【家賃からの解放】 解きすでに壊し
帰ってきたら、家が更地になっていた
渋谷の駅から二駅ほど、川沿い
春には桜並木とその花びらが、一面を覆い尽くす、それなりの名所
大きな公園もあり、そこかしこに小さな憩いとなる小さな公園も点在していて、住環境も申し分ない
住宅街ではあるが、渋谷からすぐという便利な立地と、川沿いが散歩道の役割を果たしていることもあってか、桜の季節ではなくとも、人通りは多く
それをアテにした飲食店や商店などが立ち並ぶ
都心中の都心にも関わらず、住環境も良しときて、人気も高い
人気が高いエリアは、たとえ古い建物のままでも 入居者は絶えないので、新しく建て直す必要がないのだろう
その川沿いは、特に築年数が古い物件が多かった。地価も相当なもの
さらなる土地の値上がりを待つ?
オフィスビルがいい?マンション?はたまた豪華な邸宅?人の数だけ思惑も行きかう
その思惑が外れたのか、はたまた土地とは関係のないビジネスが外れたのか
あきらかに、しばらくは誰も住んでいないであろう「空き家」であるとか「廃墟」がそこかしこに点在している
実際に生きている建物も、前談のとおり、築年数が古い建物が多いものだから、そういった空き家や廃墟も、なんとなく景色に溶け込んでいて、さほど目立ちはしない
そんな川沿いにあるアパートが、所有者が決まらぬままに、何年も塩漬け状態になっていた
抵当の問題や、相続の問題が複雑に絡み合って、誰も使えないままに朽ち果てる運命にあったのだが、長年の裁判の末に、わずかだが光明が差した、のだそうで
所有権を持つ人のひとりから「風通し」を頼まれた
建物自体は、蔦に包まれ、サビることができる場所が、もうこれ以上はないであろう、という状態
なにを「風通し」したらいいのだろう…という感じだし、すでに「風通ってる」部分も見受けられる
言われるがままに、屋上まで上がると、生活可能なプレハブ小屋が設置されていた
所有者が決まるまで、という条件のもと、そのプレハブ小屋に手を入れて住んでいるうちに、あっという間に2年ほどの歳月が過ぎる
仕事で長期間、家を空けることも多く、あえて家を借りるという必要性もなかった中で、ちょうど良く、東京にいるときのメインの拠点となっていた
そのときも2週間ほど九州の佐賀に行き、緊急の予定が入ったので、慌てて東京に戻ってきたところだった
重い荷物を背負ってトボトボと川沿いを歩く
” 緊急の予定 ” がなんの解決にも至らないままで、疲れ切ってはいたが…
気がついたら通り過ぎていた
正確には、通り過ぎたことにも気がついていなかった
戻る。また通り過ぎる
ない、アパートが、ない
あるはずの場所が、更地になっていた
正確に伝えると、建物が取り壊された更地にアスファルトが敷き詰められ、線が引かれ、コインパーキングに生まれ変わっていたのだ
ーーー
「京都らしいお店があったら教えてほしい」
僕が思い描く「京都らしいお店」は、カウンター
「おばんさい」と呼ばれる、京野菜などを使ったお惣菜が大皿に盛られて並ぶ
湯豆腐や、ハモ料理など、時期折々の京都っぽい料理を、おまかせか、単品でも楽しめる
伏見の酒も欠かせない
そんなイメージはあるんですけどね、なかなかサジ加減がちょうどいいお店が、ありそうで、ない
条件は合っているのだが、あまりに高級すぎて、片肘も支払いも張りすぎたり
店のつくりも、料理のつくりも、上手に「京風」がパッケージされ過ぎている、さながら映画村のセットのよう
それはそれとしてね、だって京都は観光地ですもの
そんな僕の他愛のないワガママというか、を聞いてくださる方がおりまして
京都生まれの京都育ち、生粋の「京都人」にして「京都の粋」を国内外に紹介するお仕事もされてる方で
そんな京都の師匠に紹介されたお店は、まさにそんな僕の悩みをすべて解消してくれたんです
そして、隣に座っている女性も
ーーー
長めの黒髪を後ろで束ねて、黒縁のメガネをかけているが、それがなんとなく色っぽい
たまに展示会等のコンパニオンをしているというだけあるスタイル
「特に手入れはしていない」という肌は色白で、まったくカサカサしたところはなく、ありきたりだが、瑞々しくキメ細やかだった
京都に滞在していると伝えると「どうしてもすぐに会いたい」と言う
「東京に戻るまで待てないのか」と言ったが埒が開かず、そうまでして直接話したいことはなんだろう?という好奇心にも勝てなかった
実はもうすでに京都に到着していた彼女と、その店で落ち合った
なんとなく想像はついていたが、僕の子供を身籠ってくれた、そう「妊娠した」のだという
ーーー
彼女との出会いは、何だっただろう
今となっては思い出せないが、たぶんなにかしら牡蠣のイベントだったと思う
出会ってからすぐくらい
出演した全国ネットのテレビ番組での発言が引き金となって、様々な人の恨みを買ってしまい
一次産業改革の英雄から、なんだかよくわからない罪状を持つ犯罪者へと見事に転身させられてしまっていた
たいていの人は距離を置き、成り行きに興味を持ちながらも静観の構えをみせる
彼女は、美味しいカキが食べたいというよりも、僕の活動自体に興味を持ってくれていたようで
そんな争いの最中、時節、わけのわからないテンションになってしまうにも関わらず、離れないどころか、家も金もなく、特に行くあてもないという僕を、彼女の少し広目のワンルームマンションに匿って?くれた
実際のところ、国内外を飛びまわっており、東京にいるときも「風通し」を頼まれた物件がいくつかあったので、住むところには困っていなかったのだが
公園を散歩し、夕暮れどきにベンチに座り、肩を寄せ合いながら、池一面に広がる蓮の華を眺める
じっとしてるのが苦手な僕は、無為なその時間が、いったいなんの価値があるのか、当時はさっぱりわからなかった
なんだこの時間は…などと思いながらも、彼女のことを愛おしく感じ始めていたことは間違いない
ーーー
更地になってしまった…コインパーキングになってしまった土地を眺めながら、動けなくなってしまった
佐賀での予定は、本来であれば2週間ではなかった
予定を切り上げて…というよりも、予定をカナグリ捨てて、急いで帰ってきた
「いまから中絶しに行ってきます」
前の晩に、漁師たちとしこたま呑み明かし、なんだかワケがわからないままの起き抜けに目に入った LINEメッセージが、それだった
そこからなんとか連絡を試みようと足掻いたが、電話も圏外のまま、メッセージもまったく既読にならない
京都で会ったあと、そのまま佐賀に移動だったので、東京にいる共通の知り合いに事情を話し、何かあれば対応してもらうよう頼んだ
だいたい一ヶ月くらいの予定だったので、戻り次第、まずはうちの実家に報告に行こう、などと、話もついていた
少なくとも、そう思っていたし、可能な限り悦びを表現したつもりでいた
慌てて東京に戻り、上野の先にある彼女の家へと向かった
呼び鈴だけでなく、しばらくあたりの様子を伺いもしたが、どうやら家には本当にいないらしい
なにか事件に巻き込まれたのだろうか…警察…頭によぎったところで、彼女からのメッセージがきていることに気が付いた
「もう連絡しないでほしい」
ーーー
更地事件の方は、後日、すぐに原因が判明した
「風通し」を依頼してきた側が、裁判に負け、所有権をすべて失った
そのあとは、物件に関して一切関わることはできなくなり
取り壊しであるとか、コインパーキングにするであるとか、そういうスケジュールどころか、あらゆる情報からシャットアウトされ、バタバタとしているうちに連絡を忘れてしまっていたというのだ
裁判に負けた落胆もあったのだという
という具合に、原因がわかり、更地事件の方は解決したといえば解決した
中絶事件の方はといえば、その謎も含めて 解けたというか なんというか…
家賃から解放される方法とは、あまりにかけ離れているので、また別の機会があれば書かせてください
というわけで、本日も2つほど「家賃から解放される方法」を紹介させていただきました
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