ゲンロンSF創作講座 便乗小説#2 「ダークフォトンの水底で」(1)

1 夜来たる

「うきゅぅーーーーーーきゅぅーーーーー!」
 うるさい。お空にたぷたぷ水が浮かぶ惑星ユクスの、アースで癒しなものなら何でもラブな女子が聞けば血相変えて喜び大ジャンプ(たぶんパンツ見えてるよ)間違いなし、宇宙クジラの鳴き声が遠くに聞こえる宇宙港でおれは最高級のワイン三昧。ていうかこれほんとにワイン? ご自慢の研究者脳がべろんべろん、スポンジ化しつつあるおれがこのお話の語り手、水基大事。ミズキ・ダイジと読むのだが、この人生はどちらかと言えばおおごとだらけで、流れ着いたは辺境の惑星、予約してたはずのクソガイドが出て来やがらないばかりか、一週間探し続けても宇宙港に誰一人いねえから途方にくれてラウンジバーの酒を片っ端から飲みまくり、缶詰とチーズで飢えを凌いで今日に至る。ねえどうすんの。どうすんのどうすんの。地球に帰りたくても、知り合いから借り受けた、君らはどうせ名前も知らないスーパー分子構造で燦然と(たぶん)銀色に輝いている(だろう)全自動航行プライベート宇宙船は、もう、いっちまった。これもおおごと。あれは到着初日、処女宇宙航海にびくつきながら、でもほら、ハワイにいけばレイってんだっけ花の首飾りでお出迎えしてくれるじゃん、ああいうのを期待していたおれを待っていたパーフェクトな静寂。静寂ときどき「うきゅぅーーーきゅいーーーーー」ラブリー宇宙クジラの鳴き声。パニくって、はい来たよー、不安来たよー、錯乱の中で「おれ、地球、帰る!」と宇宙船のボタンを手当たり次第押しまくってたら、ぴぴぴぴぴ、あら動いたわ。
「なんかすごく遠い惑星に目的地を変更したよ! 地球主観時間で3776年かかります。あと30秒後に発進。冷乾スリーピングベッドに速やかに入らないと死んじゃうゾ!」
 ファジーすぎる搭載人工知能のアナウンスに、は? いまなんて言った!? 超大慌てで、でもようやく音声操縦機能がついてることを思い出して、ヘイ宇宙船、ジョブ停止しな、てか地球に目的地再変更して? って丁重に頼んだのだけど、「あー、もう発進シーケンス入ったんで無理でーす。目的地到着後に再設定してくださーい」メインハッチが閉まり始め、おれは外へと転がり出て、どどどどど、♪すごいぞはやいぞ反重力、未来の力だ反重力〜、いつかのコマーシャルソングを口ずさみながら、宇宙船を見送った……もとい聞き送った。「うきゅーーーーうきゅーーーーーー」うるさい。
 それが一週間前。茫然自失でも腹は減り、宇宙港の中を手探りで捜索開始です。いやね、おれも論理的ってのがご自慢の研究者ですよ、さっきは話を省いたけど、そんないきなしパニックになったわけじゃありません。宇宙船をぶっ飛ばしちゃう前に、少しは辺りを探したの。この星は通信が使えない、ってことは聞いてたから、宇宙船の通信機器が黙りこくっても慌てずに、とにかく声もかぎりに叫んで人呼んで、反応ないからおっかなびっくり辺りをうろついて、あっ! いま人の声聞こえた! って寄ってみれば、《ようこそ惑星ユクスへ! 入星手続きはまっすぐお進み下さい。それ以外は右に曲がれば受付があるのでそこで》いい加減なアナウンスだなおい。まあ間違った場所に到着してないってことだけは分かった。ところが手続きカウンターも無人、受付も無人、やべえ不法入星だ、とゲートの先に進んで、「誰かーーー!」大声で叫んでも返事なし。答えるのは宇宙クジラばかりで、うろうろしている間にあちこちつまづいて転んだおれに、はい不安きたー、よろめきながら宇宙船に戻って、ボタン乱打の末にぶっとばして、呆然、再捜索。最初は頑張ろうと思ったんだけど、探険初めて一時間でラウンジバーを見つけて(というか触りつけて)からはずっとそこにいる。カウンター内の高級ワインをがぶがぶ、ふっかふかソファで眠り、クソみたいに使いづらいけどシャワールーム、すぐ近くのレストラン街や売店に保存食もあるし、生きていければもうけもの。でも退屈はどうしようもなくて、本もないから自分のこれまでの研究テーマを思い出せる限り検討を加え、酔っ払ってるもんだから、一度結論を出した考えに行きつ戻りつ、そんなことしてたら、はい、また不安が来たー不安きたよー。大学院にクールに進学決めた直後の5月、意味わかんない思考実験ばっかやってる哲学とかどうせ役に立たないんだから、研究費全部カットしちゃえ! とかいう時のクソ首相の気まぐれ発言に、親戚兄弟一同の無言有言の圧力受けて、おれやっぱアカデミア向いてない……と泣いた思いがよみがえる。あってよかった感情ブロック錠剤。でも今手元にはそんなのないし、うわーーーーーー! 叫びだしておろおろ歩きまわるおれ、人! どこかに人! 一人とは言わないから、0.5人くらいでもいいから、人!!!
「うきゅぅーーーーーうきゅーーー」クジラは呼んでない。おれは走りだし、案の定すぐにすっ転んだ。顔に手をやって、泣いていることに気がつく。涙をぐしっと拭いてぶるぶる震える足ひっぱたき立ち上がってまた泣きわめきながら走りだしてすぐ転ぶ。歩く、何百万年前に手に入れた人間だけの特権を放棄して、おれは4足歩行またの名をハイハイで頑張る。どうやら入口らしいゲートをくぐり、外に出れば空へと雨が昇っている。構わずに道をハイハイ。街がどっちにあるか、というよりそもそも街なんてあるのかもわからず、進むに連れて不安は膨らみ、我ながら情けないことにたった15分ほどでおれの心は折れた。ごろりんちょ、と寝転んで「うわーーーーー人ーーーー!!」と叫び声は空へと吸い込まれていき、それに答えたわけじゃないんだろうけど「うきゅきゅーーー」と宇宙クジラ鳴く。それとも聞こえているのか? ユクスの大気は地球とは異なる特別な状態にあって、想像出来ないほど遠くまで声が届くのだと聞いた。けれどそれはつまり、おれがこれだけ叫んでるのに答えがない、イコールこの辺りには誰もいないって証明にもなっておっかない。ああ、でももうどうでもいい。ボケ。カス。クズ。世の中を呪おうにも頭も回んなくなってきたし、もうこのままここで眠っちゃうか。果てちゃうか。だいたいこの惑星に来る前も絶望スーサイド一歩手前状態だったんだし、そこに戻っただけやん。もうおれここでゴールするわ。目を閉じても閉じなくても変わらない景色にもごもごとサヨナラ口にして、意識が途絶えそうなときに人の声、幻聴かー、いよいよもうだめだなぁ、とそこで睡魔登場。

「ねえ、起きてよ、ねえ」
 ほっといてくれ、立ち上がれないし、おれはもうきっと死ぬんだ。
「うーん、内臓も、血流も正常だし」ぽんぽん「脚と腰の筋肉も、ちょっと弱っているみたいだけど、立てないほどじゃない」
 一体、何を根拠にそんなことを言うんだ。おれ自身が立てないって言ってるのに。
「聴いたんだよ」
 人だ! 夢じゃない! おれは跳ね起きるとぶんぶん腕を振り回す。おいなあ、あんたいるんだよな、人だよな、言葉つうじるもんな、うわあよかった、おれもうどうしようかと思ってたとこだったんだよ。なあ聴いてくれよ。そんな調子でしゃべるしゃべる。相手がどんなやつかもよく分からないのに、おれはこの惑星についてからの経緯を洗いざらいぶちまけてた。ああ、ところでおれは水基大事だ。名乗ったとき、何か空気の緊張のようなものを感じて、おれは訝しんだのだけど、少しの沈黙の後、
「ダイジっていうんだね、僕の名前はロケットだよ」
 と弾む声で返される。これはまたキラキラしたお名前ですねえ、とバカにしそうになるのをこらえ、せめて親の顔が見てみてえ、と思ったら、
「こっちは母さんの『千里耳』」
 親、隣にいやがった! おずおず、とおれの手を握って握手する。まあ、顔が見たいっつってもどうせ叶わない。ところでロケットくん何歳? 12? そっか、12歳か……しっかりしてるねえ、とはいえまだ子どもだし、悪いけどお母さんにさまざまな事情を聞きたいので、えっと、ミミさんでいい? あ、違うの? ほうほう、ユクスでは本名じゃなく二つ名で人を呼ぶのね、なるほど。あれ、じゃあ「ロケット」ってのは? ああ、16歳で成人するときに二つ名が決まるのか。でもぼくは二つ名も「ロケット」にしたいって? へー、いや、その情報は今はいいんだ、ねえ千里耳さん、この宇宙港に誰もいないのは、一体ぜんたいどういうこと?
 沈黙。
「どうしたの、千里耳?」
 と、ロケット。どうやら息子が母親を呼ぶときでも、二つ名システムが適用されるらしい。ところで、そのロケット母、千里耳はいつまで待っても何も答えない。なに、恥ずかしがり屋さんなの? それとも外星人には心を許さず簡単に口をきいてはいけない的な? なにそれなにそれひどくなーい、ぼくら双子星のお友達でしょ、そういうのなしにしようって。ね、おれ地球でもユクス人の友だちいたし。おれ、おまえ、ともだち。
「千里耳は、事情があって、話したくないんだって。悪音はないから許してほしい、でも、あなたに出来る限りの耳助けはします、って」
 なんだか申し訳なさそうにロケットがそう言って、え、なんで分かるの? 聴いたから? おれには聞こえないんだけど、はあ、超音波会話。はあ。あ、でももちろん、助けていただけるのならそんなの別に全然ッスはい。とにかくこの事態について知りたいんだけども。
「それなら、僕が教えてあげるよ、ダイジ」
 12歳から名前を呼び捨てにされるのは奇妙な気分だが、ユクス流ってやつか、文化相対主義者のおれは郷に従うことに異議はないぜ。
「ダイジ、この星はね。もう黙りかけてるんだよ」
 星ときたか。ずいぶん大きく出たな。目の前が真っ暗になった気分だ。ていうか、ずっと最初から真っ暗なんですけどね。
 惑星ユクス:暗黒光子=ダークフォトンに満たされた、光のない星。
 まあ、光があってもどうせ見えないんですけどね。
 おれがここにやってきた原因:失明。


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