『Sonny Boy』瑞穂の物語
Sonny Boyという作品はとても難解で、それでも長良の内面的成長については消化できるような構造になっている。だからこそ長良の物語だけを解釈して満足、ということになってしまうのではないだろうか。
しかし、思春期らしい内面的問題を抱えているのは長良だけではない。むしろ多くの人物が思春期らしい未熟さを抱えている。
見逃せないのが瑞穂の物語である。自分の考えでは、瑞穂は長良と同格といっていい、もう一人の主人公だ。彼女の物語についてここに整理して書き留めておきたい。
瑞穂と漂流世界の関わり
瑞穂自身の能力:静止
瑞穂の飼い猫の能力:複製(ニャマゾン)
漂流世界は、長良と飼い猫の能力が合わさり始まったと解釈できる。長良や瑞穂たちの複製が作られ、長良に作られた世界に送り込まれたということだ。
漂流世界に変化が訪れないこと、人物が老いないこと、脱出ができないことはいずれも瑞穂の”静止”の能力と関わっていると考えられる。
瑞穂の抱えていた問題①大人になれない
2話の先生との会話
これは同級生が生徒会選挙で不正をしたことへの怒りだ。先生はその怒りを消化するように促すが、瑞穂は怒りを処理できない。結果、匿名掲示板で中傷するという手段をとってしまう。わかっていても、感情を穏当なやり方で処理できないのだ。
先生の薬指には指輪が光る。先生が大人であることの象徴だ。
ベッドで寝転ぶ瑞穂の手にも指輪が光る。二人はカップルだったのか?自分はそうは思わない。瑞穂の方が先生に恋心を抱いていたが、カップルではなかったと推察している。
というのも、瑞穂の抱えている問題は「大人になれない」ことだからだ。その欠落を、瑞穂はモノで埋めようとする。ニャマゾンで口紅が取り寄せられていたのは、そういうことだ。同様に、先生と同じ指輪をつけているのも、瑞穂が大人への願望から発注をかけたものだと解釈している。
大人になれないという問題は、2話のなかで完全に解決したわけではないが、必要最低限の謝罪を行えるところまで、彼女はたどり着く。
瑞穂の抱えていた問題②愛別離苦
瑞穂は、別れや死別を強く忌避していた。そのため、漂流世界に変化が訪れないよう、無意識に自分の能力で制御している。
10話で「戦争」の世界を訪れ、死が扱われる。漂流世界に死の概念がもたらされ、希が漂流世界において死亡する。
同じく10話ラスト、長良は実験で瑞穂の能力を確かめる。瑞穂が注文したニワトリと長良が注文したニワトリを並べて吊るし、両方を屠殺する。しかし、瑞穂の注文した方の鶏だけ蘇生する。
瑞穂は、自分が死を恐れ、遠ざけていたことを自覚する。そして、希の死を契機に、漂流の世界を脱出することを決意する。脱出したなら、静止の能力は機能しない。つまり、死別は避けられない。それでも脱出すると決意したのだ。
決意のゆらぎ
瑞穂の決意は完全なものではなかった。最終話、瑞穂と長良が漂流世界からの脱出に向けて一緒に走るシーン。迷いなく走る長良とは対照的に、瑞穂は長良の表情をうかがっていたり、不安げだったりする。長良に引っ張られることで、何とか走ることができているのだ。
現実世界に戻ったとたん、瑞穂は祖母も猫も失っていたことがわかる。想定できたことではあっても、ダメージは大きい。
覚悟していたはずの死別。でも、やっぱり受け入れられなかった。
瑞穂は再び漂流世界に戻ることを決意する。そこに戻れば最低限、猫たちは待っている。その後に死別を経験することもないだろう。
その後、長良から声をかけられるのだが、瑞穂は応じない。再び漂流しようとしていることが後ろめたいし、弱い自分を直視することになるからだろう。
瑞穂は夜の学校に忍び込み、ガラスのコップを割る。きっと前回の漂流は、そのタイミングで起こったのだろう。その再現を期待したのだ。
でも、何も起こらなかった。瑞穂は「再びの漂流ができない」という事実と向き合わざるを得ない。
瑞穂なりの決着
翌日、瑞穂は長良に声をかける。漂流世界の経験を唯一わかちあえる長良と話し込む。
このくだりは、どうしても長良目線で観てしまうところだ。12話の前半、つらい時間を送っていた長良をみた後だけに、それを瑞穂が救ってくれたという思いで見てしまう。
だが、実はこのくだりで瑞穂も救われている。
瑞穂ひとりでは、この世界での痛みを引き受けて生きていく気持ちを維持できなかった。だから、長良に再度引っ張ってもらおうとした。その核心となる問いかけが「今でもそう思う?」の部分だ。
そして、長良が「だけどこれは、僕が選択した世界だ。」と答えたことで、瑞穂もなんとか、この世界で生きていく気持ちを固めることができたのだ。
瑞穂は最後、長良を励ます言葉をかける。それは長良への友情の現れでもあっただろうが、自分への励ましでもあったのだと思う。
「私も大丈夫だ。あの漂流を経験して、私だって成長したのだから。私たち自身が選んだこの世界で生きている。大丈夫だ。」
そんな思いが、同時に込められていたのだと思う。