5/6Amazonプライムボクシングの雑感

ユーリ阿久井政悟vs桑原拓

桑原選手も動きはキレていたが、ユーリ選手が強すぎた。持ち前のパンチ力はもちろん、盤石のガードと隙の小さいパンチで終始圧力をかけ続けていった。怖いぐらいの安定感で、桑原選手目線で見て、反撃の機会が驚くほどなかった、絶望感のある試合だったのではないか。

井上拓真vs石田匠

前回のアンカハス戦が素晴らしかった拓真選手。積極的に攻撃しているのに、相手のパンチを驚くほどもらわない。はじめの一歩の板垣くんみたいな印象で、とても楽しみにしていた試合だ。

だから初回のダウンにはぎょっとさせられた。

だけどそれ以降、拓真選手のインファイトが冴え渡って、近距離でありながらクリーンヒットほとんどもらわず、逆にアッパーなど鋭い打撃を何度も当てていた。

今回はKOとはならなかったけど、自分は彼の試合を「ボクサーとして、個人として脱皮しようとする戦い」という文脈でも併せて見ているのもあって、感動的ないい試合だったという扱いになっている。

武居由樹vsジェイソンモロニー

どちらも好感を持っている選手で、応援する側を決めきれないまま試合開始のゴングを聞いてしまった。序盤の武居の猛攻を見て判官びいきが働き、以降はモロニーを応援しながら観戦していた。

基本的にモロニーが反時計回りで動いているときは調子が悪く、時計まわりで動いているときは、調子が良かったな。

武居も後半疲れてきて、モロニーにもずいぶんチャンスがあったのだが、届く事はなかった。ラストの攻防はかなり危っかしくて、立ち上がれなくなるパンチ喰らったらどうするねんという想いでみていた。

武井のマイクはやっぱり心に迫るものがあって、自分の育ての親に対しての「育ててくれてありがとう」と言う言葉は来るものがあった。

井上尚弥vsルイス・ネリ

後出しじゃんけんのように思われるかもしれないが、入場時から井上尚弥の表情が自然でないように思っていた。

東京ドームという会場、一部からの「階級の壁」という声、そして日本人にとって特別なヒールであるルイス・ネリという対戦相手。これだけ揃ってしまうと、井上尚弥といえど「早い段階でぶっ倒してやろう」という欲望はかなり抑えがたいものになっていたのではないだろうか。

試合前の自分の予想は、「ネリのテンポや距離になれるまでは、ジャブで冷たくいって3Rあたりからパンチをまとめ始め、4RでKOと言うものだった。だが、1Rから「隙あらば斬る」いう動きを井上はやっていたと思うし、結果論としては、それが一発もらってしまうことに繋がったのだろう。

ただ、ダウンをもらったときの表情と言うのも面白かった。プロキャリア初ダウンである。「効いてないよ」というアピールに走って急いで立ってしまってもおかしくない。だが井上は急いで立とうとはせず、一発もらってしまったと言う事実をすぐに自分の中に落とし込み、次にすべきことを冷静に考えていた。それが表情から伝わってきた。倒されてこそ、最も冷静な井上尚弥が表に出てきたのだ。そんなメンタリティに、彼の資質がまた1つ見えたなと言う気がした。

その後は、近距離には細心の注意を払いながら慎重に距離感をつかんでいって、徐々にネリを手詰まりにしていくという、自分が望んだ通りの試合展開になっていった。

KOパンチはよくわからなかった。右のアッパーから少し体を捻り戻しての右のストレートかな。この右ストレートは体に力が入ってるようには全く見えなくて、スッ…と打たれたように見えた。だがネリは驚くほど吹っ飛んでいて、デキの悪い物理演算ソフトの動画でも見ているかのようだった。

ネリはもともと右→左→右→左と言うリズムを好む選手なので、終わってみれば右のダブルと言う選択肢はとても理に適ったものに思える。一発目の右をもらったあと、ネリが想定する井上の動きは【左のパンチ/ディフェンス】の2択だったのだろう。だから最後の右は全く見えていなくて、首が衝撃を吸収できなかったと言うのはわかる。

だがそれにしても、拓真選手が12ラウンドにわたってクリーンヒットを何度も当て続けて、それでもダウンは奪えなかった試合と見比べると、何かヤバイものを感じるのである。

まあとにかく、いいものを見た。

その他の雑感箇条書き

・井上尚弥の勝利者インタビューを見ても、やっぱりちょっとテンションがおかしいところはあるんじゃないかな。後日、井上尚弥がこの試合を振り返るだろうから、それをすごく楽しみにしている。

・井上尚弥vsエマロドのあたりで撮られたドキュメンタリーを思いだす。秒殺KOを続けてきての、パヤノ戦のファーストコンタクトでのKO。さすがに井上尚弥も変なテンションになっていた。公開スパーリングでバランスを崩した大振りもしてしまい、反撃ももらった。父に謝罪のメールを送ったあと、試合まではひたすらシャドーを繰り返した。自分を取り戻し、エマロドを2RKO。あなたにとってプロフェッショナルとは…そんなエピソード。

今回もやっぱり、地に足つかない心境というのはあっただろう。次の試合では、周囲の期待うんぬんを無視して、自身の、あるいは親子の理想のボクシングを体現するためだけに戦ってほしい。

・Amazon Primeの事前番組でネリのプライベートも含めたドキュメンタリーを見ていた。娘のために戦っている父親としてのネリも見えてきてしまい、彼に嫌悪の念だけを向ける事は難しくなっていた。

今回の試合では体重を作ってきたし、練習にも打ち込んできたし、実際に切れ味もあった。それと、これは無謀と紙一重ではあるんだけど、ダメージをもらったときにこそ攻めに行くと言う姿勢が彼らしくてとても好きだった。井上尚弥がまとめにかかる恐怖の瞬間に、だからこそ生じるはずの僅かな勝機をつかみにくる。そうでなくては。

・バンタム級の4団体の王者は全て日本人となった。井上拓真、武居由樹、西田凌佑、中谷潤人という顔ぶれだ。今後の統一への動向はどうなるだろうか。

このうち、西田選手は減量区で階級を上げそうである。となると、西田選手の空位が誰かに争われることになる。この王座は統一戦の土俵に上がるまでは時間がかかりそうだ。ひとまず考えないことにする。

さらに、井上拓真と武居は同門である。つまり、統一戦があるとしたら、井上拓真vs中谷か、武居vs中谷しかない。

武居vs中谷は実力差がありそうで、ちょっと考えられない。拓真vs中谷が年内に交渉されるんじゃないだろうか。どちらが負ける姿もみたくないのだが、ぜひとも実現して欲しいものだ。中谷はバンタムの統一にこだわらず、拓真に勝った場合はスーパーバンタムにあげて、井上尚弥に挑んで欲しいという気もする。

・武居はとりあえず防衛戦をこなしながら、天心を待つのはどうだろう。

総じて、東京ドーム興行は大成功だったと言っていいだろう。最高の夜だった。