京都/獅子川 傑

京都
獅子川 傑

一章 出会い

 夏の京都は、祇園祭りが行われ市内中心部は活気づく。外国人観光客もさらに増える。

 そんな祇園祭りも終わり、秋に向かう九月。第四週の金曜日はまだ夏の暑さも残っていた。

 僕はエアコンの効いた電車に乗った。大学をさぼり、地下鉄で出かける途中、一人の女性に出会った。

 髪は肩まであるセミロングはカールがかり髪は輝いている。百六十六はあるだろうか。ストライプ柄のブラウスにスカーチョをはいている。僕は、声をかけなければ一生後悔するような気がして、彼女が降りるのかを待った。これが俗に言う一目惚れというやつだろう。いつ降りるだろうか。僕もそこで降りることを決心した。

 彼女は、今出川駅で降りた。地下鉄の道で彼女を見失わないように歩きながら、階段から地上にでたところで追いついた。

「あの、待ってください」

 振り向いた彼女は驚いたようで瞳は大きく開いていた。

「あの、一目惚れしました。えっと……」

 しかしそのあとの言葉が続かなかった。なんて言おうか考えていなかった。

 でも自然に彼女は
「あの、続きは喫茶店でどうですか」

「はい」

 僕の話に興味を持つとは。少し、僕のほうが拍子抜けしてしまった。
そこで、僕の行きつけの喫茶店が鴨川の近くにある。そこへ案内した。

 今出川駅前は同志社大の真横に位置し、正面には京都御所が位置している。ここから歩けば、そう遠くはない。

 喫茶店にうつる。鴨川の見えるテラス席は晴れているおかげで川は透き通り彼女の透明感と重なり言葉では言い表せないような雰囲気を醸し出していた。鴨川デルタは水位が低いため、子供たちが川で遊んでいた。あまりの可愛さにぼんやりしていると

「それで、いきなりどうしたんですか」

 彼女は目を丸くし聞いてきた。驚いた。女性にこんな目で見られたことがなかった。でも落ち着いて、焦らず口を開いた。

「すいません。その前に何か頼みましょう。コーヒーでいいですか」

「いいですよ」

 僕は注文をして本題へと入った。いつもの喫茶店でよかった。ここでスタバとかにしていれば僕は一言も話せない。

「あなたを見たときに一瞬で恋に落ちました。感覚なんです。でもこんなこと初めてで、話しかけるしかないと思いました」

「そうですか。なるほど。わたしに恋をした。不思議です。いまこうしていることが自分でも。でも私は話を聞いてみたいと思いました」

 ほんとうにその通りだ。自分が一番不思議だと思っているに違いない。

「急にごめんなさい。あなたがこうしてくれなかったら僕は、ただの変態でしかなかった」

「ふふ。そうですね。私じゃなかったら警察送りです。ほんとに運がよかった」

「用事があったのでは?」

「大学で講義を受けに行くつもりが……」

「ほんとにすいません。同志社大学なんですね。僕も法学部です。たまたまコマ休みで国際会館前で降りて宝ヶ池公園に行こうかと思ったら君を見つけて」

「ほんとですか。私も法学部です。こんな偶然。なんか面白いですね。でも今日の授業。一限、憲法でしたよね。私は受けれなかったけど、あなたは受けなくていいんですか」

「あぁ、これはすいませんでした。僕のせいですよね。僕は来期に取ろうと思って取ってないんです」

「なるほど 憲法面白いですから楽しみにしていてください。とくに先生。話は面白いし分かりやすいし、人もたくさんいて人気なようですよ」

「楽しみにしておきます」

 数秒あいただろうか。彼女が少し決心しているかのようにいってきた。

「いきなり本題ですが、私は急にはお付き合いはできません。出会ってすぐにとはいくらなんでもいけません。友達からでも可能でしょうか」

 まあ、そう言われると思っていた。しかし、彼女の言葉は社交辞令のようには聞こえなかった。

「もちろんです。おっしゃるとおりです。よろしくお願いします 連絡先の交換しておきましょう。大丈夫ですか」

「はい」

「ラインの画像かわいいですね。シロクマですか」

「そうなんですよ。どこだったか忘れましたけど動物園に行ったときに撮影したんです。でも京都市動物園にはいないので京都ではないと思います」

「私、動物好きなんですよね。実家で猫を飼っていました」

「なるほど。僕、猫派ですよ。のんびりしてるように見えたりするところが好きです」

「分かります。あれが何か私に非日常を感じさせてくれる気がします」

 しばらくお互いにコーヒーを飲み、外を眺め僕からまた問いかける。

「京都出身ですか」

「そうですよ。西陣のほうに住んでいます」

「またすごいところに住んでいるんですね。僕は大学の紹介で入った安いアパートでしてね」

「別に、いいじゃないですか。たまたま私が西陣なだけです」

「しかし何か家族の方がお店でもやっているんですか。西陣というと勝手な想像ですが店が多そうなイメージで……」

「いえ。私の親は会社員で祖母の自宅をリフォームして住んでいるんです」

「なるほど。それはいいですね。なんか憧れます。一度でいいから、住んでみたいところです。ところで話は変わりますが、部活などは入っているのですか」

「私は、ダンス部です。競技ダンスを去年から始めたんです。あまりうまくはできませんけど」

「あなたは何を?」

「僕は、ジャズサークルです。子供の時からピアノをやっていたので。実は、ピアノは同じでもジャズではクラシックとは全く別物なんですがね」

「いいですね。ピアノ。私も昔はやっていました。
色々習い事はしていましたけど、ピアノが一番よかったです」

「僕は、ジャズとは関係ないですがよく古典派の曲を弾きます。例えば、ヴェートーベンとかです」

「いいですね。好きです。そういうの。私もよくクラッシックは聞きます」

 僕は、自己紹介すらしてないことに気が付いた。それだけ彼女はかわいらしく、声は透き通り僕を癒していた。

「自己紹介してなかったですよね。僕の名前は、椿俊輔です。父がサッカーが好きで、昔のサッカーの選手からとったそうです。というか、あんまり興味ないですよね」

「そうでしたね。初めてあったような緊張もなくて忘れていましたね。私の名前は、綾瀬 結衣です。結衣で構いません。あ、サッカーは見るほうですから大丈夫です」

「では、これからは結衣さんと呼ぶことにします。いいですか」

「いいですよ。じゃぁ私は椿くんで」

「そろそろ三限が始まるから行かないと」

「はい。そう呼んでください。そうでしたね。僕も三限は行こうかな。では行きましょうか」

「ちゃんと出てくださいね」

 三限は同じではなかった。別れ際、今日の夜にまた連絡をすることを約束した。いつ訪れることを予期できただろうか。こんなきれいな人と歩けるなんて、夢にも思わなかった。しかし、これからどうすればいいだろうか。告白はしてしまい、やることといえば、デートに誘ったり、話したりして彼女を知ることだろう。
 

 第一歩

 授業を受けながら考えた。どうしたらもっと仲良くなれるか。失敗しないようにするには何に気をつけなければならいのか。ああ、こんなことは恋をしなければ考えられない。幸せな悩みだと自分自身思う。

 夕方、ジャズサークルの仲間と練習。

 そのときに、友達の俊に今日のことを話した。

「今日さ、電車にいた女の子に一目惚れしちまって声をかけちまった」

「まじかよ。なにやってるんだよ。危険すぎるだろ。それで、そのあとどうなったんだよ」

「え、彼女のほうから喫茶店で話しを聞いてくれるっていうからそのままそこで話した。それでさ……」

「それでさ、じゃぁねえよ。そのまま通報されたらどうしようと思っていたんだよ。お前は小説の主人公じゃないんだよ。気持ち悪いな。お前がいくらかっこよくても普通の人は引くぞ。それでどこの大学のやつなんだよ」

「それがさ、同志社の法学部なんだって。俺らと同じ。しかもダンス部。かわいいんだよ」

「そうだとしても、今回はそれでよかったかもしれない。これからやるのは許されないぞ。いいか、その子とは彼女または、友達のままいろ。それ以外になった場合、お前の大学生活は終わる。同じ学部なんだからさ。気を付けてやれよ」

「わかった」

「おう。分かればどうにかなる。とりあえず作戦会議だ。俺の家に来い。俺が教えてやるよ」

「分かったよ。さあ、練習しよう」

 練習の後、俊の家に行った。五条にあるアパートの一室は駅から数分のところにあり、みんなの集う場でもある。ちなみに僕は十条のほうで立地は俊のほうがいい。でも町にあるだけ高いから僕は選ばなかった。

「まずは乾杯から」

 俊がビールを渡してきた。いつも最初はビールからで大体メーカーも決まっている。

「乾杯」

 一日の疲れを癒すようにビールがのどを潤していく。自分に頑張ったと言えるほど今日はよくやった。

「じゃ、まず約束した連絡からだな。まず、次会う日を決めろ。早い日がいいな。そのあと休みの日に行く場所を決めろ。とりあえずはこんなもんだろ。あんまり言うより直接会って話せよ。お前はすぐ人前で話せなくなるんだ」

「分かった、分かった。お前はよく俺のことを知っているから助かるわ。じゃぁ早速送るか」

「送れ、送れ」

 スマホから結衣さんのラインを開く。

「こんばんは。椿です。結衣さん、今日はいろいろありがとうございました。また、会いませんか。結衣さんの都合のいい日で構いません。今日のように話したいです」

 僕は久々に女性へラインを送った。こんなの人生でバイトの時の女性にしか送ったことがなかったし、仕事以外だと高校の体育祭にまで遡ってしまう。

「送ったぞ。あとは返信待ち」

「うまくしないと逃すぞ。話を聞くにいい子だし気がないってわけでもなさそうだよな。いい返事を期待させてもらうよ」

 俊は自分のことようにうれしいと思っているらしい。小学校から幼馴染でいつも同じ高校、大学へと進学した。時に一緒に笑い、頼りになる存在である。数分後、結衣さんから返信がきた。

「こんばんは。椿さん。こちらこそありがとうございました。来週の日曜日が空いています。まだ時間があるので放課後に会えたらうれしいです。そのとき詳しく決めませんか」

 まさか結衣さんのほうから誘いがくるとは思わなかった。

「どうしよう。結衣さんが時間があるから出かける前に放課後会いたいって。俊はどう思う」

「いいんじゃないか。また同じ場所もあれだから、鴨川沿いでも歩きながら話せば」

「了解。そう伝えてみる」

 なにかとこういうとき経験が多い俊の発想には頭が上がらない。

「了解しました。明後日の放課後、駅集合でお願いできますか。時間は五時くらいに。」

 すぐにスマホはひかりメッセージを受信する。

「はい!よろしくお願いします!」

 僕は安堵した。

「よし。決まったぞ」

「よかったな。その調子でがんばれ」

 少し、このテンションの上がった僕に引き気味ではあった。

「OK。じゃそろそろ帰るわ。あした一限からだし。終電もうすぐだしさ」

「もうそんな時間かよ。気を付けて帰れよ。あんまり浮かれて帰るなよ。じ
ゃあな」

「おう」

 こうして友の力を借り一日を乗り切ったのである。

 次の日、授業は大教室であるから結衣さんを見つけることは困難を極め
る。まぁ、放課後会えるからいいのかと思いつつ、僕は授業を一人で受ける。一人なら席をとる必要もないし、次の授業にもスムーズに行けるからだ。

 放課後、駅の前で結衣さんを待つ。いつも京都御所の木々が色づいたらきれいになり、とても歩いていて気持ちいいものになるだろうと思っている。そして結衣さんが歩いたらとても絵になると思ってしまう。

「お待たせしました。授業の後、すこし友達と話してしまって。じゃぁ、行きましょうか」

「大丈夫です。僕も今、来ましたから。では、今日は晴れてるので、デルタのほうにでも歩いてみますか」

「それはいいですね。了解です」

 同志社大の通りを抜けると、おととい行った喫茶店のところにでる。そこを左に行くと鴨川デルタもほうに行くことができる。最初は結衣さんのほうから聞いてきた。

「椿さんは普段は何を過ごしているんですか」

「僕は、町を歩いたりゲームをしたりおいしいものを食べたりしています。あとは京都だからお寺参りもしますよ」

「京都の街並みは素敵ですもんね。おいしいもの知っているんですか。こんど教えてください。京都に住んでいると言っても私は高校の時に引っ越してきたのであまり分からないんです」

「了解です。というか今度会うときにでも少し行ってみますか」

「そうですね。行きたいです!」

 結衣さんははじけるような笑顔で言ってきた。

「ここの周辺来たことありますか。下鴨神社とかが世界遺産なんですよ」

「来たことはあります。友達とデルタには来たことがあります。でも下鴨神社には行ったことはありません」

「そうなんですね。ぜひおすすめなので行ってみてください。恋に困ったら恋に関する神社もあるので」

「分かりました。ほんと好きなんですね。博学みたいで好きですよ。私」

「そうですか。なんか理解されないことも多くて大変なんです。うれしいです」

「じゃ、来週の日曜日なんですけど、どこか行ってみたいところはありますか」

「そうですね。椿さんのおすすめでもいいですか。あまり京都について分かってないことも多いので。あ、おいしいものは行きたいです」

「了解です!まとめて作っておきます。楽しみにしていてください」

「来週の日曜日を楽しみにしておきます。今日はありがとうございました。楽しかったです。今日の鴨川は夕方ということもあって風が涼しくて気持ちよかったですね」

「また日にちが近くなったら連絡します。そうですね。気持ちよかったですね。じゃ、また。気をつけて帰ってください。僕は四条まで歩いてみたいと思います。」

 僕は彼女を駅まで送り届けた。

「はい。じゃぁ、また。ばいばい」

 彼女は手を振って僕と別れた。彼女の笑顔はいつも僕を照らしてくれるのだ。鴨川をしばらく歩くと有名な四条の川沿いの土手に等間隔にすわるカップルが見えてくる。うらやましいわけではないが一度はやってみたいものではある。

 とりあえず、俊に状況報告。家に来いとラインがきた。俊の家に向かっ
た。

「お、来たな。入れ入れ」

「おじゃまします。これビールな」

「ありがとな。また二人で飲むか。いつか結衣さんもつれて来いよ」

「分かったよ。それでさ、今度はどうすればいい」

 僕はいつものように座り込む。俊はグラスを出してくれた。

「じゃぁ、お疲れ様。乾杯!」

「おう」

「え、次か。お前がコースを考えるんだろ。もちろん行ったことのある場所になるけど、とりあえず下見だな。一度行ったといっても見てない場所もあるだろうしさ。新発見もある。エスコートするのはお前なんだから」

「そういうものか。日曜日だし土曜日に下見もかねて行くか」

「そうしろ。じゃ、連絡しろよ」

「おう」

 僕は集合場所を打ち込む。

「こんばんわ。集合は京都駅の一回のJR線のところでお願いします。時間は九時。楽しみにしていてください」

 数分後、返信がきた。

「分かりました。よろしくお願いします。今から私はすごく楽しみです」

「おやすみ」

 これだけでいい。余計なことは聞かない。程よい距離でいて付き合い始めれば少しずつ詰めていきたい。

「おやすみ」

 結衣さんもあっさり返してくる。それがいい。

「俊、伝えたぞ。よし。飲むぞ。ワイン持ってこい」

「はいはい。しょうがないな。よかったよ。やっとうまくいったもんな」

「そうだな。いままで好きな子ができても告白することもできなかったし
な」

 このあと、二人で一瓶あけた。明日も大学なのに。

 土曜日、下見もかねて宇治へと足を延ばした。京都からは四十分ほど。ここには平等院鳳凰堂のほかにも宇治の抹茶、源氏物語の「宇治十帖」で舞台になったことでも知られる。

 夏に来たから、二か月ぶりくらいになる。前は、ひたすら平等院に行くことと他の場所を回ることを考えていなかったから商店街のほうまで見てはいなかった。

 宇治の商店街は先週きた台風の影響で人はまばらだった。宇治抹茶からパフェやアイス。どれも魅力的だ。女性のみならず、観光地では男性が食べているところを見るのも珍しくはない。

 ここにすることに決めた。自然を感じることができ、尚且つ、少し都心からは離れることができる。山々が宇治川と重なりあいとても絵になる。明日は晴れる予定で青空にはピッタリだ。時間的に午前で回れてしまうから、もう一つあってもいいのかもしれない。まぁ、その場合京都タワーとか京都駅周辺になるかもしれない。三十三間堂もありだ。

 京都のバスは値段が安い。これが魅力的。東京と違い、地下鉄の路線が少ない。一日券を買えばバスも乗り放題である。

 僕は行く場所の下見を終え、家へと帰宅した。

 京都へ引っ越して二年目。料理もそれなりに出来るようにはなっていた。今日パスタはスーパーで買ったひき肉を使いボロネーゼ。そしてサラダ。少しは健康にも気を使っている。明日も早い。今日は十二時には寝ると決め身の回りのやることを終わらせた。


二章 デート

 日曜日になった。いつも通り、野菜ジュースを飲み、ストライプのシャツに袖を通しいつも通りのルーティンをして駅へ向かった。

 時計を見るとあと二十分。緊張してきた。初の女性と二人。無理もない。待ち合わせに指定したJR線のところへと向かう。

 彼女は僕より早くいたらしい。遠くからでもすぐにわかる美しさ。

 彼女もすぐにこちらに気が付いたらしい。彼女が手をふってきたので僕もふりかえした。

「おまたせ。早いね」

「私もちょうど来たところだよ」

「そっか。よかった」

「じゃぁ行く?」

「そうだね」 

 電車に乗りこむ。行先は宇治行き。アナウンスがなり出発の合図が流れる。僕らは急いで乗り込み、二人で座った。

 横を見ると彼女がいる。結衣さんの服装が僕の彼女の服装の理想で、なおかつ正統派の女性を見ているようだ。

「えっと、その服、いいね。似合ってる」

「ありがとう」

 控え目にはにかむ。

 そんな彼女がかわいらしい。

「今日はどこに行くんですか。もしかして宇治?」

「そうです。宇治です。今の宇治はきれいで人もそれほどいないしちょうどいいときなんです」

 なんとか会話が続きようやく宇治に着いた。

「わぁー。すごい!きれい」

 宇治川にかかる橋と山が見事に重なり合い彼女が小さく声をあげる。

「きれいでしょ。ここ。アニメの舞台にもなったりしてるんだよ」

「さすが物知り椿君。あの山きれいだね」

「そうだね。映ったりしてきれいだね」

「わかるそれ」

 彼女が僕と同じことをいいと言ってくれたことがうれしかった。

「太陽がまぶしくて空が青い。まさにお出かけ日和って感じだよね」

「そうだね。これは台風の影響かな。台風のあとは晴れるって言うしさ」

「だね。私たち、ラッキーだったね。運まで味方につけてる」

 今日はいつもよりテンションが高い気がする。出かけているせいだろうか。

 これって緊張を和らごうとしているのだろうか。

 橋を渡ると彼女が指を指した。

「あ、あんなところにサイゼリアがあるね。思っていたより生活感あるかも」

 彼女はいったい、宇治をどんな場所だと思ったのか。ちょっと不思議ちゃんである。

「結衣さん。鳳凰堂行ったことは?」

「ないかな」

「じゃぁまず、鳳凰堂に行こうか」

「うん。行こう行こう」

 橋を渡ると二手に分かれており、商店街と鳳凰堂に行く道に分かれる。

「あ、抹茶ソフト買おうよ」

 彼女が新たな標的を見つけた。福寿園のお茶工房。

「これってあの有名な福寿園なのかな」

「どうなんだろ。そうなのかもよ」

 ということで僕は二つ宇治抹茶ソフトを買った。

「ありがと。買ってくれて」

「まぁ、これくらいはね」

 男としてこれくらいは出さなければという思いがあった。

「おいしい!」

 素直な響きだった。

「抹茶が濃くてうまいね」

「椿くん。食レポしてる。新鮮」

「そうかな。僕そしたらいつもしてるかも」

「そうなの。どんどん続けていこ」

「了解」 

 僕は喜んでくれる彼女を見て内心ガッツポーズをした。

「椿くん。まず一つ目のおいしいものクリアだよ」

「それじゃあ、鳳凰堂に行きますか」

「はーい」

 彼女は初めての場所に興味がわいたのかテンポよく僕をおいて歩いていく。彼女らしくてかわいい。

「早く来て。椿くん。遅いよ」

「結衣さん。早いよ。おいてかないで」

「もー。私初めてで楽しみなの」

 僕らはチケットを買い中に入る。

「中国人多いね。日本人より多いかも」

 たしかに見渡すとかなりの中国人だ

「あー。きれい。これが平等院鳳凰堂なんだね。ほんとに十円玉の形をしてるんだね」

「そうだね。水に映るのと合わさってコントラストが美しい」

「じゃぁ、写真撮ろうよ。二人で」

「うん。結衣さんしっかりとってよ」

「大丈夫だよ。私、iPhoneXだからキレイにとれるもん」

「それならいいけどさ」

「椿くんは変なところ気にするな~」

「それはそれで君らしいけどね」

 彼女は笑いながら言う。なんともかわいらしい。

「これから僕のおすすめするお茶を飲みます」

「おお、いいね。どんな感じなの?」

「それは行ってからのお楽しみ」

「えー」

 彼女は不満げな返事をする。

 お茶屋に到着。平等院内にあるこの場所は、全面ガラスで外がみれるようになっていてスタイリッシュな作りをしている。

「うわ、すご。こういうところ来たことない」

「ならよかった」

 お茶を注文する。ここは結衣さんは僕のオススメでいいということだった。

「何これ。ワイングラスで飲むの。すごいね」

 彼女は驚きを隠せない様子だった。まあ、こんな感じのお茶を見たことがある人はそうはいない。

「でしょ。これ最初みたとき驚くでしょ。飲んでも驚くよ」

 そう僕が言うと彼女が一口。

「ほんとだ。濃いね。そしてこのグラス飲みやすい」

「でしょ。よかった」

「これでおいしいもの二つ目」

「まだまだこれからもあるよ」

 僕らはこの後、お昼へ。

「何がいいかな。お昼。食べたいものある?」

「私はなんでもいいかな」

「ここは茶そばにでもしますか」

「それにしましょう」

 近くの店に入り、茶そばを堪能。のど越しよく、茶の風味もきて彼女も喜んでくれた。

「この旅最後は川で船に乗ります」

「おお。いい感じだねえ」

「いきましょうか」

「うん」

 今回は風も少しあり、流れの速さを感じた。

「すごかったね!木の船だから水が近くてさ」

「そうだね。風もくるし、さわやかな気持ちになったね」

「『うわー』ってなる」

「だね。楽しかった」

 彼女が楽しいのが一番である。

「じゃぁ、帰りますか」

 時間は二時すぎである。京都駅には三時すぎには着く。

「だね。駅に行きましょう」

「了解です」

 来るときよりも会話は弾み、楽しく駅に着いた。僕はここでもう一度、告白すると決めていた。俊からも言うように助言されていた。僕にこんな経験なんてほとんどない。だからほんとうにそこは心配である。

「椿くん今日はありがと。本当に楽しかった。おいしいもの食べたしね。また行こうね」

「ほんと!よかった。よしまた行こう」

「あのさ、改めて言わせてください」

「どうしたの?」

「結衣さん。僕と付き合ってください」

 数秒あいて、結衣さんが少し気恥しがりながら

「うん。こちらこそよろしくお願いします」

「ほんと。ありがとう。やっと深く寝れるよ」

 心がほんとに気持ちが高まり、今にも天にも昇りそうだった。

「私ね、最初のときは驚きすぎて答えがでなかった。あんなの初めてだったし」

 その答えにえっと声を漏らしてしまう。かなり以外だった。

「私ね。よく経験豊富だと思われるの。でもそんなことなくて。告白されたのだって初めて。だから、なんて返していいか分からなくてさ」

 彼女も緊張していた。だからいつもよりテンションが高かった。彼女はすこし頑張っていたのかもしれない。

「今までこんな経験なかった。だから慎重になる。恋にも憧れてでも、怖くて。それでいて誰でもいいわけじゃない」

「そこまで……」

「でも、私、うれしかった。真剣に好きでいてくれるならなおさら」

「僕で本当にいいの?」

「うん。椿くんがいいの」

 彼女の少し赤らめた顔がとても印象的だった。

「そっか」

「私、いつもね。椿くんを見ていた。タイプだな~って。気づかなかったでしょ」

「そうだね。僕の大学にこんなかわいい子がいるなんて気づきもしなかった」

「私の性格上、自分からは言えなかった」

「まぁ、そういうことです。椿くん」

 彼女の告白は僕のものよりも強く、素直な気持ちだった。僕は彼女の気持ちを正面から受け止めなければならない。

 電車で見つけて、僕から話しかけた。この出会いが運命を決めた。僕をほめてやらねば。

 僕が初めて声に出し思いを伝えた相手。

 綾瀬結衣。僕の前で彼女はその大きい目で僕を見ている。

「これからもよろしく。結衣さん」

 彼女の少しこもった声が聞こえた。

「はい」

 彼女はまた何か決めたように言った。

「はい」

「じゃぁ、また連絡するね」

 このまま別れたくない。でも時間も時間だった。

「もうこんな時間だったんだね。ありがとう。待ってる。バイバイ。椿くん」

 彼女の顔はいつもよりも優しく光る太陽というより、夕日のようだった。

 僕は今日のデートで昔、一度だけ恋をした人を思い出した。

    二 過去という思いで

 四年前、僕は高校一年だった。僕は高校で彼女を作ると決めていた。そこでただ一人だけだが恋をしたのである。

 その子は別のクラスだった。いつも少しだけ廊下を通るときにみるだけだったが見るたび付き合いたいと思える人だった。ポニーテールで156センチくらい。友達と話しているときの笑顔が素敵で清楚な綺麗な子だった。

 僕の友達の中学の時の同級生で話す仲だったのを聞いて紹介を頼んだが断られてしまった。

 それから半年、急にその友達からその子がある用事で引っ越すことになったということを聞かされた。僕は驚きと悲しみを隠すことはできなかった。

 友達は僕を気遣い、いなくなる日にちを教えてくれた。そして言ってくれた。『写真を撮ってこい』と。

 話は通してあると言われた。学校で声をかければいいらしい。

 僕はいなくなる日にただ一度だけ話しかけた。他の人の目なんか気にはしていられなかった。

「こんにちは。話で聞いていると思いますが写真を撮ってください」

 その彼女は驚きつつ

「椿さんですね。いいですよ」

「ありがとうございます」

 次の日からその子を見ることはなかった。どこに行ったのかその友達も分からないという。その子はポニーテールで今見てもあの子だとは気づかない。どこに引っ越したということもわからなかった。いまどうしているなんて僕には関係ないが彼女は今どうしているのだろうか。その子の名前すら友達には聞けなかった。

 でも今年、その子に少し似た綾瀬結衣に出会った。別に特別似ているわけじゃないしそんなこと考えもしなかった。

 でもこないだ、スマホの写真を懐かしくて漁っていたら見つけたのである。その写真は確かに少し似ていて目もそっくりだった。四年前の記憶が正しいわけではない。だから僕は確かめたいと思った。

 朝起きるともう昨日の自分とは違う感覚であった。別に容姿が変わったわけでもないし体が特別元気なわけでもない。ただ、彼女ができた。そんなことが特別うれしい。生まれて初めての恋人。僕のひとめぼれした相手。昨日から満足に寝れやしない。

 でもすぐに会うわけじゃない。集中しなければ。とりあえず、あまり大学では考えずに授業を受けよう。

 朝、いつも通りの支度をし、電車に乗り一限の授業を受ける。僕は友達が多くいるわけじゃないからだいたい一人。

 授業を終え、教室を出ようとしたとき。

「椿くん!」

「あ、結衣さん!」

「同じ授業だったんだね」

「そうみたいだね。結衣さんは一人?」

「えっとね……。友達待たせてる」

「そうなんだ」

 彼女は少し恥ずかしい感じに

「直接言いたくて。今日、私と帰らない?」

 僕の勇気がないばかりに彼女に言わせてしまった。彼女の顔がすこし赤いのが印象的だった。

「いいね。でも今日は練習があるし待たせるかもよ」

「いい。私、待ってるから。私も練習はあるし」

「そっか。よし帰ろう。僕からまた連絡するね」

「うん。よろしくね。忘れないでね」

「了解しました!」

 彼女と別れてから、にあけがとまらなかった。周りで見ていた人には『なんだこいつ』と思われても不思議ではなかった。

 部活に行くといつものメンツがいる。その中でも俊ともう一人。中村がいる。これがいつも一緒にいて、あとは同級生数人と先輩と後輩である。

 二人とはいつも一緒に帰っている。

 今日も中村に聞かれた。

「椿、一緒に帰ろうぜ」

「悪い。今日は用事があるんだ」

 それに気が付いた俊が寄ってきた。

「こいつ彼女ができたんだよ」

「おい、俊」

 僕は周りにはまだ話さずにいようと思っていた。

 中村は聞きたいことが山ほどあるらしく僕に畳みかけてくる。

「おい、なんで教えてくれないんだよ。どんな感じの人?きれいなのか。どこの学部なんだよ」

「いやだよー。俺は言いたくないから俊にでも聞くんだな」

「おい、俊。あとはよろしく」

 僕は逃げるように帰った。

「がんばれよー」

 そんな声が聞こえた。たぶん中村だろう。

 練習も終わり結衣さんにライン。

「今、部活終わりました。駅前で待っていますね」

 すぐに返信が来た。

「了解しました。今から私も向かいますね」

 僕は今出川駅の前でスマホをいじりながら待つ。

「椿くん。おまたせ。待った?」

「全然。今日は御所歩いてみる?」

「いいね~」

 僕よりも先に結衣さんが話始める。

「いいよね。御所って。歴史と自然の融合。木々に囲まれていて、しかも江戸時代とかの建物もある。私、とっても好き」

「僕も。蛤門はあるし迎賓館。皇族とともにあり、また江戸の戦争の場所でもある。とってもいい場所だよ」

「でも、砂利って歩きにくいよ」

「しょうがないよ。歴史を守るのに、コンクリじゃ風情が壊れるし」

「まあね」

 彼女は今日もかわいい。幸せ。毎日見ても飽きない。なんて贅沢な人生。付き合ってほんとうによかった。

「ねえ。椿くん。友達いないの?授業毎回一人みたいだけど」

「ちょっとね。大学では作ってないな。部活とかでいるけど。なんか大学で作るって難しくてさ。会っても週何回かでもないし。高校とかと違って作りづらかったかな」

「そうなんだね。安心した。私少し心配だったんだよね。ずーっと一人で椿くんいるんだもん」

「ありがと。心配してくれて。今度、俺の親友を紹介するよ」

「そうしてくれるとさらに私、安心」

「まかせて」

「忘れないでね」

「分かっているよ」

「私。今度、少し行きたいところがあるの」

「どこ?」

「貴船神社。ドラマとかにでたりする綺麗な場所。椿くんには説明不要だったかな」

 彼女がこうやっていきたいところを言ってくれることはうれしい。ちょっと気恥しそうだけど。

「そんなことないよ。名前くらいでドラマとかにでてるなんて知らなかったよ。いいよ。行こう」

「ほんと~。私を気遣ってとかじゃないの?まぁ、いっか。行こうね。じゃぁ、来週」

「おお。じゃ、行き方は調べておくね。たしか、出町柳から叡山電鉄に乗り換えだったはず」

「さっすが~。椿くん。でも私もそれくらいは、行ってるから!」

「はいはい。バカにしないから」

「そういうのがバカにしてるの。んっもー」

「ごめん。結衣さん」

「まぁ、許してあげる」

 僕はこの会話に笑いが抑えきれなかった。

 彼女も笑いがこみ上げたらしく笑っていた。

「来週、土曜日でいい?」

「いいよ。私もじゃ準備しておく」

「じゃ、また」

「うん。また」

 僕はいつものように地下鉄烏丸線に乗り、彼女はバスで帰った。僕は決めていた。あまり確信というものはない。でも高校のとき写真を撮ったのは結衣さんではなかっただろうか。僕の一目惚れは意図してなったものではないのか。確かめずにはいられなかった。来週必ずやる。心に決めた。
 

三章 彼女という存在

 土曜日の朝。いつものように青空で空気は少し冷たかった。もし、この関係に過去の話を聞いて壊れはしないだろうか。不安だ。

 僕はアパートを出て、出町柳に向かった。いつも通り、僕より早く彼女がそこにはいた。

「おはよ。おまたせ。いつも通り早いね」

「そうかな。私、少し早く来る癖があるだけかな」

「とてもいいことではあるよね」

「まあね~」

「そろそろ出発だから乗ろうか」

「うん」

 叡山電鉄はその名の通り、比叡山までつながる電車であり、貴船神社はそ
の電車は途中下車しバスで行くのである。

「長いね~」

 彼女は有名な階段を見ての第一声だった。

「灯籠があって素敵だよね」

 僕は隣でカメラを持っていればよかったと思うほどきれいだと感心していた。

「今日は、私がお昼を予約したよ」

「え、そうなの。どんなところ?」

「お楽しみね」

「了解」

 ま、そんな感じだけど、僕はある程度の予想はあった。でも、彼女を立てなければならないということもある。

 少し歩いたところにお店はあった。

「着いたよ」

「おぉ。すげー。ほんとに川の上に店が建ってるよ」

 思わず、言葉がこぼれた。

「椿くんが驚いてる。なんか、こういうのもありって私、思った」

「またまた~」

「ほんとにだってば」

「まあ、食べに行こうよ。結衣さん」

「そうだね」

 僕たちは、川床料理なるものを食べた。例年、九月の終わりまで旅館営業もやっている。

「どうだった?」

「僕は、最高だったな。川のせせらぎを聞きながら、山からの風を感じて。まさにこの時期限定ってところだね」

「私の言いたいこと全部言われた」

「ごめんごめん」

「許すけどね」

「はは」

 やっぱり彼女との会話では、かわいさとかでついつい笑ってしまう。

 決断
 貴船を出て、帰る途中。僕は彼女に打ち明けることにした。

「あのさ、結衣さん。少し話したいことがあるから、帰る前に時間いいかな」

「いいよ。いつものところでいいよね」

「いいね」

 僕らは、最初に話したカフェに行った。

「聞きたいことがある」

 僕は、この関係が切れてもいい。そんな覚悟で話を持ち掛けた。

「え、うん。いいよ」

「僕ら、会ったことあるよね。高校生の時に」

 彼女は優しい顔をしていたが、少し何かを隠しているようにも見えた。

「え、そんなことないよ。私は大学で出会ったんだよ。会っていたらすぐに言うよ」

 僕は写真を携帯から見せた。

「これは、高校一年の時の写真。この子は、すぐに転向してしまったんだ。その前に約束して撮った写真なんだ」

「これが?私。似てないと思うけど」

「僕から見ると、目元とかがそっくりなんだ。あと、そして、笑い方。ほんとに似ている。写真を撮った一度なのに。でも僕はこれが君だと思う」

「そんなわけない。どう見ても私じゃない。どうしたの。この子が忘れられないから私と付き合ってるわけ?」

「違うよ。ほんとに一目惚れなんだけど……」

「私は信じてる。君のこと。でも、これは私へのなんなの。過去を持ち出して、デートのあとに」

「私じゃ、物足りないの」

 彼女は目は本気で怒っている目だった。こんな、感覚だけで僕が話しているとでも思ったのだろう。

 でも、僕は核心を突くように言った。

「君の苗字。実は、過去とは変わっているだろ」

「……」

 彼女はやはり黙ってしまった。

「僕は君があの時の子であると考えてから、同じ高校の友達に写真を見せて、確認と名前を教えてもらった。綾瀬は今の苗字。前の苗字は綾瀬ではなく、前田。僕の一目惚れは過去に一度経験したものだった。あの時から僕は君のことを想っていた」

 数秒、時が止まったかと思うと、彼女がゆっくりと口を開き、話始めた。

「そっか。バレちゃったんだね。そう、私の旧姓は前田。両親の離婚で新しいお父さんの苗字に変わったの」

「そうだったんだね」

「私、バレたくなかった。一目惚れが実は、前から知っていた人だと気づかせたくなかった。分かってしまえば、私の過去を話さないとだし、別に過去にこだわってないから。私自身が」

 彼女は吹っ切れているかのようだった。

「ごめん。辛いことを思い出させて」

「いいの。いずれ分かることだとは思っていたし。椿くんの友達には私の名前は黙っているように言っていたの。私も好きだったけど、引っ越さないといけなかったから」

「君も僕のことを……」

 彼女は僕を包み込むようないつもの表情に戻っていた。

「恥ずかしかったな~。あの時。好きな人と写真が撮れる。どれだけ、緊張したか。どれだけ顔がにやけるのを我慢したか。今思い出しただけでも、汗がでそう」

「僕もずっと廊下で通る君を見ていただけだったからさ。すごい嬉しかったし緊張もして、でも会えるのは最後かと思うと悲しくもあった」

「私が引っ越してから、友達から連絡がきて、君が同志社に行くって。私、必死に努力した。もう一度、会うために。どれだけ勉強したことか。それまでは産業とかかなと思ってけど、近くに来るなら同じほうがいいと思ったの」

「俺は推薦だったからな~。そっか。必死だったんだ」

 彼女の話はまっすぐで、いつも努力して大学に入ったのだろうと、言動からも思ってはいた。

「君がハードルを上げたせいで大変だったんだからね」

「ごめんごめん」

「でも、会えたし、今こうやって二人でいる。私はすごく幸せ」

「それは僕もだ。一目惚れに変わりはないし、なんてたって君のことが好きだ。僕は代えがたい君を手に入れた」

「ほんと~?」

「ほんとだとも」

「ありがと」

「ふふっ」

「なんだよ~。その含み笑いは」

「いいの。私だけの秘密」

「しょうがないな~」

「じゃ、改めて言わせてください」

 僕が背筋を伸ばすと、彼女もはっとしたのか、緊張しながら背筋を伸ばした。

「これからも、僕のことお願いします」

 彼女はいつものように笑い、

「こちらこそ、よろしくね」

「ふっ、ふふふ」

「改まって椿くんと話すの、面白すぎかも」

「たまにはいいんじゃないかな。君は少しふざけ気味だから」

「またそういうこと言う~」

「それが君だからいいんだけどね」

 少し、時間は経ったけどまた、彼女に会えた。少し複雑だった関係に真実という線が通り、僕らの関係をもう一度結んだのだ。

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