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記事更新【関西オーケストラ演奏会事情〜20世紀末から21世紀初頭まで】朝比奈隆と大阪フィル、1980〜90年代 第5回 朝比奈隆と大阪フィル 朝比奈隆のブラームス

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記事更新【関西オーケストラ演奏会事情〜20世紀末から21世紀初頭まで】
朝比奈隆と大阪フィル、1980〜90年代
第5回 朝比奈隆と大阪フィル 朝比奈隆のブラームス


※写真は土居豊所蔵のパンフレットなど


1 朝比奈のブラームス交響曲第3番





※演奏会データ

大阪フィルハーモニー交響楽団
第269回定期演奏会

指揮:朝比奈隆
独奏:園田高弘

曲目
ブラームス
ピアノ協奏曲第1番ニ短調
交響曲第3番ヘ長調

1993年1月21日
大阪 フェスティバルホール


 朝比奈隆&大阪フィルによるブラームスの交響曲演奏は、当時ちょうど全曲演奏が行われていたタイミングで、その実演をいくつか聴くことができた。
 まず大阪フィル第269回定期演奏会だが、朝比奈隆の指揮と園田高弘のピアノの組み合わせで、どっしりとベテランの(おっさんの)味わい、というべきピアノ協奏曲第1番を堪能した。そのあと、メインは交響曲第3番である。
 筆者は10代の頃からブラームスの交響曲を愛聴しているが、4曲の中でもっともマイナーだといえる第3番が当時から好きだった。一つには自分の好きなメロディが満載だというのがあり、この曲の3楽章のホルン・ソロを耳コピーで吹いて遊んだりした。最初に聴いた演奏は、バーンスタイン&ウィーン・フィルの録音で、テンポを激しく揺らして激情的な演奏をしていた。それだけに、朝比奈隆の演奏は、実に抑制の効いたものに聴こえた。
 朝比奈はこのブラームス3番について、興味深い話を対談本に残している。


引用
《3番のフィナーレもある意味で非常にドラマティックです、最後の審判というカトリックの思想は凄く劇的ですからね。そういう信仰心に支えられた厳しい精神が、あらわになって出てきていますよ。
(中略)
ここでは金管は非常に強いのが欲しいですね。新日本フィルがあの位弦が弾くと、弦の音に消されてしまう恐れがあります。重たくて、非常にペザンテな音の出るトランペット、トロンボーンでやらないとね。日本人には割合少ないですね。綺麗なトランペットは多いですけれども、音に重さのあるのは。人数増やしても重さは出ないと思うんですよ、ええ、ただやかましいばっかりになっちゃってねえ。》
(『朝比奈隆 交響楽の世界』より)

 

 ブラームスの交響曲第3番4楽章の金管のコラールが、キリスト教のコラールだというのは知っていたが、朝比奈の指摘する「最後の審判」のイメージだというのは、新鮮な感じがした。「最後の審判」については、筆者は10代の頃から旧約・新約聖書を読んでいて、よく知っていたからだ。20世紀末に学生時代を過ごしていた多くの人と同じく、筆者も聖書の「ヨハネの黙示録」の「最後の審判」と「ノストラダムスの大予言」をごっちゃにしていた。ちょうど1986年、チェルノブイリ原発事故が起きた時に、聖書の「ヨハネの黙示録」に書かれた「にがよもぎ」が、ロシア語でチェルノブイリだと知って、心底震え上がったものだ。この世の終わりを予告する災害の一つの名前が、聖書に予言されていたのか!と10代の筆者は、すっかり厭世的な気持ちになったものだった。
 それはともかく、朝比奈の話の中に出てくる「重い音」というのが、筆者には目から鱗だった。かねて欧米の有名オケと、日本のオケの金管楽器の音が本質的に違うと感じていたのが、その原因を教えられたからだ。日本の(大阪フィルも含めて)金管の音は、確かに薄っぺらい感じだった。それに比べて、来日オケの、特に欧州の伝統あるオケの金管が出す響きは、まさに重い音、というにふさわしかった。



2 朝比奈のブラームス交響曲第1番


※演奏会データ

朝比奈隆・ブラームスチクルス
第1回

ブラームス
ヴァイオリン協奏曲
交響曲第1番

演奏
大阪フィルハーモニー交響楽団
指揮:朝比奈隆
独奏:宗倫匡

1994年11月9日
大阪 フェスティバルホール


第3回
ベートーヴェン
ヴァイオリン協奏曲

ブラームス
交響曲第3番

演奏
大阪フィルハーモニー交響楽団
指揮:朝比奈隆
独奏:海野義雄

1995年3月12日
大阪 フェスティバルホール





 94〜95年の連続演奏会では、1番と3番を聴いたのだが、大阪フィルの実力がメキメキとレベルアップしていた時期で、朝比奈の気力も充実していたので、いずれもおそるべき力感のある超名演だといえよう。
 このチクルスは全ステージが録画されテレビ放映もされており、のちにDVDでも発売された。CDだけでなく実演ライブの映像をみなおすと、朝比奈の指揮とオケの奮起ぶりが克明にわかる。この頃の大阪フィルは本当に合奏力が高く、朝比奈隆の指揮も気力充溢しており、最良のブラームス演奏が期せずして実現している。


※参考
朝比奈隆「ブラームス交響曲全集1」
朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団
https://www.hmv.co.jp/product/detail/13500

《朝比奈隆が手兵大阪フィルとともに94年から95年にかけて行なったブラームス・チクルスからの交響曲第1番と同第2番の映像。朝比奈隆のスペシャル・インタビュー付き。(CDジャーナル データベースより)》

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土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/