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#4 ハイドロの代わりにグルコース(ブドウ糖)を使った木綿の藍染めの検証

1.より安全な藍化学建てについて

藍を使った草木染めはよく親しまれているが、前記事でも触れたように、木綿を染めるためには、絹など色素の前駆体が結び付きやすい動物性の繊維と異なり、一旦不溶性の色素となったインジゴを還元して、水溶性の物質にすることが必要である。そのため、藍染めを行うプロの方は「発酵建て」と言われる方法をとるが、簡便な方法としては、染料店などで市販されているハイドロ(ハイドロサルファイトナトリウム)と言われる薬剤を還元剤として使用する。しかし、ハイドロは強アルカリ条件下では亜硫酸と硫化物に分解し、皮膚や目に対する刺激性があり、使用する人の体質により不調を訴えることがある1)。趣味で家庭の台所を使う場合などはなおさら、より安全な方法を考えていくことが大切だと思う。

「発酵建て」の過程での還元に関しては、還元酵素が直接インジゴに働くことがあるとしても、発酵の栄養源として添加したふすまやデンプンから生産されたグルコースの関与がありうるのではないかとした研究2)がある。

また、グルコースなど、比較的安全な薬剤を用いた藍の化学建てについての研究1)もある。この中では、タデアイ乾燥藍葉を用いた染色における最適染色条件として、乾燥藍葉50g/Lに対して「グルコース20g/L、亜硫酸ナトリウム10g/L、炭酸ナトリウム30g/L、水酸化カルシウム15g/Lが適切であった」としている。

今回は後者の研究を参考に、季節を問わず使うことのできる乾燥藍葉を用い、還元剤としてグルコースを使った藍の化学建てを検証してみた。

1)ではグルコースのほか、還元剤として上述のように亜硫酸ナトリウムも用いたが、この薬剤は還元剤としてではなく酸化防止剤として働いていることがわかったということでる。またこれは食品添加物の漂白剤として認められている物であるが、変異原性や急性毒性の可能性を指摘する向きもあり、また業務用であって個人での入手が難しいこともあるので、今回は亜硫酸ナトリウムの代わりにL-アスコルビン酸(ビタミンC)を使用した。

また、追加調整剤の効果について、水酸化カルシウムでは効果がなくグルコース+亜硫酸ナトリウムを入れると染着効果が上がったという研究結果がある1)。これについても検証してみた。

なお、あくまで個人の趣味の範囲であるので、計量の精度や結果の評価は「だいたい」であることをご理解いただきたい。_(^^;)ゞ

2.試験方法

2.1.試料

2.1.1.試験布
木綿晒 各約3.5cm角

2.1.2.染料
自家栽培タデアイ自然乾燥葉

2.1.3.試薬
還元剤:グルコース
酸化防止剤:L-アスコルビン酸
アルカリ剤:炭酸ナトリウム(ソーダ灰、重曹を加熱しても得られる)、水酸化カルシウム(消石灰、以下「消石灰」と表記)
(以上4点はインターネットで購入)

研究1)の最適条件を参考に、タデアイ乾燥藍葉50g/Lに対し、グルコース20g/L、炭酸ナトリウム30g/L、消石灰15g/Lを基本量として、追加する調整剤を次の5種類とした。
 1 基本量に追加なし
 2 L-アスコルビン酸 +5g/L
 3 L-アスコルビン酸 +10g/L
 4 L-アスコルビン酸 +15g/L
 5 L-アスコルビン酸 +15g/L、消石灰 +5g/L(L-アスコルビン酸の追加によりpHが下がることを考慮したもの)

2.2.手順

2.2.1.乾燥藍葉の粉砕
タデアイ乾燥葉を家庭用クッキングカッターを用いて粉砕したものをふるいにかけずにそのまま使用した。

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2.2.2.試験布の下地処理
カチオン化などの処理は行わなかった。

2.2.3.染色

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粉砕したタデアイを約40℃の温湯で揉み、水を加えて分散させた後、各調整剤用に200mLずつ瓶にわけ、調整剤(アルカリ剤・還元剤・酸化防止剤を合わせた物)を投入し、50~60℃で30分以上放置後、常温で所定時間放置し、綿布を投入、途中反転して10分間染色した。その後、粉ふるいの網の上で空気酸化30分の後、水道水で振り洗いを3回行なって、ペーパータオル上で乾燥させた。

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染色は開始から24時間、54時間、72時間の放置の後にそれぞれ行い、また、追加の調整剤として、消石灰を、開始72時間後の染色の後に染色液2,3,4に対し各10g、染色液5に対して15g行なった。それを用いて開始96時間後に染色し、開始120時間後にグルコース5g/Lを1~5に追加、144時間まで放置して染色した。

3.結果

※写真の試験布の番号の頭の数字:調整剤の番号
※枝番(〇-2など):開始からの経過時間
 枝番なし:24時間
 -2   :54時間
 -3   :72時間
 -4   :96時間
 -5   :144時間

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計量精度が低い(1g単位のスケールを使用)ため、染着程度の微妙な差はあまり意味がないが、目視により、概ね次のような結果が得られた。
1.どの調整剤の場合も、調整剤を追加するまでは、開始54時間後(-2)の染着量が比較的多かった。
2.L-アスコルビン酸は全く加えない(1)よりも、加えた物(2~5)のほうが染着量が多くなるケースが全体として多かったが、72時間後では逆に染着量が低下した(-3)。その後消石灰を追加すると染着量が回復した(-4)。
3.120時間後にグルコースを追加した効果は明らかではなかった(-5)。
4.試験の間を通じて、染色液には白っぽい沈殿が生じていた。
5.染めムラが多く見られた。

4.考察

1.この試験では、54時間後が、グルコースによるインジゴの還元が一旦最も進んだ時点と考えられる。
2.結果2より、L-アスコルビン酸を加えたものの染着量が72時間後に低下し、消石灰の追加で染着量が回復したのはpHの下降と上昇が関係していると考える。
3.96時間後(-4)、144時間後(-5)で2~5の染着量が1より多かったのは、L-アスコルビン酸の酸化防止効果によるものと考える。
4.結果4の沈殿は、消石灰ではないかと見て、これが飽和しているものと考えていたが、結果2で消石灰の追加で染着量が増加したことから、上澄み層ではL-アスコルビン酸と中和が進み、沈殿層との間で消石灰の濃度やpHに差が生じていた可能性がある。撹拌を適宜行っていれば違う結果になったかもしれない。
5.グルコースの追加の効果は明らかでなかったが、1)の研究ではグルコースと同時に亜硫酸ナトリウムを追加して染着量が増加したことから、今回グルコースとともにL-アスコルビン酸を追加していたら別の結果が得られた可能性も考えられる。
6.染めムラが目立ったのは、空気酸化の際、吊るすピンチの跡を避けようと網の上に乗せたため、布の場所によって空気への触れ方に差が出てしまったためと考える。吊るしたほうが、ピンチ跡はついたとしても全体としてはムラが少なくなったのではないか。
7.今回は酸化防止剤としてL-アスコルビン酸を使用したことで1)の研究とpHが違ったためか、異なる結果も得られた。L-アスコルビン酸と消石灰の量のバランスや添加のタイミング、また、染色の実用的な方法については、さらに詳細に検討したい。
8.兎にも角にも、ハイドロを使わずに、グルコースやL-アスコルビン酸を使って木綿の藍染めができたということが大きな収穫であった。

5.参考文献

1) 杉谷あつ子:比較的安全な薬剤を用いた藍化学建ての検討、滋賀県立大学卒業研究論文、指導教員:道明美保子、2014.2.4
2) 牛田智、松尾美恵:グルコースによるインジゴの還元、日本家政学会誌、VOL.42 No.1、61-65(1991)

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