祓い下げの品part1

影もすっかり伸び切った頃、シャッターが半分降りた見窄らしい古物屋の奥で、湯呑2つだけ乗せたカウンター越しに男が二人話し込んでいた。
「美味いお茶だね。何年物だい?」
 椅子に座っている手前の男が、空になった湯呑を奥の男に差し出した。手前の男は客で、奥の男は店主らしかった。
「緑茶に何年物も何もありませんよ。ただの新茶ですよ、静岡茶。」
 湯呑を受け取った店主は慣れた手付きで、茶を注ぎ直した。店主から湯呑を満足そうに受け取った男は、口を開いた。
「どうだい、商売の方は。相変わらず厳しいかい。」
 古い男である店主は、懐事情に踏み入られた事に対して少々苛立ったのか、一瞬顔を強張らせたが、男とは親しい間柄である事もあって、半ば諦めたように静かに答えを返した。
「そりゃそうですよ。良くなりようがない。碌な物が入って来ないんですから、商売になりません。」
 店の懐事情を語る店主の言葉は、諦めと疲労感に満ちていた。

「やっぱり、ネット通販に大方の物が取られちまってんのかい?」
「いや、確かに通販の登場が事態に拍車をかけてはいますが、一番の原因は人間要らない物が出なくなった事でしょうね。」
「今の人はあまり贅沢をしなくなったって話かね。」
「良くも悪くも、人間も社会も利口になったという事でしょう。例えば昔はね、親戚同士や友人同士でやれお中元だ、やれ土産物だと物を贈り合う文化がありました。しかしね、人からもらった贈り物なんて大抵が箪笥の肥やしになるか、少々無理して使った後に一年保たず捨てられるかです。そういったお客様の要らない物が、我々にとっては大事な収入源だったんです。」
「今は土産と言えば邪魔にならねぇ食料品だもんな。3日もすりゃどこの家でも無くなっちまう。」
「ええ。今の人は、物があることを贅沢だと思わない。家には必要なものしか置きたがらないんです。余分な娯楽は形に残らないスマートフォンで十分。洗練されてます。おかげで私のような人情の受け皿をしてきた人間は、行き場を失いそうです。」
 それは平坦な調子の物言いだったが、饒舌な口振りは店主の苛立ちや焦りを感じさせるに十分な物だった。男は店主の話をこくりこくりと頷きながら聞き、店主の話が終わるのをじっと待っていた。そして、店主の話が終わったところで、男はカバンから木箱を取り出してカウンターに置いた。木箱の中身は、古いこけし人形だった。台の上に置かれたこけしは、まるで店主を睨んでいるかのようであった。

 こけし人形と目があった店主は、一瞬ギョッとして顔を引きつらせたが、そこはプロの商売人である。すぐに平常の調子を取り戻し、ナイロンの白手袋をはめて、こけし人形の鑑定へと移った。
「鳴子系、戦前こけしですね。銘もちゃんと入ってる。・・・底の窪み方も経年劣化で間違いない。真作ですね。・・・あ、あなたこんなもの良く手に入れましたね。」
 店主がそのこけしを見て驚きの声を上げたのも無理からぬ話である。戦前に生産された東北地方の伝統こけしには収集家も多く、著名な作家の物は一つ10万円を越える事もあった。
 男は得意げに笑いながら、驚いた店主の顔を覗き込み、聞いた。
「で、いくらで買う?」
「3万・・・いや、5万ですね。うちはそれだけ出します。」
 店主から鑑定額を聞いた男は、満面の笑みを浮かべると、いそいそとカバンから実印を取り出して、台に乗せた。鑑定額に納得がいった様子だった。
「良いだろう、5万で買ってくれ。」
 
 店主と男は買取伝票の空欄を埋めて、互いにサインをハンコを押した。互いに慣れた手付きだった。店主はこけし人形の入った木箱を受け取り、男は現金5万円を手にした。
 こけし人形の入った木箱を店のさらに奥へと仕舞った後、カウンターへと戻って店主は男に聞いた。
「私とあなたの仲だ、今更うるさい事は言いませんがね。あなた、あのこけし人形をどこで手に入れたんです?見つけるのにも、随分苦労なさったでしょう。」
 そこで男は、「いや、実はな・・・。」と前に置いて男がこけしを手にした経緯を一語一語語りだした。
「あれはな、野暮用で供養寺に行った時に坊主さんに押し付けられたものなんだ。」
 古物商として、曰くのある物品を見る機会が多かったさしもの店主も、供養寺と聞いて震え上がった。
「じょ、冗談じゃない。あなた、まさかお坊さんでも手に余るような曰く付きの品を引き取ったんですか?ましてや、それを私に売りつけようとしたんですか?」
 店主は「いくらなんでも、そんな曰くがあっちゃお客様に売るわけにはいかない。」と男に返金とこけしを引き取るように求めた。だが、取り乱す店主を尻目に男は落ち着いた様子で話を続けた。
「誤解しなさんな。俺も、まさかあんたにそんな品を買い取らせたりはしない。それは、元は確かに呪物だったようだが、今じゃ呪う相手もいなくなってすっかり毒の抜けたただのこけしだよ。」
 男は大丈夫だからと店主を宥めたが、元々が供養寺にあった呪物とあっては店主の顔が晴れるはずもない。店主は、男に返金とこけしの受け取りを求めて引かなかった。そんな亭主の様子を見て男は、そんなに不安がられては仕方がないと、供養寺でこけしを受け取った時の事を一言一句語り始めた。

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