日本学術会議会員に推薦された人を内閣総理大臣は任命拒否できるのか

10月1日に政府は日本学術会議の新会員について、同機関が推薦した会員候補のうち6人の任命を見送りました。

このノートでは、法的に日本学術会議の新会員について、内閣総理大臣が任命を拒否できるかを検討したいと思います。

関連法規は日本学術会議のHPに載っているので、そこから見ていきましょう。

まず、日本学術会議法(以下「法」とする。)第7条第2項は「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」と規定しており、法第17条では「日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。」と規定しています。

そして、日本学術会議会員候補者の内閣総理大臣への推薦手続を定める内閣府令は「日本学術会議会員候補者の内閣総理大臣への推薦は、任命を要する期日の三十日前までに、当該候補者の氏名及び当該候補者が補欠の会員候補者である場合にはその任期を記載した書類を提出することにより行うものとする。」という短い内閣府令ですので、実質的な選考規定は規則によるものということになり、法第28条の規定により規則として定められた日本学術会議会則第4章で会員の選考について規定されていますが、会の内部規定になるので、ここではこれ以上立ち入らないことにします。

では、法第7条第2項に言う「会員は、…推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」とは、どう解釈すればいいかですが、まず、推薦に基づいて任命するわけですから、反対解釈として推薦に基づかない任命は当然できないことになります。つまり、内閣総理大臣には推薦されていない誰かを会員に任命する裁量権がないわけです。

一方、今回行われたのは推薦された人を任命しないことですので、内閣総理大臣にそのような裁量権があるのかが問題になります。

類似事例1:天皇は内閣総理大臣の任命を拒否できるか

この点について、憲法第6条の「天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。」と関連して、天皇は国会が指名した内閣総理大臣候補者の任命を拒否できないので、当然首相も日本学術会議の新会員候補の任命を拒否できない説が提唱されました。

しかしながら、天皇が、国会が内閣総理大臣に指名した者の任命を拒否できないのは、憲法第3条の規定により、天皇の国事行為には全て内閣の助言と承認を要し、国会法第65条第2項で「内閣総理大臣の指名については、衆議院議長から、内閣を経由してこれを奏上する。」と定められていることから、内閣が、衆議院議長からの奏上書の送付を受け、「国会で指名された者を内閣総理大臣に任命する」事項について、天皇に対する助言と承認を閣議決定するからです。(以下のリンク先は平成29年の特別国会開会に当たっての閣議の案件及び閣議の議事録です)

なので、天皇が国会の指名に基づいて内閣総理大臣を任命するのと、内閣総理大臣が日本学術会議の推薦に基づいて会員を任命するのとは分けて考える必要があります。

類似事例2:内閣は下級裁判所の裁判官の任命を拒否できるか

憲法上の似たような事例としては、憲法第80条「下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。」という規定があります。

これについては、憲法解釈上「最高裁が指名していない者を内閣は任命できない」ことは疑いの余地がありません。では、肝心の「最高裁が指名した者を内閣が任命を拒否できるか」ですが、憲法制定過程からすると、GHQの草案(いわゆる「マッカーサー草案」)第72条は「下級裁判所ノ判事ハ各欠員ニ付最高法院ノ指名スル少クトモ二人以上ノ候補者ノ氏名ヲ包含スル表ノ中ヨリ内閣之ヲ任命スヘシ」と規定していたことから、そもそもは欠員1名に対し2名以上の候補者を指名してその中から内閣が任命する形になっていたことがわかります。この場合、欠員よりも多くの者が指名されているので、指名された者が任命されないことが当然起こり、そもそも指名した者を内閣が任命を拒否できるかどうかという問題は発生しません。

しかし、現行の憲法規定では「欠員よりも多くの者を指名する」とはなっていないことから、欠員に対して同数の候補者を最高裁が指名したとしても憲法上の問題は生じないものと解されます。

現行実務では最高裁は、欠員に対し1名多い指名を行う形を取っているようです。この場合、1名については指名されたにもかかわらず任命されませんが、そもそも欠員にプラス1名の指名をしている以上、そのような結果が生じるのは当然と言えます。

しかしながら、欠員があり最高裁が欠員に対して候補者を指名したにもかかわらず内閣が任命を拒否する裁量権があるかが問題になります。上記の例で言うと、内閣が1名だけではなく2名を任命しない場合や、最高裁が欠員と同数の人数しか指名しなかった場合です。憲法学上は「司法権の独立の強化を配慮していることと、裁判官の任命資格が法律でかなり厳格に制限されていることなどを勘案すると、明白な任命資格要件の欠如のような場合を除き、内閣は任命拒否を行えない」(野中・中村・高橋・高見「憲法Ⅱ(第5版)」p258)とする説が有力です。

日本学術会議法の立法過程と国会審議

さて、再び日本学術会議に戻りますが、法第7条第2項は「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」と規定していますが、推薦する人数については何ら規定がありません。

運用上は欠員と同数の人数を推薦していましたので、この場合、内閣総理大臣の任命の裁量はかなり制約される形になります。

また、日本学術会議の会員については元々「科学者による互選」だったものが、昭和58年の改正で「学術研究団体による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命」することとなり、平成11年の改正で「学術研究団体による推薦に基づいて、総務大臣が任命」することとなり、平成16年の改正で「日本学術会議の推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命」することとなっています。

以下、制定当時の日本学術会議法

昭和58年の改正法

さて、昭和58年の改正は「科学者の互選」から「学術研究団体の推薦に基づいて内閣総理大臣が任命」する形となったため、内閣総理大臣の任命権についての審議が行われています。昭和58年5月10日の参議院文教委員会のやりとりを抜粋すると、

061 手塚康夫
○政府委員(手塚康夫君) ただいまの点、確かに現行では選挙制によっているために、実は任命を必要としておりません。(中略)研連に二百十名の会員候補者の割り当てを行って、そこから二百十名出てくれば、これはそのまま総理大臣が任命するということでございまして、それが二百二十名出るとか何とかであれば問題外ですが、そういう仕組みになっておりません。そういう意味で、私どもは全くの形式的任命というふうに考えており、法令上もしたがってこれは形式的ですよというような規定、ほかにも例がございませんが、書く必要がないと判断して現在の法案になっているわけでございます。
062 高木健太郎
○高木健太郎君 法律に明文化されておりませんので、いまの審議官がおっしゃったことをそのまま私信用するわけにはまいりませんが、この委員会においでの方はすべてそのようにお考えだと思いますので、強くその点はしっかりと記憶していただく、しっかりと守っていただくということをここで言明をしていただきたい。長官にひとつお願いしたいと思います。
063 丹羽兵助
○国務大臣(丹羽兵助君) せっかく高木先生からの御注意であり、要請でございますし、当然なことでございますから、この場で責任のある大臣として、長官として、いま事務当局から答えましたように、守らしていただくことをはっきり申し上げておきたいと思います。

また、同じく参議院文教委員会の5月12日の審議では

150 高岡完治
○説明員(高岡完治君) ただいま御審議いただいております法案の第七条第二項の規定に基づきまして内閣総理大臣が形式的な任命行為を行うということになるわけでございますが、この条文を読み上げますと、「会員は、第二十二条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣がこれを任命する。」こういう表現になっておりまして、ただいま総務審議官の方からお答え申し上げておりますように、二百十人の会員が研連から推薦されてまいりまして、それをそのとおり内閣総理大臣が形式的な発令行為を行うというふうにこの条文を私どもは解釈をしておるところでございます。この点につきましては、内閣法制局におきます法律案の審査のときにおきまして十分その点は詰めたところでございます。
151 粕谷照美
○粕谷照美君 たった一人の国立大学の学長とは違う、セットで二百十人だから、そのうちの一人はいけませんとか、二人はいけませんというようなことはないという説明になるのですか。セットで二百十人全部を任命するということになるのですか。
152 高岡完治
○説明員(高岡完治君) そういうことではございませんで、この条文の読み方といたしまして、推薦に基づいて、ぎりぎりした法解釈論として申し上げれば、その文言を解釈すれば、その中身が二百人であれ、あるいは一人であれ、形式的な任命行為になると、こういうことでございます。
153 粕谷照美
○粕谷照美君 法解釈では絶対に大丈夫だと、こう理解してよろしゅうございますね。
154 高岡完治
○説明員(高岡完治君) 繰り返しになりますけれども、法律案審査の段階におきまして、内閣法制局の担当参事官と十分その点は私ども詰めたところでございます。

このように、選挙制から推薦に基づく内閣総理大臣の任命制に変わったときに、「定員と同数の候補者の推薦を行うので、内閣総理大臣には一部の被推薦者を任命しないような裁量権がない、実質的な任命権がない」という法解釈で当時の国務大臣が答弁し、内閣法制局とも合意ができていることになります。

なお、平成16年改正の際の国会審議を見てみましたが、内閣総理大臣の任命権に関する質疑はありませんでした。(第159回国会衆議院文部科学委員会第6号及び第7号、第159回国会参議院文教科学委員会第7号及び第8号を参照。)

結論

日本学術会議は、法第1条第2項で「日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とする。」としていますが、第3条で「日本学術会議は、独立して左の職務を行う。」としています。
・法的に内閣から独立して職務を行うことが求められていること
・元々選挙制であったのが推薦に基づく任命制に移行したこと
・日本学術会議が欠員者と同数の推薦を行っていること
・任命制に移行した際の国会審議で明白に実質的な任命権が否定されていること
以上を踏まえると、内閣総理大臣による任命についてはかなり形式的なものと解せざるを得ず、特に今回のように一部の被推薦者の任命を拒否し、欠員を生じさせるような裁量権が認められる余地は乏しいというのが、わたしの結論になります。

今回の件は、任命を拒否された方が裁判を起こしたら非常に興味深い判例ができると思うので、個人的にはぜひ裁判で争ってほしいなと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?