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黒猫二匹


自分生まれたときには既に家には猫がいた。

黒猫、パル。

物心つく前から何するときも一緒だったし、ずっと同じ空間で生きてきた。

そうして生きてきて自分が小学生低学年の頃。

学童の移動動物園で動物を触った瞬間に記憶をなくす。気づいたときには病院だった。

幼い頃で記憶が曖昧だったけど、どうやら動物の毛に反応したアレルギーだったらしい。医師が親に何か言っていた。

親が泣いていたのを思い出す。

そうやってずっと一緒に生きてきた黒猫パルとは部屋を別々にして過ごすことになった。

ずっと寂しいと鳴いているパル。自分のせいでごめん。いつもの場所に入れずに不自由にさせてごめん。

それから重度のアレルギー結果は変わらずそのまま。

動物が触れない。学校行事で遠足での乗馬体験も1人外れて近くの小屋で先生と待機。

悔しかった。小学生ながらその感情だけは覚えている。
皆楽しそうだったな。

だけど生き物が好き。遠足の動物園も行けなくて、そんな思いをしていた自分を見るに見かねて、おばさんがかなりの頻度で水族館に連れていってくれた。

夢のような場所でずっと楽しくてキラキラした場所だった。年パスをつくって時間があれば足を運んでいた。未だに水族館が好きな理由はこのことから。

そうやって生きていて中学生になったころ、パルが寿命で息を引き取った。

その間ずっと別々の部屋で生きて自分のせいでつらい思いをさせてしまってごめんとずっと懺悔している。自分さえいなければ、家族が大切だったパルも一緒に過ごせていたはずなのに。

そうして大人になって検査したところ、アレルギーは当たり前にあるが数値がかなり落ち着いた。ほぼないに等しい(自分ではそう思う)。

親は何よりも猫が好き。
だけど自分がいるから一緒に過ごすことはできない。毎日のように猫番組や動画をみて過ごしていた。自分が一人暮らしをしても変わらず。

猫はねぇ…との反応なので、ご縁があった白猫とお友だちにならないか家族に交渉し無事にお家が決まる。さまざまな面で不自由のない環境をつくって、今では猫が全てを繋いでくれている大切な存在になった。

そうやってご縁があった白猫と今は暮らしている。顔を擦り付けても毎日薬を服用しているので特に問題はない。猫は嫌がるが。

薬を飲んでいなくても特にアレルギー症状を自覚したことはないくらいには落ち着いている。

あの頃、パルに対して懺悔する日々からこうやって毎日猫と一緒に生きるのは今の子に失礼だから、その気持ちは忘れずに全力で一緒に遊んでいる。

生き物と生きるということは難しいけれど、自分にとってかけがえの無い存在の一つ。

パルが元気だったらいいな。

自分がちょうど2歳になった誕生日のとき。

今も写真でずっと一緒。

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