Professional〜乞食の流儀〜

もう数時間で年が替わり、2020年となる。自然な流れとしては1年の感想とか、来年への抱負を書くのが通例なのだろう。
だが僕に関して言えば、仕事を辞め、無職になり、多額の借金をこさえただけなので、そういう振り返り方や道の歩き方は書かないことにした。
転がり落ちた坂の話は散々書いたし、これ以上人生の海抜が下がる事もない。
先に広がる道も、登り坂ではなく無慈悲なまでに反り立つ壁で、もはや一歩一歩登ったところで確実に踏破できる物でもない。「利子」とは人生の傾斜に拍車をかけるものだが、そういう危険性に気付くのはいつも転がり落ちた後だ。竈門炭治郎なら嗅覚、我妻善逸なら聴覚で気付くのだろうが、僕は転げ落ちた衝撃で初めて気付く。鬼殺隊は助けに来ない。アレは漫画だから。

谷だ。前も後ろも見上げるしかない。以上、2019年でした。

2019年12月31日。僕は今、電子マネーをおろしてパチンコを打とうと思い、200円だけsuicaに残して遠くまで来たが、LINEpayもPaypayも口座に振り替えられずに途方に暮れている。事前に調べれば良かったが、パチンコの「打ち納め」をすると決めた途端に浮いた足を地につけられなかった。ウキウキで家を出て、suicaの残高をほとんど使い尽くして川越なんていう中途半端な土地に降りてしまった。怠け者の僕はすぐに万策尽きるのでnoteを書くくらいしかやることがない。

8月にフィリピンで破産した時、ガッカリした気持ちは嫌というほど書いてきたが、実際その後にどう生活していたかは書いていなかったので書こうと思う。
携帯も売り、パソコンも売り、パスポートを売るのを諦めた後だ。

カジノには必ずと言っていいほど乞食がいて、彼らは所得の高そうな人間の隣に座っては要らないアドバイスを連発し、たまたま当たれば「俺のアドバイスが効いたからちょっと分け前をくれ」と言ってくる。日本人はこんな真正面を切った押しに弱いので1,000円くらいは渡してしまう。これがカジノがある国で日本人が人気になるカラクリだ。外国語にもビビってしまう。
賭ける者と乞う者。2種類の人種が蔓延る中で、1回のゲームで50万や100万の金額を賭ける者だった僕は次第に彼らからのターゲット常連になっていた。

金がなくなり、人知れず乞う側へと落ちた僕はパパ、ジミー、ルークという3人の乞食に破産した旨と乞食の方法を聞いた。

「とにかくアジア人だ、あいつらは金を持ってなくてもいける」
「ルールがわかっていなさそうなヤツを狙え、チップを置く場所でわかる。」
「会員カードの細かい使い方を教えてあげるといいぞ、ついでに ※バウチャー を一枚もらっておけ。」

ー※バウチャー…カジノ内で発行しているクーポンのこと。ご飯3,000円券とかマッサージ券などもある。ー

彼らの真意とコツを聞いて、今まで真に受けて気分が良くなってた自分を恥じたが、今更どうすることもできない。とにかく早く習得して数万円を作り、また戦線復帰したい気持ちでいっぱいだった。

バカラとクラップスがいいと教えられた。バカラは引き分けに賭けさせて当たったら少しもらい、クラップスは数十分コーチをして増えた分を取れる。

ー※クラップス…サイコロを二つ投げ、その目に応じた配当がもらえるゲーム。足して7が出るとゲーム終了だが、それまでは配当を受け取り続けることができる。甘デジに似ている。一番面白いゲームー

僕はバカラで普通の人が人を殺しそうになる感覚を知っていたのでクラップスで乞食することにした。

オカダマニラの2つ並びのクラップス台のうち、入り口に近い方で中東系の顔の人が一人でクラップスに興じている。
彼にしよう。

幸い英語の通じる相手だったので、パスポートを見せて僕が日本人だと打ち明けると彼は警戒を解いた。生まれて初めて日本人で良かったと思った瞬間だった。

「僕は今マニラに住んでて、あなたがクラップスのルールをわからなそうに遊んでたんで面白さを伝えたい。」

インド人だという彼は手元に40万円置いていた。これなら10万増やしてやれば1万円くらいくれるだろう。
あとは運良く彼が賭けた数字を7が出る前にたくさん出せばいい。クリケットの話題を振りながらサイコロを投げさせる。インドの国技とも言える野球に似たクリケットは声をかける前にWikipediaで調べておいた。僕がキャバクラで働いていた時に手に入れた技だ。相手に喋らせれば喋らせるほど、心の扉は融けていく。海を超えても男という生き物はどこまでも単純だった。

日本のクリケット人口はとても少なく、それはインドでも周知の事実だったので、クリケットに興味を持った日本人の僕は大分気に入られた。まさか僕が無一文の乞食とは思うまい。使わないFacebookのアカウント交換し、いよいよその時は近づいてきた。乞食は敵ではない。ターゲットには勝ってほしいし、負け始める前に去るのみだ。

「すまない、僕はもう食事に行かなければならないんだ。一つ相談がある。実はこの国はまだカードの文化が発達していなくて」

嘘だ。ボロい店でもクレジットカードは使える。

「今日の分をちょうど溶かしてしまってね。」

これも嘘だ。乞食になってから一度もゲームを遊んでいない。

「良かったら少し現金をくれないか?明日僕もこのテーブルに20万円くらい持ってきて一緒に遊ぶから、もし明日もいるなら一緒に馬鹿騒ぎしたい。」

半分嘘だ。この時点での僕の所持金は75ペソ(約150円)だった。でも手に入れた金をこのゲームに突っ込むかもしれない。

インド人は疑わなかった。僕が日本人だからだ。

「いくら必要かな?」

「この後2,000ペソのレストランに行こうと思っているから3,000ペソほしい。」

嘘に嘘を重ねる。僕はこの後20ペソの卵ラーメンを食べに行く。

「明日会えたら食事をご馳走するよ。なんなら夜遊びも教えてあげる。」

嘘は止まらない。二度とこのインド人と会うことは無いだろう。

「ok!このテーブルで勝ったし4,000ペソやるよ。明日はいい店を紹介してくれ。フィリピンの女は最高か?」

「ありがとう!ちなみに彼女たちは日本人とは比べ物にならないくらい可愛いよ。」

嘘をついているわけではないと自分に暗示するために「rent」「borrow」などの「借りる」という意味の単語は一切使わなかった。これはあくまで奢り奢られるハイエンドな関係なのだ。

4,000ペソ(8,000円くらい)を手に足早にテーブルを去る。
mission complete...
なんだ、簡単じゃないか。
胸に初めて感じる罪悪感を抱えながら足早にカジノを出ようとした。途中でジミーと目が合った。ハニカミながら拳を突き出すと彼も応じた。

成功した余韻をタバコを吸いながら味わおうと思い、240ペソでタバコを買い、少しだけ遊ぼうと安いスロットマシーンに座る。2,000ペソくらい遊んだら帰ってまた明日来よう。日本人であるという事実がアドバンテージだ。誰もやらなかったから僕がやる。僕は日本人乞食の先駆者になる…


40分後、この間の記憶は無かったが、気づくと残りの金は全て消えていた。覚えているのはあと少しで当たりそうだったリーチを外して天を仰いだ時だ。

明日も彼はいるだろうか、でも彼にするわけにはいかない。逆に日本人を狙うのはどうだろう?コミュニケーションももっと円滑に取れるし、簡単かもしれない…

愚かな自分が空っぽにした財布の中を下らない思案で埋めた。どうせ賭けてしまうなら明日は一発で全額賭けてしまおう。

余計な思案はたくさんしたが、半年後、日本で全く同じ生活をしていると予想することはできなかった。

それでは皆さん、よいお年を…
Have a good new year!

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