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ヨロイマイクロノベルその23

221.
大晦日くらい俺たちにも笑わせてくださいよ。多様な角を生やしたあらゆる色の鬼がサロンに押しかけてきた。私が教えられるのは効果的な口角の上げ方だけだ。見よう見まね、それぞれのやり方で鬼たちの唇がゆるやかに曲がる。空気が冷える。息子が室外に放られた金棒を黙々と整頓する。

222.
エレベーターの隅に制服姿の大男が立つ。七階で鼻をそぐ。十二階で掌に乗せた。浅黒い鼻が細かく震える。鼻を無くした男が笑みを浮かべる。私はポケットからハッカ飴を取り出し、鼻の脇に置く。鼻孔が広がり、狭まり、歪に曲がる。男がくしゃみをする。ようやくエレベーターが停まる。

223.
前世、馬かもしれない。寝起きに妻がつぶやく。鼻先に人参をつるしてみた。最初は笑って追いかけ回っていたが、午後には泣き始めた。止まり方がわからない。そう言って加速度を増す。手を使うんだ、手を。私の指摘に妻は立ち止まり、揺れる人参を殴りだす。殊のほか、ジャブがうまい。

224.
冬の魔物は氷の張った湖底で生まれる。季節の終わりには息絶える。命ある間は分厚い氷壁のせいで外に出られない。存在を知るのは寒さに耐える一部の魚だけだ。遊び方も知らない魔物は魚につつかれる。くすぐったさから漏れる笑い声が泡となり、浮かび、それもまた氷によって阻まれる。

225.
ひたすら長い鼻の上を進んでいる。どちらが顔側なのかわからない。ピノキオ、あるいは天狗のものという話だけれど、もはや鼻は道であって私が歩く次元においては関係のないことだ。ただ鼻は誰にでも優しい。スロープや手すりがきっちり設置されている。休憩用のベンチも給水所もある。

226.
夜中に降り始めたゼリーの素は朝には固まっていた。町に様々な動物が生まれた。ただの塊もあった。葡萄の香りが充満する。夕方、ベランダに人魚を見つけた。水を張ったミルクボールに入れる。人魚は泳ぎながら溶けていく。最初に尻尾が無くなり、自分が魔法でも使ったような気がした。

227.
「投げられた豆をどうしようともこちらの勝手でしょう」。鬼がご飯山盛りの丼を片手に現れた。立春から一週間が過ぎていた。もはや不要の豆を次々と投げる。鬼は朱色の箸でキャッチし、ご飯と一緒にかき込む。楽しかったが、丼のお代わりを頼まれた。毅然とした態度で帰ってもらった。

228.
真冬の青菜を細かく刻んでいる。いつの間にか手を切った。青く甘い汁と赤くしょっぱい液体が二本の細い線になる。決して交わらず、思春期の恋人たちのように緩慢な速度で流れる。やがてまな板の縁までたどり着き、垂れる。シンクの底で粒が弾け、重なる。誰かの小さな心臓が一瞬凍る。

229.
早朝、雪上についた足跡はどう見てもスキップで、楽しそうだから追ってみた。寺町を抜けて、お馬出し辻を進み、城跡まで続く。堀にかかる橋の途中でスキップは途絶えた。見上げた視線の先、らんららんと鈍色の空を駆け上がる人の姿があった。融雪のころにはきっと降りてくるのだろう。

230.
川は凍る。分厚く赤い花びらが氷に埋まる。その赤い点々はずっと先まで続いている。透き通る氷の中でも花びらの艶やかさは失われていない。それを目印に氷の道をすべりながら遥かなる海を目指す。やがて足元は緩み始める。右足から沈む。少し先の赤い花は河口へ向けて流れ始めている。


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