腐ったタイムカプセルを開ける
30年モノの腐ってアカン方面の同人誌を、改めて見つめました
本日、断捨離をした。
もっとも、実際は気合いと費やした時間の割にさして断捨離は出来なかったが、その過程で、現代では信じられない遺産を発見する事となった。
前世紀に発行された同人誌である。
ナマモノで、しかもちょっと腐り気味。
同人誌界隈でナマモノ、しかも腐っているともなれば、ある意味常に炎上し続けているが、前世紀から存在していた、なので今後も存在し続けるだろう。ある資料によると、江戸時代から似た傾向はあったらしいので、最早日本人腐女子のDNAが引き継いでいると言っていいかもしれない。
発行年数は1992年。私が地元の小イベントでコピー本を作って一糸の乱れもなく在庫になった苦い思い出から、そんな遠い時代の話ではない。それも含めて昔も今も、絵描きにはただただ平伏するしかない底辺字書きだが、30年近い邂逅の際、私は思わずこう思ってしまった。
『……こりゃあ、存在自体が最早ネタだな』
どう考えても願って狙って買った癖に、作者については欠片も印象がない。そんな超不躾者が激しく失礼な印象を抱いたのは、約30年の時が様々な『常識』を変えてしまったせいだ、中には封じられたものさえある。しかし前世紀に発行された『紙の』同人誌には、当時の『常識』が色濃く残っている……否、未だ消えずにいる。
かくして私は、腐った心で、腐ったタイムカプセルを開ける事となった。
本の基本スペックはB4、24p。時代的に考えて、オフセット中綴じ。
買う側としては少々大きすぎる代物で、現在では魅せる為に、一般誌よりもイラスト集で出る事が多い版だが、ここでは(一応)漫画でB4である。
この本がB4、24pというのを、覚えて頂きたい。
というかこの本、P数が微妙に落丁してる!!!!
そしてフルカラー表紙PPコート文字箔押し、基本背景は黒色。
表紙裏、所謂表2、3にもイラストが印刷してある。ちなみに表3は原稿端の印刷がしっかり残ってるが、後述する状況を考えれば、ある意味仕方ないのかもしれない。
現代では、文字箔押しは結構頑張った本に多いが(そも、箔押し指定は入稿日数含めて、気合いがいるよ)、この本はさらっと文字箔押しした上で、『地味に』とんでもない仕様にしている……絵の基本ラインと一部塗りを、発色の難しいメタリック印刷にしている。何しろ1992年だ、おそらく複数原画提出で指定したのだろうが、それでも気合いは入っている。
入っているが如何せん、全体構図そのものが、いささか残念でもある……現在のフルカラー表紙ではまず皆が避けて通るだろうが、言わば『バケツ塗り』なのだ。完全完璧無敵にバケツ塗り。無論、この時代の同人誌フルカラー印刷でも、十分に純イラストとして通じる仕上がりに出来るので、印刷技術の問題ではない。一種の狙ったデザインと言えばそれまでだが、デジタル絵に慣れた人間は唖然とするかもしれない。後、この手の絵柄で、現代バケツ塗りをする人間はまずいないだろう。
しかし何しろ1992年、デジタルで絵を描くどころか、情報発信すら原則オフラインの時代、というかオンラインという概念すらないのだ。
そう、オンラインが存在しない、という点も、覚えて頂きたい。
しかし、この本の表紙で何より一番の致命傷は。
ナマモノ本で、表紙に結構な面積で、ナマモノ本人の名前を書いている、という点だ。ローマ字だろうが漢字だろうが、本人名は本人名である。SNSに表紙を上げようにも、そも著作権もアレだが、何よりナマモノ界隈法典として絶対的アウトだ。
現代では絶対に許されない、前世紀かつオフライン限定だからこその芸当である。それでもやらかした例は数知れないが、まだ界隈の法典は緩やかだった。現代だったら、速攻で腐女子同人学級裁判どころか、処刑場実況中継になりかねない案件だ。それをこうしてやっているという事は、『当時は腐女子界隈もそういう風潮だったのだろう』と知る、貴重な資料ともいえる。
書いてなかったら逆に、『内容詐欺』と揶揄される時代だったかもしれない。
内容を読み進んで、私は愕然とした。
内容そのものはふわっとしたというか、今だったら『pixivで見るにはいいしイイネもするが、本では買わない』内容だ……だが、ここは1992年。クリック一つでpixivイラストを見るのと対等の効果を得る為には、直接イベントで本を買うか通販するしかない。通販にしても、当時の原則は『まずは開設時間の厳しい郵便局で為替を買って』という世界だ、推しの本を買えるだけでも随分ありがたい時代だったのだ。
もっとも、それ自体は問題ではない。そもそも我々はオンライン時代であっても、おそらく電脳時代に突入しても、今後も同じ様に本を買うだろう。
そのふわっとした内容に、装丁がまるで合っていないのだ。
たとえば、これがコピー本なりセットオンデマなら納得するだろう。
しかしこの本は、ある意味装丁過剰爆発祭だった。
まず、24pの本が4種類の装丁に分れている。
流石に本の作りからして、仕様の限界を感じる部分はあるが。
24Pで紙替え4種。
黒色上質紙にシルバーインク印刷8P。
普通紙2色刷(紫と黒)8P。
特殊紙(白地にピンクのマーブル模様)にシルバーインク印刷4P。
普通印刷4P。
……現在、同人誌をやっている人間からすれば、『何かの試用/仕様フェアか』と言いたくなるのだが、今現在、そんなとち狂った試用/仕様フェアをやっている会社は存在しない。というか、とち狂ったフェアなのだと信じたい。
つまり、書き手からの指定でないと、信じたい。
……指定だとすれば、それだけでどんだけの金額、かかってるんだよ……
というか、現代ならこの仕様のフェアは、ある意味地獄だろう。
そして、内容的にも、とち狂っている。
何しろこの24p中。
2Pが所謂、模様で構成された中表紙(黒色上質紙にシルバーインク印刷)。
2Pが、模様と文字だけの前書き後書き(黒色上質紙にシルバーインク印刷)。
それだけでも唖然とするが。
この24P中の3Pが、このオンライン時代では信じられない、ガチ業務連絡なのだ。
通販の方法と連絡先(ガチ住所)と言えば、少しでも古の同人誌情報を囓った人間なら、ワロス話として知っているだろうが。
『現在の』在庫連絡に1P。
『過去のイベント参加と今後のイベント参加』に1P。
多分、現代で同じ事をしでかしたら、まずは買い手が怒り狂っているだろう。そんなのはペーパーでやれ、と。そもそも書き手だって、そんな曖昧な情報を形で残したいとは思わないだろう。
そんなツッコミを入れながら、これを見ていて、私はうすらぼんやりながら、当時の同人誌は概ね、在庫情報(発行履歴ではない)も当然の様に加えていた事を、今更ながらに思い出した……ああ、当時はそういう常識の世界じゃったねぇ、と。
何しろオフライン、『現在の』発行状況は、そう残しても問題はなかった。
つまり、実質17pが、送料込み1000円。
しかも過剰装丁、と言えば全然否定出来ない。
高いか安いかは、所詮はオタクだ、推しを見たいならそれでも尚安いと言う他ないが、同人誌としては流石にどうだろうか? 今なら酷い話、過剰包装同人誌、中古にすぐに流れる代物だ、と苦笑いを漏らした所で、不意に私はその時代の風潮を思い出した。
時代は1992年、バブル絶頂期。東京住まいが仕事明けに、飛行機で札幌にラーメンを食べに『だけ』行く、というのが武勇伝ではなく、ちょっとしたアクセサリーとして語られていた時代だ……幾分嫌な話にはなるが、当時の同人印刷会社はバブルの影響を受けていたのか、タクシーのワンメーターお断りと同じく、少部数(100部程度!!)印刷を敬遠していた、実際の断りがあったという噂も聞いている。現在のコロナ渦の最中では、印刷そのものを全界隈に呼びかけている業種が、当時はそんな大名商売をやっていたのだ。
そんな事を思い出しながらイベント参加予定を見て、改めてバブル絶頂期を実感した。
3ヶ月で6回、しかもC.C系、つまりガチ(ただし二次創作)の活動で、在庫もそれなりの経歴だ。住所を見ると広島なので、東京や大阪のイベントには、一般参加だけでも相当な労苦があっただろうに、それをサークル側としてこなしていたのだ。純粋な移動だけで、確実に十諭吉が出奔していく計算になる。
現代、同人活動をしているサークルで、どれだけのサークルが月に一回以上、直接イベントに参加するだろうか? 余程の大手でもなければ、3ヶ月で6回も参加はしないだろうが、そこはバブル期同人誌、かつオフライン限定(というかそれしかない)世界だ。
イベント参加が在庫の捌けどころ、そして『確かな』情報発信源。買い手にとっても、同人誌が手に入るのはここだけという世界だ(そもそも当時は、通販は個人処理の代物で、組織だった運営ではなかった。なので雑誌の通販も正直、頼む方もある意味神頼みの部分があった)。この派手装丁も、バブルならば当然、と言われれば頷けるだろう。
なのでこの同人誌、もしかして派手なペーパー兼用って可能性も、稀存?
参加数といい、時代といい。
否定出来ないのは、やはりバブル期故。
そしてこの同人誌を作成していたのは、勝手ながらオタク系バンギャ、所謂黒服さんではないか、という可能性だ。バンギャならばこの参加傾向は、『ハコに推しを拝みに行く』ノリと似ている部分がある。そもこの時代、バンギャは腐女子と世界は違えど、同じくあからさまに女子世間のアウトローであり、その点では随分と馴染みがよかったのだ……バンギャ腐女子の界隈なら、同じくバンギャ腐女子がやってくるのも、オフライン世界ならではの傾向だ。今ならバンギャと腐女子、確実に出会わないサーチエンジン操作をされるだろう。
そんな事を妄想しながら、私はそっと同人誌を閉じた。
初めてオフラインを出した時、ともかく料金を下げたいんです、と悲鳴を上げていた、バブル崩壊後しか知らない同人野郎の浅ましい姿と共に。
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