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㉘ラオスのビエンチャンにおける中国の影響力の異様さ(タートルアン湿地SEZ)

2017年7月の記事です。

前回の三江(サンチャン)国際商貿城に続き、今回はビエンチャン市内の中国による大規模都市建設プロジェクトです。

その名は『タートルアン湿地SEZ』(That Luang Marsh Specific Economic Zone)になります。

2017年7月30日、31日の2回に渡り、ビエンチャン市内から10分のタートルアン湿地SEZに行きました。その際の様子を撮影したのが以下になります。

建設中のコンドミニアムをタートルアン湿地越しに見た様子
市内から10分で行けます。湿地は美しい円形です
タートルアン湿地の上空写真

タートルアン湿地の概要

●タートルアン湿地SEZはラオスの経済特区の1つで、総面積は365haで中国による観光自然文化都市を建設する計画。上海の不動産企業であるWan Feng Shanghai real estate companyがディベロッパーで資本金は16億ドルのようです。
⇒観光自然文化都市というのは名ばかりで、まるごと中国の都市といった印象。案内してくれたラオス人外交官の意見としては、「中国が土地を接収して開発に手を付けることがなければ、ずっと広大な放牧・農業地帯であったため、中国とは言えど開発されて良かったのではと思っている。ただし、中国の強大な影響力によってラオス人の文化や生活習慣が変えられることには反対する」とのことでした。

●丸い形をした湿地の周りに12棟の18階建コンドミニアム(64x65m)が建設されていて、建設中の2014年3月から12棟の18階建コンドミニアム(64x65m)を1.74億ドルで建設しており11棟が完成している。そのうち5棟を販売、144室が予約済み。ラオス人、フランス人、韓国人、中国人、日本人、タイ人、ベルギー人などが購入済。
⇒現場に赴き警備員さんに聞くと、在住者の9割は中国人ということだった。また、あまり居住者の人影も見えずそこまで多くの人が生活を送っているようには見えなかった。資産運用目的で実際の居住者が少ないと予想。

●販売価格は4ベットルームで40万ドル程度となる見込み。2015年6月15日、第1期販売として319室の販売が開始されている。最低価格は1118ドル/平米で、外国人は99年間、ラオス人は永続的に使用権を購入することが出来るとしている。また外国人で20万ドル以上を購入した場合にはグリーンカードと5年以上のマルチプルビザを与えるとしている。
⇒ラオスという国は共産主義であるため、土地の私有という概念が無く、土地は全て国家の所有である。それにも関わらず永続的な使用権という概念は矛盾をきたす。ビエンチャン市内で現実に起こっていることは、土地の利用権(×所有権)を持つラオス人が中国人に対して名義を変更しないまま売却して、そのままラオス人が利用しているように見せかけて中国人が利用すること。そのため、当コンドミニアムは中国人に永続的に使用されることを認めていると解釈できる(ラオス人名義で中国人が住む)。

前々回の①ラオスのビエンチャンにおける中国の影響力の異様さ(三江(サンチャン)国際商貿城)の記事で下川さんの印象を引用しましたが、都市まるごと中国になってしまう事には、異様さを感じざるを得ません。

学問的な視点から『タートルアン湿地SEZ』を見ると、私が個人的に神本だと思っている、白石さんの「中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム」が参考になります。以下、引用です。

 同じような事例は「ヴィエンチャン新都市開発事業」にも見られる。ラオス政府は2009年の第25回東南アジア競技会の開催のために、総合競技場の建設を計画した。そのスキームは、ラオス政府が土地を提供し、一方、事業費は中国開発銀行が融資し、総合競技場の建設は雲南建工集団総公司が請け負う、というものだった。
 このスキームについては、2006年8月、プアソーン首相と中国開発銀行総裁の会談で合意が成立し、同年11月、胡錦涛国家主席のラオス訪問の際、中国とラオスの経済協力事業として、総合競技場建設をふくむ包括的開発事業について合意がなされた。これが「新都市開発事業」である。
 その計画によれば、新都市は中国の蘇州工業園区をモデルとして、居住区、商業区、サーヴィス区等から構成されることになった。この合意にともない、ラオス政府は1,640ヘクタール(1,000ヘクタールが新都市開発、640ヘクタールが貯水池等の水域)の土地の開発権をラオス・中国合弁企業(中国側は蘇州工業園区開発有限公司、雲南建工集団総公司等の3企業で出資比率95%、ラオス側は国営土地開発・管理会社で出資比率5%)に与えた。運営期間は50年(ただし、75年まで延長可能)、契約終了後、すべてはラオス政府に引き渡されることとされた。

 では、なぜ、総合競技場の建設と新都市開発がセットになったのか。きわめて明白である。新競技場の建設について、ラオス政府は土地を提供するだけで、あとは中国開発銀行が建設資金を融資し、中国企業が建設を請け負う。しかし、競技場が利益を生む可能性はほとんどない。したがって、ラオス政府としては、競技場建設資金の融資返済のため、同企業を中心とする合弁企業に新都市の開発権を与え、これが新都市の運営・管理を請け負うことで資金を回収することとされた。合弁企業におけるラオス企業の出資比率は5%、総合競技場を別とすれば、こらが「新都市開発」事業におけるラオスの取り分となる。このスキームによって、ラオス政府は土地収用、補償等にかかる費用を除き、競技場の建設を新都市開発において一切の資金負担を免れた。その一方、中国企業はヴィエンチャン郊外に大規模な不動産開発用地を取得した。
 これがラオスで社会的反発を生んだ。ラオスには、中国の援助、中国企業の進出にともなって、おそらく30万人に達する中国人が流入している。中国人の労働者が建設現場周辺に家を建て、村を作って、不法滞在するケースもある。こうした事情は、これからも続く。そうした中、「新都市開発」事業とは、5万人の中国人移民を受け入れるための「チャイナタウン」開発事業ではないかという議論がおこった。

 この結果、2008年には国会で、不法外国人労働者、さらには外国人の増加の問題が取り上げられた。中国の援助、投資がこれからますます拡大し、中国人がさらに数万人単位で流入すれば、これがラオス国民の反発を招くことは必至である。実際、この問題について、ヴィエンチャンのラオス人の関心は高く、2008年、ソムサワート副首相は記者会見で「新都市開発」事業について説明し、これは「チャイナタウン」開発計画ではないと正式に否定した。また政府はその直後、ラオス郊外の予定地の事業規模を1640ヘクタールから200ヘクタールに大幅に縮小することを発表した。党国家ラオスとしては異例の措置だった。

 このように「新都市開発」事業計画のスキームは、ラオスで大きな反発を生んだ。しかし、このスキームは、中国では「融資平台(プラットフォーム)」として、都市開発の標準的スキームとなっている。花木出(「中国の経済と政治について」)は、これを次のように説明する。
 融資平台とは、本来、地方政府がほぼ全額出資して作る都市開発投資会社のことである。具体的には、「〇〇城投公司」等の名称で、都市における市街地開発プロジェクト、インフラ・プロジェクト、さらには学校、病院、市役所等の公共施設の整備も行う。融資平台のほとんどは2,000年以降に設立され、現在では中国全土で8,000を超える。
 中国では土地は公有である。したがって、農地の住宅・商業・工業用地等への転用は国家(地方政府)の独占事業であり、その利益率はきわめて高い。1994年の「分税制」の導入によって、それまで地方政府の収入となっていた「増値税」(中国で、(1)物品の販売、(2)加工、修理、補修役務の提供、(3)物品の輸入を行う場合に適用される税)は75%が国庫に納入されることになった。そこで地方政府は自主財源として土地開発に目を付けた。地方政府が土地収用によって予算外収入をあげる。これを都市開発に投資し、そこからの営業税がまた地方政府の財源となる。そこが鍵となったのが融資平台である。
 地方政府はここに土地開発利益を資本金として注入する。融資平台は、その上で、地域の銀行からの融資で事業規模を何倍にも拡大し、都市開発事業を実施する。地域地方はその債務を保証し、あるいは融資に際して土地の使用権を担保に提供することも少なくない。融資は土地担保主義で行われ、したがって、プロジェクト自体の採算性は審査されず、また開発によって担保評価額が上がれば、融資枠はさらに拡大する。こうして実施されたプロジェクトに対する融資の返済は、インフラ事業についてはその収益が回されるほか、一部の公共用地を融資平台が商業用地に転換して売却、その資金によって返済されることもある。

 こうしてみれば、ヴィエンチャン「新都市開発」事業が、この融資平台スキームの応用だったことは明らかだろう。ここにおいても、ミャンマーにおける水力発電開発事業と同様、中国の企業、党・国家の幹部とラオスの党・国家の幹部の、国境を越えた同盟が基本にある。つまり、中国企業は、中央、地方の党と政府の幹部の支援を受け、ミャンマーでは政府、国軍の要人、ラオスでは党と政府の要人と結託して、事業を展開している。そこで、決定的なことは、ミャンマーとラオスが東アジア/世界経済にまだ十分に統合されておらず、中国企業(そしてタイ企業)以外の外国企業があまり進出していないこと、さらにはミャンマーでは国軍を屋台骨とする事実上の軍事政権、ラオスでは人民革命党の党国家体制が安定的に国権を掌握し、中国の「国家資本主義」のビジネスモデルが、エリートの結託によって、比較的容易に、これらの国々に移植できることである。

 その結果、これらの国々では、政治経済の「中国化」とも言うべき現象がおこりつつあり、それほど遠くない将来、ミャンマー、ラオスの国益とはなにかを定義するパラメーターそのものが、国境を越えたエリートの結託によって変わってしまうかもしれません。

(「中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム 白石隆」の「第3章中国の経済協力 ラオスの事例(P106~)」)

タートルアン湿地SEZという1都市から、「融資平台(プラットフォーム)」や「国家資本主義」等、今後の中国の動向が見えてくることがわかります。

前回の仮説①と今回の疑問②を論文執筆の材料にしていこうと思います。

①同じビエンチャン内の中国の市場や建設プロジェクトでも中央政府主導のものから地方政府のものから民間のものまで多種多様であり、同じ中国内でも競争が働いているために供給過多になっているのではないか???
②中国の「融資平台(プラットフォーム)」や「国家資本主義」等の政策パッケージの隣国に対する魅力はどの程度のものか???

See you from Chicago♪


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