ゲンロンSF創作講座 便乗小説#2 「ダークフォトンの水底で」(4)

4 ダンサー・イン・ザ・ダーク

「あはは、災難だったねえ。じゃあ、ダイジくんは、体よく利用されちゃったってわけか」
 ほんとだよ。まあ、今でもよくわかんないんだけどさ、とにかく気付いたら、魔術師も、ほかの科学者の連中もいなくなっちまってたんだよ。かくれんぼしてんのかと思って「もーいーよーー!」って叫んでも誰もでてこねえしさ。仕方ないから一人で帰る途中、心細くてちょっと泣きそうになった、ってのは内緒だ。
「きっとね、『聡明なる者たち』はたどり着いたと思うよ。まだ誰にも観測されていない場所にね」
 なるほど、三人称複数にも「二つ名」的なのがあるのか。面倒くせえ言語体系だな。
「あたしはそんな意地悪なことはしないから、安心してくれていーよー」
 と、傍らを歩く「天使」が言う。千里耳、ロケットとはまた別行動で、彼女に手伝いを頼まれたおれはほいほいと着いてきた。まあ、ほかにやることがあるわけじゃなし、断る理由もなかった。とはいえ、魔術師の一件のあとだ。彼女のことを簡単に信用する気持ちにはなれなかった。
「失敬だなぁ。ユクスではね、口に出した約束は絶対に守ることになってるんだよ」
 文章がない代わりに、声での宣言に法的根拠があるってことか。「口約束」ってのが違う意味を持ってそうだな。変な社会だ。
「あたしからしてみれば、変なのはそっちのほうだよ。それに、地球にだって前はそういう社会があったんでしょ? 神を信じます(I believe in God)って表現は、もともとは誓いを声に出す呪文みたいなものだったって聞いたよ」
 「言語行為論」って考え方がある……ってなに、もう知ってんの? 身近なやつだと結婚式の「はい、誓います」なんてのもそうだろうな。ユクスとは背景が違うとは思うけど、文字があまり発達していない文化では、相対的に「宣言」が持つ意味が大きくなる。
「インカ帝国が国際条約結ぶつもりで口約束したのに、ピサロってのに騙されて征服されちゃった、って話もあったよね。皇帝はさ、正式な約束が破られるなんて夢にも思ってなかったんだよ」
 ねえ、魔術師もそうだったけど、ユクス人は、どうしてこう地球のカルチャーに詳しいわけ?
「ユクスは静かで代り映えのしない世界だからねぇ。みんな物語が大好きなんだよ。地球の歴史や文化なんかは最高のエンタテイメントなの。15歳くらいの頃かな、交流が始まって、音声データが入ってきたらすぐ大流行になってさ、あたしもずっと聞いてたよ」
 ふむ。ということは、天使っておれと同じくらいの年齢だろうな。小柄な彼女の身長は、おれの首のあたりまでしかない。ポニーテールに結んだ髪が、ぱさん、ぱさん、歩くたび左右に揺れる音はなんかかわいい。それよりも、彼女の身体に魅了されそうだ。エロい意味にとるなよ。姿勢と歩き方の話をしてるんだ。ユクス流スーパー聴覚を身につけたといっても、おれはまだ暗闇の中で歩くのはおっかない。小さな段差を聞き逃してはしょっちゅう転ぶドジっ子だ。一方、天使の歩みには危なげなところが全くない。それどころか、手足の動きすべてが滑らかに連続して聞こえる。
「だってあたし、ダンサーだもの。ね、知ってるダイジくん。ユクスの人はね、みんなダンスや音楽が得意なんだよ」
 ああ、そういえばあいつもそうだった。ピアノを習い始めたと思ったら、ひと月でラフマニノフを暗譜しやがった。指の力が足りなくてミスタッチだらけだったけどな。振り付けなんかもすぐに覚えちまうから、ダンスサークルに勧誘されて困ったりもしてた。
「へぇ、ダイジくんは、ユクス人の恋人がいたんだね」
 もしかしたら、と思っておれは天使にあいつの名前を告げてみる。
「聞いたことないなぁ、二つ名が分かんないとねぇ」
 そういえば、おれはあいつの二つ名を知らなかったことに今頃気付いたんだ。なんか恥ずかしい感じのやつだったに違いないぜ。
 それで? 魔術師とは違って優しい天使は、おれをどこに連れてってくれるんだ?
「そりゃあ天国……って言いたいところだけど、むしろ地獄かなぁ」
 物騒な話だ。

 到着したのは、ずいぶん静かで清潔な地獄だった。「ロ」の字形の三階建ては、これまでに聞いたユクスの建物とは感じが違う。近くの町(既にゴーストタウンだった)から少し離れた窪地、建物までの緩やかな下り坂には、ふわふわ柔らかな素材の手すりがついている。道と建物がやたらと直線的なので、靴音も正確に反響してる。こんなふうに風景がくっきりと聞こえる場所は初めてかもな。ポーン、ピーン、パーン。音柱の数もいつもより多い。少しずつ異なるトーンがそれぞれの行き先を示しているようだ。玄関をくぐると、足元、センサー靴にいろんな反応がある。聞こえるのは広い空間、たくさん置かれたイス、それから――おれは唐突にある音に気付き、思わずもう役に立たない目を見開いてしまった。補聴器の分解能を上げ、レーダー走査するように、建物の中をゆっくりと聞いていく。ベッドに横たわる人々のかすかな息、食いしばる歯の内側から漏れる苦痛のうめき。おれには聞こえてしまう。三階の奥の小さなベッドに横たわる少女が、小さな身体を震わせながら、自分の苦しむ声を誰かに聞かせまいとじっと耐えている音も。おれは唇を強くかむ。
「ダイジくん、りらーっくす、りらーっくすだよ」
 天使の指がおれの背中をなぞり、ぞわぞわ、おいなにすんだよ緊張感なさすぎだろ、と不平を言いそうになって気付く。彼女のノーテンキな声が病院の中を走り回り、ささやきのこだまを生み出してることに。 (天使が来たよ)(来てくれた)(天使はきっと踊るよ)(ぼくもう怖くないや)(ああ素敵に踊るだろうねえ)
 そこら中に花が咲いたみたいに、おれの空間イメージがカラフルな音で埋め尽くされた。おれは圧倒されて耳蓋をぱちぱちを瞬かせた。もしかして、と思い当たること。ユクスの町ってのは、本当はこんな風に、暖かさにあふれていたんじゃないのか。一人の喜びがみんなに伝わり染みこんで、それがまた喜びを生み、どこまでも続く幸せスパイラル。おれは、なんかもう、泣きそうになってしまう。
「一番苦しんでる人、だーれ?」
 いや、さすがにちょっと軽すぎないっすか? さっきの苦悶の声を聞いちゃったおれは、眉をひそめて天使に注意しそうになる。けれど、病院の中の反応は違った。控えめに、でもあちこちからささやき声が聞こえる。
(二階東南の「枯羊歯」がつらそうだよ)(僕なんて全然平気さ、一階西棟中央の「円周率」のところへ行ってくれ)(私? ピンピンしてるぞ。一階東棟の「喃語」が先だ。早くいってやらないと、あの婆さんはくたばっちまう)(失礼な若造だね。あたしより三階の―)
 くすくす、笑い声の波紋が、引いてはまた押し寄せる。どうしてこんなにも、彼らは天使を待っていたのだろう。一人のダンサーを。さっきおれが聞き当てた三階の少女のベッドへと向かう。彼女の強張った手はまだシーツを強く握りしめていたけれど、「私、待ってたわ、天使が来るのを」その声は明るく弾んでいた。
「苦しいの?」
「ううん、ちっとも苦しくないわ」
「そうね、あなたはもう苦しくもないし、痛みも感じない」
「ありがとう、助けてくれて」
「ううん、あなたの音葉が治したのよ」
 おれの間抜け顔を笑ってくれていいよ。ああそっか、見えないんだったな。空いた耳が塞がらない、ってな表現がユクスにあるか分からないが、おれはしばらくの間呆然と立ちすくんでた。この女の子はさ、さっきまで全身に錐をキリキリねじ込まれるような激痛で息すんのも一苦労だったんだぜ。それが、おれたちが部屋に入ってちょっと話した途端にすっきりだ。天使は、同じ部屋の患者たちにも順繰りに声をかけていき、当たり前のようにやつらの痛みを消していく。
「あんた、医者なのか?」
 間抜けな問いかけだよな。彼女がなんであるかの説明なんてどうでもいい。こいつらの痛みが消えたって事実の他に、意味のあることなんてないんだから。
「違うよ」
 じゃあ、救世主なのか?
「ダンサーだって言ったじゃない」
 こんなの、奇跡としか言いようがない。お前のほうがよっぽど魔術師だ。まじやばい。天使はマジ天使。興奮してまくしたてるおれの額が小突かれる。何すんのよ。彼女はおれの耳に口を寄せ、音になるかどうか寸前の小声でささやきかけた。ユクス人の内緒話は大変だ。吹きかかる息に少しドキドキ。おっと、鼓動が早まってるのも聞こえちまうかもしれない。
「こんなの、奇跡でもなんでもないよ。地球の医学でだって証明できる。私は何も治してないのよ。ただ、痛みを取っただけ。ていうより、痛みの信号を遮断してるのね。ちょっと便利な麻酔、って程度。よく勘違いされるけど、痛みってのはそんなに確実なものじゃないの。『ファントム・ペイン』って知ってる?」
 幻肢痛。すでに失ったはずの腕や足が「痛む」と感じる症状だ。最近じゃ治療のためにVRを使い、「幻の腕」を見せる、なんて対処をしているらしい。
「そ。だから、傷や病気と痛みってのは、思ってるほど結びついていないのね。逆に言えば、他人の痛みを自分のものとする、ってのも可能なわけ。ダイジくんはさ、もう感じ始めてるんじゃないの? そんなに耳がいいんなら」
 痛み。宇宙クジラの断末魔や、あの丘での自殺の音。おれはいつのまにか、他者の痛みを感じる、というのがどんなことか分かり始めていた。
「だからね、みんなに痛みを思い出させちゃうようなこと、言わないでね。ダイジくんの言葉だって、強力なんだから」
 小さいが太い指が再び、おれの額をこつん、と叩く。
「それじゃ、お仕事だよ。ダイジくん。みんなを中庭まで運んであげて?」
 おれは廊下から車いすを引いてきて、さっきの少女を乗せる。天使は既にほかの部屋へと向かっていた。待ち望んでた救い手に引っ付いて現れたおれという異音に、彼女は、それから病院中の人々も緊張してるのが聞こえてる。けれど、そんなのふっ飛ばしてしまうような、(本当に天使だね)(もう安心だね)(もうすぐ私のところにも来てくれる)待望のささやき声は、次第に強く、病院中を歓びで満たしていった。
 そんなわけで、おれはハートウォーミングな気持ちになって、にこにこしながら車いすを押したんだ。考えてみりゃあこの星に来てからこんなあたたかな時間はなかった。人が全然いないか、死んでるか消えてるか、ひどい場面ばかりだったもんな。ようやく、こう、希望を持ってる人々に出会えたってわけだ。どこが地獄なんだよ。
「なあ、お前も……いや、悪かったよ、名前を教えてくれ。おれはダイジ。地球人だ」
「ミナ」
「ミナもロケットに乗ってこの星を出るんだろ? ほかのみんなも」
「違うよ。みんなでここで黙るのよ」
 しばらくの間、廊下には音柱と車いすのきしみだけが響く。黙るって、どういう意味だったっけか?
「天使に、治してもらうためにここで待ってたんじゃないのか?」
「そうだよ。だから、私たちみんな元気を出して黙るためにここに来たの」
 病室の脇を通り過ぎる度に、おれの耳には小さな吐息、ときどき苦痛のうなり声が聞こえる。冗談だよーん、びびんなや地球人。おれは誰かがそんな風に言ってくれるのを待ち望んだ。徒労。おいおいおい、将来のある子どもがそんなこと言っちゃだめでしょ。大人も言わせてるんじゃないよ何やってるんだよ未来が死ぬよ? 仕方ない? ちゃんと命かけた? いかん、またブチ切れそうだ。船長の悲しいバリトンを思い出してどうにか気持ちを抑える。
 どうしてこれから死ぬのに元気を出す必要があるんだ。なあ、教えてくれ、ミナ。おれは地球人だからかな、分からないんだ。
「死ぬ、なんて言わないで。それとは全然違うんだから。私たちは、樹になるの。それから、石にも」
 樹に石。それは何かのたとえ話か?
「違うよ。本当に変わるのよ」
 そんな馬鹿な、という音葉をおれは飲み込んだ。銀河を渡るカヌーの上でケラケラ笑う魔術師の声が聞こえた気がして。人間が植物や鉱物にメタモルフォーゼする。水に映った自分にうっとり見とれて花になっちまった、なんてエピソードもあったけど、それはただの神話だ。一体どうやれば神話が現実になるというのか?
「踊るの」

 ミナはその痩せ細った腕をばね仕掛けの人形みたいに空へと向けて跳ね上げた。大きな翼が広がったような幻。いや、それは幻なのか。おれの視力は既に失われているけど、長年の視覚優位の感覚は簡単には捨てられない。スーパー聴覚を手に入れたあとも、おれは音の情報を視覚イメージへ落とし込もうとしてきた。道路と建物、森と樹々、部屋の中の家具や人の配置を、頭の中で二次元の絵に置き換え、その中を歩く。3Dで作ったCGのデータを、二次元平面のモニターに出力するように。だが次第に、優先となる感覚の逆転が起こり始めていた。おれは、聴覚からダイレクトに世界を把握しはじめている。そして、音の世界は光のそれよりずっと可塑的だ。想像の入り込む余地は比べ物にならない。音を分解するのがうまくなれば、より細かな音を捉えられるようになり、それは無制限に続くように思える。はじめて補聴器を装着したとき、あいつの声が聞こえた気がした。音の振動は、可視光線や電磁波とは違ってすぐに弱まり消えてしまう。けれど、この星ではその前提さえも異なるのかもしれない。遠い光を見ることが過去を見ることなら、遠い過去の音を聞くことだって、出来るんじゃないのか?
 おれたちが中庭に到着すると、ちょうど向かいの棟の入り口からも、ぞろぞろ人が出てくるところだった。比較的元気な患者が、より病状のやばい奴の車いすを押している。おれは彼らにならい、ミナを小さなベンチへと座らせた。小鳥の骨みたいなか細い体がふらつくのが聞こえ、おれはその肩を受け止める。
「大丈夫よ」
 これが今から死んでいこうとする少女の声だろうか。メラメラ燃えてるぜ、命の炎。
 おれはその後も、病棟と中庭を何度も往復し、患者を運びまくった。ベッドから起き上がれない奴らが減ると、天使は自分が中庭に降りて、そこで「治療」を行うようになった。病人全員が痛みを忘れた頃には、もう夕方になっていた。光がないのになぜ分かるのかって? ユクスには恒星がないわけじゃなく、光が遮られてるってだけなんだ。恒星の放射熱は空の海へと届き、そこから対流現象で伝わり地表を暖める。気流が小さいユクスでは、この温度変化が規則的で、そこからある程度の時間が分かる、と天使が解説してくれた。おれ? おれには地球から持ってきた視覚障碍者用の時計がある。別にいいだろ? 便利なんだから。
 たくさんの病人で中庭はごった返していた。
「太陽が沈んだら」
 天使は、時計なんかなくてもそれを感じられるらしい。
「ダンスを始めるよ。ダイジ、しっかり聞いててね」
 ミナが黙るのどうの言ってたから、あの丘みたいに集団自殺が起きるんじゃないか、ってちょっとビビってたんだよ。でも、この患者たちはナイフどころか、とがった鉛筆一本も持ってないのは確認済みだ。それに、
「うきゅーーーーーきゅーーー!」
 昼頃から、断続的に宇宙クジラの鳴き声が届いていたけど、誰も怯えたりしていなかった。けどそれはさ、きっとこいつらが100%覚悟しきってるからなんだと思う。おれは、ミナをはじめ、自分が車いすで運んだ連中の呼吸を探したりして、一人でセンチメンタルになっていた。
「ダイジ、手を出して。ううん、握手したいんじゃないの。両方の手のひらを空に向けて広げてみて」
 魔術師もそうだったけど、天使も唐突に、脈絡無く話をはじめることがよくある。ロケットに聞いたところ、ユクス人は、相手が何か言う前に息づかいとかしぐさの音やらで、どんなことを言おうとしてるかいくらか分かるとか。日本人はだしのエクストリーム察しの文化ってわけだ。察し過ぎて自殺してるんだから世話がない。
「なんか違うこと考えてるでしょ? もっと集中して。自分の手のひらだけに」
 怒られちまったよ。今度こそ、じっと手を聞く。働けど働けどわが暮らし楽にならざり……っと、いけね、集中集中。
 昔、聞いたことがある。聖書には、雪の降る場面はいくつかあっても、その音が表現されていない。雪に擬音を充てる言語はまれで、雪やこんこんとか、しんしん降るとか、いくつも表現のある日本語は珍しいとか。本物の雪なら手で受ければその冷たさが分かる。けど、これは違う。
「マリンスノーって、聞いたことある?」
 ああ、それで思い出した。あいつとセブ島で過ごしたときのことだ。楽しみにしていたナイト・ダイビングを断られちまって(ユクス人は陽光に弱いことはもう話したよな)、ふてくされるあいつに、代わりにはなりゃしないがダイビングの本を読み聞かせてた。マリンスノーの話を聞いたあいつは、「それ、ユクスにも降るんだよ」と笑った。
 おれの手のひらに、小さなかけらが落ちる。聞こえるか聞こえないかのほんの僅かな音。でも、一度捉えてしまえば、もう見失うことはなかった。次の瞬間、世界が一変する。ひっきりなしに降り注ぐ小さな欠片が、病院を、中庭に集まる1000人の輪郭を浮き上がらせていた。これは、雪?
「聞こえたんだね」天使は微笑む「これは宇宙クジラの死骸。ユクスに降り注ぐ、命の雪だよ。やっぱりはすごいね、ユクス人でも聞ける人は少ないんだよ」
 小さな違和感があった。代名詞を使うのは、ユクスじゃ失礼になるんじゃなかったっけ?
「ああ、あたしは結構長く地球にいたからね、癖が抜けないんだ」
 そうだったのか。こんなスゲエやつが地球に来て、誰かを癒したりなんかしてたら、絶対ニュースになってそうだけどな。いや、実際なってたのに、おれが知ろうとしなかっただけかもしれない。あいつが死んだあとのおれは、ユクスのニュースを避けてたから。
「でも、地球でも降ってたよ」
 そりゃ、冬になれば雪は降るさ。
「ううん、夏にも降ってた。フクシマの、放射性物質の雪。みんなは見えないって言ってた。あたしにだけ聞こえてた」
 ゼロコンマゼロゼロ……何ミリかのエアロゾルを知覚して、そこから出る放射線を感知するだって? そんなことはありえない。おれはそう言いかけて、また黙ってしまう。
「ね、知ってた? 半年よりもっと前からさ、ユクスでは沢山の人が黙り始めてた。地球の研究者が色々調べたらね、ある時期から、宇宙クジラの死骸に大量の放射性物質が含まれるようになってたんだって。その時期は、地球暦で言うと、2011年3月。ダイジくん。ユクスと地球は、本当に『双子星』なのかもね。魔術師はさ、『最初にそういう風に名付けられ、認識されたから、二つの星が本当にリンクしてしまったんです』とか言ってたな。なんだか難しいよね。ダイジくんには、分かる? ともかくさ、宇宙クジラの騒ぎがなくったって、ユクスは滅びる運命だったんだよ」
 天使は裸足になって、さくり、さくり。芝生の上を中庭の中心に向けて歩いて行く。病人たちはみんな息を殺して彼女の動きを聞いた。熱の残照がおれの顔をそっと撫でてから去っていき、おれはユクスの太陽が大地の果てに沈んだのを知る。
そして、天使のダンスが始まった。

 盲目のダンサーが踊るとき、それを鑑賞する我々は盲目ではなく、むしろ僅かな動きさえも見逃すまいと目を見開き続ける視線のお化けと化す。それでは目を瞑ってそのダンスを聴きあるいは皮膚で感じ取ることは可能か。ダンスを「見る」とはどのような行為か。それを動く絵画として、あるいは演劇の一形態として捉えれば、そこに意味(あるいは無意味)を読み取ろうとする相互行為が始まる。「膝を曲げたまま運動する能の動きは、西洋のバレエ文化からは生まれ得なかった曲線の美しさである」あるいは「よろめきながら踏み出す死刑囚の一歩こそが最高の一歩であり、病んだ身体の動きに舞踏を見ることが出来る」などなど無限に……言葉に触発された解釈が生まれ、私たちは舞台の上で行われている、何かその謎めいた動きが表象しているに違いない暗号の解読(デコード)を行うだろう。どうしても意味が分からなければ、話が分かりやすいと評判の解説者が来るアフタートーク回を選べ。しかし、それが全てだろうか? あるダンサーが「模倣と遊び」というタイトルの公演を行った。広いホールに、舞台と客席の区別はなかった。観客はダンサーの動きを模倣することを求められる。「もちろん自分なりの解釈を加えることも可能です」。これは舞台というよりワークショップだ、と言った参加者に、ダンサーは答えた。それなら全てのダンスの公演もまた、ワークショップである。
 身体は外部にある。天使と呼ばれるダンサーの動きはめちゃくちゃだった。『おそ松くん』に登場するイヤミの「シェー!」のポーズを反復しながら少しづつ解体していくような動きがあれば、跳躍の度に身体の関節をそれぞれ反らせていき、その組み合わせを総当りしていくシーケンス。それはピナ・バウシュのようでもあったし、土方巽にも少し似ていたけれど、何かを伝えようなどというテーマやモチーフは皆無だった。病人の一人が震える脚で立ち上がり、彼女の動きを真似しはじめた。次々と続く死に損ないの群れ。天使のタッチで痛みは消えても骨肉関節の衰えは騙せずに、模倣は不完全に終わり、しかしそのほつれが新しい動きに変化する。輪の外側にさらに輪ができ、その度に動きは少しづつずれていく。
 ダンスをするとき、私の踊る身体は私個人のものであることを離れ、観客であるあなたとそれを共有することになる。私の身体、私のダンスは客体であって、踊っているのはあなた方なのだ。それは心身二元論とは異なり、むしろ心も身体もそれぞれが無数の場所に属していて、異なる隘路をくぐり抜けることでわたし(たち)の意識や身体が様々に接続されていくプロセスである。
 言語も芸術も「生み出す」ことこそが根源的な働きだった。言葉が内容の伝達を行う媒体(ミーディアム)である、というブルジョアジー的な転倒によって、言葉はその死骸であったはずの「意味」に盲従する。言語行為論の反逆も焼け石に水、やがて言葉は分析の箱に捉えられ、パウル・ツェランの述べるが如く、「天は荒廃」する。宇宙クジラの死滅の原因とは、私たちが無批判に世界を分析する身振りだった。だが、身勝手な地球人どもの愚かさのせいで、なぜこの双子の惑星が致命的な滅びを迎えなければならないのか? 地球こそ無限にあふれる意味に窒息するべきではないのか? ダイジの憤りに天使は透き通る声で答えた。滅びることがどうして悪いのか。地球人が死を、滅びを本当に恐れだしたのは、それほど遠い昔の話ではないのではないか。
 原発事故の数年後、有名なある俳優に会った事がある。彼は、福島の被災者に継続的な支援を行っており、エネルギー問題に関しても様々な提言をし、若者世代への教育プロジェクトを始めようとしていた。僕は彼らの中に、自身が有名となったことで背負ったある種の重荷と、そこから少しだけ楽になりたい、というエゴを感じた。同時に、彼ら自身もそれに自覚的であり、だとしてもなお何かを為すのだ、という信念も見た。感じがよく、理想と希望を胸に燃やし、手を汚す覚悟も出来た人々。けれども、いや、だからこそ、「人類の存続」を絶対化し疑わないその考えは受け入れがたかった。シンポジウムの最初に、参加者は、「これまで連綿と続いてきた人類種が今後も存続し続けていく」ことの価値を「確認」した。会を通じて、参加者は自由でクリエイティブなアイディアを求められたが、その根本を疑うことは無しだ。滅びは避けるべきもの。命は守るべきもの。問答は無用。それは前世紀に、レヴィ=ストロースとフーコーが完膚なきまでに解体し尽くしたはずの「人間性」などという砂に書かれた文字の亡霊だった。彼らは無邪気にも、天を荒廃させた意味付けの反魔術を、この世が始まったときからの神秘だと誤解し、盲信しようとしているのだった。そんなものは、ギリシャ哲学が始まったときに終わっていた。人類は、自ら滅ぶかどうか、自分でちゃんと決められるくらいには大人だろう。滅びよ、天の鯨と共に。
 ダンスをするというのは、自らの身体を識ることだ。不随意だった身体が、随意なものへと変わっていく。より細かく、より正確に、身体は意識のコントロール下に置かれていく。舞踏家の笠井叡が、舞台「エーテル宇宙誌」で表現しようとしたのは、この身体の統御プロセスの拡張だった。まずは不随意な身体を随意へ、次は不随意な精神、魂をも統御する段階が訪れる。悲しみ、怒り、喜び、憎しみ、そして愛までをも、ピアノの名手が鍵盤の上で指を躍らせるかのように操る。もはや死を前にした恐怖にも、喪失の絶望にも捉えられることはない。しかし笠井はそこに留まらない。鉱物の世界から植物、動物、そして人間へと辿った道筋を、宇宙の誕生から滅亡までを、1つの身体がたどり直していく。次の段階では、人間は物質的な肉体でさえも自在に変化させることが出来るようになる。
 天使の周りでふらふらと踊っていた病人たちが、瞬間、身体を起こし、萎えていた脚で地面を蹴り上げ、ゆうに1メートルは飛び上がった! 麻痺していた腕は軽々と動きごうごう轟く風の流れを作り出す。車いすの少女ミナも、リノリウムの床にたたきつけられたスーパーボールのようにそこら中を跳ねまわり、うねる髪が宙でしなって鳴る音を追うのがやっとだ。これが光り輝く闇なのだ、と天使は叫ぶ。これがメタモルフォーゼなのだ! 芸術が全てそうであるように、ダンスも一種の模倣。だが身体の動きの模倣などそのほんの一端にすぎない。天使の背中に羽が生え始めた。唸り声をあげる獅子、鳥、蛇、犬、猫、蜂、蟻、微生物に至るまで、それから様々な植物、そして各々の反響音を持った鉱物たち。さらには自然。小説『サウンドトラック』の主人公、ヒツジコの魔術的なダンスは、巨大な地震から生み出されたものだった。大地を割る核兵器何百発分もの破壊的エネルギー、それさえも身体は模倣し、再現して見せる。風、波、液体や気体となって形を失いながら広がり満ちる者も現れ始めた。模倣の対象は実在するものに限らずに、幻想の動物、エーテル、天使、神、永遠、架空の惑星……
 耳が捉える音がそのような世界を描き出していて、仮に光を当てて目を開けば、それらは一瞬のうちに幻と消えたかもしれない。しかし、ここでは「そう聞こえる」ものは「そう在る」ものとなる。天使は、まさにそのように踊ったのだから。

「Spiel mit ganz Leben! ― 命がけの遊びをしよう!」

 ……どうなったんだ?
 唐突に終わりが訪れた。音あざやかな世界は途絶えて、静寂が戻ってきていた。深呼吸して補聴器を調整する。マリンスノーの音を捕まえて、
 えっ?
 おれは驚きに声を漏らす。耳の前に一本の巨大な樹がそびえ立っている。ダンスが始まる前までこんなものは無かった。さっき聞いたのとは比較にならないほどの大雪―大マリンスノーが降り注ぎ、その輪郭はぼやけている。音をなぞろうとしていたとき、おれはある考えにたどり着いてぞっとする。病人たちはどこへ行ったんだ。あの女の子―ミナはどこだ。この、大きな節くれだった樹の幹は。特徴的な、先端が5つに分かれている枝々は、まさか。
 おれは一歩を踏み出した。音が聞こえなくても、触れれば、分かるはずだ。
「きゅううーーーーー! きゅー!」
 うるさい。宇宙クジラの声があちこちから聞こえてくる。この雪はそういうわけか。おれはまた一歩、そして樹の幹に手を伸ばそうとして、凍りつく。触れれば、認識すれば、事象は確定してしまう。ユクスはもうすぐ黙る。観測出来るのは、きっと今ここにいるおれ一人だけだろう。何が「意地悪はしない」だ、嘘つきの天使め。これの方がずっと残酷じゃないか。
 おれがその後どうしたのか。触れて確かめたのか、それともきびすを返したのか、おれは語るつもりはないよ。この先もずっと。


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