大阪アドレセンス0

大学を中退し、京都に1人居を構えてから半年。
毎日新撰組由来の地を訪れてはタバコの箱を置く日々も、金銭的な理由から終わりを迎えようとしている。
こだわりのピースインフィニティ。ガツンとクる芳香が自分で吸うには強すぎるのが、歴戦の志士たちにはちょうどいいと思って壬生寺の前にそなえ続けている。
葉が落ちる直前、山が冬眠前に生き様を見せつけてくる秋口。京都の町並みを堪能しながらゆっくりと死へ近づいていた。
家賃2ヶ月滞納、所持金2万。20歳は誰にも知られずに惨めだった。

「生活」に終わりが来るなんて最初から知っていた人間なんているのだろうか。緩やかな死は確実に近づいてくるが、その気配に気づくのは自分の間合いに入られた後だ。いつも遅い。武士ならとっくに袈裟斬りに遭っている。

京都は好きだから住んでいた。京都大学に落ちた後ろめたさとコンプレックスが歪み、辛うじて「憧れ」の形になっていたのかもしれない。毎日和服の袖に煙管を差し込み、寺や神社、川沿いを散歩する毎日だった。だがその生活も終わりを告げた。食うにも住むにも金はかかる。どれだけ執着がなかろうと、屋根の下で生活する限り、かかるものはかかる。

生活の終わりにアルバイトを始めるような抵抗はしなかった。京都に住む人間が嫌いだったからだ。彼らの多くは本当に性格が悪いと思っていた。もちろんいい人もいたが、大企業が高卒を取らないように、一人一人を審査する手間を惜しんでそう決めつけていた。バスの運転手、老舗の店員、役所のおっちゃん。いい思いをしたことはない。含みのある皮肉を言ってスマートでシニカルな自分に酔いしれているように見えて、そんな様子を見るのが嫌いだった。痛々しくて恥ずかしかった。

さて、金も無くなったことだし、でも死ぬには早い。とりあえずまた後先を考えずに生活を続けるには金が必要になる。


昔、5億年ボタンという話をネットで見た。明日の自分に全てを任せて目先の快楽を取る代わりに、明日の自分は5億年間を生き続ける地獄を味わうことになる。その後記憶は消され、再び快楽を得るかどうかの選択を迫られる。
特にやりたいこともなかったので生き地獄でも良かった。当時の僕は本当に目標もなかった。とりあえず100万円を貯めてまた半年くらい京都で生き長らえればそれでいいと本気で思っていた。
インターネットで調べると阪急線の先に西成という地区があり、そこに止まっているバスに乗ったら3ヶ月間タコ部屋で働く代わりに100万円近い金が手に入ると書いてあった。別にインターネットの情報が嘘でも構わない。僕に何かを疑うほど守りたいものもない。2回も大学に落ち、人生経験もロクに足りていない20歳にとって、余生とはあまりに無意味な荷物だった。

京都に住んでから初めて大阪行きの電車に乗る。阪急電車は東京の電車よりも景色が広かった。一生関わることのない住宅街と高校のグラウンド、工場や畑を追い抜いていく。でもPL学園を見た時だけは

「これがKKコンビのPLかあ」

と思った。高校に併設されたグラウンドは思い描いていた強豪校のそれよりも小さかった。高3の夏を思い出す。本気で甲子園を目指していたわけでもないのに負けた時に涙が止まらなかった。今さら取り返せやしない努力不足にようやく気づいて後悔が止まらなかっただけなのに、みんなで「このチームで良かった」と感謝しあった。口にはしなかったが本当はみんな情けなくて恥ずかしくて泣いていた。多くの日の光を浴びない高校球児の涙は世間が思うほど美しくなんかない。

西成に行くには梅田駅で御堂筋線に乗り換えて動物園前駅に降りる必要があった。尻ポケットには1万9000円と大量の小銭があった。時間に追われてるわけでもなかったし、西成に行く前に使い切ってしまおうと思い、梅田の街に降り立つ。田舎育ちで歌舞伎町で遊んだこともなかったので、地獄に行く前に真面目に生きてきた自分を破戒するべく、東通というネオンの中に向かった。

商魂たくましい大阪の活気は抜け殻のような自分にはあまりに熱かったので、客引きに声をかけられないように道の真ん中を歩いていたが、突如バーの女性に腕を強く引かれた。

「あんた断れないタイプやろ!入って入って!」

多分軽犯罪かと思うが、半年間誰とも喋らずに京都の寺ばかり見ていた自分は30歳くらいの女性の誘いを全く断れずに「Bar Blue」に入ることになる。2階のテナントで床が青いライトで照らされていた。長細い間取りの店の奥にはメガネをかけたおっさんが1人。どうにも客入りが悪かったようで、その日2番目の客として入店することになった。別に性風俗に行くと決めていたわけでもなかったのでこの店で2万円使い切ろうと思った。もう2度と会わない彼ら相手に好き勝手やってやろう。おじさんにも声をかけてやる。

「こんにちは」

「おおwこんばんは、あれ?大阪の人と違うんですか?」

「東京から来ました。」
実家は山形だったが、普通に見栄を張った。

「実はこれから西成に行こうと思って。」

半年間まともに人と話さなかった割に言葉はどんどん出てきた。宇宙の研究がしたかったが2度も受験に失敗したこと、特に目標もないこと、でも京都は好きでなんとなく暮らしていたこと、最先端の宇宙工学への未練が思っていたよりも大きく残っていたこと、金が無くなってこれから西成に行くこと。

堰を切ったようにメガネのおっさんに自分の過去を一方的に話した。約2時間、おっさんは僕の話をずっと黙って聞いていたが、自分では会話が成立していたと勘違いしていた。これから2度と会わないとわかっている人間に本音や過去をぶつけるのは想像以上に気持ちがよかった。キャバクラの有用性がわかる。ちょうど息切れしたところでおっさんが返す。

「少年、名前は?」

「スガワラです。」

「じゃあ、スガワラ。今日西成無しや。明日またおいで。」
大阪の人間はどれだけ商売に取り憑かれているんだ。話を何も聞いていなかったのだろうか。2時間ですでに会計は1万円を超えていた。それに帰るつもりもなかった。関西弁も気に入らない。

「何言ってんすか、金ないっすよ、もう。」

「お前のな、目を見ててんけど。まだ死んでない。」

耳を疑った。いい歳したおっさんに言われる「目が死んでない」とかどれだけ恥ずかしいんだ。慰めるにしても言い方があるだろ。

「スーツ、持ってるか?明日着てこいよ。お前の面倒は俺が見るわ。」

意味がわからなかったが、気に入られてしまったらしい。

「どんな仕事なんですか?」

「ここや。」
おっさんはカウンターを指差す。

「実はな、俺この店の管理しててな、明日からここで働いてもらうわ。よろしくなスガワラ。」

「じゃあ今日、客俺しかおらんやんけ」

初めて嫌いな関西弁が移った瞬間だった。


ー続ー


PS
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