても良い手本となるのではないでしょうか。

ジャニーズ事務所に限らない、こうした強い権力を背景にした犯罪の再発防止には必須のことがあります。
全容解明。
事件・事故など、好ましくない出来事が起きたとき、その原因を特定するために全容解明をするのは当然のことです。
8月4日に「国連ビジネスと人権の作業部会」がミッション終了ステートメントに残したように「政府が主な義務を担う主体として、 実行犯に対する透明な捜査を確保」することが重要なのです。
実行犯というのはジャニー喜多川だけを指すのではありません。
国が主導し、公的機関による捜査で出来得る限りの全容を明らかにすること
それを記録に残し、将来の世代の誰もが知り得るようにすること。
そうでなければ、被害者がどれだけいるのかすらわからず、この重大事件が矮小化されて風化していきます。
各人権団体、子どもの保護団体、弁護士団体などがそれを強く政府に求めるべきですし、政治家も国会でそれを議題にするべきなんです。
また、ジャニーズ事務所が再発防止を口にするのなら、社名変更や自社体制の話題ばかりをマスコミにリークして話題そらしを画策するのではなく、政府に対して全容解明を自ら嘆願するべきなのです。
そして、何より私たち国民がそれを求めなければなりません。


最後に、ジャニーズ事務所に戻って稿を閉じたいと思います。
同事務所は誠実に被害者に向き合うなどと言いながら、これまで自社タレントへの誹謗中傷に触れこそすれ、被害者については東山新社長が記者会見でわずか3秒口にしただけでここまで来ています。
自社の利益が失われることばかりを心配して、被害者のことなど二の次三の次であることがわかります。

また、同事務所が一番おろそかにしているステークホルダーがいます。
ファンの存在。
すべてをつくり出す源泉であるファン。
ジャニーズ事務所は少し前までの半年間、明らかに嘘だとわかるシステム不具合を理由に、有料会員であるファンからのメール窓口をずっと閉じたままでした。
King & Princeの分裂によるファンからの苦情や意見などをはねつけるためと見られています。

ジャニーズ事務所は取引先から受け取るタレント報酬から、事務所分の報酬を1年間受け取らないと謎の宣言をしましたが、なぜファンクラブの年会費4000円を受け取らないと言えないのでしょうか?
別のエントリーにも書きましたが、ジャニーズ事務所が育てているのはタレントだけではなく、ファンをもまた育てているというのに、その責任に対する自覚がまるでありません。
今回の件では有料のファンクラブ会員に対する何の説明も謝罪もないと聞き及んでいます。
ありえません。
本当にありえない。
そういう体質は、社名を変えようが、社長の首をすげ替えようが、この先も変わることはないでしょう。
やはり解体するのが一番妥当だと私は思います。
ジャニーズ事務所のような存在を次世代にまで残す社会であってはいけません。
未来の日本をつくり、担っていく子どもたちに渡してはいけないのです。

自尊・競争・優越・攻撃・反発・流行・自己顕示・指導・名誉・支配・権力・愛情・恋愛・愉楽・自由・自己表現・不満解消・達成・内罰・自己成長・持続・自己実現・知識・自己主張・批評・趣味・感性・理解・他者認知・好奇・秩序・援助・集団貢献・社会貢献・教授・自己認知・承認・自己開示・屈辱回避・同調・嫌悪回避・批評回避・服従・優位・譲歩・安心・気楽・挑戦・安全・拒否・金銭・生活安定・依存・親和・協力・孤立・恭順・自己規制・迷惑回避。

あらゆる立場の者の、限りなく肥大した欲望が、人のDNAのように螺旋状に絡み合い、複雑に交差しながらつくり出した虚像が放つ星の光の影。
それがジャニーズ問題の映し出しているものです。

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