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ヨロイマイクロノベルその27

261.
一日署長をはじめとして、一日巡査や一日巡査長、さらには一日被害者、一日犯人が集まる。デモンストレーションじみた逮捕劇が交番前で繰り広げられ、沿道で一日野次馬たちが喝采をあげた。秋晴れのいい日だった。それぞれが職を解かれる中、翌日も一日犯人だけは捕まったままだった。

262.
妻が忍者になりたいと言い出す。語尾ににんにんってつけるといいよ。俺のアドバイスのせいで、にんにんが溢れる。俺も対抗する。会話にならない。にんにん言い合い、げらげら笑う。ある日、書き置きを残して妻は消えた。「修行してくるにんにん」。律儀で大胆な妻の帰りを静かに待つ。

263.
夕暮れ、物陰から鳳仙花の実を投げつけられる。種が破裂し、あちこち飛び散る。私が発射装置になったみたいだ。痛くはないが、なぜか悲しい。四方に潜む投げ手の姿がどうしても見えない。強い風が吹き、軌道が逸れる。実が地面に落ち、転がるように散らばる。それもまたひどく寂しい。

264.
左肩に翼が生えた。翌日、恋人にも左翼ができる。まるで飛べもしない。恋人の方が少しだけ浮き上がり、ゆっくり落ちる。こっちが先だったのに。嫉妬するわたしに手が差し出される。恋人と手を繋ぐと一メートルほど浮いた。その感触にときめく。右回転しながらわたしたちは落ちていく。

265.
猫じゃらしを持って猫が近寄ってきた。私の鼻先で、ふさふさ、と揺らす。申し訳ないが全然楽しくない。くしゃみも出そうだ。しばらく我慢していると、猫じゃらしを渡された。猫はごろんと寝転び、両前足でくいくいと招く。「今度はこっちがやる番ってこと?」猫が短く、にゅ、と鳴く。

266.
ぎらんぎらんの丸い虫が飛んできて掌に乗った。玉虫? でもやたらと重いし形も違う。でででで、という鳴き声も変だ。くるくると変わる色味にうっとりする。少しずつ愛しさがこみ上げる。名前をつけようかな。輝く背中を覗き込む。そこには発光するのっぺらぼうのわたしが映っていた。

267.
彼と彼の息子が鳥の群れを見つける。夕暮れに吸い込まれていくみたい、と彼。鳥が焼けちゃう、と七歳児。わたしだけが見えていない。ブラッドオレンジみたいな太陽がとろとろに溶けていて、そこには生き物の姿も影もない。二人と手を繋ぎながら夕焼けに向かうけれど、全然近づかない。

268.
「カーネルサンダースと相撲取って負けたことあるんよ」。伯父の戯言に親戚一同が呆れる。けれど僕はわくわくする。「俺を負かしたやつ見に行くか」。一緒に出かけた。ぷらぷら歩くだけで時間が過ぎる。伯父がようやく立ち止まる。「この辺におったんやけどな」。ここはロッテリアだ。

269.
執拗な「エビデンスは?」の声にはうんざりだ。博士は海老を飼い、調教を始めた。今度あの一言を投げかけられたら、会見中にQちゃんの踊りを披露してやる。毎夜、ポップな電子音を流し、海老に手本を見せる。その狂気を家族は笑い、エビダンスという駄洒落そのものには超真顔だった。

270.
早朝、花瓶のブーケが回転する。さまざまな厚みの花弁、その色が混じり合う。夜の間に霧散していた香りが蘇る。それも溶け合い、腐りかけの果実めいた匂いを放つ。回転するスピードが増し、やがて花弁が落ちていく。時間が緩やかに逆回転して夜に戻る。テーブルに色の残骸だけが散る。


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