【ショートショート】光は原付の光
夏のある日の夜。家のソファーに寝っ転がりながら、スマホでとあるWEBサイトを開こうとしたら、「私はロボットではありません」の画面が表示された。
出たよ。またこれだ。
恐らくセキュリティ面の強化や不正アクセス防止のためだろう。次に進むためには、「私はロボットではない」ことを証明しなければならない。
例えば「タクシーの画像を選んでください」などといって、いくつかの表示された画像の中から、対象の画像を間違うことなく全て選ばなければならないのだ。これがまた絶妙にわかりにくい画像を提示してくるのだ。
ああ面倒くさい。俺がロボットなわけないだろ。
大体、「ロボットだと入れない」ということ自体、俺はおかしいと思う。
多様性社会の今の時代、人間もロボットも平等であるべきではないのか?
ロボットの恩恵は受けれるだけ受けて、面倒くさいことは知らんぷり。おいしいところだけを持っていく。
人間とは、なんというエゴの塊なのだろう。かくいう俺も人間だが。
ロボットだって、この画面を見たらさぞ悲しむことだろう。
「人間は良くて、どうしてロボットはダメなのか。これは差別だ」ってね。
まあそもそもロボットに感情というものがあるのかどうかもわからないが。
そうそう。「セキュリティ面」といえば、俺の家は、最近何かと物騒だ。見知らぬ人が平気で俺の家に入ってくるのだ。しかも何回も。入ってくるのは、いつも同じ人だ。中年の小太りの男。家の鍵はちゃんと全部閉めてあるのに、その人、いや、『やつ』はいつも堂々と玄関から入ってくる。
俺の家の玄関は、超厳重なロックがかかっている。俺以外の人間は、まず入ることはできない。なのに『やつ』は、涼しげな顔ですんなりと入ってくるのだ。怖いというよりは不思議だ。
もう一つ不思議なことは、『やつ』が入ってくるところまでは鮮明に覚えているのだが、いつもそれ以降の記憶が一切ないのだ。気がつくと放心状態で突っ立っているのだ。家中を調べても、荒らされた形跡はない。何も取られていない。取られるのは、いつも俺の記憶だけ。
警察に電話しても、「寝ぼけてたんじゃないんですか」とか「お酒の飲み過ぎですよ」とか言って全く相手にしてくれない。ちくしょう。舐めやがって。
それにしても玄関から入ってくるなんて大した度胸だよ。そこはむしろ感心するね。
『やつ』は何か特殊な能力を持ってるに違いない。それこそ、『やつ』こそロボットなのではないのか?
『やつ』が来る時はすぐわかる。
『やつ』はいつも原付に乗ってやってくる。
原付の、卵の黄身のような、極端に黄色い光が部屋の窓に反射されたら、『やつ』が来るサインだ。
その黄色い光が部屋の窓に反射した時、ベランダからこっそり覗くと、『やつ』はいつも、あたかも「これから自分の家に帰りますよ」と言わんばかりに、手慣れた様子で俺の家の駐輪スペースに勝手に原付を停め、颯爽と俺の家の玄関へと向かってくるのだ。全く。なんてやろうだ。
……ほら。噂をすれば、部屋の窓にあの黄色い光が反射している。『やつ』が来るに違いない。
ようし。今日という今日こそ懲らしめてやる。俺を舐めるなよ。
俺は玄関の前で、戦闘体制で『やつ』が来るのを待った。
まもなく、ガチャっと音がした。
『やつ』が玄関から入ってきた。
「おい! お前! いつもいつも他人の家に勝手に入ってきやがって! こうしてやる!」
殴りかかろうとした俺を、『やつ』は慣れた手つきで振り払い、俺の頭を鷲掴みにした。
「やい。何をする!」
『やつ』は俺の頭の後ろの出っ張りを強く押した……。
……静かになった『それ』を見て、私は呟いた。
「やれやれ。出張から帰ってくる度にこれだよ。暫くすると自動的にスイッチが入るシステム、なんとかならないかなあ。毎回毎回、お掃除ロボットに自我を持たれては困るよ……」
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