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KAZUⅠ (カズワン) 引き揚げの意義について的外れなことを言う人が多すぎる

知床で沈没した観光船KAZUⅠの引き揚げに向けて、今調査が始まっています。
無人潜水機や飽和潜水士による調査(計画)等が報じられ、乗客のご家族を含め日本中のたくさんの方が固唾を呑んで見守っている状況かと思います。

ここ最近ニュース読みに時間を割くのに疲れてしまっていることもあり、YouTubeの5分程度の各局公式ニュース動画を見ることが多い私ですが、引き揚げに関してコメント欄で散見される見解があまりにもとんちんかんで、ちょっと呆れてしまいました。

1.潜水士の命を危険にさらしてまで引き揚げなくていいのでは?
2.中に人が残されていなければ引き揚げる必要はないでしょう。
3.引き揚げて知床遊覧船の桂田社長に不利な証拠を集めないと!
4.国費を何億と投じることなのかな・・

ざっとこの4種類くらいですかね。。
もちろん、ネットの世界というのは思ったより偏っていて、よく言われるようにYahoo!ニュースのコメント欄やTwitterのリツイート数だけを見て世論だと決めつけるのは大変危険です。
YouTubeのコメント欄も同様だと思います。

とはいえ、(それを踏まえた上でも)あまりにもひどすぎる。
私自身のための心の整理・発散メインとはなりますが、1つずつ見ていきたいと思います。



コメントPickUp

1.潜水士の命を危険にさらしてまで引き揚げなくていいのでは?

今回の事故が知床の海で船が沈没し死者・行方不明者が出るという凄惨なものだったせいもあって、潜水士がもし作業中に命を失ったら?という点と直接紐づけてしまっている人が多いかもしれません。

話の整理として、まず今回の船体引き揚げの一番大事なポイントは『事故原因究明(とその後の再発防止その他もろもろ)』です。
先日『知床遊覧船 桂田社長の会見を聞いた所感』でも書きましたが、今回の事故では今のところ、直接的な物的証拠や証言がほとんどありません。ずさんな運営実態や社長の対応姿勢、事故当日の連絡やり取り、漁師の見立て等は日々報道されていますが、それらはあくまでも状況証拠や推測でしかなく決定的な分析に欠きます。
だから、その事故の当事者であり、ある意味 ‘目撃者’ ともいえる船体が見つかった以上、全力で引き揚げにかかるのは当然のことです。

そして、飽和潜水士という職業。
詳しいわけではないので報道内容の受け売りにはなりますが、海底ケーブル敷設・沈没船引き揚げ・潜水艦救助等の様々な任務を遂行する人たちと認識しています。
加圧・減圧のメカニズムは私も理屈としては理解できましたが、精神的に相当のストレスがかかり命の危険と隣り合わせの仕事であることには、本当に驚嘆しかありません。

言い換えれば、飽和潜水士は元々(我々地上で働く人間からすると圧倒的に)危険な仕事です。
危険な仕事を選んだんだから命を惜しむなと言いたいわけではなく、彼らは彼らなりにプロとして、リスクを理解し勉強し経験し、そして覚悟と使命と技術を持った上で職務にあたっているわけです。
飽和潜水の職務に臨むすべての関係者の総力で、この現場には本当にGOを出せるのか?GOを出すとすれば最大限リスクを低減し目的を達成するために何が必要か?を常に判断しているわけです。

そこはもうプロの世界です。報道を見て心配になるのは致し方ない面もありますが、素人の私たちがガタガタ言ってもしょうがないのではないでしょうか。
「これは危険すぎる。行くことはできない。」そう判断するのも彼らプロの仕事であり、信じて委ねるしかないと私は思います。


2.中に人が残されていなければ引き揚げる必要はないでしょう。

これは1の項で述べた、今回の引き揚げプロジェクトの一番の目的を理解していないと思われます。
もちろん行方不明者の捜索は重要事項であり、今回の船体の発見でもその点が注目されました。ただ、それだけのために引き揚げを試みているわけでは決してありません。
行方不明者の捜索と同じくらい(そもそも比べるものでもありませんが)『事故原因究明』はめちゃくちゃ大事です。

人体だから大事で物体はどうでもいい、とかじゃないです。
この船体には、多数の死者・行方不明者を出した凄惨な事故の ‘真実’ が残っているかもしれないんです。「社長がクソだったからあいつに全部償わせればいい」なんて意見は甘っちょろいです(原因究明という意味で)。
それでは全然『究明』になりません。感情にまかせた鬱憤晴らしで原因究明した気になっていては、この事故の犠牲者たちは浮かばれませんよ。

なぜこんなことが起きたのか
● 二度と繰り返さないためにどうすればよいか
これが徹底的に突き詰められないうちは、真の『原因究明』とは言えないと思います。


3.引き揚げて知床遊覧船の桂田社長に不利な証拠を集めないと!

たしかに、捜査はまだ続いていると海上保安庁の会見でもありましたし、知床遊覧船の社長含め、関係者が最終的にどのような責任に問われるかについては、今まだ動いている最中です。
船体から新事実が発覚すれば、責任の重さが変わることもあるでしょう。

しかしながら、私が繰り返し申し上げたいのは、まずは『事故原因の究明』だということ。
事故原因究明が進むからこそ、社長の責任の重さも明らかになるわけであって、社長の責任追及ありきの原因究明ではないのです。順番を間違えてはいけません。
事故の原因究明が進むからこそ、再発防止対策も関係者の処分も進むわけです。
社長の責任追及しか言わない人には、一時の情緒に流され過ぎている印象を抱かざるを得ません。

もちろん私も、社長含め責任を負うべき関係者には、しかるべき処罰や対応がされるべきだと思います。
ただ、(これを言うと噛みついてくる人もいるかもしれませんが)船体の引き揚げによって社長の罪が軽くなろうが重くなろうが、正直私はどっちでもいいです。
なぜなら、事故後の世界、この先の未来に何かを繋げるための基礎となるのは、一にも二にも『事故原因究明』だからです。関係者の適正な処分という ‘未来’ にも、再発防止対策で事故を二度と繰り返さないという ‘未来’ にも、必ず原因究明が必要となるからです。

私個人の心持ちとしては、このような感じです。

全面的な「悪者」となっている社長を徹底的に叩く流れに参加したくなる気持ちもわからなくはないけど、もっと原因究明の行く末を見守って祈る気持ちも持とうよ。


4.国費を何億と投じることなのかな・・

最後のこれも、船体引き揚げプロジェクトの一番の目的である『事故原因究明』の重要性を理解していないことからきていると思われます。
事故原因の究明というのは、今回の知床遊覧船の事故に限りません。JR福知山線脱線事故や軽井沢スキーバス事故、航空機の事故など、他の様々な事故でも必ず実施されています。
国の中にも例えば運輸安全委員会なるものが設置されており、ニュースでも現地に事故調査官が派遣されたなどとよく耳にしたりします。

事故でも病気でも同じです。
これまで幾度も幾度も原因究明・再発防止対策・根本治療の試みを繰り返し、積み上げてきて、今の私たちの社会があるわけです。そのおかげで、一定レベルの「安全」を享受しているわけです。
この先何年・何十年・何百年、未来にそうしたバトンを、ある意味での資産を残していくためには、原因究明は絶対に欠かせません。

まあたしかに、金額が100億、1,000億、1兆円とかのレベルになってくるのであれば、さすがにちょっと待てよと思いますが、年間国家予算100兆円規模(一般会計)の国でこの船体引き揚げの数億・数十億を削るって、ちょっと意味わからないと思いません?
(市役所を1つ建てるだけでも数十億とかは普通に掛かります)
※全額社長が負担するべきではないのか!という声はあるにしても、それは引き揚げ作業そのものとはまた別の話であって、社長が負担しなさそうだから引き揚げないというのは大バカ者です。

税金は、この社会で暮らす私たちのために使われるものです。
よく「国民の生命と財産を守る」なんてフレーズを聞きますが、この船体引き揚げと事故原因究明だって、立派な「国民の生命を守る」活動だと思います。
原因究明によって未来に渡されたバトンは、少なからず未来の国民の命を救っているからです。

最近折に触れて感じるのですが、やっぱり「コスパ脳」の侵食が確実に進んでいる気がします。
仕事に限らずプライベートや人間関係、あらゆるものでコストパフォーマンスの感覚を最重要視し、短期的・直接的な成果のみを重視して選考する傾向のことです。
今回の国費に関するコメントを見たときも、それが頭をよぎりました。


以上です。


'23/08/09 最終更新

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